スイカを手にぶら下げたままで僕は・・・
今年もまた僕は・・・・・
薄闇の空へと昇ってゆく迎え火の煙を眺めながら
あの夏の日に出逢ったあの家族のことを
今年も僕はまた想いだしていた・・・。
§
いつも・・・・・
帰省の度毎にいつも目にするだけで
ただ眺めているだけだった富士山型の紡錘状の山が
進行方向右手の列車の額縁のような窓の外に見えてきたら
なぜだかその日は無性にあの山に登ってみたくなって
いつもは通り過ぎるだけだったその駅で
僕は途中下車をしていた・・・。
標高1,100mほどのその山は・・・・・
小学校の林間学校でしか山に登ったことのないそんな僕でも
それでも山頂まではなんとか難なく登れた
僕でも登れたんだけれど・・・。
登山道の入り口から見上げたときには・・・・・
雲一つ無い青空のその下に山頂までハッキリと見えたのに
なのに頂上付近は自分の足先も見えないほどの濃霧で
雨具などそれこそ何も一切持っていない僕は
頭から身体中びしょ濡れになって下山・・・
それも 登ったときに見た景色とは
明らかに違う場所に・・・。
§
そんな・・・・・
山に登る前に見た
駅舎も家も電柱さえ一本も無い
そんな辺り一面 山の緑のその中に
一台のかなり型式の古い白いセダンが
ぽつんと停まっていて・・・。
その車の脇を・・・・・
黙って通り過ぎようとしたら
運転席の窓が開いて30過ぎくらいの男の人が
「乗りなさい」と声を掛けてくれたんだけれど
「びしょ濡れだから」と言って断わると
「いいから」と言って助手席のドアを
車の中から開けてくれた
でも・・・。
「濡らしちゃいますから・・・・・」
せっかくの親切だったんだけれど遠慮をすると
「そんなの気にしなくていいから」と言ってくれたんで
正直助かったと思いながらご好意に甘えることに・・・
でも それでもやっぱり申し訳なくて
「すいません」と言いながら
その車の中へ・・・。
後部座席には・・・・・
小学12年生ぐらいの男の子が座っていて
「こんにちは」と僕がつとめて笑顔で挨拶をすると
はにかむようにして「こんにちは」とだけ小声で言うと
その子は恥ずかしそうにうつむいた・・・。
車が動きはじめると・・・・・
「毎年いるんだよ 一人二人毎年必ず
下山の際に道を間違えて反対側に降りて来ちゃう人が
そうすると駅のある方に行く為には山を半周グルって回るか
降りて来た山道をまた登って引き返すしかないんだ」
男の人が笑みを浮かべながら話すその言葉に
「そうなんですか」と僕がこたえると・・・。
「そうなんだよ・・・・・
遭難しちゃう人もいるんだよ」と言って
男の人は自分のダジャレに声をあげて笑ってから
「そんな恰好じゃカゼをひくどころか列車にも乗れやしないから
うちに寄っていくといい」と言ってくれたんだけれども
「でも・・・」と僕がまた躊躇いがちに遠慮をすると
「寄っていきなさい」と諭すようにそう言った・・・。
§
その・・・・・
外観が少しレトロな感じの家の
入口の戸に嵌め込まれた透明のガラスには
『ビューティーサロン』と金文字で描かれていて
男の人の後についてその入口から家の中へと入ってゆくと
そこには祖母がパーマ屋さんに行って来たときと同じ匂いが
様々な薬品やシャンプーが入り混じったような匂いが
祖母のことを想いだすそんな懐かしい匂いが
それこそ色濃く籠っていて
そして・・・。
わぁーって・・・・・
おもわず歓声を上げてしまいそうになるくらいに
店のその中もそのまま映画のセットでも使えそうなくらいに
外観同様に趣のあるレトロな感じで・・・。
二脚しかない・・・・・
整髪のときに座る椅子も
その椅子の前の壁に立て掛けた大きな卵型の鏡も
カットを終えたお客が前かがみで髪を洗う際の洗髪台も
外国の古い映画の女優さんみたいな髪形をしたモデルが写る
壁に画鋲でとめられた化粧品会社のポスターも
そして極めつけは・・・。
パーマをかける際に・・・・・
ロッドを巻いた頭をあの器械の中にすっぽりと入れた女性が
その待ち時間に女性誌などをパラパラめくっているのを
テレビのサザエさんで見たことがあるだけで
祖母が「オカマ」と言っていたその器械を
実際にはじめて現物を目にして
僕は・・・。
ここは・・・・・
時代が止まって仕舞っているような
そんなアンティークな品々で統一されたこの店は
ここはまさにヘアーサロンというよりもここは美容院だ・・・
そんなことを思いながら心の中で『いいね』を連打しながら
店の中を眺めていたら・・・。
店の奥から・・・・・
気さくで気立てのいい話し好きの美容師さんといった感じの
