表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/36

32 子どもたちの家族と再会


 それから三日後。罪人を王都へと移送しに行っていたレイモンドが、子どもたちの保護者を連れて、エリンフィールドへと戻ってきた。


「パパ! ママ!」

「お母さ~ん!」

「父ちゃん! 姉ちゃん!」

「じいちゃん!」


 皆それぞれやっと家族と再会できて、嬉しそうに抱擁を交わしている。

 事件の後、すぐに子どもたちを連れて王都に戻ることもできたが、レイモンドはそれを望まなかった。

 辛い思いをした子たちが少しでも穏やかに暮らせるようにと、保護者たちにエリンフィールドへの移住を提案しに行ったのだ。


 子どもたちには、良い学校に通うための費用を侯爵家が負担し、保護者たちには仕事と住む場所を提供する。望めば土地を与えて、果物農家になることも可能とした。

 王都で貧しい暮らしをしていた家族は、二つ返事で移住を決断したという。


 すでに隣国の者に売られてしまった子どもたちも、これからこの国へ戻って来る予定だ。その子たちの受け入れについても、レイモンドが引き受ける予定となっている。


 この件に関しては、さまざまな事情が絡むので、全て解決するにはまた、時間がかかりそうだ。

 リリアナのように大人となっており、すでに新しい家族がいる者や、中には子どもに恵まれなかった夫婦に引き取られて、この国にいた頃よりも不自由なく暮らせている者もいたと、実際に隣国で確認してきたメイナードとウォルターが話してくれた。


 ただ、人の幸せは人それぞれ。他人が羨む環境にいても不幸を抱えている者や、逆に他人から哀れまれるような環境でも、毎日が幸せに満ち溢れている者もいる。


 特にこの事件の被害にあった子どもたちは皆、幼い頃に人生を大きく変えさせられた者ばかり。事件が解決したので、元居た場所に戻って終わりにはできない。

 一人一人に向き合って、本人の望みを丁寧に聞き取る必要がありそうだ。


 リリアナは、先ほどからリリアナにべったりとくっついている男の子に目を向けた。彼は、他の家族の再会をここからじっと見つめている。


 子ども五人の中で一人だけ、リリアナたちを助けるために倉庫から飛び出してくれたあの男の子だけは、保護者が来なかった。


 彼は孤児院で暮らしていたそうで、レイモンドが孤児院長に事情を説明したところ「引き取ってほしい」と言われたのだとか。

 先ほどそれを男の子に説明したところ、彼は孤児院には戻らずにエリンフィールドに住みたいと希望した。彼のことは前侯爵夫妻が後見人となり、面倒を見る予定だ。


「おじい様、おばあ様と、お話ししにいきましょうか?」


 先ほどこの子を連れて挨拶に行った際に、前侯爵夫妻は「そう呼んでほしい」と許可まで出してくれた。お二人にとっては、久しぶりに小さな孫が増えたような気分で嬉しいらしい。


「いい……。リリお姉ちゃんと一緒にいたい」


 けれど、この子は人見知りが激しいのか、リリアナから離れようとしない。昔のレイモンドのようで、リリアナとしては可愛くも感じるが。


「ふふ。そんなに私を気に入ってくれたの?」

「うん。僕……、将来はリリお姉ちゃんと結婚する」


(可愛い……!)


 幼い頃のレイモンドも、よくこのような可愛らしい告白をしてくれたものだ。懐かしく思いながらニコニコしていると、急に身体が斜めに傾く。


「きゃっ……。レイくん?」


 いつの間にか横に来ていたレイモンドに、抱き寄せられたようだ。レイモンドはにこりと上品な笑みを浮かべながら、男の子を見下ろしている。


「君、リリアナに目を付けるなんて見どころがあるね。けれど残念、リリアナは俺の婚約者なんだ。俺たちは近い将来、結婚する予定なんだよ」

「そうなの……? リリお姉ちゃん……」


 男の子は今にも泣きそうな顔で、リリアナを見上げてくる。


(レイくん……! なぜ、いたいけな男の子を虐めちゃうの!)


 けれどこの場には、子どもたちの保護者だけではなく、前侯爵夫妻や、メイナードとウォルター、侯爵家の使用人もいる。下手なことは言えない状況だ。


「うん……ごめんね。実はそうなの」


 すると、男の子は「うぇ~ん」と泣き出してしまった。リリアナの良心がズキズキ痛む。

 決してリリアナもこの子と結婚したいわけではないが、このくらいの小さな子は、何にも縛られることなく『好き』に浸っても良いではないか。

 幼い頃のリリアナが公然と「レイくんと結婚する」と言っても、誰も咎めなかったように。


 そこへ即座に、前侯爵夫妻が駆け寄ってきて男の子を慰め始めた。


「レイモンド。ワシらの新しい孫が可愛いからって、嫉妬して虐めるでない」

「嫉妬ではございませんよ。彼に長く勘違いさせるほうが残酷ですから」


(偽装婚約なのに、何言ってるの……!)


 リリアナは目で訴えるも、レイモンドは全く動じていない様子で、蕩けたような笑みを向けてくる。悔しいが、その笑顔は最高だ。


「それより、リリ会いたかった。早く二人きりになりたいな」

「そうですね……。ですが、これから皆様と会食ですよ?」


 皆に領地を知ってもらうために、食事会を開くと提案したのはレイモンドだ。

 けれど彼は、寂しそうにリリアナを見つめてくる。まるで寂しいと死んでしまうウサギのようなつぶらな瞳で。


「俺、今回はすごーくがんばったんだけど……。待てないから、ここでご褒美を貰っても良い?」


 レイモンドにあごをくいっと引き上げられて、リリアナは瞬時に察しった。このようなやり取りも、これでもう四度目だ。

 こんなところで、キスされてたまるか。恥ずかしさで皆に会えなくなってしまうではないか。


「レ……レイモンド様、お散歩にでも行きましょうか」

「うん。リリ大好き」


 二人が出て行くのを見守りながら、メイナードとウォルターがぼそりと呟いた。


「あざといな、レイモンド」

「同感です」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

gf76jcqof7u814ab9i3wsa06n_8ux_tv_166_st7a.jpg

◆作者ページ◆

~短編~

契約婚が終了するので、報酬をください旦那様(にっこり)

溺愛?何それ美味しいの?と婚約者に聞いたところ、食べに連れて行ってもらえることになりました

~長編~

【完結済】「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります(約8万文字)

【完結済】悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています(約11万文字)

【完結済】脇役聖女の元に、推しの子供(卵)が降ってきました!? ~追放されましたが、推しにストーカーされているようです~(約10万文字)

【完結済】訳あって年下幼馴染くんと偽装婚約しましたが、リアルすぎて偽装に見えません!(約8万文字)

【完結済】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、事情を知った当て馬役の義兄が本気になったようで(約28万文字)

【完結済】私を断罪予定の王太子が離婚に応じてくれないので、悪女役らしく追い込もうとしたのに、夫の反応がおかしい(約13万文字)

【完結済】婚約破棄されて精霊神に連れ去られましたが、元婚約者が諦めません(約22万文字)

【完結済】推しの妻に転生してしまったのですがお飾りの妻だったので、オタ活を継続したいと思います(13万文字)

【完結済】魔法学園のぼっち令嬢は、主人公王子に攻略されています?(約9万文字)

【完結済】身分差のせいで大好きな王子様とは結婚できそうにないので、せめて夢の中で彼と結ばれたいです(約8万文字)


+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