15 幼い頃の二人1
――十三年前。リリアナ六歳、レイモンド四歳だった頃。
あの日は良く晴れた冬の日で、二人はリリアナの家の庭で雪遊びをして遊んでいた。
雪だまを転がし大きくして雪だるまを作り、木の枝で顔や手をつけた。不格好なのがおかしくて、二人はキャッキャと笑いながら、寒いのも忘れて夢中で雪遊びに勤しんでいた。
そんな時、ふとリリアナはこんな質問をしたのだ。
「レイくん、湖が凍ったところを見たことある?」
不思議そうに顔を横にふるレイモンドに、リリアナは瞳を輝かせて語り出した。
リリアナはその年、平民の子も通う学校へと入学していた。
貴族の子は十三歳になる年に貴族学園へ通うまでは、家庭教師を邸宅に招くことが多い。けれどそれはそれなりに財力がある貴族の話で、しがない男爵家などの子どもは普通に学校へ通っていた。
そこでできた友だちから聞いた話によると、冬には近くの湖でスケートをするのだとか。氷の上を刃のついた靴で滑ると、空でも飛んでいるかのような気分になれて、それはそれは楽しいのだという。
リリアナもその遊びに誘われたが、父からは危険だと反対されてしまった。
それでもどのように遊ぶのか見てみたいと、ずっとうずうずしていたのだ。
「ちょっとだけ見に行ってみない?」
「うん、行ってみたい。でも護衛が許してくれるかな……?」
「大丈夫! こっそり出られる場所があるの」
レイモンドの護衛には家に戻ると伝え、彼が暖を取りに行くのを見計らって、再びこっそりと外へ出た。
窓から見られないようにこそこそと移動した二人は、リリアナがよく使う柵の壊れた場所を通って敷地の外へと出た。
「ふふ。うまくいったね」
「うんっ」
まるで冒険でも始まったかのような気分で二人は駆け出し、林に囲まれた道を進んで湖へと向かった。
今まで夏にしか来たことがなかった湖は、一面の氷に覆われており、まるで時が止まっているように見えた。
その静寂を破るように、子供たちの笑い声が聞こえてくる。リリアナの友人が教えてくれたように、スケート靴をはいた子供たちがたくさんいて、氷の上を器用に滑って楽しんでいた。
「わあ! スケートってすごいね。楽しそう」
木の陰からこっそりと覗いていた二人。リリアナは瞳を輝かせながら、その様子を食い入るように見つめていた。
レイモンドは首を傾げながら、覗き込むようにリリアナを見上げる。
「もっと近くで見ないの?」
「近くに行ったら誘われてしまうもの。パパが言っていたけれど、子どもだけでスケートをするのは危ないみたい」
うっかり氷の薄い場所に入り込んでしまったら、氷が割れて湖の中に落ちてしまう。冬の湖の水は想像もつかないほど冷たくて、助けるのが遅れると命が危険に晒されるのだとか。
リリアナと違ってレイモンドは、護衛を付けられるほど大切に守られている。そんな彼を危険な目に遭わせてはいけないことくらいは、幼いリリアナでも心得ていた。
「それじゃ、僕が大きくなったらリリちゃんをスケートに誘うね。リリちゃんが転ばないように手を繫いであげる」
「くぅ……。レイくん可愛いっ!」
そんな未来の約束してからの、帰り道。
急に雲行きが怪しくなり、雪が降ってきたかと思えば、目も開けていられないほどの強風に見舞われた。
「レイくん! 絶対に手を離さないでね!」
「う……うん」
子どもの体格では、吹き飛ばされてしまいそうなほどの吹雪。リリアナより一回り小さなレイモンドが飛ばされてしまわないよう、リリアナは盾になるようにしてゆっくりと歩みを進める。
こんなことになるなら、レイモンドを誘わなければよかった。
リリアナは後悔で瞳から涙が溢れてきて、顔に着く雪と混ざりあって涙なのか雪なのかよくわからない状態となる。
それでもレイモンドを無事に連れ帰らねばならないという使命感で、顔を拭いながら必死に歩みを進めた。
「あそこに大きな木があるわ! 少し休憩しよう!」
巨木に身を隠して、リリアナはホッと息をついた。
「レイくん大丈夫? もう少しだけ歩ける?」
そう尋ねながらレイモンドに視線を向けると、彼はガタガタと震えていた。
前へ進むだけで必死で気が付かなかったが、レイモンドの帽子はどこかに吹き飛び、手袋も片方を落としてしまったようだ。
「レイくんごめんね!」
リリアナは急いで自分の帽子を彼にかぶせ、再び吹き飛ばないようその上からリリアナのマフラーで覆い、あごの下で結びつけた。
手袋の片方も差し出すと、レイモンドはぶるぶると顔を左右に振る。
「リリちゃんが寒くなっちゃう……」
「私は動いたから暑いくらいよ。ほら私の手を触って。温かいでしょう?」
リリアナは冷えきったレイモンドの手を取ると、息を吹きかけながら温め始める。次第に二人の手は同じくらいに温まり、リリアナはにこりとレイモンドに微笑みかけた。
「寒くなったら、またこうしようね」
「うん。次は僕がリリちゃんの手を温めるね」
レイモンドも少し元気が戻ったようで、おとなしくリリアナの手袋を受け取った。
明るく接すれば彼もそれに応えてくれる。リリアナは泣いてなどいられないと自分を奮い立たせながら、再び歩みを進めようとした時。
微かに馬車のような音が聞こえてきた。
「レイくん、馬車が来るみたいよ!」