エプロン姿の女の人が顔を覗かせたと思ったら
「突然に申し訳ありません」と挨拶をして
僕が下げた顔を上げるよりも先に・・・。
「先ずはお風呂ね・・・・・
濡れた服はまとめて洗濯機の中に入れて
着替えはお父さんのだと少しキツイと思うけど我慢をしてね」
そう言うと「お風呂お風呂」と言いながらもう家の中へ・・・
なんかあっけにとられて男の人の顔を見ると
男の人はただ笑っていた・・・。
§
真夏だというのに・・・・・
濡れて凍えてしまっていた身体を
顔から汗がでるまで湯船につかって温めてから
「お風呂ありがとうございました」と頭を下げながら
居間の中へと入ってゆくと・・・。
そこには・・・・・
美容院の匂いとは打って変わって
焚いたお線香の煙の匂いが籠っていて
お仏壇の前に設けられた精霊棚のその上には
ご先祖様があの世から帰って来られる際に乗ってくる
キュウリで作った精霊馬が飾られてあった・・・。
「どうぞ・・・・・」
笑顔で進められるままに
男の人の向かいの席に腰を下ろすと
その場所から見える庭には僕の着ていた服が干されていて
ヒグラシの鳴くやがて夜へと移り変わる空の下で
陽が傾いてからできてた風に揺れていて
「すみません」と僕がいうと・・・。
男の人が・・・・・
「すぐにご飯になるから」と
もう夕ご飯を食べてゆくことが前提のように言ってから
「何が何でも今日中に帰らなくては成らない理由もないのなら
こんな時間だから今日はもう泊まってゆけばいい
どうせ洗濯物も乾かないのだから」と
笑顔でそう言った・・・。
§
はじめのうちは・・・・・
女の人の後ろに隠れるようにして
僕のことを黙って見ていたそんな男の子も
夕食を終える頃にはもう・・・。
「もう・・・・・
この子ったら一人っ子だから
お兄ちゃんができて嬉しくってしょうがないのね
ごめんなさいね」って女の人が笑うほどに
今はもうすっぱり僕になついてくれて
「おにいちゃん おにいちゃん」って
そう言って・・・。
夕食の後にでた・・・・・
半月の舟形に切ったスイカを
それこそ無心に頬張っていた男の子に
「ねぇ ねぇおにいちゃん たねとばしをしよう
どっちがとおくまでとばせるかきょうそうだよ」と言って
「ねぇ しようしようしようよ・・・」ってせがまれて
縁側で交互にスイカの種を飛ばすくらいに
仲良くなって・・・。
「ほんとにもう・・・・・
この子ったらスイカを食べるといつもこれをやるの
まるでこれをやりたくてスイカを食べてるみたい」と言って
女の人が男の子のそんな姿を眺めながら目を細めると
「このぶんでいくと来年は間違いなく確実に
庭中スイカ畑になっちゃうな」って
男の人も女の人と同じ顔をして
笑っていた・・・。
§
その夜は・・・・・
慣れない登山で疲れた所為か
グッスリと眠った・・・。
§
次の日の朝・・・・・
「ええぇー
もう帰っちゃうの・・・」
涙目でそう言う男の子に
「また来るから」と笑顔で言うと
「いついつねえいつ・・・」と聞かれて
「お盆が明けたらまた大学に戻るから
そのときにまた来るよ」ってそう言うと
「ぜったいぜったいぜったいだよ」って言って
僕に抱きついたときの男の子の身体は
ひんやりしているというよりも
ゾクッとするくらいに
冷たかった・・・。
§
お盆が明けたら・・・・・
実家に居ても退屈なだけだから
大学はまだまだまだ休みだったけれど
あの男の子との約束もあるから帰ることに・・・
手ぶらというわけにもいかないから
男の子が無心に頬張っていた
大玉のスイカを手土産に
喜ぶ顔を思いながら
歩いて行くと・・・。
家は・・・・・
そこにあったんだけれど
しかしその外観は既にもう廃屋同然で
屋根の樋には草が生えて壁も一部が剥がれ落ちて
もう 誰ももう住んでいないことは一目瞭然で
店の入り口のガラス戸に描かれていた
『ビューティーサロン』の金文字も
消えかかっていて・・・。
指先で・・・・・
ガラス戸の埃を払って中を覗いて見ると
店の中のその全てが灰色で覆いつくされていて
あのパーマの器械は倒れてオカマの部分が割れて
壁に画鋲でとめられていた化粧品会社のポスターは
辛うじて剥がれずに残っていたけれど
総天然色はすっかりもう色褪せて
セピア色になっていて・・・。
僕は・・・・・
スイカを手にぶら下げたままで立ちつくす・・・。
そして今年もまた僕は・・・・・
迎え火の煙の溶けた夜空をまだ見上げたままで
あの家族は今年もお盆に帰って来たのだろうかと
今年も僕はまたそんなことを思う・・・。
La Fin