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26 放課後のレイモンド


 リリアナが目覚める数時間前。

 学年末試験を終えて校舎を出たレイモンドは、報告にきた騎士と馬車の前で話をしていた。


「目標が到着したとの連絡が参りました」

「荷物のほうはどう?」

「そちらはまだ連絡がございません。荷物無しで逃げるつもりでしょうか」

「どうかな。もう少し様子を見よう。俺もリリアナを連れてそちらへ向かうから、目標が出国しないよう監視しておいて」

「承知いたしました」


 騎士にそう伝えてから馬車に乗り込もうとすると、辺りが騒がしくなる。なにごとかと後方を見てみれば、暴れ馬のごとく馬車が疾走してきた。

 その馬車の御者は、レイモンドの近くまで来ると思い切り手綱を引く。馬はいななきとともに、仁王立ちになりながら停止した。


 その馬車から出てきたのは、メイナードとウォルター。レイモンドは眉間にシワを寄せた。


「レイモンド~! どうしよう! リリアナがさらわれちゃった!」


 涙でぐちゃぐちゃな顔のメイナードと、それを気遣うように支えるウォルター。

 学生時代からたびたび、リリアナを振り回してきたメイナードが、何をしでかしたのか。レイモンドには考える必要もなかった。

 理性が吹き飛んだレイモンドは、硬く握った拳をメイナードの頬に叩き込んだ。


「何度、リリアナを振り回さないでくださいとお願いすれば、聞き入れてくださるんですか!」

「本当にごめん! こんなことになるとは思わなかったんだ!」

「殿下もご存知でしょう! あと、もう少しだったんだ……!」


 メイナードの胸ぐらを掴み上げるレイモンドを、ウォルターが止めに入った。


「やりすぎだレイモンド。落ち着け」


 下校中の生徒たちも、様子を見に集まり始めている。レイモンドは仕方なく、メイナードから手を離した。


「リリアナは今、この時も、恐怖で怯えているかもしれない。落ち着いて居られるはずないだろう」


 二度とこうならないために、レイモンドはこれまで努力してきた。そして彼女のトラウマを克服するための段取りが、ようやくついたところだったのだ。


 そこへ、騎士の元へ、一羽の鷹が飛来してきた。

 騎士の腕に止まったその鷹の足には、紙が括りつけてある。


「レイモンド様。荷物が動き出したそうです。その……、成人女性を一人追加したと……」

「リリアナに違いない。今すぐ追う」


 馬車に乗り込もうとするレイモンドを、騎士は血相を変えて引き止める。 


「お待ちください、レイモンド様! 追いかけるのは危険です。二年前のことをお忘れですか」


 二年前。やっとのことで、子どもを誘拐する馬車を突き止めたレイモンドたちは、山道を追って馬車を捕まえようとした。

 けれどその時、犯人はあろうことか、子どもを乗せた馬車を谷へと突き落として逃亡した。


 レイモンドとリリアナが出会った時の犯人は「殺しは好かねえ」とレイモンドを置き去りにするような人物だったが、時を経て組織は、残虐な方向へと進化している。

 下手に追うほうが、リリアナたちを危険に晒してしまう。


「それに現行犯逮捕でなければ、黒幕を重い罪で罰するのは難しいですよ」

「わかっている……」

「密偵がいるので、お嬢様の身の安全は保障されております。どうかここは、こらえてください」

「…………」


 レイモンドはその現行犯逮捕の現場を、リリアナに見せてやるつもりで準備していた。

 二人のトラウマを克服するには、犯人が誰であり、その犯人が罰せられる場面をしっかりと目に焼き付ける必要があると、レイモンドは考えていた。

 そのチャンスは、今回が最初で最後になるかもしれない。

 レイモンドは苦渋に満ちた表情で決断した。


「計画どおり進める」





 翌朝になると馬車の扉が開き、樽に入った水と、パンがたくさん入った袋が差し入れられた。商品である子どもが最低限、健康を維持するための配慮はするつもりのようだ。


「それが一日分だ。考えて食えよ」

「はい。――さぁ皆、パンをいただきましょう」


 リリアナが子どもたちにパンを配り始めると、犯人の男が面白いものでも見るようにリリアナを見つめる。


「お前。この状況のわりに協力的だな。昨夜はずいぶんと、賑やかな声が聞こえていたが」


 昨日はあの後も子どもたちが怖がらないよう、一緒に歌を歌ったり、おとぎ話を聞かせたりして落ち着かせた。おかげで今朝の子どもたちは、男たちを見てもさほど怖がっている様子は見られない。


「……子供たちが心配なだけです」

「そりゃお優しいお嬢様だ。俺たちのことも慰めてくれねーか」


 下品な笑みで男がリリアナに手を伸ばそうとしたが、もう一人の男にその手を止められる。


「馬鹿。こいつに手を出したらあの方(・・・)に殺されるぞ」


 そう言った男の顔には、見覚えがあった。

 どこで会っただろうかと、記憶を巡らせたリリアナは、嫌な記憶が蘇り身体が硬直する。


「あなた……。カヴル子爵の御者の……」


 彼は取り立てて特徴のない御者だったが、馬車がたびたび故障しては「管理が悪い」とカヴルに叱られていたので、何となく記憶に残っている。


「覚えていてくださったとは嬉しいです、リリアナお嬢様。もうすぐ、ご主人様(・・・・)にお会いできますよ」




(どうしよう……。まさか私を誘拐したのが、元上司だなんて……)


 気持ち悪い行動が多い上司だったが、ついに超えてはいけない一線まで超えてきたようだ。人さらいに依頼までするなど、本当にどうかしている。


 両手をぎゅっと握りしめることで身体の震えを押さえていると、リリアナの隣に座っている子が、心配そうに顔を覗き込んできた。


「リリお姉ちゃん、具合が悪いの?」

「……ううん。大丈夫よ。ふふ。私もお腹すいちゃった」


(今は不安を抱えるより、子どもたちのことを第一に考えなきゃ)


 不安を隠すようにパンにかぶりついたリリアナは、にこりと子どもたちに微笑んで見せた。




 夜になる頃には、再び人の賑わいが聞こえるような場所へと進んでいた。微かに潮の香りが漂ってくる。どうやら、港街のようだ。


(王都から一番近い港といえば、エリンフィールドかしら……)


 奇しくも、レイモンドが提案した婚前旅行の前に、彼の領地へ来てしまったようだ。


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◆作者ページ◆

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