物語にしてあげる
「フフ〜ン♪」
ジュリーちゃんとお友達になって数日。
あの日から私は、ジュリーちゃん達と一緒に、遊んだり、お話したり、勉強したり、お昼ご飯を一緒に食べたりしている。
流石に生徒会室には入れないけど、そのうち入れてもらえたらいいな。
あぁ、ジュリーちゃんって間近で見ても可愛い。
みんな黒い髪と赤い瞳に惑わされているけど、よく見たらかなり美人な部類だよ。
顔の系統はフィーネ様に近いかも。
それに佇まいも上品で、凛としていて、私にも優しくしてくれて…。
近くで見れるようになって、より一層尊く感じる。
「早くジュリーちゃん達、来ないかなぁ〜♪」
今日はジュリーちゃん達に短編小説を読んでもらう予定だ。
私はいつでも渡せるように原稿を手に持ちながら、教室で席に座って、二人が来るのを待っていた。
「あら〜?あそこにいるのは、悪役令嬢の新しい取り巻きじゃないの」
この声って、もしかして。
私はゆっくり、声がした方向を見る。
するとやっぱり、声の主はロザリア様だった。
しかもなぜか、私のことをじっと見つめている。
「私じゃなくて、あんな女の取り巻きになるなんて、やっぱり平民ってセンスないわね」
わぁ〜!
まさかロザリア様に罵倒される日が来るとは思わなかった。
いつもは私なんて歯牙にもかけないのに。
よっぽどジュリーちゃんのことを目の敵にしてるんだね。
ロザリア様もジュリーちゃんと同じく公爵令嬢なのだけれども、残念ながら彼女にはあまり魅力を感じない。
すぐにヒステリックになって騒ぎ立てる姿が小物っぽくて、せっかくの麗しい容姿と家柄を台無しにしている。
とはいえ、男爵令嬢の午後のローザは彼女あってのキャラだ。
せっかく話しかけて下さったのだし、じっくり観察して男爵令嬢の午後のネタにさせてもらおう。
「ロザリア様。こんな見窄らしい女が取り巻きに加わらなくて、むしろ良かったではありませんか」
「それに公爵令嬢のくせに平民しか寄り付かないなんて、あの女らしいですわ」
「フフ、それもそうね」
ロザリア様の取り巻きのご令嬢達も、ここぞとばかりに私を嘲笑う。
テンプレのような罵詈雑言を吐くご令嬢って、本当に実在したんだ。
今の会話、どうやって男爵令嬢の午後のローザに反映させようかな?
「あら? 貴女、それは一体なに?」
「えっ?」
ロザリア様の目線の先には、ジュリーちゃん達に見せる予定の原稿用紙があった。
「ちょっと貸しなさい!」
「あぁっ、ダメッ!」
取られる、と思った時には遅かった。
ロザリア様は私の手から強引に原稿用紙を奪い取ると、まじまじと小説を読み始めた。
「何これ、小説?」
「は、はい……」
するとロザリア様は、あろうことか音読し始めた。
「クラウディオの手が、アドリアーナの手をそっと包み込む。
その手は、決して戦場に出た男のものとは思えないほど、滑らかであたたかく、まるで絹の手袋に包まれているかのようだった。
『君の手は、いつも冷たいね。まるで雪の妖精みたいだ』
その声には、微笑の気配が混じっていた。
けれど、指先には確かな熱が宿っていて、アドリアーナの鼓動を早めさせる。
『それは、クラウディオ様の手があたたかすぎるから……きっと、比べてしまうのです』
彼女は小さく笑いながら言った。
目を伏せて、睫毛の影をつくり、頬に柔らかな紅を差す。
それは誰に教わったのでもない、ただ『彼の前では綺麗でいたい』という思いだけで身についた仕草だった」
ああ、もう嫌!
また朗読という名の公開処刑だ。
何でみんな、声を出さないと小説を読めないの?
