30 犯人との対面4
困惑している皆の表情を見て取ったレイモンドは、静かに説明を始めた。
「子どもの誘拐事件を解決することが、俺の長年の責務だった。けれど俺が幼かったことや、子爵の父親が巧妙に犯罪を隠していたこともあり、ずっと足取りすら追うことは叶わなかった」
リリアナもずっと前に、証拠がなさ過ぎて捜査は打ち切りになったと聞かされていた。
犯人に家を知られているので、また誘拐されるのではないかと、ずっと不安を抱えていた。
けれどまさか、その捜査をレイモンドが引き継いでいたとは、夢にも思わなかった。
「数年前かな。犯人の手口が変わったのか、少しだけ手がかりがつかめるようになってきた」
レイモンドにじっと見つめられ、カヴルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
父親には何度も叱られたが、人事調整課の課長として調べた限りでは、子供の誘拐事件を捜査している事実など、王宮内のどこにも見当たらなかった。けれどまさか、個人的に捜査している者がいるなど、夢にも思っていなかった。
「スラムのガキがどうなろうと、お前らには関係ないだろう!」
カヴルが吠えるようにそう叫ぶと、それに答えたのはメイナードだった。
「そんなことないさ! スラムの子どもたちだってこの国の国民なんだ! 確かに父上は積極的ではないから、僕たちに丸投げしているけどさ……。というか、父上はレイモンドに甘いんだよ。この件のために騎士団まで貸しちゃって。留学に偽装した捜査だって、父上が隣国に根回ししたそうじゃないか」
「殿下。愚痴はその辺にしてください」
ウォルターに止められて、メイナードはむぅっと頬を膨らませる。
「あのっ、ウォルター様。どういう事ですか……?」
リリアナはまさかと思いながら、ウォルターに尋ねた。
メイナードは「留学に偽装した捜査」だと言った。彼らはわざわざ、そのために留学したというのか。
「留学先での捜査ですでに、隣国側の売人や子どもを買った貴族は調べ上げている。後はこちら側の売人を、現行犯逮捕するだけだったんだ。その準備中に殿下がヘマして、リリアナ嬢が連れ去られてしまってね……」
ウォルターが『留学先で振り回された』と言っていたのは、このことだったようだ。
レイモンドは一言もリリアナに告げることなく、事件を解決するつもりだったようだ。
一言話してくれたら、リリアナも少しは手伝うことができただろうに。
このような時のレイモンドは頼もしくもあるが、遠くに行ってしまったようで少し寂しい。
「そうだったのですね。私、レイくんの邪魔をしてしまったわ……」
きっとスカーレットが話してくれた『トラウマの克服』とは、このことを言っていたのだろう。それを邪魔してしまい、申し訳なさでいっぱいになる。
そんなリリアナに対して、レイモンドはちらりと視線を向けて微笑んだ。
「リリは少しも悪くないよ。リリを守り切れなかった俺の落ち度だ。あと、殿下も悪い」
「ほんと、ごめんって~!」
メイナードが『もう許して』と言わんばかりに叫ぶ。この様子だとここまの道中でも、さんざん責められてきたようだ。
「は? 陛下の手を借りて、この私を捕まえるだと? お前ら貴族はいつもそうだ。親や権力のすねをかじって、美味しい思いをしやがって。私たち親子は苦労して爵位を得たんだ!」
カヴルは、これまでの人生への恨みのようにそう叫んだ。
スラムで生まれて、貧しい生活を強いられていた幼少期。貧しいというだけで、同じ平民にも蔑まれ、貴族にはゴミのような視線を向けられてきた。
父親の稼業のおかげでその最悪な環境から這い出ることができ、良い学校へ通えるようになると必死で勉強した。学さえあれば、良い暮らしができると。
そうして良い学校を卒業して、王宮に就職することができ、伯爵の手足となって働くことで、爵位を得るまでになった。
カヴルの人生は、ひたすら努力の積み重ねだった。努力の方向性など関係ない。結果を残せた者が最後に勝つ。
貴族よりも昇進するたびに、彼は自信を付けてきた。
「その爵位は、不正や他人の不幸によって得たものだろう。リリアナはお前の父親によって、幼い頃に誘拐の被害に遭っている。それでも堂々と、リリアナに求婚できるのか?」
レイモンドの言葉は、それまでのカヴルの自信を一気に崩すものだった。
手に入れたいと思っていた女性が、自分たちがのし上がるための犠牲になろうとしていた。
スラムの子どもを売ろうが殺そうが心は痛まなかったが、自分の妻にしようとしていた者が、その被害に遭うのは到底受け入れられない。
彼にとってリリアナは、悲惨な過去を捨て去り、貴族としての幸福な人生の象徴となる女性だったから。
スラム時代を思い起こさせるような悲惨な過去が、リリアナにあってはならなかった。
「そんな。親父がリリアナまで……」
カヴルは力が抜けたように、がくりと地面に膝をついた。
反論する力は、彼にはもう残っていないようだ。
レイモンドは、カヴルの前へと進み出た。
「領主権限で、即時刑を執行する」
そう言い渡しながら剣を抜きかけたレイモンドは、ちらりと後ろへ振り返った。そこに映ったのは、不安そうに成り行きを見守っているリリアナと、彼女にぴったりと身を寄せている子どもたちの姿。
レイモンドは気が変わったように、剣から手を離した。
「……連れて行け」
(レイくん……)
カヴルの身柄が騎士に引き渡されると、ようやく子どもたちも事態を理解したようで、明るい表情をリリアナに向けてきた。
「リリお姉ちゃん、悪いおじさんは捕まったんだよね?」
「ぼくたちお家に帰れるの?」
「ええそうよ。皆でお家に帰りましょう」
わあっと喜んでいる子どもたちを見て、リリアナもやっと肩の荷が下りたような気になる。
レイモンドのおかげで、過去の事件まで解決された。
この光景を忘れてはいけない気がして、カヴル親子が連れていかれる様子を見つめていると、リリアナは外の様子に気がついた。
外の雪はいつの間にか、横殴りの吹雪になっていたのだ。
「あっ。吹雪……」
吹雪の中へと去って行く、カヴル親子。
なんだか不思議だ。
恐怖していたものの中に、恐怖していた人が吸い込まれていくようだ。
ぼーっとその様子を見つめていると、仕事を終えたレイモンドがようやく駆けつけてきた。
「リリ……。大丈夫?」
「リリアナ……」
「リリアナ嬢……」
レイモンドと、メイナード、ウォルターの三人がただならぬ不安げな表情でリリアナを見てくるので、リリアナは目を瞬かせる。
けれど、すぐに三人が何を気にしているのか理解できた。
リリアナ自身、驚くほどすんなりと受け入れていることに、不思議な感じすら覚えている。
そして、なぜ今までこんなにも恐れていたのか。少しだけ恥ずかしくなり、照れ笑いした。
「へへ……。吹雪はもう、怖くないみたい」





