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天魔の子・藤堂高虎  作者: 宇井崎定一
第七章 兎大友皇子
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毛利輝元、先祖の事を思う

大変申し訳ございませんでした。こちらが本来の部分です。


 謙信が自分が送り込んだ使者が殺されたことを知った二月二十日、毛利輝元は安芸の本城で宇喜多直家の書状を読んでいた。


「毛利家への恩を決して忘れたわけではござらん、されど織田に抗うもまた誠に難し。ましてや織田の軍の大将は内大臣信長ではなく筑前守羽柴秀吉、それは未だに織田が本腰ではないと言う事の証ゆえ……」


 ここまであからさまな日和見もないと言わんばかりのそれであり、明らかな時間稼ぎである。



「すでに小早川様は備中にて構えておりますが」

「北は柴田、南は羽柴か……」


 織田信長自ら来ないと言う事に対して、輝元自身戸惑いや疑心も大きかった。


 父が早死にするまで当主であり続けた祖父の元就を見るにつけ、たかが四十二で隠居するような必要がどこにあるのか。少なくとも今は自分が受け継いである程度きちんと回っているのだから、無理矢理家督を譲る必要がどこにあると言うのか。



「その援護のために信長は軍を控えさせている訳でもないのだな」

「依然として本人は京に留まり、援軍には明智光秀をあてがっているようです」

「そしてその上に浅井か……下がって良いぞ」



 報告して来た小姓を引かせると、輝元は首に手を当てた。柴田勝家と羽柴秀吉の事は、これまでのさまざまな報告である程度分かっているつもりだった。


 勇猛果敢な猛将だが、時に勇をたのみ過ぎる所があるのが柴田勝家。

 知略に長けているが、まったく個人的武勇に縁のないのが羽柴秀吉。

 元より織田家の中ではそれなりの地位であったが、一時的に反抗していたのが柴田勝家。

 事実上織田家一筋とは言え、もともとただの農民だった羽柴秀吉。


 百万石をとうに超える大大名となった毛利だが、それでも金も兵も有限である。

 織田・浅井と直にぶつかれば、確実に自分たちが砕ける。



「どれほどの人間が動くか、難しい所だな……」



 織田や浅井に対抗できるのは、本願寺でなければそれこそ上杉や北条しかいない。だがあまりにも遠すぎる上にそれまでまるで没交渉であった両家との口裏合わせなどとてもできない状態であり、話が付きそうな本願寺はだんまりを決め込みっぱなしである。


 かと言って九州や四国の諸侯を取り込もうとすれば足元を見られるだけであり、二人の叔父たちも全く当てにしていない。




 ※※※※※※※※※




(大江弘元か……そんなおよそ三百五十年前の人間に何の意味があるのか……)


 今年の正月、輝元は吉川元春、小早川隆景と共に酒をあおりながら大江弘元と言う先祖の事を思い返していた。


 あの小さな男、体型と言うより年齢的に全く小さな男が自分たちにしょっちゅうぶつけて来たその名前を、輝元はさほど意識していなかった。


 確かに系図によれば自分たちは大江氏の末裔だし、それによって官位も得られた。そして官位も得て箔が付き、その分だけ正統性も高まった。しかしそれまでだった。


「正当性と正統性は全然違う。織田や浅井など重臣たちに次々に官位を与えておきながら誰も文句を言わない、そういう事だ。羽柴秀吉など、それこそ噴飯ものではないか」

「それでも功績を思えば当然の処置ではありますがな、やらなければ織田信長は忘恩の徒になりますよ」


 元春が笑いにほんの少し怒りの混じった口調で言うと、隆景が純粋に笑いながら言い返す。二十年その土地を実効支配していれば所有者となる、は御成敗式目にも記された武士の基本法である。そんな現実の前に血統などどれほどの意味を持つと言うのか。

 それこそ毛利は厳島の戦いからすでに二十四年が経っている。まだ二十年までは行かないにせよ十幾年ぐらいは経っている領国はかなりあり、そこの住民が表立って毛利に逆らうような真似はしていない。



 だいたいの問題として、大江弘元と言うのは源頼朝の死後次々に起こった鎌倉幕府の重臣たちの粛正劇の中で北条をのぞいてたったひとつ残った家である。元から日和見の名手とか言われても言い返しきれないような家で、それほど武士として誉れ高い家柄でもない。


「しかしほとんど食客に等しいと言うのに、そういう扱いをせよと忙しく」

「あの勅使の子もずいぶんと大変な思いをさせられているな、上から下まで忙しい事ばかりだ」


 勅使と言う言葉を実にたやすく使う元春を、表立って責める人間はやはりひとりもいない。それが毛利の内実であり、その事を「勅使」の主はおそらく把握していない事もまた輝元たちは知っていた。




 ※※※※※※※※※




「公方様と一度、剣を交えた事もある。あの剣豪として名高い義輝公の実弟ならばと期待していたが……残念ながら坊主だったな」


 坊主だから悪いなどと言う事は一つもない。とは言え若い上にかなり毛利が強勢になってから生まれ育った自分と比べて見劣りすると言うのは、正直素質を疑いたくなる。

 辛酸をなめ続けたから強くなると言うほど単純でもないのはわかっているが、元就の生前の苦悩を知る輝元からしてみればどうにも義昭にはその苦労の跡が見えなかった。


 ただ単に流されているだけ、まるでこうして漂着する事を望まれていたかのように最初から仕組まれていたような。そんな奇妙な印象が輝元の頭に残っていた。



(山中鹿之助と言う男……あれは強い自分の意志を持っている。この首を取り、必ずや尼子家を元の大大名に戻そうと言う強い意志だ)


