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21 夜の活動


 そうしてリリアナの滞在場所は、レイモンドの隣の部屋へと移動された。この部屋はレイモンドの寝室と直接、扉で繋がっている。

 その扉を開けたままにして、それぞれのベッドへ就寝することにした。


 それから毎夜、リリアナはレイモンドのうめき声で目覚めるようになった。スカーレットが教えてくれたように、レイモンドは本当に毎日悪夢にうなされていたのだ。


「リリちゃん……。いかない……で」

「大丈夫よ。私はいつでもレイくんのそばにいるから。安心して眠ってね」


 手を握り、頭をなでてやると、レイモンドは嘘のように悪夢から開放されて、呼吸が落ち着く。


「どこにもいかないで……。リリちゃん……」


 そんな毎日を繰り返しているうちに、彼に変化が起きた。

 それまで謝罪や、引き留めるような寝言ばかり口にしていた彼だったが、リリアナがいることに安心したのか、他の言葉も呟きはじめた。


「リリちゃん……。大好き。ずっと、いっしょに……いて」


(かっ……可愛い!)


 リリアナをからかう目的では最近よく聞くが、無意識でのこれは可愛すぎる。まるで幼い頃の、純粋無垢だったレイモンドが戻ってきたようだ。


(これは絶対に、レイくんには秘密にしなきゃ)


 今のレイモンドが知れば、きっと恥ずかしさでどうにかなってしまうだろう。

 普段からからかわれている身としては、仕返しとして良い材料ではあるが、リリアナはそこまで意地悪ではない。


 それに、無意識で発せられる純粋な『大好き』は、このような時でもなければ聞くことはできない。

 リリアナにとっては、誰にも教えず宝物のように、大切に心の奥へと閉まっておきたい言葉だった。




 そんな夜の秘密もありつつ、公爵家での仕事のほうもそろそろ大詰めで、忙しさがピークに達していた。


「夕食後まで書類仕事を手伝わせてしまって、ごめんなさいねリリアナちゃん」

「お気になさらないでください。お仕事も大詰めですし、明日も頑張ります!」


 一日中書類仕事に追われた後に、夜中はレイモンドの見守りもする。肉体的には少々疲れが溜まってきたが、レイモンドの寝言が可愛すぎるので、リリアナの心はかなり満たされていた。


「リリアナちゃんがいると、私もやる気が湧いてくるわ。今日はゆっくり休んでね」

「はい。公爵夫人もあまりご無理をなさらないでくださいね。お休みなさい」


 スカーレットの執務室を出たリリアナは、うーっと身体を伸ばして仕事終わりの充実感を味わった。


(レイくんが寝る時間にはまだ早いし、図書室でも行こうかな)


 最近のリリアナは、暇さえあれば図書室に通っていた。

 公爵家の規模となれば、福利厚生も充実している。他にも、大浴場やビリヤードなどができる遊技場。食堂は夜になるとお酒も提供するのだとか。正直、王宮よりも待遇が良い。

 お酒も少し興味があるが、騎士だらけで危険だ、とレイモンドに止められている。



 図書室へと入ると、テーブル席で作業している人たちが目に留まった。こんな時間まで仕事していたのは、スカーレットの執務室だけではなかったようだ。


 通りすがりに「お疲れ様です」と挨拶をしてから、リリアナは本棚へと向かった。

 気晴らしにきたので、趣味などの気軽に読めそうなコーナーを回る。目に留まった本を手に取っては、パラパラとめくっていると、ふと気になる題名の本が目に留まる。


(『香りの世界』……かぁ)


 その本を手に取り開いてみると、アロマセラピーについて詳しく書かれている本だった。

 その本によると、香りによって身体にさまざまな効果を得られると説明されている。

 気分を良くさせるのはもちろんのこと、疲れや、寝不足の解消。風邪を引きにくくしたり、アレルギー症状の改善まで期待できるのだとか。


(もしかしてレイくんの悪夢も、アロマセラピーで治せちゃったり?)


 ふと、そんな考えが浮かぶ。


「……まさかね」


 公爵家では、さまざまな方法でレイモンドの悪夢を改善を試みてきた。アロマセラピーもきっと試している。

 けれど、リリアナが思いついたのは少し違う。


 リリアナが手を繫いでやれば、レイモンドは悪夢から開放される。その動作に安眠できる香りを加えれば、そのうち香りだけでも同じ効果が得られるかもしれない。要は、安心材料のすり替えだ。


 安眠について説明されているページを熟読したリリアナは、「よしっ」と気合を入れて本を閉じた。


「明日、買いに行こう」

「何を買いに行くって?」

「ひゃっ……!」


 突然、話しかけられてリリアナは驚いて硬直した。レイモンドの声だとすぐにわかったが、彼のために秘密の行動を決意した直後だったので、不自然に驚いてしまった。


「香りの世界……? リリ、香水とか好きだったの?」


 後ろから覗き込んだレイモンドは、不思議そうにリリアナの横顔を見つめる。今まで香水などつけたことがなかったので、無理もない。


「ううん! これは気晴らしに読んでいただけっ。それより、明日は学年末試験でしょう。早く寝たほうが良いんじゃない?」


 本を棚に戻しながらそう提案すると、レイモンドはむっとしながら「子供扱いはっ……」と言いかけたが、何かを思いついたように笑みを浮かべる。


「よく眠れるように、リリに寝かしつけてもらおうかな」


(ふふ。素直に甘えるレイくんは可愛いのよね)


 最近のレイモンドは、前よりとげとげしさがなくなったように見える。

 偽装婚約を始めたからだろうか、それとも彼が隠し続けていた悪夢を知ってしまったからだろうか。

 理由は定かではないが、前よりもリリアナを受け入れてくれているのがわかるので、リリアナとしても嬉しい。


「リリが近くにいると落ち着く」


 ベッドへと入ったレイモンドは、リリアナの手を握りながらウトウトとした表情でそう呟いた。


(ん? 私から、リラックス効果のある香りでも出てる?)


 リリアナが実践しようとしていたアロマセラピー的な効果が、すでにあったのだろうか。

 リリアナは自分の腕を鼻に近づけてみたが、自分ではよくわからない。


「……何してるの」

「へへ……。何でもない」


 とにかく、香りは効果がありそうだ。リリアナは改めて、アロマセラピーを実践してみようと決意する。


「学年末試験が終われば、じきに……春休暇だ」

「そうね」


(偽装婚約もあっという間だったなぁ)


 二人が約束した期間は、レイモンドが苦手だという先輩が卒業するまで。学年末試験の時期が終わればすぐに卒業式。春休暇の頃には、レイモンドとは元の関係に戻ることになる。


「もう……すぐ。俺の願いが叶う」

「願い?」

「その時は、リリに………………」


 眠気と戦いながら会話していたレイモンドだが、ここで力尽きたのか規則正しい寝息へと変わった。


(何を言いたかったんだろう?)


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