フィーネにアピール
「あぁ。フィーネ、今日も最高だった」
俺はいつものように悪魔祓いをした後、男子トイレで変身を解除して元の姿へ戻る。
「ジャズさん、とうとうやりましたね! フィーネ様とプライベートで会う約束ができるとは思ってもみませんでした」
水の精霊のブルは、自分のことのように喜んでくれた。
今度の休日に、ついに念願のフィーネとのデートが叶う。
会うたびにフィーネに『プライベートで遊びに行こう』と懇願し続けたおかげで、とうとう折れて一緒に遊んでくれることになった。
…まぁ、プライベートで会うと言っても、『レディーナ』と『フィーネ』として会うことには変わらないが。
それでもフィーネを独占できるのだからデートと言っても過言ではない。
「フィーネとどこに行こっかなぁ〜? 一緒に街を歩き回るのもいいけど、事前に行く店くらいは考えておいた方がいいよな。なぁ、ブル。どこに行くのがいいと思う?」
「そうですね。無難にカフェが良いのではないでしょうか? 目的もなくぶらぶら街中を歩くだけだと、いくらフィーネ様といえども歩き疲れると思いますし。カフェでゆっくり話し合って、フィーネ様の好みが分かってから、次のお出かけの時に参考にしてみてはいかがでしょう?」
「おっ! 確かに、そっちの方がいいな。流石は精霊サマだぜ」
「ついでに前にお話しした『レディーナを通じてジャズさんをアピールする』というのも試してみてはどうでしょう?」
「それもそうだな」
何だかんだで、レディーナとしてフィーネと会っている時に、ジャズのことを宣伝する暇はなかった。
今度一緒に遊ぶ時はゆっくり話せるんだから、ジャズのことをアピールするチャンスだ。
「よし。ジャズとフィーネの接点を作るためにも、それとなくジャズの話題を出してみるか」
「いいですね。ですがくれぐれも、唐突に脈絡もなくジャズさんの話題を出さないように気をつけてください。不自然にジャズさんの話をすると、かえって不審に思われますから」
「了解。あくまで自然に、な。ところで、フィーネと一緒に行くカフェはどこがいいと思う?」
「静かで、落ち着いていている場所が理想ですね。フィーネ様もレディーナも目立ちますから、騒がしい店だと気を遣われてしまいます」
「確かにな。俺達、有名人だし。よし、前に王都の裏通りへ行った時に、落ち着いた感じのカフェがあったはず……そこにしてみるか」
「あそこですか。いいじゃないですか」
次の休日、俺はいよいよフィーネと一緒にカフェへと向かった。
◆◆◆
とある休日の昼下がり。
この日、私はレディーナと一緒にお出かけをする約束をしていた。
最初は、悪魔憑きと戦うわけでもないのに変身して出かけることに抵抗があった。
だけどレディーナが熱心に『プライベートで一緒に遊ぼう』と誘ってくれるので、いつしか私も彼女と普通の友達のように一緒にお出かけしたいと思うようになった。
私は約束していた場所でレディーナと合流すると、彼女に勧められて王都の裏通りにあるカフェに入った。
王都の喧騒から少し離れた、隠れ家のようなそのカフェは、木のぬくもりと柔らかな日差しに包まれていた。
「ここ、素敵ね……。裏通りに、こんなに落ち着いた雰囲気のお店があるなんて。レディーナ、よく知っていたわね」
「えへへ。気に入ってくれてよかった。この店、ジャズっていう人が教えてくれたんだ」
「へぇ」
ジャズって、もしかしてジャズ先輩のこと?
それとも、同じ名前の他人かしら。
意外な人物から知り合いの名前が出てきて、一瞬、ドキッとした。
知り合いなのか尋ねたくなったものの、ここで私がジャズ先輩と知り合いであることを教えたら、そこから私の正体を探られる可能性がある。
仲間とはいえ互いの正体は知らない方がいい。
「そのジャズっていう人は、私と同じでフィーネが大好きなんだ。フィーネはジャズっていう人、知ってる?王立アスタリア魔導学園の副会長をやっている人なんだけど…」
やっぱりジャズ先輩のことだったのね。
レディーナとジャズ先輩って、どういう関係なのかしら?
もしかしてレディーナは、ジャズ先輩の地元の友達?
いやいや、彼女の正体を探るのはやめよう。賢者は互いの正体を知ってはいけないのだから。
それより、レディーナの質問にどう答えよう?
『知らない』というのは簡単だけど、嘘を言っても彼女にはすぐに気づかれそうだわ。
かといって知っていると言ったら私の正体がバレそうだし。
……だったら。
「えぇ。ジャズさんのことは知っているわ。なんせ、悪魔憑きが出る度にアスタリア魔導学園へ行っているんだもの。あれだけ毎回アスタリア魔導学園へ行っていたら、そこの副会長さんの名前くらい、嫌でも覚えるわ」
嘘ではない。
だけど、こう言えばジャズ先輩の知り合いだとは思われないはずよ。
「へへ、お……ジャズって有名人なんだな。フィーネはジャズに会ったことあるの?」
「いいえ」
少なくとも『フィーネ』でいる時には会ったことがないから、これも嘘ではない。
「そっか。ジャズって超カッコいい奴なんだよ! 背も高いし、優しいし、強いし!」
「へぇ、そうなのね」
知っている。
ジャズ先輩は、強くて、優しくて、頼もしい人だ。
「それに好きになった相手には超一途なんだよ!」
レディーナは身を乗り出して力説する。
「う、うん。そうなんだ?」
「あと、スタイルもいいし、顔も悪くない。成績もそこそこ優秀だし、責任感も多分ある。あんな人が彼氏になったら、きっと最高だと思うぜ」
「あら、そう?」
不自然なくらいジャズ先輩をべた褒めするレディーナに、少し驚いた。
彼女が私以外の人を絶賛するなんて、意外だ。
「それから、ジャズはいい意味で諦めが悪い男なんだ。好きな子が振り向いてくれるまで諦めない奴なんだよ。あ、だけど相手の気持ちは大事にするし! とにかく、すごく健気な奴なんだ!」
ジャズ先輩のことを熱弁するレディーナは、何だか楽しそうだ。
流石に鈍感な私でも、これにはピンときた。
レディーナは、ジャズ先輩のことが好きなんだ。
だけど先輩はフィーネのことが好きだから、振り向いてもらえないのね。
少し申し訳ない気持ちになった。
「あんないい奴と付き合える女は、最高に幸せなんだろうなぁ。フィーネも、そう思わない?」
「えぇ、思うわ」
それに、こんなに可愛くて天真爛漫な女の子と付き合える男性も、きっと最高に幸せだと思うわ。
だからこそ、二人を応援したい。
「ねえ、レディーナ」
「ん?」
「私、貴女のことを応援しているわ。きっとその内、貴女の恋も実るはずよ!」
「えっ?」
レディーナは一瞬きょとんとした顔になり、目をぱちぱちと瞬かせた。
「う、うん! ありがとう!」
戸惑いながら照れる彼女も、やっぱり可愛い。
レディーナとジャズ先輩は似たもの同士だし、きっと最高のパートナーになれるはずよ。
…よし、いい事を思いついたわ。
レディーナの恋が実るように、ジャズ先輩に彼女をアピールしよう。
それとか、ジャズ先輩とレディーナが二人きりになれるように誘導するのもアリね。
後日、私は『ジャズ先輩とレディーナの縁結び大作戦(仮)』を決行した。