22 王宮へ
翌朝。今日は一日、外でのお使いがあるリリアナは、レイモンドと一緒に馬車に乗って、彼を学園まで送ることにした。
「いってらっしゃいレイくん。試験、頑張ってねっ」
「うん。また夜に」
校門前の目立つ場所で、レイモンドにおでこにキスされ。登校してきた生徒たちがキャーっとなる。今日は学年末試験だというのに、レイモンドは余裕たっぷりだ。
「そうだ。試験が終わったら、婚前旅行に行こうか。久しぶりに婚約者のリリに、エリンフィールドを案内したいな」
「まっ……まあ! 嬉しいです。楽しみですね」
(さすがに、ただの演技よね?)
もうすぐ偽装期間終了となるので、二人で旅行へ行く必要はなくなる。
(この演技も、あと少しよ……)
恥ずかしさを隠すようにおでこを手で押さえながら、リリアナは馬車へと戻った。
「今日は王宮で書類を提出してから、人事調整課に顔を出して。それから公爵夫人に頼まれた買い物と、レイくんのアロマオイルも見たいし……。今日中にこなせるかな……」
指を折りながら今日の用事を再確認したリリアナは心配になってくる。なにせ年度末の王宮は、戦場のような忙しさだと聞く。
リリアナは今年初めて経験するが、去年の年末の時点で、各部署から応援要請の申請書が山ほど来ていた。それを見ただけで、どれほど忙しいのか推測できる。
それに加えて、人事大移動も起きているはずなので、王宮は混乱気味かもしれない。
「私もがんばって、書類を受理してもらおう!」
公爵家から託された書類を今日中に受理してもらうことが、今日のリリアナの使命だ。
気合を入れて馬車を降りたリリアナは、夕方前には終わらせたいという希望的観測を御者と護衛に伝え、その頃に迎えに来てもらうことにした。
皆と別れて王宮へと入ったリリアナは早くも、遥か彼方まで続いている行列を目にして圧倒された。
(本当に、今日中に終わるかな……)
希望的観測が甘すぎたかもしれない。
早々に怖気づいていると、「やあ、リリアナ」と後から声をかけられた。
振り返ってみると、メイナードの姿が。
「殿下……! どうなさったのですか?」
ここは貴族だけではなく、平民も書類提出に訪れる場所。そのような場所に王族が足を運ぶことは滅多にない。
「受付が混んでいると聞いてね。事務手続きをする人員を増やすべきか様子を見に来たんだ」
「そうでしたか……」
「今。僕にしては珍しいって思っただろ?」
今まさに思っていたことを当てられてしまい、「いえっ……そんな」とリリアナは慌てて取り繕う。
彼は優しいし気が利く人ではあるが、その言動が少しズレているというか的外れなことが多い。的を得た行動に対して、驚いていたのだ。
けれど、仮にもメイナードは第二王子。そう思っていても言えるはずがない。
そんなリリアナの態度に気を悪くすることなく、メイナードは笑った。彼自身、空回りが多い性格であることは自覚している。
「まあ。想像どおりさ。ウォルターから頼まれて確認しにきたんだ。僕が言えば手続きを省略できるからって。相変わらず人使いが荒いよ」
「ふふ。ウォルター様らしいです」
王子としては少し資質に欠けるメイナードだが、それを上手く補佐しているのがウォルターだ。
ウォルターが前に、リリアナとレイモンドは持ちつ持たれつの良い関係だと言ってくれたがリリアナも、メイナードとウォルターは良い関係だと思っている。
「リリアナは、どの書類を受理させたいの?」
「えっ? こちらと、こちらなんですけど……?」
どうかしたのかと思いながら書類を見せると、メイナードはその書類を手に取り、後ろに控えていた侍従に渡した。
「今すぐ受理させろ」
「あのっ、困ります!」
「なぜ?」
メイナードはわからない様子で、首をかしげる。
「殿下のご配慮には感謝いたしますが、今はどちらの家門も忙しい時期ですので、不平等が生じるのは良くないと思います。それに今は公爵家の使いで来ておりますので、なおさら行動には気を付けなければなりません」
そう伝えると彼は、なるほどといった様子でうなずく。
「リリアナのそういう真面目なところが好きだよ」
「ありがとうございます」
メイナードの、話せば理解してくれるところも、リリアナは好きだ。王族として意見を曲げずに押し通すことができる立場だが、彼はいつも周りの意見に耳をかたむけ、臨機応変に対応することのできる人。
そんな王子に、友人として親しくしていただけるのは光栄だ。リリアナがそう思っていると、メイナードがぼそっと呟いた。
「……やっぱり、リリアナがいいな」
「えっ?」
「いや、何でもない。早く終わらせてリリアナとお茶したかったんだけど、おとなしく待つしかないね。最後で良いから、帰る前に僕のところに寄ってくれないか」
「かしこまりました」
にこりと微笑みながらメイナードを見送ってから、リリアナははたと気が付いた。
さらに、用事が増えたことに。





