18 吹雪の訪問者2
「それにしても、吹雪の日にリリアナを一人にするなんて、レイモンドはひどい奴だな」
二人で図書室へ向かいながら、メイナードは腕を組んでしかめっ面になる。
リリアナの吹雪嫌いは、学園在学中にすっかりと有名になっている。
それというのも、入学して二年目の冬に授業中に吹雪に見舞われてしまい、リリアナがパニックになってしまったからだ。
事情がわからずクラスメイトや先生が困っていた時に、レイモンドが自分の教室を飛び出し駆けつけてくれたのだ。
レイモンドがうまく説明してくれたおかげで、その時はなんとかやり過ごすことができた。
それ以来、メイナードは少しでも雪が降ってくると「カーテンを閉めよう!」と提案するほど、リリアナを気にかけてくれた。王子自ら率先してくれたおかげで、リリアナは大いに助けられた。
「レイモンド様には、一人で行けると伝えてきましたので。私も社会人になりましたし、少しずつでも慣れていかなければ、王宮で働けませんから」
今までは、「怖い」と逃げることが許されるお嬢様だったが、これからは王宮の職員として仕える身。そのようなわがままは許されない。
「無理しなくてもいいんだよ。なんなら僕が言って、雪の日はカーテンを閉めさせるし。吹雪になったら、王宮に安心できる部屋を取らせるよ」
「ふふ。お気遣いには感謝申し上げますが、特別扱いはよくありませんわ」
到着した図書室は、人けがなく静まりかえっていた。今日は通いで働いている人たちが休みなので、公爵邸はどこも人がまばらにしかいない。
ここで別れて、それぞれ目的の本を探そうと思ったが、メイナードは話し足りない様子でリリアナの後をついてくる。
他愛もない話を続けながら、リリアナが探している本を見つけたところで、彼は言いにくそうに切り出した。
「その……。リリアナはレイモンドと婚約したんだよね?」
どうやら、噂を聞きつけたようだ。
これが本当の婚約ならば、共通の友人であるメイナードとウォルターに真っ先に報告すべきところ。事情を話せないとはいえ、友人として少し配慮が足りなかったようだ。
「はい。急なことで驚かせてしまいましたよね」
「凄く驚いた……。僕をリリアナから遠ざけておいて、ずるいよ……」
「え?」
(遠ざけるってどういう意味かしら?)
リリアナが聞き返すと、彼は気まずそうにリリアナから視線をそらした。
「いやっ……。妹も残念がっていたよ。レイモンドは妹の結婚相手候補だったから」
「そうなんですか!?」
メイナードの妹である第二王女は、リリアナたちの一つ下でありレイモンドの一つ上。
歳も近いし、公爵家の嫡男であるレイモンドなら、王女の結婚相手としては打ってつけだ。
(どうしよう……。王女殿下に悪いことをしてしまったわ……)
けれど、この偽装婚約は国王が承諾したもの。国王としては、第二王女をレイモンドへ嫁がせるつもりはないのかもしれない。
「リリアナはその……。特に、レイモンドに恋しているわけではないよね?」
「え……」
「公爵家からの圧力で仕方なく婚約したなら、僕がなんとかしてあげるよ」
「あの……」
メイナードは優しいが、優しさが少し過剰というか、ズレている部分がある。リリアナが困っていると、勘違いしているようだ。
何と答えるべきか迷っていると、誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。そのすぐ後に、本棚の陰からレイモンドが現れた。
「リリ!」
「レイモンド様。どうかなさいました……?」
「遅いから様子を見に来たんだけど……。来て正解だったようだな」
レイモンドはリリアナを引き寄せながら、メイナードを睨みつけた。
「……やあ。レイモンド」
「殿下いらしていたのですね。――リリ。改めて殿下に、俺たちの関係を報告しようよ」
「ご報告でしたら今したところで――」
リリアナはそう答えたが、レイモンドははなから同意を求めてはいない様子で、メイナードから視線を離さない。
一緒に留学へ行くほど仲が良いはずなのに、二人の間の空気がやや重い。
(留学先で喧嘩でもしたのかしら……?)
「殿下もご存知のとおり、陛下の承認を受けて俺たちは正式に婚約しました。お互いに長年の想いが実って幸せなんです。ね? リリアナ」
同意を求められて、物思いにふけっていたリリアナは慌てて「はっはい。幸せ……です」と答えた。
友人相手にこの報告は恥ずかしい。演技なだけに尚更。
けれどリリアナの照れをレイモンドは、満足そうに眺める。
「見てください殿下。この程度の会話ですらリリアナは、頬を染めて恥ずかしがるんです」
(この演技を恥ずかしいって思わない人は、ないと思うけどっ)
メイナードも苦笑いしているではないか。
「本当に可愛い。俺だけのリリ」
一人だけ楽しそうなレイモンドは、リリアナの頬へと手を当てた。
このシチュエーションも三度目ともなれば、流石にリリアナも学習する。
(まずい。またキスされちゃう!)
「……リリちゃん?」
にこりと笑みを称えながら小首をかしげたレイモンドだが、目は全然笑っていない。
おそらく、リリアナが口元を本でガードしたのが気に入らないようだ。
しかしリリアナも、そう何度も人前でキスされるわけにはいかない。
「こっ……これ以上は、恥ずかしいから……」
三度目にしてやっと、はっきりとお断りできた。
リリアナはそう思ったが次の瞬間、レイモンドに両手首を掴まれて本棚へと押し付けられた。思わぬ力強さにリリアナは驚く。
「リリちゃんは、強引にされるほうが好きだったかな?」
「ばかっ! そういう意味じゃないってばっ」
流石に無理やりは、度が過ぎるではないか。リリアナが必死に逃れようとしていると、メイナードの大きなため息が聞こえてきた。
「はあ……もうわかったから。リリアナをあまり困らせないであげなよ。僕はもう帰るね……」
疲れたと言いたげに手をひらひら振りながら、メイナードは出入り口へと向かう。
「殿下、お探しの本は?」
「今日はもういいよ……」
わざわざ吹雪の中を公爵家まできたというのに、目的の本も借りずに、何しに来たのだろうか。
「お気をつけて。殿下」と声をかけるレイモンドのことは無視して、メイナードはこの場を去っていった。
何だかよくわからない展開になってしまったが、嵐が過ぎたようにリリアナがほっとする。
けれど、嵐はまだ過ぎ去ってはいなかった。急にレイモンドの顔が迫り、またも唇を奪われてしまう。
「っん…………………………ちょっ! 今のは必要ないでしょうっ」
「無防備なリリが悪い」
一番はしゃいていたはずのレイモンドまでもが、なぜか不機嫌だ。
(どういう理屈よ……もうっ)