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天魔の子・藤堂高虎  作者: 宇井崎定一
第八章 上杉謙信の挑戦
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藤堂高虎、二人の妻により立ち直る

10月23日、

「わかっている、その上でまずは越前守様に頼るべきかと」を

「わかっている」「その上でまずは越前守様に頼るべきかと」に修正しました。

「もう一回言え!」

「織田内大臣様、明智光秀が謀叛によりお討ち死に、今京は明智家により完全に掌握されており……」







 信長討ち死にの報が大倉見城に伝わったのは、四月十一日の亥の下刻(午後十一時)だった。明智軍が出払っていて手薄になった丹波を必死に潜り抜けた織田の兵により、金ヶ崎より早くその情報が入ったのである。







「とにかくだ、全員起こせ!その上で、集めろ、そして誰か金ヶ崎に急使を!あと丹後にもだ!」




 とりあえず必要そうな処置は施してみたつもりだが、それでも何をどうすればいいのかまったくわからない。





 織田信長が死んだ。それも明智光秀の謀叛によって。何を光秀がしたいのか、そしていったいどれほどの見通しがあるのか。


 いやそれ以上に信長の死により、この天下はどうなるのか。




「ああああああ!!」


 頭を猛烈にかきむしりつつ、いろいろ考えながら城中の人間をたたき起こせそうな声を出して走り回る。

 その姿がみっともないとか情けないとか、そういう事のすべてが今の高虎にとって枝葉末節だった。













「殿…………その、えーと」

「わかっている!!もう聞き及んでいるだろう!」

「はい、その、でも、それが……」


 かきむしり過ぎてまるで落ち武者のように髪をざんばらにした高虎が、真っ赤な目で四人の重臣に向かって赤い灯火の中で吠えていた。


 朝倉景鏡も山崎長徳も真柄直基も、本多正信さえも信長の死と言う事態に正体を失い乱れ切った主人に気をかける事はなく、ただ震えていた。



「それでだ、どうすればいい!」

「とりあえず金ヶ崎に!」

「もう使者はやったわ!あと丹後の右衛門佐にもな!」

「守りを固めるよりほかないと思います、明智がやったと言う事はこの若狭は真っ先に標的とされる場所であり」

「明智は一万だぞ、我々は二千だぞ!どうやって戦う!」

「いっそ逃げますか」

「それでは丹後の一色殿や田中右衛門佐はどうなる!船で逃げろとでも言うのか!」


 こんな状態で会議をやった所で話がまとまるはずもない。高虎に水を向けられた三人の重臣が一応提案をしてはみるが、すぐさま高虎に揚げ足を取られるようなそれでしかなかった。