 柴田勝家も羽柴秀吉も、いまさら足利義昭なんぞ見せられてひるむほどの人間ではない。おそらくこれこそ最高の手柄と張り切り、容赦なく討ち取りに来るだろう。

 そして足利義昭は、その両名に喰ってかかる理由は少ない。柴田勝家はまだ京から追い出した存在だからともかく、秀吉はまるで因縁のない存在である。一応自分の側近のような立場に据えられてもめた事があったそうだが、それとて勝家から比べればなおさら些細な問題である。

 だから闘志もわきにくく、単純な武将としての器量以前に戦果は望みづらい。


 一方で織田に亡命した山中鹿之助は命など元から惜しんでおらず、自分でなくとも元春か隆景を殺せるのならば喜んで死にに来るだろうし、自分たちとしてはその二人を殺されたくない。

 そして信長や長政が朝倉景鏡を朝倉家の当主に仕立て上げたように毛利もまた「尼子家当主」を毛利家内に作っており、それを「僭称」する山中鹿之助はそういう意味でも毛利にとって犯罪者であるから、討ちたいと言うか討たねばならない。




「二兎を追う者は一兎をも得ず……狙いはやはり叔父上たちの言う通りか」




 いずれにしても、「足利義昭」と言う切り札は一枚しかない。その切り札を切る事によりどれだけの戦果が得られるか、それを見極めるのが当主の任務でもある。


「誰かおらぬか」

「はっ」

「勅使殿に手紙をしたためる、どうか再び因幡に入ってもらいたいとな」

「やはり鳥取城ですか」

「その通りだ、鳥取公方様にはふさわしかろう。しかしこれで守り切れるか分からぬ胸でだけはご覚悟願わねばなるまい」

「本人は自信満々のようですが……」


 現在の「足利軍」はわずか二千であり、純粋なる足利軍はその半分以下である。


 自慢の寵臣であるはずの三官四職も斯波は壊滅、畠山は浅井に付き、細川も昭元はいるが勢いのある藤孝は織田の家臣となっている。

 四職も京極はほぼ浅井の付属勢力であり、一色も既に浅井方に回っている。山名も中立ながら柴田勝家の進軍を止める気配がなく、赤松は論外と来ている。


「とにかくだ、書状は今夜中にしたためる。いくら織田が速いとは言え一日二日で鳥取には行けまい」

「はい」



 男を下がらせた輝元は、名家仕込みの筆を手に取り硯を磨き、「勅使」に送る文をしたためる。


(彼は善良だ、この状況でやれるだけのことを必死にやろうとしている。できる事ならば毛利のためにその力使いたいものだがな、そうもいかんだろう。毛利が駄目でも、どこかの良き家に引き取られれば……)


 その対象がどうしても織田・浅井・徳川になってしまうのが輝元は悲しかったが、それでも泣くつもりはなかった。戦に置いてあたら前途有為たる存在を死なせてしまった話を数えたら指が何本あっても足りないことなど自分の年齢ですらわかっている。







「しかし、源氏の正当後継者か……」


 今自分たちは、征夷大将軍足利義昭と言う存在を立てようとしている。それこそ二年間塩漬けにして来たも同然の存在を矛として、盾として。


 一応彼は源氏の正当後継者であり、それにより征夷大将軍を名乗り幕府を守って来た。だが源氏の末裔などこの国にまだまだおり、少なくとも甲斐の武田、常陸の佐竹、陸奥の南部がその類である事を輝元は知っている。また徳川家康とやらも源氏を名乗り、あるいは征夷大将軍足りえる家系である事を示している。

 細川昭元などは今自分たちの元にいる老人と共に詐称だとか言いふらしていたが、だとしても在原業平の一族だと言う説がある事も輝元は知っているし、征夷大将軍はともかく大臣ならばさほど問題もない家柄である。




「兎大友皇子か……いったいあれは何なのだ?」



 そして、「兎大友皇子」である。



 兎は因幡の白兎なのか、それともまた別の何かなのか。それについて輝元自ら義昭や昭元に問い合わせた事もあるが、まともな返答はひとつも入っていなかった。


「その五文字の書状はすでに相当な家に配られている。確認できるだけで我が毛利、本願寺、宇喜多、山名、一色、それから播磨の諸侯、四国の小大名たちにも……そして……」




 自分と本願寺以外大きくない彼らの事を思うと、まるで自分たちもまた何者かに流されんとしている木の葉になる。


「毛利はあくまでも毛利のために動く、それだけですぞ。その事がお分かりいただけぬ訳でもございますまい……二年間もここにいたのですから」



 目の前に迫った織田との対決を前に、輝元は一月半ばに見聞した義昭の笑顔から逃れるようにずいぶんと速く書状をしたためていた。

修正と投稿時間をそろえるために10月14日は二話連続投稿となってしまいました。

あらためて深くお詫び申し上げます……。

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