31 レイモンドの行動
「ようこそおいでくださいました。メイナード殿下、ウォルター卿。それから、久しぶりだね。リリアナ嬢」
リリアナたちが、エリンフィール侯爵邸へと到着したのは、深夜になる頃。それにも関わらず、前侯爵夫妻であるレイモンドの母方の祖父母は、皆を温かく迎え入れてくれた。
暖炉の火が赤々と燃えてほんわか温かな応接室にて、リリアナは温かいお茶をいただいてほぅっと一息ついた。
この場にいるのはリリアナの他には、メイナードとウォルターと前侯爵夫妻。
子どもたちは疲れてしまったのか、移動途中で全員が寝てしまった。そのまま侯爵家の使用人たちがベッドへと運んでくれたので、今頃はぐっすりと夢の中のはず。
レイモンドは仕事が残っているからと、あの場で別れた。
彼は結局、領主権限は使わず、犯人たちを王都へ移送し裁きを受けさせるつもりだという。
「大きくなったわね。リリアナ嬢。それに、とても綺麗になったわ」
向かいに座っている前侯爵夫人が、懐かしそうにふふっと微笑んだ。それに応えるように、前侯爵もうなずく。
「ああ。レイモンドが必死になるのもうなずける」
「……恐れ入ります」
まさか前侯爵夫妻も、偽装婚約の演技に協力してくれるとは。レイモンドの手際の良さには、相変わらず驚かされる。
「リリアナ。こちらへは来たことがあるの?」
メイナードの疑問に、リリアナはにこりとうなずいた。
「はい。幼い頃に一度、レイモンド様が招待してくださいました」
リリアナの父は忙しくて、ろくに夏休暇も取らないような人。リリアナがさみしくないようにと、公爵家での夏休暇旅行にはいつも誘ってもらっていた。その旅行の行き先が、エリンフィールドだったことがある。
「リリアナ嬢は、我が領地の果物を大層喜んでくれてな」
前侯爵は、しみじみと昔を懐かしんでいる様子。
エリンフィールドは一年中、さまざまな果物を栽培しており、食事のたびに美味しい果物が並んでいたのだ。
リリアナはその時の、恥ずかしい思い出が蘇る。
『将来はレイくんと結婚して、エリンフィールドに住みたいわ。レイくんと一緒に、毎日美味しい果物を食べたいもの』
あの頃、貴族社会についてよく知らなかったリリアナは、そんな大胆な発言をしていたのだ。まぁ、リリアナの『レイくんと結婚する』発言は、その時に限ったことではなかったが。
リリアナは恥ずかしい思い出を紛らわすように、お茶菓子として出されたイチゴタルトを頬張る。やはり、エリンフィールドの果物は世界一美味しい。
「そうそう。レイモンドったら、リリアナ嬢にもっと美味しい果物を食べさせるんだって、品種改良まで初めてしまってね」
「おかげでエリンフィールドは、果物の一大産地となりました」
(えっ。それって……)
上司面談の際にレイモンドは、同じような発言をしていた。あの時は演技とばかり思っていたが、レイモンドは本当にリリアナのために品種改良までしていたようだ。
口の中に広がるイチゴの味が、急に甘さを増したように感じられた。
前侯爵夫妻が退室した後、メイナードは感心するようにイチゴタルトを見つめた。
「リリアナの影響力が、こんなところにまで出ていたとはね」
「レイモンドはいつも必死だから」
ウォルターと言い、前侯爵夫妻と言い、なぜ皆してレイモンドに対してそのような感想が浮かぶのだろうか。リリアナは首をかしげる。
「レイモンド様ってそんなに必死かしら? 私には余裕たっぷりに見えますけど」
必死にあたふたともがいているリリアナを助けてくれるのは、いつもレイモンドのほうだ。その余裕が時に憎たらしいほど、彼は年下なのに完璧な人間だ。
リリアナがそう思っていると、ウォルターとメイナードは同時にため息をつく。
「ほんとレイモンドって、報われないね……」
「僕だって必死なのに、報われてないよ!」
「殿下のは必死というより、空回りだと思いますよ」
「ひどいよウォルター! リリアナなんとか言ってやって」
「私には何のお話だか……」
急になんの話だろうと二人を交互に見ると、メイナードが説明するように人差し指を立てた。
「つまりね、留学はレイモンド一人で十分だったんだよ。それをわざわざ僕たちを連れて行ったのは、リリアナを他のやつに取られたくなかったから。王宮で僕たちとリリアナが仲良くするのが、気に入らなかったんだよ」
リリアナはそれをぽかんとしながら聞いていたが、少し間を置いて理解したように、ふふっと笑みを浮かべる。
「レイモンド様って、いつになったら私離れするのかしらね」
再び男二人はため息をついた。
「……ほんっと、レイモンドって報われないよね」
「……同感です。結婚しても苦労しそう……」
二人はリリアナの鈍感さに呆れている様子だ。
けれどリリアナも、立て続けにレイモンドの行動を説明されたら、少しは意識してしまう。
しかしレイモンドは、次期公爵であり、今は侯爵という地位まで得ている。彼の結婚相手として見合うのは、公爵令嬢や王女のような高貴な女性だけだ。
いくら幼馴染で仲が良いからといって、しがない男爵令嬢を選ぶほどレイモンドは馬鹿ではない。
レイモンドがリリアナのために尽くしてくれるのは、単に幼馴染であり、姉のような存在だからだ。幼い頃からの情によるもの。
そんな彼の善意を、勘違いしてはいけない。
リリアナはずっとそう思いながら彼と接してきたし、これからもそうであるとリリアナはちゃんと理解している。