「おい本多、何かないのか!」

「すぐさま仇討の兵を興すべきかと」

「わかっている」

「その上でまずは越前守様に頼るべきかと」

「金ヶ崎へ行けと言う事か」

「そうです。何よりまだ岐阜中納言様は健在のはずです」


 唯一、正信だけは中身のある程度ある案を寄越して来た。

 確かに信長は死んだが、まだ信忠は健在だ。その信忠がいる限り、織田家がたやすく崩れることはないと言うのだ。


「だが上杉はこんな時を」

「そんなことはどうでもよろしい!!」

 それでなるほどと言う顔になった高虎に対し当然とも言える懸念を吐き出した直基を、正信は細腕で殴り飛ばした。


「我々が上杉ならこんな絶好機を見逃すわけはない、来るのはわかりきっている!」

「越中かも」

「右大臣の死によってより大きな打撃を受けているのは織田だ!越中からどうやって織田を攻める!飛騨を通るのか?」

「……」


 直基を言い負かした正信は高虎に顔を近づけ、先ほど直基を殴り飛ばした拳を高虎の眼前に突き付けた。


「わかった、集められる限りの兵をかき集めて金ヶ崎に向かう!三人とも出来得る限りの兵を集めて来てくれ!」

「奥方様はどうなるのです!」

「遅れた者は城の防衛に回す!さあ早く付いて行け!」



 ようやく芯が入った高虎に付き従うかのように、正信も走り出した。三人も遅れてそれに付き従って走りながら声を上げ、そしてそれぞれの従者に甲冑を付けさせた。










「とりあえず何人だ」

「五百ほどです。いずれは若狭の諸侯たちも駆けつけてくるでしょうが藤堂家の領国としてはこれが精一杯かと」



 半刻後、藤堂家の全力に近い五百の兵が大倉見城の広間に集まった。急にたたき起こされて不機嫌そうなままの兵もいれば、信長の死を知って混乱の真っただ中にいる兵もおり、場は異様なほど雑然としていた。



「まったく唐突で済まないが、よく聞いてもらいたい。実は昨日、あの織田内大臣様が、明智光秀により討たれたのだ!」


 その雑然とした連中に向かって、高虎は静粛にだのなんだのと言う事もなく端的に事実をぶつけた。多くの兵がああやっぱりかと手を打つ中、本当だったのかよと頭を抱えてうずくまる人間もいた。


「私は我らが主君浅井越前守は、必ずや織田様のために戦ってくれると信じている!そして何より織田の次の、いや現当主の事を思い返してもらいたい!岐阜中納言様が、泣き寝入りするようなお方だと思うのか!?」



 織田信忠の名前は、浅井家の内部でも十二分に行き渡っていた。

 

 浅井家の家臣は今やほとんど長政の代からの新参ばかりであり、彼らにとって浅井久政は武田信虎と共に当主である長政に歯向かった老害に過ぎなかった。

 その老害である久政を排除してくれた織田信忠は恩人であり、その上風流もわかると言う事で人気が高かった。




「なんだ、まだ中納言様がいらっしゃるじゃないか!」

「織田はまだ大丈夫だ、そして浅井も問題はないぞ!」

「何が明智光秀だ、恐るるに足らずだぜ!」




 安堵のため息がこぼれ、歓声が上がり、一挙に場が一つになって行く。高虎は正信の方を見ないようにしながら自分の胸の鼓動を止め、そして兵士たちが落ち着くのを待った。




「だが、織田や浅井を良く思わぬ者が中納言様を狙わぬとは限らぬ。無論あくまでも私は越前守様の配下だが、だからこそともに来てもらいたい。金ヶ崎へ参り、お館様に美濃への出兵を懇願したい!」



 高虎自身、半ばむき出しの美濃にいる信忠がいなくなれば織田家は本当に危ないと思っている。一方で長政はまだ加賀と北近江に守られており、それらの民が浅井家に離反することは考えにくい。



「どうだ、どうかこの藤堂高虎のために力を貸してくれ!」

「参りましょう!」

「一刻も早く!」



 高虎は集まった限りの兵を駆り出し、金ヶ崎城へと走り出す事を決めた。










「あなた!」

「四葩、もう聞き及んでいるか?」

「聞き及んでおります、あの織田様が亡くなったと」


 甲冑を身にまとい太刀を挿す高虎に対し、四葩が寝間着のまま走り込んで来た。一見先ほどまでの高虎と同じように乱れているように見えるが、それにしては口調も顔もずいぶんと冷静である。


「奥方、様、素顔で、殿様の、前に、出るなど……」

「加賀に軟禁されていた間、化粧などまともにした事はありませんから。今はそれに匹敵する一大事なのでしょう」

「え、え、それは、その……」

「なればそんな些事にこだわっている暇はありません、あなたは控えていなさい!」


 整然として着物をまとった侍女が息を切らしながら顔を崩しているのを見ると、女としての格差の違いを思い知らされるような気分にもなる。



「いざと言う時は千福丸と若菜を頼むぞ!」

「逃げろ、と……ハァハァ……」

「それもある、金ヶ崎ならば」

「私は逃げません」



 そして当然とも思える進言に対してもこの反応である。

 この女性を倒すには、それこそ口とかではなく腕力で殴り倒すしかないだろう。無論、その上で付いてくる悪評を覚悟の上でである。これほどの損害を背負えるまともな人間はひとりもいないはずだ。