しかも生徒会室の時とは違って、ロザリア様の取り巻きも、クラスにいる他の人たちもクスクスと私を嘲笑っている。
「アッハハハハ! 何これ? 貴女、ギャクのセンスがあるのね」
「『まるで雪の妖精みたいだ』って、セリフ寒っ! こんな歯の浮くようなセリフを言う男性がいたら、逆に冷めるわ!」
「っていうか、いい歳して小説書いてるとか、かなり痛くない? 私だったら恥ずかしくて修道院に入るわ」
彼女達の暴言は、まるで私の頭を揺さぶるように、何度も何度も反芻された。
この場にいる全員が彼女達と同じ意見なんだと思うと、顔から湯気が出そうなくらい恥ずかしくなって、消えたくなる。
「そうだわ! ねぇ、貴女。この小説、どうしたら良くなるか教えてあげましょうか?」
「え…?」
アドバイスをしてくれるのか? と一瞬でも勘違いした私が馬鹿だった。
ロザリア様は私の目の前で、ニヤニヤと蔑むような歪な笑顔で、原稿用紙をビリビリと破り捨てた。
破られた原稿用紙は、花吹雪のようにひらひらと床に落ちる。
その光景に、ショックのあまり足の力が抜け、膝が床についた。
息が詰まりそうになりながら、私は引き裂かれた原稿用紙の紙片を、一枚一枚回収する。
「ほ〜ら、良くなったでしょ? ゴミはゴミらしく、ぐしゃぐしゃにしていた方が分かりやすくて良いわ♪」
「流石です、ロザリア様!」
気づけば視界が涙で歪んでいた。
涙の雫がポタポタと床に落ちて、原稿用紙を濡らす。
私は耐えきれなくなって、嗚咽しながら教室から逃げ出した。
そして女子トイレに篭り、破られた原稿用紙を握り締めて、ひたすらに涙を流した。
◆◆◆
「さて。どうしたものか」
誰もいない朝の生徒会室で、俺は、ロザリアに小説のモデルになっていることを伝える方法を考えていた。
まさかキャリーに相談を受けた日のことが、あんな形で誤爆するとは。
『ジュリーが悪役のモデルにされればブーケがキレて悪魔憑きにしやすくなる』と思いアドバイスしたのだが、当の本人にバラされるなんて想像もしなかった。
危うくジュリーの好感度が下がるところだったが、早めに謝ったことで難を逃れることができた。
しかし、悪役のモデルがロザリアだったのは想定外だったな。
しかもブーケがそれを知ったせいで、折角悪魔憑きにできそうなくらいにあった怒りが一気に冷めてしまった。
ただでさえブーケは悪魔憑きにしにくくなっているから、あの日の怒りを利用する前に消されたのは勿体なかった。
せめてブーケを悪魔憑きにした後に言ってくれればいいものを。
まぁ、そのかわりロザリアを悪魔憑きにするネタが手に入ったし、良しとするか。
あの女、自分が悪役にされていると知ったら、さぞ怒るだろうな。
だが、どうやってその事実を悟らせる?
俺が直接ロザリアに話したら『殿下は口が軽い』と生徒会メンバーからの評判が下がる。
評判が悪くなると王位争いに影響するだけでなく、悪魔王だと疑われやすくなるから、それは避けたい。
かといって悪魔王として念話でロザリアと話す時に伝えたら、『なぜ悪魔王がそのことを知っているのか?』と生徒会メンバーに勘繰られ、最悪正体がバレる。
正体がバレることなく、且つ俺の評判を下げずにロザリアに知らせる方法はないだろうか?
そんなことを考えていると、突然、どこかから強い怒りを感じた。
しかも、この怒りの主は、まだ悪魔憑きにしたことのない人物だ。
俺は、怒りの感情を辿る。
(あぁ。せっかく書いた小説が…。あんな風にするなんて、酷いよ)
怒りの主は、キャリー・シェリルか。
この感情は、憎しみか?
(恥ずかしくて、もう教室に戻れないし…あぁ、消えたい。辛い)
どちらかといえば、怒りより悲しみの方が強そうだな。
こういう時にアイアイがいれば悲しみの加護を与えることができて、より強い悪魔憑きにすることができるのだが。
まぁ、いない奴のことを考えても無駄だ。
(ロザリア様の悪態を間近で観察できるチャンス、だとか思ってた私が馬鹿だった。あんなに酷い人だったなんて)
ロザリアは本当に優秀な女だ。
悪魔憑きにしやすいだけでなく、悪意を振り撒いて他者を怒らせてくれるのだから。
あの女がヘイトを稼いでくれるお陰で、スムーズに悪魔憑きにする人材を探せる。
(キャリー・シェリル。貴様、ロザリア・フォルティーナに復讐する力が欲しくないか?)
(へ? …あなた、誰?)
(貴様達人間が『悪魔王』と呼ぶ存在だ)
(えっ、嘘! 悪魔王って本当にいたんだ!)
(渾身の力作を罵倒された挙句、破り捨てられ、さぞ悔しかっただろう。貴様が望めば、俺が怒りの加護とともに、貴様の望む力を授けてやろう)
(本当に?)
