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天魔の子・藤堂高虎  作者: 宇井崎定一
第七章 兎大友皇子
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藤堂高虎、石田佐吉を殴り飛ばす

 一月二十日。


 一日大倉見城に滞在した明智光秀の先導を受けて、まだ雪多き丹波を高虎は抜ける事となった。







「しかしずいぶんとまあお盛んな事ですな」

「四葩には敵いませぬゆえ。それに四葩も千福丸のみでは不安なのでしょう」

「そうですか、それはそれは」

「まあ四葩様に迫られたら拒めませんからね殿様は」

「はあそうですか、それはそれは……」




 笑い話に類するそれだが、光秀の表情は相変わらず硬い。賓客を泊めておきながら一晩中妻と睦合うなど、失礼を通り越して大胆である。護衛役の長徳の軽い調子の合いの手にもまるで表情を崩す事もなく、寒さに耐えるかのように固く唇を結んでいる。




 その光秀の表情が緩んだのは、丹波で自分の配下に出迎えを受けてからだった。


「お待ちいたしておりました」

「これは内蔵助、そして赤井殿」

「赤井ってもしかして」

「そう、赤井悪右衛門でござる」

「ははぁ……それがしは山﨑庄兵衛と申します」



 一夜の宿となった城には、斎藤利三と赤井悪右衛門がいた。丹波の赤鬼と呼ばれる猛将も光秀にすんなりと従っているのを見た長徳は素直に名乗りを上げながら手を握り、高虎は利三より悪右衛門に対して丁重な扱いをしているのに感心した。


「赤井殿、私が藤堂若狭守です」

「よろしくお願いいたします。若狭守様も人気があるようですが、丹波守様だって国人たちにも大変優しきお方です」

「そうでしょうね。それこそまともにあいさつの使者さえも出さなかった人間に対してここまで親切にしてくれるのですから」

「都合と言う物があったのでしょう。これから仲良くいたしましょう」


 光秀は客人である自分たちに先んじて運ばれそうになる自分を押さえさせながら、高虎たちを城内へと導いた。


「若狭守様も住民に慕われているようで」

「若狭は元々半ば織田領だった地、非常に治めやすい土地です。それに比べ丹波は」

「徹底的に辞を低くし、素直に力を貸してくれと願ったからです。それだけですよ」



 長政の代になってから全くの敵の領国であった地域を獲った戦は、それこそ去年の丹後が最初である。

 越前も加賀も一向宗が失態を犯した後だから新しい主人を迎える土壌が整っており、若狭は元々浅井の同盟関係の織田家の領国と来ている。それに丹後とて一戦も刀剣を交える事なく一色義道の降伏で終わったため、実質何もやっていないのと何も変わらない。


(この事は参考になるだろう)



 とりあえず一つ賢くなったことに感謝しながら、高虎は雪の減った丹波の空を眺めつつ眠りに就いた。



「これは若狭守様」

「おお本多、よく来てくれた」


 そして若狭から出て三日後、東丹波を経て山城へと入った高虎を本多正信が出迎えた。あらかじめ預けていた三十名に長政配下の百名が付き、さらにひとりの青年が正信の側に立っていた。




「彼は」

「越前守様が見出した、石田佐吉なる小姓候補です」

「なんか、丹波守様にそっくりですね」




 石田佐吉と言う十六歳の青年は、光秀に少し似ていた。


 長徳がそれを指摘すると一斉に光秀の方に首が向き、光秀の視線は佐吉に向いた。上の立場の人間からとは言えじっと顔を見られる事に不快感を覚えた様子もなく、佐吉はじっと光秀たちの顔を見据える。



「おい落ち着け」

「せっかくですので、顔を覚えておこうと思いまして。ああ若狭守様、山崎様、大変申し訳ございませんでした、あいさつが遅れまして」

「かなり才気があります。ただひとつ問題がありましてな、それでそれを矯正して欲しいと」

「そうか。佐吉、正信の側に付いてよく学ぶのだぞ」

「ですが」

「この場においては私が浅井の責任者だ!私を主人と思え!さもなくば天魔の子たるゆえんをその身で思い知る事になるぞ!」



 深々と頭を下げる姿は悪人のそれではない。だがそれ以上に切れ者ではあるがどこか才気が独走している感が強く、それを押さえれば大器になりそうだった。


 だからこそあえて正信は藤堂様の配下で自分は浅井家直属のとか言う前に、強く叱り付けてやった。光秀の前ではっきりと言い聞かせる事により、力関係を覚えさせてやらねばならないと言う事なのだろう。


「お前な、肝が据わっているのと無謀なのは違う!私はほんの少し力自慢でありそれで運が良いから助かったが、そんな細腕で何人が斬れる!?」

「……」

「若狭守殿、刀を抜かないでください!」

「ああ失礼、まだこんな年のくせについうっかり年寄りの気分になってしまいまして。いいか、決して己が分をはみ出すでないぞ!」

「はっ」

「わかればよろしい。正信、どうか頼むぞ!」

「今の殿の言葉、よくその頭にとどめ置け!」

「肝に銘じまする」


 自分も正信に乗っかるようにずいぶんと脅しめいた事を言いながら刀に手をかけてみたが、それでも佐吉の顔が変わる事はない。大きく頭を下げながらも泣く事すらせず、じっと二本の足で立ち続けている。




「正信、そなた今年で」

「三十八になります」

「年上の人間の言う事はよく聞けの一点張りで通しておけ」


 佐吉は自分より身長の低い正信に肩を抱かれながら顎をぶつけられそうになるが、それでもまるでひるむ事はない。大した鼻っ柱だと思うと同時に、自分ですら正体が見えてしまう佐吉の浅さが高虎には不安だった。だからこそ正信を呼び付けてそう耳打ちし、ようやく高虎は安堵した顔になった。










