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08 上司面談2


 リリアナが席から去った後。

 これでもリリアナの前だからと怒りを抑えていたカヴルは、一気に怒りを爆発させるようにレイモンドを睨みつけた。


「侯爵閣下! いくらなんでも、失礼がすぎるのではございませんか?」


 そして、怒りを抑えていたのはレイモンドも同じだ。この場が凍りつきそうなほど冷たい視線を、カヴルへと返す。


「失礼? リリアナが就職してから今まで、爵位を盾にして失礼な態度を取り続けてきたのは、お前のほうだろう。リリアナは俺にとって大切な人なんだよ。お前如きが、従わせて良い相手ではない」


 好青年な態度のレイモンドしか見たことがないカヴルは、一瞬だけ怖気づいた。

 しかし二人が慌てて婚約したところを見るに、レイモンドは何も知らなかったのだとほくそ笑む。


「……ふっ。一年近くも気づかなかったくせに、よく言いますな」


 権力を使って偉そうにしているが、所詮は子供。

 苦労せずに侯爵位まで得たガキから、短期間だけでも想い人を奪えた。平民上がりのカヴルとしては、それだけでも気分の良いものに思えた。


「本当にそう思うか? リリアナの意思を尊重し表立っては行動しなかったが、ずっと警告は出し続けていた」


 カヴルはどきりとして、リリアナが配属されてからのことを思い出した。

 彼は今まで王宮で不正を働いており、その功績で子爵位を得ていた。

 誰にも気づかれずにずっとうまくやっていたはずだが、今年度に入ってから告発を警告する手紙が届くようになっていたのだ。

 先日はついに『最後通告』の手紙まで届いて頭を悩ませていた。


「まさか、あの手紙は貴様が……!」


 テーブルを叩きながら立ち上がったカヴル。そのままレイモンドの胸ぐらを掴もうとした。そこへ人が近づいてきたことに気がつき、我に返って動きを止める。


 目に入ったのは、新しいドレスに着替えたリリアナの姿。カヴルは息をするのも忘れて見惚れた。


「着替えて参りました……」


 見るからに手触りが良さそうな上質な生地で作られたドレスは、薄紅色に染まっており。ふんだんに使われているフリルやレースが、さらに上質さを演出している。

 彼女が動くたびに揺れ輝くのは、ダイヤモンドだろうか。これほどの高級なドレスを用意できる貴族はそうそういない。

 まるで温室で可憐に咲く胡蝶蘭のように、大切に大切に育てられた令嬢のようだ。


 男爵家の娘に見合うドレスをカヴルは選んだつもりだったが、リリアナは着飾ればさらに美しく輝く女性だったのだ。

 『綺麗だ』

 その言葉がカヴルの口から発せられようとした瞬間――。


 彼の目の前で立ち上がり、当然のようにリリアナのもとへと向かったのはレイモンドだった。


「リリ、綺麗だよ」

「レイモンド様。少し……というかかなり、豪華すぎませんか……」


 控え室でこのドレスを見た時のリリアナは、眩暈がしそうになった。

 今までにも何度か、レイモンドからドレスを頂いたことはあるが、その時よりも輪をかけて豪華なのだ。

 ドレスに宝石を縫い付けるなんて、よほどの財力がある貴族でも、特別な時にしか使わない。

 今日は上司の求婚をきっぱりと断る日で、リリアナにとっては人生を賭けた非常に大切な日だが、特別の意味がだいぶ違う。


 このドレスはきっとレイモンドと公爵夫人が、カヴルに対抗するために意気投合して作らせたのだろう。リリアナはその光景を、ありありと思い浮かべることができる。


(はぁ……。一体、いくら使わせてしまったのかしら……)


 再び眩暈がしそうになるリリアナを、レイモンドは嬉しそうに抱き寄せた。


「リリの美しさに見合うドレスは、これくらいじゃないと」


 年下にここまでされるのは悔しい気持ちもあるが、今日のレイモンドには完敗だ。

 ここまで見せつけられたらいくら上司でも、怒りを通り越して呆れている気がする。


「今日は本当にありがとうございます」


 こそっとレイモンドに耳打ちすると、彼は「まだ終わりではないよ」と。

 リリアナのドレス姿がよほど気に入ったのか、レイモンドは眩しそうに目を細めて、じっとリリアナを見つめている。


(そんなに見つめられると、恥ずかしいわ……)


 このような視線をレイモンドに向けられたのは、初めてかもしれない。可愛い弟が急に、一人の男性に見えてしまう。


 リリアナが視線を逸らそうとすると、それを阻むように彼の手がリリアナの頬にふれた。

 そして――


「俺だけのリリ。愛しているよ」

「んっ…………!」


 唇同士が触れ合い、リリアナは声にならない声を上げる。なぜなら、それだけでは終わらなかったからだ。

 あろうことか幼馴染は、ディープなほうを仕掛けてきたのだ。


 ややしばらくしてやっと解放されたリリアナは、ドレスよりも顔を赤くして叫んだ。


「っ……レイくんっ……!」

「怒った顔も可愛い」


 そんなリリアナの顔を至近距離で見つめているレイモンドは、蕩けてしまいそうなほど極上の笑みを浮かべている。


(なにこの激甘空間……。ここまでは頼んでいないわ……)


 一体どこでどう、意思疎通を間違えたのだろうか。

 彼との距離感を間違えがちなリリアナだが、キスにまで至る経緯がまったく思い当たらない。


 レイモンドは名残惜しそうにしながらも、カヴルへと視線を移動させた。

 リリアナから見たその横顔は、一瞬前の砂糖菓子みたいな甘さから一転、刃のような鋭さに変わっている。


「失せろ。二度と、俺のリリアナに近づくな」


 そう言い放ったレイモンドは、カヴルがモリン男爵家へと送った求婚の手紙を懐から取り出すと、ビリビリと破り、塵のように床へと捨てた。


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◆作者ページ◆

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