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10 初めての任務2


「って、二つ返事で出て来ちゃったけど……。任務先って、オルヴライン公爵家じゃない!」


 ウォルターから聞いた仕事内容とは、貴族家の事務補助。自分にもできそうだと喜んだリリアナは、二つ返事で馬車に乗ってやってきた。


 オルヴライン公爵家は、領地をいくつも所有している国で一番の大貴族。王都にあるこの邸宅も、王宮を一回り小さくした程度には大きく、多くの人が働いており、それとは別に騎士団も抱えている。

 レイモンドの話では、もう少し余裕がほしいが、王宮より大きくなると申し訳ないのでこの大きさに留まっているのだとか。


 馬車から降りて外観を見上げたリリアナは、改めてその規模の大きさに圧倒される。今までは幼馴染の家として気軽に出入りしていたが、まさかここで働くことになるとは。


(少し驚いたけれど、初めての任務が慣れ親しんだ場所で良かったかも。皆さんにご迷惑をかけないよう、頑張らなきゃ)


「リリアナちゃん、お待ちしていたわ」


 リリアナが気合を入れていると、庭のほうからレイモンドの母親であるスカーレット・オルヴライン公爵夫人がやってきた。


 真っ赤な髪が美しい彼女は、オルヴライン家の薔薇と呼ばれている。性格ははつらつとして愛嬌もあり、社交界では常に中心にいるような人物だ。

 リリアナの憧れの女性でもあるが、仕事面では意外と厳しいと聞く。

 時には意見の食い違いで激しい議論となり、男性すら泣かせてしまうことがあるという。

 それゆえに、レイモンドと結婚したい女性は星の数ほどいるが、スカーレットが怖くて諦める令嬢も多いのだとか。


「公爵夫人、ごきげんよう。先日は大変お世話になりました」

「ふふ、上手くいったようで良かったわね。――それより、公爵夫人(・・・・)は他人行儀ではなくて? リリアナちゃんはレイの婚約者だもの。母と呼んで良いのよ」


 突然のことで意味がわからなかったリリアナは、一瞬遅れて理解してから顔が赤くなっていく。


「ふぇ……? あの……」

「ああもうっ。なんて可愛いのかしら! 結婚するレイが羨ましいわ」


 スカーレットにぎゅっと抱きしめられたリリアナは、さらに混乱する。


(お母様? 結婚? どういうこと?)


 偽装婚約については、双方の事情をしっかりと説明した上で、両家に了承してもらったはず。

 解釈の違いがある気がして心配になったリリアナは、お付きの侍女に聞かれぬようスカーレットにこそこそと尋ねる。 


「こ……公爵夫人。これは偽装婚約ですよね……?」

「だからこそよ。使用人たちは知らないから、演技しなければね」


 なるほど。とリリアナが納得したところで、スカーレットは「それと」とウインクしながら付け足す。


「リリアナちゃんにお嫁に来てほしい気持ちは本物よ」


(もっもうっ……。夫人ったら……)


 可愛がっている子へのお世辞だということは、十分に理解している。けれど公爵家の人から直接そのようなことを言われたら、勘違いしてしまいそうだ。


 リリアナはそろそろと彼女から離れて、自分を戒めるようにして仕事モードに切り替えた。 


「ほっ本日から、お世話になります。なにとぞよろしくお願い申し上げます」




 リリアナを事務補佐として呼んだのはスカーレットだと、執務室へ案内される途中で聞かされた。

 毎年この時期は王宮に頼んで、臨時の事務員を派遣してもらっているそうだ。公爵家の規模となると、いくら人がいても足りないくらいなのだとか。


「リリアナちゃんには主に、私の補佐をしてもらうわ。こちらが女主人の執務室よ」


 何度も遊びにきているリリアナでも、スカーレットの執務室に入るのは初めてだ。


(わあ。素敵な執務室)


 人事調整課の殺風景な室内とは異なり、女性らしさが溢れる清楚な執務室だ。すでに女性が四名ほど事務仕事をしているが、趣味の刺繍でもたしなんでいるかのような優雅さが漂っている。


(こんな優雅にお仕事できるなんて素敵)


 カヴルと二人きりだった地獄に比べたら、ここは天国の中でもさらに、特別な場所に思える。なにより、女性しかいない空間というのが気に入った。


 リリアナが本当になりたい職業は、王宮の侍女だった。

 侍女はこの国では、女性に人気ナンバーワンの職業。女性王族に仕える能力がある女性となれば、結婚相手探しの際にぐっと箔がつくからだ。

 ただ、リリアナはそういった目的で侍女になりたかったわけではなく、高貴で素敵な女性の身の回りのお世話をしたかったから。

 そう思うようになったのは、公爵夫人であるスカーレットが憧れであり、その彼女の身の回りのお世話をしている侍女たちも、生き生きと輝いて見えていたからだ。


 侍女とは異なる業務内容だが、スカーレットを取り巻く素敵な女性たちに近づけた気分だ。


 皆との挨拶を終えたあと。リリアナは早速、与えられた机で仕事を始めた。

 リリアナに与えられた仕事は、書類の計算チェックだ。


(さすが公爵家。経費のどれを取っても、我が家とは桁が違うわ。これは、レイくんの留学費用ね。滞在場所が何度か変わっているわ。ウォルター様が言っていた『振り回された』ってこのことかな? こちらはレイくんの警備費用。王宮から騎士を借りているのね。公爵家にも騎士は大勢いるのに、なぜかしら?)


 真剣に仕事を進めたいが、レイモンドについて知らなかったことが次々と出てくる。なんだかいけないものを見てしまった気がして、申し訳なくなってきた。


「あの……夫人。レイモンド様の経費なども混ざっておりますが、部外者の私に見せてもよろしいのですか?」

「リリアナちゃんだからよ。いずれはリリアナちゃんに全て任せるのだから、今から感覚を身に着けておいてちょうだい」

「はい……」


(皆の前だからそう言っているのよ……ね?)





 スカーレットのリアルすぎる演技に圧倒されつつも、リリアナは初日の仕事を終えた。

 何とか失敗もなく終えることができて安堵していると、スカーレットはなにやら意味ありげに微笑む。


「さぁ、皆。移動しましょう」


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◆作者ページ◆

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