光の賢者様って誰のこと?
「ジュリー嬢、君には心底幻滅した。今日をもって婚約を破棄してもらう」
私の婚約者・ダドリーは、煌びやかな夜会で恥ずかしげもなく婚約破棄を宣言した。
彼の後ろには、小柄で兎を彷彿とさせる愛らしい男爵令嬢が、私の顔色を伺いながら隠れていた。
何度か彼女がダドリーと一緒にいる場面を見たことがあるし、彼女はきっとダドリーの浮気相手なのだろう。
「ミーナから聞いているぞ。君は取り巻き達と一緒に、ミーナに対して犯罪まがいの嫌がらせをしているそうだね? 公爵令嬢だからといって、そのような行為が許されると思っているのか!」
「はて? 私には、そのような記憶は一切ありませんが?」
「とぼけるな!」
とぼけるもなにも、本当に知らない。
十中八九、いつもの勘違いだろう。
悪魔を彷彿とさせる、黒い髪。
血よりも赤い、紅の瞳。
蛇のように鋭く、吊り上がった目。
そんな容姿のせいで、私はいつも悪人だと勘違いされる。
相手にちょっと注意しただけで『怒られた』と言われるし、かといって優しく話しても『嫌味を言われた』と受け止められてしまう。
私が何をしても、相手は私の言動を悪い方に捉えてしまうのだ。
しかも最近では、私をモデルにした悪役が出る小説が流行しているらしい。
そのせいか、私は陰で『悪役令嬢』だと揶揄されていた。
きっとミーナ嬢も、私に対してそんな偏見を持っているから『私から嫌がらせを受けた』なんて被害妄想を抱いたのだろう。
「ダドリー様。このような場で私を断罪するということは、明確な証拠があってのことなのでしょうか? 証拠もなく言いがかりをつけては、ランドベルト公爵の名を汚すことになりますが」
ダドリーはおつむが弱いから、そんなことも考えずに私を断罪したのだろう。
「君はミーナが嘘をついていると言いたいのか?! ミーナを傷つけるだけじゃ飽き足らず、彼女を侮辱するなんて、この僕が許さないぞ!」
駄目だ。
この人、頭が残念すぎて話が通じない。
私が『犯罪まがいの嫌がらせ』とやらをしているのなら、その証拠を出せと言っているだけなのに。
論理的に話そうとしているところに感情論を持ち出しても、相手が怯むどころか醜態を晒すだけだということに、何故気づかない?
「それにミーナは、あの伝説の賢者・フィーネ様なのだぞ!」
はい?
何の冗談かしら?
みえみえな嘘に、笑いを堪えるのに必死になる。
「ダドリー様。その『フィーネ様』という方は、一体どのような方なのですか?」
絶対にないとは思うけど、もしかしたら私の知っている『フィーネ様』とは違う人物かもしれないので、一応確認してみた。
「君はそんなことも知らないのか? フィーネ様は、この世界の救世主だ。数百年に一度のサイクルで現れる悪魔王から世界を救うために、神から力を授かった6賢者の一人だよ。今、王都のいたるところで悪魔憑きが暴れているだろ? その悪魔憑きを浄化しているのが、6賢者の一人である光の賢者・フィーネ様だ。わかったか?」
やっぱり、私が知ってる『フィーネ様』だった。
ダドリーはひけらかすように説明していたが、その程度の知識は平民の子どもでも知っている。
「失礼。あまりにも唐突なお話でしたので、てっきり私の知る賢者様とは別の方なのかと勘違いしました。それで話は戻しますが、ダドリー様は何を根拠にミーナ嬢がフィーネ様であるとおっしゃるのですか?」
「彼女が教えてくれたからさ。まぁ、正体を教えてくれなくとも僕は初めから気づいていたけどね。なんせ、彼女ほど慈愛に満ちた女性は知らないからね」
ダドリーは後ろに隠れるミーナ嬢の顔を見て、頬を赤くする。
ミーナ嬢も、そんな彼を見て嬉しそうにはにかんでいた。
私は、そんな二人を見ていると怒りを通り越して笑いが込み上げてくる。
───そもそも『フィーネ様』の正体は、私ですが?
