25 馬車の中
(私、誰かに口を塞がれて……)
意識がない間に、この馬車に乗せられた。今は連れ去られている最中のようだ。
そして、子どもばかりのこの状況。
リリアナは否が応でも、過去の記憶が蘇る。
「……もしかして皆。誰かに捕まってしまったの?」
「うん……。遊んでたら急に」
「僕は学校から帰る途中で……」
「うえ~ん! お家に帰りたいよ~!」
どうやらあの時と、似たような状況のようだ。
子供たちは皆、唯一の大人であるリリアナに向けて、不安でいっぱいの表情を浮かべている。
リリアナがずっと恐れて、トラウマとなっていた状況が、再びこの身に起きてしまった。
もしそのようなことが起きれば、パニックになって泣き叫ぶと思っていた。
けれど、意外と冷静でいる自分に、リリアナは驚く。
怖いという気持ちよりも、目の前にいる子どもたちをどうにかしたいという気持ちのほうが大きいからだろうか。
リリアナには元来、年下を守らなければという使命感が備わっている。
「皆……、大丈夫よ。私はこう見えて貴族のお嬢様なの。きっと今頃、使用人達が必死に探しているはずだから安心して」
「本当に……?」
リリアナに抱きついている子が、不安で潤ませた瞳で見上げてくる。
「本当よ。だから心配しないで」とその子の頭をなでながら、他の子たちにも目を向けるが、言葉だけでは不安はぬぐい切れないようだ。
(もっと気が紛れるような……そうだわ)
リリアナはポケットからアロマオイルの瓶を取り出した。
(レイくんごめんね。少し使わせてもらうね)
心の中で謝ってから、リリアナは瓶の蓋を開けて自身の袖にちょんっとオイルをつけた。
「ほら、良い香りで落ち着くでしょう? 助けが来るまでのんびりしていましょう」
子どもたちに向けて腕を差し出し、アロマの香りを嗅がせる。それからリリアナは「はぁ~」と、リラックスするように椅子にもたれた。
子どもたちは、のんきなリリアナを見て不安が一気に消えたようだ。
「わあ! わたしにもやって!」
「ぼくもぼくも!」
リクエストに応えて全員の袖にアロマを垂らすと、ここはもう囚われた牢獄ではなく、解放感溢れるお花畑に変わっていた。
(良かったわ。これで、助けもすぐに来ると良いけれど……)
リリアナは窓に視線を向けた。すでに日は暮れており外は真っ暗。建物から漏れる光も見えないので、王都からは出てしまったようだ。
メイナードが気がついてから、王宮に連絡を入れるまでには時間もかかる。今の時間で助けられていないということは、足取りが途絶えた可能性が高い。
(でも、あの時よりはマシね)
幼い頃に誘拐された時の馬車は、ただの荷馬車に覆いをかぶせただけのものだった。リリアナたちは寒さと恐怖の両方に耐えなければならなかった。
次第に寒さで衰弱する子や、熱であえぐ子も出てきて、さらに恐怖は煽られた。
あの時と比べると、馬車のグレードが上がっている。全員が楽に腰かけられる椅子に、暖房と照明まで完備されている。
同じ犯人なのかは定かではないが、もしそうなら途中で子どもを減らすことなく運ぶ工夫をしたようだ。
それにもし治安警備隊に怪しまれても、孤児院の馬車とでも説明すれば、いくらでも言い逃れできる。悪知恵も進化したようだ。
いまだに、このようなビジネスがあることには怒りを覚える。けれど、リリアナは不思議でしかたない。
なぜ、大人のリリアナが子どもと一緒に誘拐されたのか。





