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04 上司の呼び出し2


「……お呼びでしょうか。カヴル課長」


 課長室へと入ると、カヴルは机の後ろに立ち、腕を組みながら外の景色を眺めていた。

 彼は少し、格好つけたがりなところがある。哀愁漂う雰囲気で髪の毛をかき上げてから、流し目でリリアナに視線を向けた。

 あのようなことがあったにも関わらず、上司はまだリリアナに良く見られたいらしい。


 残念なことにこんな上司でも、憧れを持つご令嬢がいると聞く。容姿はそこそこであり、仕事もできるとなれば無理もない話ではあるが。彼の本性を知れば、ご令嬢たちもがっかりすることだろう。


 リリアナは顔を引きつらせながら彼の机へと歩いて行くが、途中で異変に気が付いた。


(あら。本当に痩せたのかしら。少しやつれて見えるわ。それに目が……、腫れぼったい?)


 いつも完璧な身だしなみも、整える余裕がなかったのか雑さが見られる。


(先輩方の噂話どおりなのかしら……)


 ぽかんとしながらカヴルを見つめていると、彼はフッっと笑みを浮かべる。


「……私の顔に、何かついているか?」

「いいえっ。何も……」


 カヴルに対する視線管理は、非常に難しい。見つめれば『見惚れている』と勘違いされるし、視線をそらせば『恥じらっている』と勘違いされる。

 そのどちらも勘違いさせないためには、目的を持ってどこかに視線を移さねばならない。


 仕事でも頼むつもりだろうかと思い、リリアナは彼の机に視線を向ける。そこには『調査報告書』と書かれた書類の束が置かれていた。

 リリアナが首をかしげると、カヴルはそれを手に取りリリアナに差し出した。


「これを読んでみろ。今朝、届いたばかりだ」

「こちらは……」

「お前たち(・・)の関係を調べさせてもらった」


 そう言われて思い浮かぶのは、やはり先日の件だ。

 リリアナは、もしかしてと嫌な予感を抱えながら、書類に目を通し始めた。


 そこにびっしりと書かれていたのは、レイモンドの素性と、リリアナとの関係。


 ――レイモンド・オルヴライン、十七歳。

 オルヴライン公爵家の一人息子で、現在は貴族学園に在籍。

 成績は常にトップを維持しており、剣術の授業も学園内で彼に勝る者はいない。

 性格は穏やかで人当たりがよく、女子生徒からの人気は高いが、婚約者はまだいない。


 オルヴライン公爵家とモリン男爵家は先々代からの交流があり、リリアナ・モリンとは生まれた時からの幼馴染。

 両家の関係は良好だが、婚約の話は一度も出たことがない。理由は両家の爵位に差がありすぎることと、リリアナ・モリンのほうが年上だからだと推測される。


 二人の関係も至って健全であり、学生時代に噂となるような出来事は一度もなかった。

 関係が進展しない理由としては、リリアナ・モリンはレイモンド・オルヴラインを弟のようにしか見ておらず、そんな彼女をレイモンド・オルヴラインは鬱陶しく思っているからだと推測される。



「あの時、おかしいと思ったんだ。やはり、断る口実だったんだな」


 上司は勝ち誇ったような顔で、リリアナを見つめる。


(え……。何この資料。怖い……)


 少し調べればすぐにわかるようなことばかりだが、赤の他人の推測が的確すぎて鳥肌が立つ。

 わざわざこのような身辺調査までしてくるとは、改めてこの上司は気持ち悪い人だ。


 後半はリリアナについても調査されており、リリアナの身体のサイズまで調べてあるではないか。どこかの衣装店が情報を漏らしたに違いない。


 反射的にそのページを破り取ると、上司は鼻で笑いながら「それは予備だ」と付け加えた。


(もう、本当に嫌……)


 泣いていたと聞いて、少しは反省したのかと思えば、ますます気持ち悪さがエスカレートしている。

 上司との関係が悪くなることは覚悟していたが、これは想定外の事態だ。


 この調査報告書すら触っていたくない気持ちになり、机に戻そうとしたリリアナだが、報告書の後ろにもう一枚紙があることに気が付いた。


「最後通告……?」


 何かの取り立てだろうか。

 内容を読もうとしたところで、上司に紙を取り上げられた。


「これは関係ない……。それより私を騙した詫びとして、今週末は空けておくように」

「またデートですか……」

「いや。リリアナの家へ挨拶に行く」

「挨拶……?」


 上司が部下の家に挨拶に行くなど、聞いたことがない。いまさら、何を挨拶するつもりだ。


「今朝、男爵家へ求婚の手紙を送った。今頃お前の父親は、涙を流して喜んでいることだろう。男爵家の娘が子爵家へ嫁げるんだ。有り難く思うことだな」

「そんな! 困ります!」

「なぜだ? まさか恋人がいると、また嘘をつくつもりか?」


 恋人がいる以前に、なぜ気持ち悪い上司と結婚しなければならないのか。


 カヴルの言うとおり、男爵家から子爵家へ嫁げるのは喜ばしいこと。貴族は家格を大切にするので、好き好んで爵位の低い家の娘を嫁に選んだりしないからだ。

 そして、上位貴族からの求婚を断るのはとても失礼な行為。

 それを知りながら事前のすり合わせもなく求婚書を送りつけるなど、それこそ男爵家を侮辱する失礼な態度だ。

 

「もし恋人が本当なら……、求婚を撤回してください」


 今まではリリアナが我慢すればよい話だったが、男爵家に対する侮辱を受け入れる訳にはいかない。


「いいだろう。ただし、私が納得できなければ無効だ。本当の恋人ならキスのひとつでも披露してみせろ」




 そうカヴルとの約束を取り付けてみたものの、リリアナには恋人どころか親しい男性も限られている。幼馴染のレイモンドか、同級生だった第二王子メイナード、それから同じく同級生だった侯爵家次男ウォルター。

 三人とも高貴な存在すぎて、リリアナが恋人になるなど恐れ多い。


 けれど、リリアナも人生がかかっていて必死だ。

 なりふり構っていられない彼女は、真っ先にレイモンドのもとを訪れた。


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◆作者ページ◆

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