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天魔の子・藤堂高虎  作者: 宇井崎定一
第二章 「天魔の子」、命名される
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天魔の子藤堂高虎、暴れ回る

 一向一揆を相手にする以上、坊主たちとの戦いは避けられない。その坊主たちと戦うに当たりどうすべきか。




(結局、武士の職務とは人殺しだ。誰かを守るためとか言葉を飾った所で、人殺しをして身を立てている)




 この坊主たちが坊主らしく経文で戦うと言うのならば、武士としては武士らしく戦うしかないと割り切っていた。


 では武士らしいとは何か。まだ十六歳の高虎にはその答えはわからない。だが武士の職務が何なのかだけはわかっていた。



 人殺しだ。



 民の生活を守るとか威張ってみた所で、それは結局他国の民や自国の山賊などの不埒者を殺す事でしか成り立たない。無論少ないに越したことはないが、それでもおそらくは皆無にはできない事はわかっている。


 浅井家の親族でも何でもない阿閉軍配下の足軽の高虎が浅井家譜代の足軽になり、そしていきなり二百石取りの身分になったのはひとえに人殺しの成果を出したからに過ぎない。なればその才能を発揮させるしかない。


「狙うは坊主だ」


 その上で武士との一般的な戦と同じように大将を狙う、もしその結果武士同士のように崩れるのならばそれでよし、ダメならダメで恐怖心を植え付けられる。




 これまで続けてきたやり方が通じないとなれば人は混乱する。その混乱の上でなお更なるやり方を生み出せるのが一流であり、そしてもし仮に頼周や頼照がその器だったらとっとと引き下がるつもりでいた。


(天魔の子か……もうこれ以上の称号もそうそうあるまい。早くも万策尽きたのだな。なれば天魔の子らしくしてやろうではないか!)


 天魔の子と言う言葉自体、あるいは頼照にしてみれば必殺の一撃だったかもしれない。その決死の思いで放った必殺の一撃を受けてなお、高虎は前進をやめる事はなかった。



 相手の力量を見切ったからだ。



「…………」



「このっ!」



「うおおおお!!」



「死ね!」



 黙りながらだったり、吠えながらだったり、叫びながらだったり、憎悪をぶつけながらだったり。


 様々な事を言いながら馬を駆り、人殺しの才能をいかんなく見せつけた。四方八方からの攻撃をすべて薙ぎ払い、ただ坊主頭ひとつを目指して馬を駆る。


 そしてその高虎に釣られるかのように、千人の兵士たちも同じように敵を討つ。千人のはずの軍勢が、まるで一万人のそれ以上にさえ思われているかもしれないと言う自信があった。たかが若造が奇襲隊の隊長とは何事か、そのような不満を全て雑音とするほどに暴れ回る大将に、部下たちも釣られて行く。




 そしてその「部下たち」は、すべて朝倉の兵だった。景鏡を一乗谷に控えさせ、足羽川の戦いで亡くなった真柄直隆の息子、直基ら千名の朝倉の兵たち。


 この戦は、朝倉の者たちにとっても仇討だった。
















 これは野良田の戦いに匹敵する大戦、あの時敵将に向かって猪突して道を切り開いた長政のように今回も敵将を討てば道は開かれる。


「敵は勢いに乗り一乗谷城を全力で落としに来る、だが一乗谷城は要塞だ。磯野様や丹羽様がいればそうそう落ちる事はない。そして丹羽様がおっしゃられたように、氏家様が最後猪突して坊主に向かった事により坊主たちはいっせいに逃げ出し、それに続いて農兵たちも崩れたそうだ。そうでなければ一乗谷は既に一向宗の手に渡っていたかもしれないと磯野様はおっしゃっておられた」


