23 王子とお茶
それからしばらくして、びくともしなかった長蛇の行列がいきなり流れがよくなり出した。
どうやらメイナードが指示して、受付の人数が増えたようだ。
おかげでリリアナは、思っていたよりも遥かに早い時間に書類を受理してもらうことができた。
それから人事調整課へ行って、ウォルターに近況報告をした後、約束どおりにリリアナはメイナードのもとを訪れた。
「リリアナ、待っていたよ! さあ、座って」
彼の執務室へ入ると、執務室とは思えない光景にリリアナは驚いた。
「わあ……! こんなに、どうなさったのですか?」
「きっと昼食を食べていないと思って、多めに用意させたんだ」
応接セットのテーブルに用意されていたのは、アフタヌーンティーと呼ぶには多すぎる料理の数々。どう考えても二人だけでは食べきれそうにない。
「ふふ。それにしても、多すぎます」
「そ……そうかい?」
またメイナードの、少しズレた優しさが炸裂したようだ。
リリアナは本当に昼食を食べていなかったので、ありがたくいただきながら先ほどのお礼や、受付の様子をメイナードに話した。
来年はこうならないよう、事前にウォルターと話し合って調整しなければと、彼は意気込んでいる。
そして話がひと段落すると、メイナードは言いにくそうに話を切り出した。
「リリアナ。この間の話だけど……」
「この間ですか?」
「ほら、レイモンドとの婚約の話。僕がなんとかしてあげるって言っただろう?」
レイモンドの悪夢の件で忙しくて忘れていたが、この前会った時に彼はそのような話をしていた。あの時は、レイモンドが来たので話がうやむやになってしまったが。
こうしてまた話を持ち出すからには、よほど心配してくれているようだ。
「その件につきましては、もうすぐ解決する予定です」
「解決? 婚約解消するってこと?」
「今は詳しくお話しできないのですが……。お互いにとって納得できる結果になる予定です」
これは陛下も巻き込んだ偽装婚約なので、リリアナの判断で事情を知る人を増やすわけにはいかない。けれど、心配してくれる友人に対して、これくらいは許されるはずだ。
メイナードは詳しく聞けないのが残念なのか、落ち込んだ様子でため息をついた。
「……そう。僕にとっても良い結果だといいな」
メイナードは落ち込むほど、この婚約が心配なのだろうか。
彼の口ぶりでは、リリアナが望まぬ婚約をさせられたことを心配している様子。
レイモンドとも親しいメイナードならば、レイモンドが無理強いさせるわけないとわかるだろうに。
なんだか、レイモンドが悪者になっているような気がして、リリアナは心配になる。
「それに殿下は、勘違いをしておられますわ」
「勘違い?」
「はい。今回の婚約は私も望んでのことでした。っというか、私からお願いしたというか……」
「なぜリリアナが! レイモンドのことは弟としか見ていないんだろう!」
穏やかなメイナードにしては、信じられないほどの剣幕なので、リリアナは驚いてたじろぐ。
少しでもメイナードの心配を軽くしようと思っての発言だったが、思わぬ逆効果を生んでしまったようだ。
「は……はい。そちらにつきましても、全て解決したらお話ししますね」
結局は偽装婚約が終了しなければどうにもならない。申し訳ない気持ちでそう述べると、メイナードは決意したかのようにその場にすくっと立ち上がった。
「リリアナ! 今からデートしよう!」
「…………へ?」
すぐさまメイナードに連れられて、リリアナは馬車へと乗せられた。街に到着してその馬車とも別れてから、リリアナは落ち着かない気持ちでメイナードに話しかけた。
「殿下っ……。本当に二人だけで出てきてしまって、よろしいのですか?」
彼の護衛には秘密で出てきてしまった。公爵家の護衛もまだ戻る時間ではなかったので、本当に二人きりだ。
リリアナは普段から、護衛なしで街に買い物に来るので慣れているが、メイナードに何かあったら大変だ。
「二人きりでないとデートにならないだろう。それと、今は名前で呼んでくれ」
「……わかりました。メイナード様」
けれど、このようにして連れ出されるのは初めてではない。学生時代にもよく、放課後に「遊びにいこう」と連れていかれたことがある。
優しい性格のメイナードだが、こういった時は王子らしいわがままが顔を出す。
王子として制約が多いだけに、こうしてたまには息抜きしたいのだろう。そう思ってリリアナはいつも彼に付き合ってきた。
けれど、いつもは後から探しに来てくれるレイモンドとウォルターの助けは、今日は期待できない。
(殿下が無茶しないよう、私がしっかりお守りしよう)