 そして光秀と共に、正信と長徳と、それからひと言も口を利かなかった佐吉を伴い、高虎は堺に入った。


「ずいぶんと開けた町ですね」

「ああ、正直うるさいぐらいです」

「私はまた別の要件がございますので、秀満、案内を」


 京は荘厳で偉大だが、堺は活発で雑然としている。近づくに連れ長徳の言うように町から漏れ出た音が流れ、耳に侵入する。その音になれている光秀が従兄弟の明智秀満に高虎たちを押し付けて去って行き、それに続くように高虎たちも堺の町へと入った。



「まったく、大倉見など比べ物にならないほど大きさ、いや金ヶ崎以上だな」

「この堺はこの国の最先端なのでしょう。織田様がお強いはずです」

「……」


 堺を直接支配する事は出来ていないようだが、かなりの恩恵を被っている事には間違いない。浅井がそのおこぼれを拾えているのも確かだが、だからと言っていつまでもおこぼれに預かっている訳にも行かない。織田に頼らず、独自に道を開かねばならないと言う事なのだ。


「だとすればだ、織田と懇意な商人と話を付けて置かねばなるまい」

「ええ、その向きで参りましょう」

「しかし佐吉、やけにおとなしくないか?確かにあまり出しゃばるなとは言ったが」

「口を利かない代わりに、筆はよく動きましてな。試しに見た所真っ白だったはずの帳面が半分ほど黒くなっておりまして」

「どうせたわいもない冗句ばっかりだろう」

「それが浅井家やこの地に対するやたらに事細かな意見で、舌の代わりに動かしていたようです」



 凄まじい行動力ではあるが、それが前後を弁えているのか非常に疑わしい。兵士で言えば単騎突撃を行い勝手に軍勢を乱すそれである。


 自分だってそれをやったが、それが通ったのはそれこそ生死をかけた切り札だからだ。戦場は非日常だが文治と言うのは日常であり、その日常で独断専行をやられたら他の人間が付いていけない。

 もちろん非日常なりの文治も存在するし今はその非日常の文治が必要ではあるが、現実を逸脱したそれはただ迷惑なだけでしかない。


「佐吉!独断専行は非常に危険だぞ!」

「ああ藤堂様!とりあえずは」

「お前は他人を殴りたいのか!」

「そうだぞ佐吉、そんな調子ではお前を人様の前に出せん、交渉は私がやる!」

「お前は早く嫁を貰うべきだ、しかもかなり年上のな」



 へこたれない姿は悪くはない、だがあまりにも鼻っ柱が強すぎる。雑談でさえ相手の上を取ろう上を取ろうとするその姿勢は、はっきり言ってただのケンカ屋だ。


 四葩は高虎の事を常に立ててくれるが、そうしながら同時に叩き折って来る。天魔の子だのなんだの言われながら、内側にまったく敵わない存在を抱えているのが高虎だった。


「時として臆病になる事も必要だ。もしその嫁にまでこんな理屈合戦を吹っ掛けて言い負かすようならばもうお前はおしまいだな」

「はあ…………」


 初めて不可解そうな顔になった三成に変な溜息を吐きながら、高虎は秀満に向けて頭を深く下げた。




「この堺では誰もが自由に物を売り買いできます」

「楽市楽座と言う政策ですね」


 自分も同じような立場だったなと変な郷愁と恥ずかしさを抱きながら、高虎は秀満と共に歩き出した。見た事のない物が、見た事のない値段で売られている。


「本当にね、いろんな物があふれ返っています」

「ぼったくりには気を付けろよ、あと女にもだ」

「買いませんから」


 港と言うのは、一度船に乗ればそれこそ数か月単位で女を抱けない船員のためにその類の需要はどうしても出て来る。無論表沙汰にはなりにくいにせよ、さらにそういう場所には博打やぼったくりなどの後ろ暗い商売が出て来てしまうのだ。



 無論高虎たちが歩くのは、まともな商売の行われている道である。


「案外安いな、これなら何か」

「当然の事です」

「おい佐吉黙れ!おい長徳、なぜだと思う!」

「さあ、何でなんですかね」

「高すぎる値段を付ければ客は来なくなります。安すぎれば店はつぶれます。ましてやここはありとあらゆる商品が集まって来る、言わばある種の戦場。その中で生き残っている店と言うのは極めて優秀なそれであるとなります。ましてや」

「ほらまた全部喋ろうとする!それがいかんのだ!」

「殿、俺は全然わかりませんでしたから別に気にしてませんけど」

「甘やかすな長徳!長徳を含め他者にゆっくりと気付かせるのが肝要なのだ!誰がこんな所で独演会をやれなどと言った!」








 道中でも口の代わりに筆を振るい少しでも隙あらば喋ろうとしていた上に、そして実際にやらかした佐吉を、高虎はついに殴り飛ばした。


「藤堂様……!」

「今のお前はただのチンピラだ!所構わず喧嘩を吹っ掛けて!どうしてもそれがやりたいのならば今の拳を受け止めるか躱してみせろ!」

「…………」



 だと言うのに殴ってやった所を押さえる事もなく、泣く事さえもしないでただ立ち上がろうとしている。



「駄々をこねるな」

「そうだぞ佐吉、駄々を……!」




 これでは強い男を目指していると言うより、ただの子どもの意地っ張りであり駄々っ子のそれに過ぎないのではないかと指摘しようとした所で別人の声に気付き、あわてて声の主を探し求めた。




「まったく、まだ子どもだな……ああこれはこれはお初にお目にかかる、藤堂若狭守殿……」

「まさかあなたは」




「そう、松永弾正忠よ」

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