この二人が、その事実を知ったらどんな反応をするのだろう?
とはいえ、私は正体を明かす気はさらさら無いのだけれども。
すると突然天井から、大きな何かがシャンデリアと一緒に、床に穴を開ける勢いで落ちてきた。
大きな音とともに落ちてきた何かをよく見ると、黒い霧を纏った鼠のような生き物だった。
その鼠は黒い霧の中でも目立つ程に、紅い瞳が輝いていた。
これは間違いない。
悪魔憑きだ。
今度は鼠に悪魔が憑いたようね。
突然の出来事に、周囲にいた紳士淑女はみんな悲鳴を上げて、外へと逃げ出す。
だけど、偶然悪魔憑きの近くにいたダドリーとミーナ嬢は、その場で腰を抜かして逃げ遅れてしまった。
仕方ないわね。
私は二人に呆れつつも、助けるために人気のない場所へと隠れた。
すると私の身体の中から、仄かに白く光る、蝶のような姿をした精霊が出てきた。
「ねぇ、ジュリー。わかっていると思うけど、いくら言い返したくなっても、あの二人に正体を明かしてはダメよ?」
「勿論よ、ワイティ」
ワイティは、世界の創造神から私の元へと遣わされた、光の精霊だ。
悪魔憑きが各地に現れるようになったある日、私の元へやってきて、光の賢者・フィーネとして悪魔祓いをするようにお願いしてきた。
「それじゃあ、変身するよ!」
「えぇ。お願い!」
するとワイティは羽を大きくして私を包み込んだ。
精霊の力が私の中に流れてくる。
その力は私が着ている服にも流れ込んで、私の姿はみるみるうちに変化した。
白銀の髪に、海のように青い瞳。
シスターを彷彿とさせる、真っ白な服装。
たったそれだけしか変わっていないのに、誰も私の正体に気付かないなんて、不思議よね。
光の賢者・フィーネへと変身した私は、鼠の悪魔憑きのもとへと向かった。
そして足に精霊の力を集めると、悪魔憑きに向かって飛び蹴りを入れた。
すると悪魔憑きは一瞬で浄化されて、元の鼠の姿に戻った。
「貴女は…!」
「もしかしてフィーネ様?! だけどミーナはここにいるのに…?」
私の登場に目を見開いて驚く、ダドリーとミーナ嬢。
この二人には、ちょっとお説教が必要ね。
「フィーネ様、お会いできて嬉しいです! 私、実は貴女の大ファンなんです。良かったらサインをください!」
「いいわよ。でもミーナ嬢、だからといって私の名を語るのは良くないわ」
「えっ、でも…」
「もし悪魔王が貴女を光の賢者だと勘違いしたら、命を狙われるかもしれないのよ?」
悪魔王に正体がバレたら、変身していない時に命を狙われるかもしれない。
そうならないために、私は正体を隠して戦っている。
ミーナ嬢は少し不服そうにしながらも、納得してくれたようだ。
約束通り、サインを彼女の扇子に書いてあげた。
「それとダドリー卿。彼女の言葉を盲信的に鵜呑みにするのは、いかがなものかと。彼女を本当に愛しているのなら、盲信せずに情報を客観的に見て判断して下さい。好きなのはわかりますが、盲信するのは自分にも相手にも良くありませんよ?」
「フィ、フィーネ様が仰ることは、ごもっともです」
ダドリーのくせに、やけに素直ね。
私が何を言っても聞き入れないのに、フィーネ様が言うと、こうもあっさり聞き入れてくれるなんて。
そんなダドリーの態度は鼻につくが、私の言葉を聞き入れるのなら、まぁいいわ。
これで私に対する態度が軟化してくれればいいのだけれど。
二人へのお説教を終えると、私は再びその場から離れて、人目につかない場所へと移動し変身を解いた。
そして、いつものように、素知らぬ顔で日常へと戻っていった。
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