「いざとなれば戦う覚悟もすべきでしょう。無論、いざとなれば千福丸と若菜は金ヶ崎へと逃しますが」

「そう、です、ね……」

「私はあなたの妻として、最後まで誇り高くあります。明智軍が私の肉体を貪るのならば、それを売り渡しても私は藤堂の女で居続けます!」



 あまりにもはっきりとした啖呵の切り振りに、驚くとかたしなめるとかいう前に思わず笑ってしまった。こんなにまではっきりと覚悟を持っているような人間ならば、なおさらもっと何かしてやらなければならないような気になってくる。



「無事に帰ってきた暁には、今度こそ出来得る限りの高級な反物を送ろう」

「それは危険ですよ」

「何、お前を思うと死ねたもんじゃないから安心しろ」

「それはようございます、ですが私は明智軍に汚されているやもしれませぬ」

「おそらくだが、明智光秀は清廉潔白を気取っている。どんなに憎い人間の眷属だろうとそのような事はしないしさせない。ただ赤くは染まるかもしれないがな」

「だとしたらなおさら絶望しますね、明智光秀って男には。それこそただの殺戮集団の長ではございませんか」


 言うまでもなく処女ではない四葩だが、まだ十六歳のその肉体は男を引き付けるには十二分である。

 あまりにも強すぎるせいで高虎でさえなかなかできないとは言え、少しでも性欲があれば組み敷いてみたいと思わせるほどには艶やかなはずだった。それを武士と言う俗人のくせに遠慮するなどおかしいのではないかと言う、女の意地。



「なれば、口ぐらいは光秀の喜びそうなことを言えばよろしいではありませんか」

「お桂……」

「まだ明智光秀と言うお方が何を望んでいるのかわかりませんが、媚を売っている限りは光秀にとって殺しにくい女になれるはずです。旦那様、光秀と言うのは何を望んでおいでですか」

「清廉潔白を気取っている事からすると、おそらくは主上様か公方様だろう。ただどうすればいいのかはわからんが」

「奥方様、礼儀作法をお教えくださいませ。田舎者はおそらくお偉方の前ですぐ地金を剥き出しにしてしまいます。付け焼き刃でもそれがあればなんとか生き長らえるぐらいは可能です!」



 その意地の恐ろしさを高虎が感じる前に、お桂がいきなり割り込んで来た。

 普段から自分に甘えるばかりで鋭い四葩に比べると良い意味でだが鈍感なお桂が、いきなり明智光秀の弱点を教えてくれと言って来た。


 もし信長に不満があるとすれば、信長のあまりにも前例にとらわれないやり方だろう。

 中原氏の初代の事を伝えて友好を計ろうとするほどに伝統を重んずる光秀からしてみればこれほどまでに大きな問題はないかもしれない。

 だとすれば代わりに担ぎ出すのは天皇か、あるいは足利義昭かだろう。



「お桂、お前もずいぶんといい女になったな」

「ありがたきお言葉にございます。では私はこれより奥方様の稽古がありますので!」




 四葩から勇気をもらい、お桂から光秀の狙いを聞き出せた高虎に、もはや迷いはなかった。




「遅れてすまなかった」

「その様子だと奥方様ですね、まったく、何の事はありませんね直基」

「ああ、奥方様がいればこの城は大丈夫だな」



 ようやくいつもの軽口を叩く長徳に本調子に戻った兵たちは、完全にやる気になっていた。


「まずは金ヶ崎へ急ぐのだ!」



 高虎は自ら先頭に立ち、太刀を脇に挿し松明をかかげながら馬を飛ばし始めた。

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