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02 幼馴染を盾にしてしまいました2


 幼馴染は手紙をスルーされたことに怒っているだけだが、上司にとっては邪魔者の出現。このままそう思わせれば、上司を撃退できるかもしれない。


 レイモンドには少し迷惑をかけてしまうが、二人は姉弟のようにして育った。困った時にはいつも助け合い、持ちつ持たれつの関係を築いている。

 すこーし、彼に怒られるかもしれないが、リリアナにはもうレイモンドに縋るほか、選択肢は残されていない。


 この機を逃してはならないと悟ったリリアナは、「俺は――」と言いかけているレイモンドに、えいっ! と勢いよく抱きついた。

 この一年弱で、レイモンドはまた背が伸びたのか、頼りがいのある抱き心地だ。


(ふふ。レイくん、ますます大人っぽくなっちゃって)


 近所のおばさんみたいな感想を浮かべながら、リリアナはちらりと後ろへ振り返る。


「彼は私の恋人でして……」


 そう告白すると、さすがに上司は驚いた表情で固まっている。


(いける。いけるわ……!)


 確かな手ごたえを感じたリリアナだが、次の瞬間に頭上から「リリ?」と声が降ってきた。


 貴族令息らしく優雅に笑みを湛えたレイモンドは、小首をかしげながらリリアナを見下ろしている。

 それはそうだ。彼にとっては寝耳に水。今まで二人は、一度もそのような雰囲気になったことなどないのだから。


(助けて、レイくん!)


 くちパクと目で訴えたリリアナは、話がこじれる前にすぐさま決着をつけるため、上司へと視線を戻した。


「で……ですから、ダンスはお断りしますっ」


 今までこのようにはっきりと断ることができていたら、どんなに楽だったか。

 情けないが、年下のレイモンドに頼ることでやっと、強く断る言葉を口にできた。それほどトラウマの影響は、今でも大きく残っている。


 上司の顔はわかりやすいくらいに、怒りを湛えて赤くなっていく。

 いつもの上司なら、手を引っ張ってでもリリアナを連れて行こうとするが、今はそれができないので怒りが爆発しそうなのだろう。


 いくら威圧的なカヴルでも、貴族の恋人がいる相手に手を出すことの危険性くらいは心得ているはず。

 下手をすれば家門にも影響が及ぶのだから、爵位を得たばかりの彼は慎重になるほかない。


「ふんっ。そんな言い訳が通用すると思うなよ!」


 怒りをぶちまけるようにわざと人にぶつかりながら、上司はこの場を去って行った。


(やっと……、撃退できた……?)


 長かったこの一年弱。やっと悪夢が終わったような気分。

 力が抜けるようにしてリリアナは、レイモンドから離れた。


 もう奴隷のように休みを返上して、上司に付き合わなくて済む。いやらしい視線を浴びながら、必要以上に触れらることから解放されるのだ。


(ついに……。ついに、平穏な日常が戻ってくるのね)


 今年は良い一年になりそうだ。

 両手をあげて喜びたい気持ちをぐっと抑えて、リリアナはこれからの生活に期待を膨らませる。就職したらしたいと思っていたことは、上司のせいでことごとく叶わずにいたのだから。

 仕事帰りに同僚と飲みに行ったり、自分で貯めたお金で小旅行をしてみたり。ずっと断るしかなかった、友人との交流も再開したい。


 どれから始めようかとわくわくしていると、ぽんぽんと誰かがリリアナの肩を叩く。


「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」


 先ほどよりも笑みを深めている彼は、決してリリアナの状況をともに喜んでいるわけではない。


 幼い頃は「リリちゃん、リリちゃん」と懐いて可愛い幼馴染だったが、昨今において「リリちゃん」と呼ぶ時の彼は、だいたいリリアナに不満がある時。

 つまり、勝手に恋人扱いされて怒っているのだ。


 こんな時は、


「今のは気にしないでください。ありがとうございます助かりました! 私もう帰りますね!」


 逃げるに限る。


「待てっ……リリ!」


 引き止めようとする彼に対してリリアナは、晴れやかに手を振りながらそそくさと会場を後にした。


 彼には後日、謝って埋め合わせをすれば良い。リリアナが手作りお菓子を添えて謝れば、大抵は許してくれる。

 この時のリリアナはそう、楽観的に考えていた。


 さらに状況が悪化するとも知らずに。


 



「レイモンド。リリアナ嬢を上司から救えたの?」

「ずるいよレイモンド! 僕だってリリアナを助けたかったのに!」


 呆然と立ち尽くしているレイモンドに近づいてきたのは、侯爵家の次男ウォルター・エクラドと、この国の第二王子メイナード・アクスライア。

 三人は先日まで、ともに隣国へと留学していた仲だ。

 ちなみに二人ともレイモンドより年上であり、幼い口調のほうが第二王子だ。


「――解決していた」

「え?」

「なになに?」


 聞き直す二人に、レイモンドは無表情で答えた。リリアナに対しては辛うじて笑みを浮かべていた彼だが、その笑みもすっかりと消え去っている。


「リリアナは、俺が助ける前に自分で解決していた。しかも、俺を盾にして……」

「リリアナ嬢らしいね。出る幕がなかったから不機嫌なのかい?」

「盾になるために行ったんだろう? 別にいいじゃないか。僕なんてそれすらできなかったのに!」


 二人の意見は的を射ているが、レイモンドが不機嫌な理由はそこではない。

 公爵家の権力を使えばいくらでも彼女を守れるが、リリアナの気持ちを汲んでいつも自主性に任せているし、リリアナの為ならどのような盾にもなるつもりでいる。


「……ったく。そんな大切なことを言い訳に使うなよ……」


 リリアナにとってレイモンドは、所詮は弟分でしかない。それを再確認させられて、レイモンドは憤りを感じていたのだ。

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◆作者ページ◆

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