11 初めての任務3
(まだ仕事があるのかしら?)
事務仕事以外もあるようだ。移動前に使い終わった筆記用具などを机の引き出しに閉まっていると、他の事務員の子たちがリリアナの机の前に集まってきた。
「モリン嬢、一緒に行きましょう!」
「あっ、はい! よろしくお願いします」
なにやら楽しい仕事のようで、皆はしゃいでいる様子。どのような仕事なのだろうかと、リリアナも少しわくわくしてくる。
そうしてたどり着いたのは、公爵家の小広間。扉が開かれ室内へと入ったリリアナは、その光景に驚いて目を見開いた。
そこには大勢の人がおり、リリアナが知っている限りでは公爵家で働いている人たちだ。
各所に置かれているテーブルの上には、たくさんの料理や飲み物が並んでいる。皆、仕事の雰囲気ではなく、和気あいあいと談笑していた。
「皆さん。今日から私の補佐として働いてくれる、リリアナ・モリン嬢をお連れしたわ。知っている方も多いと思うけれど、よろしくお願いいたしますね」
スカーレットの挨拶によって、小広間は温かい拍手に包まれる。
(えっ。私の?)
「今日からリリアナちゃんもオルヴライン家で働く仲間なので、ささやかながら歓迎会を開かせてもらったのよ」
驚いたままのリリアナの顔を見てスカーレットは、サプライズ成功とばかりに少女のような無邪気な笑みを浮かべた。
「あの……。ありがとうございます。短期のお手伝いで歓迎会までしていただけるとは思っていなくて……」
「期間など関係ないわ。ここで皆と打ち解けて、楽しいお仕事に繋げてくれると嬉しいわ」
「公爵夫人……」
リリアナはふと、人事調整課への初出勤の日を思い出した。
人事調整課はそれぞれの任務があり忙しい部署ではあるが、リリアナの初出勤の日は何人かが顔を出しにきてくれた。
仕事が終わったら歓迎会をしようと先輩たちは提案してくれたが、カヴルが「任務地に戻れ」と追い出してしてしまった。
結局は歓迎会すら上司と二人きりだったが、あの頃のリリアナはカヴルの気持ちなど知らなかったので、忙しい部署なのだと納得していた。
けれど後になってその時の状況を理解し、残念な気持ちでいっぱいになった。
「…………」
「あらあら……。リリアナちゃん、何か気に障ったかしら?」
「え……?」
「ごめんなさいね。驚かせてしまったわね……」
おろおろとスカーレットがハンカチを取り出し、リリアナの目元にあてたところで、やっとリリアナは気がついた。涙が出ていたのだと。
今日はまるで最悪だった就職を、一からやり直させてもらっている気分だ。
嬉しすぎて自然と涙があふれていた。
「あの……。嬉しくて。お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません」
「良いのよ、気にしないで。うれし涙はいくらでも流してちょうだい」
優しく抱きしめてくるスカーレットに、リリアナは年甲斐もなく身を委ねた。
彼女は本当に、リリアナの母のような包容力がある。
幼い頃はレイモンドと一緒にやんちゃをして叱られたことも多いが、このような時には必ずリリアナの心に寄り添い、優しく抱きしめてくれた。
「公爵夫人。皆様。本当にありがとうございます。短い間ではございますが、誠心誠意お仕事させてください」
お酒で乾杯をした後。レイモンドの父であるシトリン・オルヴライン公爵は、しみじみと微笑んだ。
「リリアナ嬢と一緒に、酒を飲める日が来るとは嬉しいよ」
幼い頃から公爵家の食事に招待されることは多かったけれど、昨今はレイモンドと二人きりが多かったし、リリアナが就職したのと同時にレイモンドは留学へ旅立った。公爵夫妻とこのような場が設けられるのは本当に久しぶりだ。
「私も嬉しいです。ご招待くださりありがとうございます」
そして、上司以外の仕事仲間と飲むのも初めて。
仕事帰りに同僚と飲みに行きたい、というリリアナの希望も今日は叶ったのだ。
「モリン嬢は一年目なのに、仕事の手際が良いですね。驚きました」
「人事調整課で事務仕事ばかりしていたもので。足手まといになっていなければ良いのですが」
「とんでもございませんわ。初日でこれほどできる方はそうそういないもの。とても助かりました」
「ありがとうございます。嬉しいです」
事務員さんに褒められて、リリアナは照れながら微笑んだ。
人事調整課ではリリアナを独占したいがために、上司が丁寧すぎるほどしっかりと仕事を教えてくれた。辛い日々ではあったが、そこだけはスキルとして実になっていたようだ。
だからといって、上司に感謝する気持ちはあまり湧いてこないが。
「ついにリリアナお嬢様が、公爵邸へ正式に来られる日がきたのですね」
「リリアナお嬢様にお仕えできる日を、心待ちにしておりました」
「お仕えだなんて……。私も仕える身ですから……」
長く公爵家に努めていて、幼い頃からリリアナを知っている人たちは、感慨深げに喜んでいる。
彼らは完全に、リリアナをレイモンドの婚約者として見ているようだ。
(話がどんどん大きくなっているような……)
大丈夫なのだろうかと心配になりながら、公爵夫妻に視線を向けるが、二人とも使用人と一緒になって思い出話に花を咲かせている。
公爵夫妻ともなれば少々のことでは、動じないようだ。
(お二人とも本気で、私たちの偽装婚約に協力してくれているのだから、私もしっかりしなきゃ)
そう決意していると、小広間の扉が開いた。
「レイモンド様がお帰りになりました」