 狙いはやはり、総大将である坊主。


 坊主を討てば、いや追い散らせば一挙に農兵は崩れる。


「敵には強い武者がいるのだぞ」

「磯野様がおっしゃるには、一乗谷は一向宗に取っても自らに敵対して来た朝倉の本城と言う大事な城。そんな所を攻めるのにその武者を使えば手柄第一はその武者となり、功名が分散する危険性があると。

 それに、これは個人的な見識ですがもし死ねば御仏の元へ行けると言うのならば、それこそ坊主たちは氏家殿の強襲を受けてなぜ逃げ出したのでしょう。それこそ御仏の元へ行ける絶好の機会だと言うのに」


 命を惜しめば地獄へ落ちると農兵たちには散々言っておきながら、平気で逃げ出したのは加賀の坊主たちだった。そんな坊主たちが武者たちの籠る、朝倉の本城とも言うべき城に近づけるはずもない。おそらく後方で震え、じっと戦が終わるのを待っているだろう。

 その上表向きには武士ではなく仏法僧によって国を治めていると言う事になっている手前、武士の力に頼るのは好ましくない。三人もの将を討ち取った事により肥大化した存在が、支持基盤であるはずの農民たちに担がれたらそれこそ本末転倒である。










(足羽川の北で相当な略奪行為が行われたらしいな……無駄に敵を作ってどうするんだか)


 頼照や頼周は兵糧や金銀財宝を本願寺へのお布施と称して強引に奪い取り、その結果多くの逃散者を生み出した。その上他宗への攻撃も行い、寺を焼き坊主をも殺させた。それにより家や寺を失った人間たちが次々に足羽川南へと渡り、その惨状を聞いた住民たちが織田と浅井に一挙になびき出した。


 だからこそ坊主たちの居場所もつかめたのだ。


 もちろん、坊主だけを討てばよいのだなどと言う理想論はとっくに捨てている。

 これまでもこれからも幾人も斬っていく以上、戦が終わるまでつまらない感傷に浸っている暇もないのだから。




「あ、あの、あの天魔の子を討てばほうびは望みのままぞ!」

「し、し、しかし……」

「お前たちなぜ進まぬ!」

「住職様を守るんですよ!まず先に住職様からお逃げくだせえ!」


 もはや一揆軍は軍勢の体を為していない。ほどなく一乗谷を攻めていた軍勢が戻って来るが、だとしても安全であったはずの本陣がこうして敗れていると言う現実はどうにも重たい。中には馬を押して遠ざけようとしている農兵までいる。


 桶狭間の戦いとか言う言葉など、頼照ですら知らない。その時に今川義元を討たれた今川家はその遠征に大量の力を注ぎ込んでいたためにあっという間に転落し、すでに大名としての体裁はまったく失われている事などもまたしかりである。


 いずれにせよそんな今の状況で頼周のみならず頼照まで死んでしまっては一体誰が加賀の一向一揆の指揮を執ると言うのだろうかと言う事だけは農民たちもわかっているから、坊主になついていようがいまいが必死に頼照を逃がそうとする。



(これが加賀の民の現実ならば、本願寺はそれほど手ごわい相手でもないかもしれない)


 自分自身農兵から奪い取った得物を何本血で無駄にしたかわからないほどに暴れ回ったと言う自覚はあったが、それでもこの混乱ぶりは目に付いた。


 大将らしき坊主は馬の上でじっと南を向きながら座り、その尻を農兵たちに押されている。信仰心と言うより、ただ片意地だけでとどまっている。


「ふざけるな!もう少しだけ、もう少しだけ、耐えれば援軍が来るのだ!」

「そんな事言われましてもこのままでは坊様たちが先に潰れます!」


 農民たちだって、本来は逃げたいのだろう。だが坊主の目がある手前堂々と逃げられない以上、こうやって無理矢理にでも退却させるしか方法はなかった。







 援軍が来ればとか言うが、実際三万数千いるはずの一揆軍は七千しかいない一乗谷城の磯野・丹羽軍を落とせていなかった。

 とにかく力任せの一方向からごり押しと言うべきやり方で雑な装備で攻めた所で、城が落ちるはずもない。元々堅城である一乗谷城が簡単に落ちたのは義景のせいであり、まともな人間が籠ればこの通りだと言う事とも言える。そこから援軍と言う名で兵を削って行けば、打撃力は余計に低下する。




