32 子どもたちの家族と再会
それから三日後。罪人を王都へと移送しに行っていたレイモンドが、子どもたちの保護者を連れて、エリンフィールドへと戻ってきた。
「パパ! ママ!」
「お母さ~ん!」
「父ちゃん! 姉ちゃん!」
「じいちゃん!」
皆それぞれやっと家族と再会できて、嬉しそうに抱擁を交わしている。
事件の後、すぐに子どもたちを連れて王都に戻ることもできたが、レイモンドはそれを望まなかった。
辛い思いをした子たちが少しでも穏やかに暮らせるようにと、保護者たちにエリンフィールドへの移住を提案しに行ったのだ。
子どもたちには、良い学校に通うための費用を侯爵家が負担し、保護者たちには仕事と住む場所を提供する。望めば土地を与えて、果物農家になることも可能とした。
王都で貧しい暮らしをしていた家族は、二つ返事で移住を決断したという。
すでに隣国の者に売られてしまった子どもたちも、これからこの国へ戻って来る予定だ。その子たちの受け入れについても、レイモンドが引き受ける予定となっている。
この件に関しては、さまざまな事情が絡むので、全て解決するにはまた、時間がかかりそうだ。
リリアナのように大人となっており、すでに新しい家族がいる者や、中には子どもに恵まれなかった夫婦に引き取られて、この国にいた頃よりも不自由なく暮らせている者もいたと、実際に隣国で確認してきたメイナードとウォルターが話してくれた。
ただ、人の幸せは人それぞれ。他人が羨む環境にいても不幸を抱えている者や、逆に他人から哀れまれるような環境でも、毎日が幸せに満ち溢れている者もいる。
特にこの事件の被害にあった子どもたちは皆、幼い頃に人生を大きく変えさせられた者ばかり。事件が解決したので、元居た場所に戻って終わりにはできない。
一人一人に向き合って、本人の望みを丁寧に聞き取る必要がありそうだ。
リリアナは、先ほどからリリアナにべったりとくっついている男の子に目を向けた。彼は、他の家族の再会をここからじっと見つめている。
子ども五人の中で一人だけ、リリアナたちを助けるために倉庫から飛び出してくれたあの男の子だけは、保護者が来なかった。
彼は孤児院で暮らしていたそうで、レイモンドが孤児院長に事情を説明したところ「引き取ってほしい」と言われたのだとか。
先ほどそれを男の子に説明したところ、彼は孤児院には戻らずにエリンフィールドに住みたいと希望した。彼のことは前侯爵夫妻が後見人となり、面倒を見る予定だ。
「おじい様、おばあ様と、お話ししにいきましょうか?」
先ほどこの子を連れて挨拶に行った際に、前侯爵夫妻は「そう呼んでほしい」と許可まで出してくれた。お二人にとっては、久しぶりに小さな孫が増えたような気分で嬉しいらしい。
「いい……。リリお姉ちゃんと一緒にいたい」
けれど、この子は人見知りが激しいのか、リリアナから離れようとしない。昔のレイモンドのようで、リリアナとしては可愛くも感じるが。
「ふふ。そんなに私を気に入ってくれたの?」
「うん。僕……、将来はリリお姉ちゃんと結婚する」
(可愛い……!)
幼い頃のレイモンドも、よくこのような可愛らしい告白をしてくれたものだ。懐かしく思いながらニコニコしていると、急に身体が斜めに傾く。
「きゃっ……。レイくん?」
いつの間にか横に来ていたレイモンドに、抱き寄せられたようだ。レイモンドはにこりと上品な笑みを浮かべながら、男の子を見下ろしている。
「君、リリアナに目を付けるなんて見どころがあるね。けれど残念、リリアナは俺の婚約者なんだ。俺たちは近い将来、結婚する予定なんだよ」
「そうなの……? リリお姉ちゃん……」
男の子は今にも泣きそうな顔で、リリアナを見上げてくる。
(レイくん……! なぜ、いたいけな男の子を虐めちゃうの!)
けれどこの場には、子どもたちの保護者だけではなく、前侯爵夫妻や、メイナードとウォルター、侯爵家の使用人もいる。下手なことは言えない状況だ。
「うん……ごめんね。実はそうなの」
すると、男の子は「うぇ~ん」と泣き出してしまった。リリアナの良心がズキズキ痛む。
決してリリアナもこの子と結婚したいわけではないが、このくらいの小さな子は、何にも縛られることなく『好き』に浸っても良いではないか。
幼い頃のリリアナが公然と「レイくんと結婚する」と言っても、誰も咎めなかったように。
そこへ即座に、前侯爵夫妻が駆け寄ってきて男の子を慰め始めた。
「レイモンド。ワシらの新しい孫が可愛いからって、嫉妬して虐めるでない」
「嫉妬ではございませんよ。彼に長く勘違いさせるほうが残酷ですから」
(偽装婚約なのに、何言ってるの……!)
リリアナは目で訴えるも、レイモンドは全く動じていない様子で、蕩けたような笑みを向けてくる。悔しいが、その笑顔は最高だ。
「それより、リリ会いたかった。早く二人きりになりたいな」
「そうですね……。ですが、これから皆様と会食ですよ?」
皆に領地を知ってもらうために、食事会を開くと提案したのはレイモンドだ。
けれど彼は、寂しそうにリリアナを見つめてくる。まるで寂しいと死んでしまうウサギのようなつぶらな瞳で。
「俺、今回はすごーくがんばったんだけど……。待てないから、ここでご褒美を貰っても良い?」
レイモンドにあごをくいっと引き上げられて、リリアナは瞬時に察しった。このようなやり取りも、これでもう四度目だ。
こんなところで、キスされてたまるか。恥ずかしさで皆に会えなくなってしまうではないか。
「レ……レイモンド様、お散歩にでも行きましょうか」
「うん。リリ大好き」
二人が出て行くのを見守りながら、メイナードとウォルターがぼそりと呟いた。
「あざといな、レイモンド」
「同感です」





