一方通行
三題噺もどき―さんびゃく。
ガチャン――!!!!
耳に痛々しい音が響く。
音の原因は、勢いよくかけた玄関ドアのチェーンロック。
古いアパートに住んでいるから、ドアの内側についている細い銀のケースみたいなやつに、チェーンの先端をはめて、上から下へとスライドするやつ。
思っていたより力が入ったのか、勢いそのまま、ドアノブに手をぶつけた。
じわ、と広がるその痛みは、何とか自分を律しようとしているようで、少し笑えた。
「……」
痛みで一瞬、はたと思いとどまりはしたが、それもただコンマ数秒の話で。
玄関に入ってきた勢いのまま、靴を脱ぎ捨てる。
足の親指と人差し指の間が、ものすごく痛い。ほとんど走りながら帰ってきたからだろう。いらない怪我をした気がする。慣れないものなんて履くもんじゃない……。
久しぶりのあの子との逢瀬だからと思って、シチュエーションに合わせて浴衣と下駄で行ったのに、無駄だった。
「……」
短い廊下を進み、四畳半ほどの小さな部屋に入る。
ま、ワンルームマンションだから部屋はここしかない。
狭いその部屋には、いろんなものが散らかっている。
今日何を着ようかと、朝から試行錯誤した残骸が散らばっているのだ。
お揃いで買ったスカート。色違いで買ったシャツ。同じ色の小さめのバック。
―ぜんぶ、私の趣味じゃない。
「……」
ベッドの上にあったそれらを、掛け布団で適当にくるんでまとめて、部屋の隅に投げる。
勢い棚に当たった。その勢いで、上に置いていた使い捨てカメラが足元に転がり落ちてきた。これ、現像も何もしてないけど、捨てようかな。
あの掛け布団にくるんだ中身もそのうち捨てよう。
あー……でもなぁ……そうだなぁ。
私のこれは、衝動的なものでしかないから、あの子には言ってもいないし、伝わってもないだろうし……。
一方的に逃げてきただけだから。
「……」
この浴衣だって、あの子と色違いで買ったのに。
まぁ、時期が時期で、ことごとく祭りが中止になって。着ることがないままに、クローゼットの中に直しておいたのだ。それを、はたと思い出して、せっかくだからと思って着たのだ。動画とか見ながら、慣れない着付けをして。いらない時間だったけど。
あの子は白っぽい着物で、私は黒。大き目の柄が入った、少々派手な浴衣。
私1人じゃ、絶対に選ばないデザイン。
どこまでも。
いつまでも。
あの子が中心で。
あの子が全てみたいなもんだったから。
よくないと分かっていても。
「……」
だから、こういうときに、耐えきれなくて逃げるんだけど。
今までもあったけど、その時は自分がいたから、どうにかしてたんだ。
でも、今はあの子のすぐ隣に、いつでもいるわけじゃないから。
「……」
もう。無理だと思ったんだ。
私じゃできないと思ってしまったんだ。
分かっていたし、決まっていたことだけど。
それを、こんな風に、ふいうちみたいな形で見せられてしまっては、耐えられるものも耐えられない。
なまじ楽しみな気持ちが大きかった分、反動があったんだろう。
「……」
まぁ。確かに。
ここ数ヶ月、いつもよりレスポンスが悪いなぁとは思っていたんだ。
某感染症のせいで、直接会う事も出来ずに、電話をしたり、メッセージを送りあったりしていた。ほとんど毎日のように。
それが、ここ数ヶ月、明らかに頻度が減っていた。
何かあったのかと思いもしたが、本人が何も言わない限り、突っ込むまいと決めていた。
「……」
それの、原因が今日になって分かった。
もしかしたら、ホントは今日、私と行くのも本意ではなかったのかもしれない。ホントは、アイツと行きたくて、わざと見せつけたりでもしたんだろうか。
―まぁ、あの子にそんなことができるわけでもないんだけど。大方、お互い待ち合わせをしていて、それぞれの相手が来るまで楽しくご歓談というところだったんだろう。
「……」
知らない人から見れば、あの二人はどう映るのだろう。
まぁ、きっと。そう見えるだろうな。
私は、気づきさえしなければ、そうは見えなかった。し、見なかった。
だけど私は。気づいて、気のせいだと思ったけど、やっぱり気のせいじゃなくて、分かってしまって。逃げた。
「……」
せめて、あの日に買った浴衣を着ていくぐらいは、言った方がよかったのかなぁ。
でも、それぐらいは察してくれると思ったんだけどなぁ。
「……」
初めて見た、少し大人っぽいデザインの浴衣。
可愛く綺麗にまとめられた長い髪には、浴衣に合わせた髪飾りが小さくあった。
匂いが苦手だと言っていたのに、今日はその指先を可愛く染めていた。
化粧もどこか、あの子らしくないもので。
手に持っていたスマホケースには、お揃いで買ったストロベリーのキーホルダーなくて、隣に立っていた知らないアイツとのお揃いのモノをつけていた。
ちらりと見えた首元には、お揃いのネックレスをつけていて。
「……」
楽しそうに笑っていて。
私には見せない、異性に見せる笑顔で。
「……ぁ」
あぁ、そうだ。
あの子に連絡をしたままだったのを忘れていた。
何か返信でも返っているかもしれない。
大慌てでメッセージを送ったから、いらぬ誤解を与えているかもしれない。
「……」
右手に持っていた鞄の中から、スマホを取り出す。
浴衣に合わせて小さめの和風な鞄。
「……」
「……」
「……」
ま、知ってたさ。
だって、通知が来れば音が鳴るようにしているんだから。
ここに着くまで、一秒たりともそんな音聞いていないから。
あー、これからどうしよう。
お題:使い捨てカメラ・ストロベリー・ネックレス