「貴様……貴様の行く先はもはや阿鼻地獄ひとつぞ!」

「先刻承知!武者なら武者らしく、人斬りによってその名を上げる!」


 頼照としては最大の脅迫であり武器だったはずなのに、まったくひるむ気にならない。と言うか、高虎のみならず他の兵士たちもまたまるで動揺しない。


「だ、誰かあの天魔…………天魔の子を討て!」


 農兵たちが振っても振っても、刃が通る事はない。弾かれるならまだましで、明後日の方向を攻撃したりひどいのになると得物ごと叩き折られたりする。



 そして高虎だけでなく、浅井軍の全員がみんなそんな調子なのだ。



 まるでこちらを恐れる事なく、目に付く者全てを薙ぎ払って行く。まさに殺戮集団だった。とりわけ坊主頭に袈裟をまとった人間には全く容赦せず、刀剣を突き刺し赤い水たまりを作り上げて行く。







「総大将だな!お覚悟!」

「もういい!退くぞ!」

「ちょっと待ってくだせえ住職様!」

「お前たちは頼周様の亡骸を回収しろ!」


 ———―ついに総大将である頼照が耐えられなくなった。未練がましく後ずさるだけだった男が眼前に迫っていた高虎たちに背を向け、東に向かって駆け出した。


 そして、農兵たちも一斉に逃げ出した。坊主を置いて先に逃げれば地獄に落ちると言われていた農兵たちに取って、頼照が逃げてくれるまではどうしても戦い続けるしかなかった。口ばかりで待ってと言いながら、ひたすらに東へと逃げた。


 それとともに一乗谷にたかっていた者たちも後退し、頼照に追従して崩れて行った。




「もうこれまでか!引き上げるぞ!」

「はっ!」


 高虎にももう、頼照たちを追いかける余力は残っていなかった。員昌が出してくれた兵に一揆軍の追撃を任せ、入れ替わるように一乗谷城へと帰還した。その血まみれの姿はまだ数を残していたはずの一揆軍をおびえさせ、かち合った人間たちも無言で道を開いて行くほどだった。


 中には坊主もいたが、彼らもまた頼照が天魔の子と呼ばわった高虎の前に念仏を唱える事すらできなかった。













「まったく、凄まじき働きよ……」


 五十名近い犠牲を出したとは言え、高虎率いる部隊が上げた戦績はすさまじかった。

 一揆軍の大将である七里頼周を始め四十名近い坊主を斬り、千近い一揆軍を討ち取った。さらに員昌が引き付けていた一揆軍も丹羽・磯野軍の攻撃や押し合いへし合いによって五千近い損害を受け、足羽川にとどまる事ができなくなってしまっていた。


 浅井・織田連合軍の損害は、高虎率いる部隊のそれを入れても百にすら届かない。


「まったくすさまじいほどの戦いぶりだったそうだな」

「ありがたきお言葉にございます」

「しかし天魔の子か、わしならその言葉で手が動かなくなっておるやもしれぬ」

「正直な話ひるみもしましたよ、ただそんなことをしていたら命がないので」


 人殺しの成果を笑顔で語るのもまた、武士と言う物だった。坊主はおろか農民や工人、商人だってしないような事をやっているのだ。




(農民は収穫を誇り、工人は作品を誇り、商人は利益を誇る。それだけの話だろうに。そして坊主が誇るべきは仏の道を衆生に慈悲をもって説き人心を救った成果ではないのか……あんな生臭い場に出て来るなど一体何のつもりだ!)