(あぁ。その代わり、この国の世界樹を奪い取って俺に差し出すのだ)
(うん、わかった! だから悪魔王ちゃん、力を貸して!)
キャリーの望むがままに加護を授けると、彼女の髪と瞳は黒くなり、肌は鮮血のように真っ赤に染まった。
そして手に持っていた原稿用紙の紙片は、まるで精霊のようにふわふわと空中に浮いて、キャリーの周りを漂っていた。
今回キャリーが得た能力は『原稿用紙の紙片に触れた者を小説に変える能力』か。
なかなか悪くない。
ジュリーや賢者共を小説にすることができたら、知りたい情報が得られるかもしれない。
今回の結果によっては、この女を新たな手駒にするのもアリだ。
(さぁ、行け。キャリー。貴様の小説を嘲笑った奴らを、小説にしてやるのだ!)
キャリーの視覚と聴覚を通じて、彼女の様子を監視する。
彼女は立ち上がって女子トイレから出ると、まっすぐに自分のクラスへと向かったようだ。
彼女が教室の前までやってくると、中からロザリア達の甲高い笑い声が聞こえてきた。
ロザリア達は泣きながら教室を出ていったキャリーを嘲笑っているようだった。
そんな賑やかな教室も、悪魔憑きになったキャリーが入って途端、凍りついたように静まり返った。
「ご機嫌よう、ロザリア・フォルティーナ様。貴女を素敵な物語にしてあげますね」
キャリーの周囲を漂っていた紙片は、まるで竜巻を起こすかのように渦を巻きながら教室中に散らばった。
教室にいた生徒達は、逃げる間もなく紙片の餌食となり、小説へと姿を変えた。
「フフフ、み〜んな小説になっちゃった♪」
キャリーは散らばっている小説の中から、金色で派手な表紙のものを手に取った。
タイトルには『ロザリア・フォルティーナ』と書かれており、キャリーは中を開くと音読し始めた。
「嗚呼、今日もカイル殿下が私を見て微笑んでくださったわ。カイル殿下はなんて美しいのでしょう。醜女のジュリーなんかの肩を持たなければ、婚約者に立候補してもいいのに。だけどユミル殿下も捨て難いわ。あぁ、私の将来の旦那様は、一体どちらなのでしょう?
…アッハハハハ! 何これ? ロザリア様って、ギャクのセンスがあるのね」
同感だ。
「そうだ! ロザリア様の小説、こうしたらもっと良くなるんじゃないかな?」
するとキャリーは、ロザリアの本を粉々になるまで引きちぎった。
「ほら。やっぱり、この方が良いよね。ゴミはゴミらしく、ぐしゃぐしゃにしていた方が分かりやすいもの♪」
(あっ! でも本を破ったら、ロザリア様ってどうなるのかな?
…まぁ、どうでもいいや)
これでキャリーの望みは叶えてやったな。
(さぁ、キャリー・シェリル。今こそ世界樹を奪い取りに行くのだ)
(えぇ〜! ちょっと待ってよ、悪魔王ちゃん。私、まだ小説にしたい人がいるんだからさ)
(なんだ。さっさとしろ。ちなみに誰を探しているんだ?)
(ジュリーちゃん♪ ジュリーちゃんの小説は、きっと傑作なんだろうなぁ。それにジュリーちゃんが殿下達をどう思っているのか知りたいし)
ほう。
この女、敵意が無いにも関わらず、ジュリーに能力を使うのか。
それに『ジュリーの気持ちを知りたい』という意味では考えが一致しているし、今後も悪魔憑きにしたらジュリーを狙ってくれそうだ。
新しい逸材を見つけたかもしれない。
(それにユミル殿下やカイル殿下も小説にしたい♪ 二人がジュリーちゃんをどう思っているかも知りたいし)
やっぱり駄目だ。
俺を狙ってくる奴は論外だ。
この女は俺にも関心があるから、今後も悪魔憑きにしたら俺を狙ってくるだろう。
そういう意味でもブーケとロザリアは優秀だった。あの二人は俺を狙ってこないから、悪魔憑きにしやすい。
(ジュリーちゃんもカイル殿下も、どこかなぁ〜?)
今のところ、狙いは俺じゃないようだ。
ジュリーもカイルも教室にはいなかったから、まだ学校にはいないのかもしれない。
(そうだ! 生徒会室に行ってみよう。もしかしたらユミル殿下がいるかもしれないし)
…まずい。
今来られたら、確実に小説にされる。
そして俺の小説を読まれたら、正体がバレてしまう。
かといって、怒りの加護を打ち切ってキャリーを元通りにするのは不自然だ。
キャリーは刻一刻と、生徒会室へ向かっている。
とりあえず、どこか隠れられそうな場所はないか?
俺は慌てて生徒会室の扉を施錠すると、室内を見渡して隠れられそうな場所を探した。
「ユミル殿下〜! 会いにきましたよー…って、アレ? ここにもいないんだ」
扉を蹴破って中に入ってくるも、俺がいないと判断したキャリーは室内を探し回ることなく出ていった。
「……危なかった」
掃除用具をしまうロッカーがあって良かった。
キャリーが遠くまで行ったのを確認すると、俺はロッカーから出た。
(ユミル殿下もいないの〜? つまんないなぁ)
(おい、キャリー・シェリル! まだ見つけられないのか? もう諦めて世界樹を奪い取りに行け!)
狙いを俺から逸らすために、キャリーを急かす。
(えぇ〜? だってー)
(だってもヘチマもない! さっさと世界樹を狙いにいけ!)
(じゃあ、せめて賢者様達を小説にさせてよ。それなら悪魔王ちゃんにとっても嬉しいでしょ?)
ほう。
悪くない提案だ。
(それに賢者様達の正体、私も気になる! 嗚呼、賢者様達は一体どこの誰なんだろう。きっとフィーネ様とウイン様は、高貴な身分の方なんだろうなぁ。レディーナ様は下町に住んでいそうだけど、元の姿でもきっと美しい人に決まってるよね!)
キャリーの狙いは完全に、俺から賢者へと変わった。
(まぁ良いだろう。キャリー・シェリル。賢者達を小説にするのだ!)
(了解で〜す♪)
その後、キャリーは賢者達を誘き出すために、周囲の人間を小説にしながら学校の外へと出て行った。
キャリーが外で暴れ回っていると、ようやく3人の賢者が現れた。
「フィーネフィーネ〜! 会いたかったよ、再会のハグー♪」
水の賢者はいつものように、俺…もとい悪魔憑きの前でイチャつき始めた。
こんな女に毎回負けているのだと思うと、頭が痛くなる。
「レディーナ、私も会いたかったわ。それよりも、今はキャリーさんをどうにかしましょう」
「フィーネ様の言う通りだ。キャリーさんのあの能力、恐らく舞っている紙切れに当たった人を本にしているんだよ」
「ウイン様…!」
光の賢者は顔を赤くして、風の賢者から顔を逸らす。
(えっ、何アレ? フィーネ様どうしちゃったの?)
(きっと光の賢者は以前のことを引きずっているのだろう)
俺はキャリーに、以前ロザリアを悪魔憑きにした時の出来事を教えてやった。
(嘘! そんなことがあったの? 悪魔王ちゃん、なんで早く教えてくれないの?)
(はぁ?)
(フィーネ様、ウイン様が好きだったの? 超面白いんだけど! だけどフィーネ様って、ウイン様の正体を知らないんだよね? ウイン様の正体を知りたいとか思わないのかな?)
(さぁな)
(ちょっと待って! 閃いた! 今度の小説は賢者様達をモデルにしよう♪ 犬猿の仲の幼馴染が、実は片想いをしている賢者様だったっていう設定とかどう?)
(知るか! ちょっとは戦いに集中しろ!)
雑念があるからか、キャリーは賢者共に徐々に追い詰められている。
(まぁまぁ、拗ねないでよ。ちゃんと悪魔王ちゃんの出番も考えてあるんだから。ヒロインが憧れている先輩が、実は悪魔王ちゃんだったっていう設定ね)
(勝手に俺を出すな!)
(大丈夫、安心して。悪魔王ちゃんを酷く書くつもりはないから。むしろ、いい感じの当て馬キャラにしてあげるよ)
(誰が当て馬だ!)
(あれ、当て馬も嫌なの? もしかしてモデル料を取りたいとか? だったら私に会いにきてよ。そしたら…っ?!)
クソッ!
だから集中しろと言ったのに。
キャリーは光の賢者の攻撃を喰らって、悪魔祓いされてしまった。
あの女は結局、大して役に立たなかったな。
今回判明したことと言えば『キャリーを悪魔憑きにするのは危険』ということだけだ。
「俺がモデルの小説、か」
癪だが、キャリーを止める手段はない。
が、あまりに酷い内容であれば念話でクレームを入れてやろう。
賢者共が街を元通りにした後、俺は生徒会室を出て教室へと向かった。