 任せるべき所と言うのがそれぞれあるはずだ。ただ単に主家の生存を脅かす存在だからと言うのもあるが、だとしてもわざわざ良民を駆り出して不必要に戦争を仕掛け無理矢理に血を流す必要がどこにあると言うのか。


「しかしこれでそれがしはもう」

「何、浅井家はとっくの昔に本願寺の敵にされている。殿だって、わしだって、そなただってな」

「そうですね」

「とにかくこの功績はまったく見事な物だ。あるがままを殿に申し上げよう。必ずや厚賞の墨付きが返って来るはずだ、と言うかもし返って来ないのならば浅井家も怪しいのかもしれんがな」


 員昌は冗談めかした調子で言ったが、実際この戦いで高虎が上げた成果は莫大だった。功績に見合う賞を与えられないような武家がどうなるかは想像に難くない事はふたりともわかっている。

 だがその為に高虎も員昌も、多くの一向宗の徒を殺した。その返り血は体に染み付き、すでに離れられない関係になっている。







「ふぅ……」


 だがこうして員昌の前を去って一人っきりになると、やはり体が重く感じる。武士として、なすべき事をなしたはずだ。その結果恨まれるのは仕方がないかもしれない。

 自分が一体何人斬ったかなど、覚えていない。確かだったのは、一揆軍の副将と言うべき七里頼周を含む十数人の坊主だけである。そしてそれを阻むために何十人か、あるいは下手をすれば百人単位の農兵を殺した。

 確かにこの結果、大きな屋敷を立てる事ができるかもしれない。父母や兄弟を招き入れる豊かな暮らしをさせられるかもしれない。


「隊長殿自らまで」

「極楽浄土へ行かせるためには、恨みつらみなど現世に残さないに限る。天魔の子ですらこんな程度の慈悲があると分かれば、魂も浮かばれるだろう」

「そういう事は我々に任せていただきたい、隊長殿はもう隊長殿なのですから」


 聖俗問わず数多の犠牲者たちの遺体を自らの手で荷車に乗せようとする高虎の顔は、戦場にあった時とはまったく別人のそれになっていた。さすがに途中から止められたものの、それでもその手には固まった血の跡がへばりついていた。


「もう戦は終わったのでしょう」

「遺体を全部運んだらな。もちろんその後は我々の戦没者についてもな」


 逃げるつもりはない。自分が直に奪った命、自分が率いた兵が奪った命。その魂がこの地に真っ赤な足跡を残して眠っている。本来ならばそんな死に方をする必要はなかったのに死んだ人間もいるのだろう。まだ幼い子や妻、それから老父母を残してと言うのもまたしかりである。


(せいぜい祟らないでもらいたい、俺にはそなたらの分まで生きる義務があるのだからな。そしてその先が阿鼻地獄ならばそれでもいい。だがせめてそこに行くまでの期間だけは伸ばし伸ばしにしてもらった上に、充実した物であってもらわねば困るからな)


 すでに自分が天魔の子と言う二つ名を背負った上で出世する事はわかっている。その天魔の子たる自分がしぶとく嫌らしく生き延びてこそ、恨みつらみはより集まる。その分だけ未練はなくなり、良い来世が送れるだろう。


 遺体は近所の寺へと運び、穴を掘って埋めさせる。七里頼周以下の坊主たちも農兵たちも十把ひとからげではあるがそれでも仏の側であるだけずっとましだろうと思いながら、人殺しの道具だけを取り払って行く。


(あのお方ならどうするだろうか。それこそ一人残らず殺し、その上で堂々と構えているのだろうか。そんな境地には一生たどり着けないだろうな)


 遺体を荷車に乗せ終わった高虎は馬上の人となり、ほんの少し前まで同格だった兵士たちを先導した。手綱にも赤みが移り、馬も少し顔をしかめた。これからも血臭に慣れさせておかねばならないと思いながら、高虎はなぜだか南に目を向けた。

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