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天魔の子・藤堂高虎  作者: 宇井崎定一
第十章 山崎の風
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阿閉貞征、藤堂高虎を守り抜く

「何をする!せっかく天下の逆賊藤堂高虎をここまで追い詰めておきながら!」

「浅井軍を浅井軍が救って何が悪い!者ども、若狭守を救い出せ!」

「ええいやむを得ん!阿閉貞征、その罪、万死に値するぞ!!」


 自分は仮にも宿老を気取る身として、一体どれだけの戦いに出て来たのだろうか。




 阿閉家と言うのは、元からの浅井の家臣ではない。北近江の国人の一つの家であり、その気になればいくらでも浅井に取って変わる事の出来る家のはずだった。




 それがいつの間にか三万石取りの浅井筆頭家臣となり、十万石を越える存在となり、左衛門督などと言う名前まで受け取った。



 元々長政より久政派であり、久政にこびへつらって浅井の跡継ぎのはずの織田の血を引く万福丸にさえ淡泊に振る舞って来た男がだ。



 この出世が家内の力関係の調整などでない事を、自分が一番よく知っていた。




(この戦が終われば高虎も吉政もますますその存在を膨れ上がらせる。お館様、いや世間がだ。特に与右衛門はな)



 名前も知らないような足軽が、今や朝敵である。不名誉極まる肩書ではあるが、いずれにせよなまなかな存在に与えられるそれでもない。



 この戦に勝利した果てには、高虎は単純に出世する。出世させなければならなくなる。

 若狭一国の主か、それともどこか別の場所でより多くの石高を得るか。下手すると阿閉家をも超えるかもしれない。もちろんそれは田中家も同じであり、これよりは自分や清綱、員昌よりも彼らの時代となるかもしれない。

 高虎が実質連れて来たも同然の本多正信とか言う男も、まだ三十八歳。自分よりずっと若々しい。石田佐吉とか言う小僧も正信に鍛え上げられて育っている。


 もちろん息子の貞大に期待していない訳ではないが、それと同じように彼らにも期待していた。



(つまらぬやきもちを焼いたとか言うつもりもない。主人として、まだ至らぬであろう若造をほんの少ししつけてやろうとしただけだったのだがな……まったく、わしは老いてしまったのかもな)



 官位を受け取る際、少し年長者ぶって小言を垂れつつ頭を引っぱたいてやった。



 その時感じた、自分の心の中のほんの少しの敵意。



 その敵意は、あるいは恐怖だったのではないか。



 自分には思いも寄らないことを次々とやってのけては成功する存在に対する、恐怖。

 北越前と言う加賀と越前本国と美濃に挟まれた閑地にいる、恐怖。

 本来ならば真っ先に動くべきだった上杉との戦でも出遅れて加賀に回され、そのまま清綱と高虎の勝利を見る羽目になった自分。




 あるいは老いたのではなく子どものままなのかもしれないが、いずれにせよ自分が情けない真似をした事には変わりない。


(わしがあの男たちを抱え込んでいたとしてあんなに生かせたか?万石取りなどになれたか?なれば!)


 その男を差し出す事によって得られた功績ならば、その男のために死ぬべきだろう。


 単純な御恩と奉公だ。







 斎藤利三の軍勢を突き破り、高虎軍を苛む明智軍の右翼を突き破る。

 後ろと右の敵が崩れたのをきっかけに余裕のできた藤堂軍が下がっていく。

 その代わりの位置に突っ込み、攻撃を受け止める役を交替した。




「藤堂若狭守を落とすのだ!」

「何故邪魔をする、何故邪魔をするのだ!」

「者ども、この阿閉左衛門督貞征の最期の戦いを見ておけ!」

「なぜだ、なぜだぁ!?」


 明智軍としてみればまったく真剣らしい戯言、悲痛そうに見えてその実全く上から目線の嘆きを聞きながら、刃を振るう。阿閉軍の中の老いも若きも一万の中に飛び込み、いずれを向いても敵ばかりの中を我が物顔に暴れ回る。


 中には鉄砲兵もおり、極めて適当にぶっ放して適当にぶち当てている。銃が焼け付いても知った事かとばかりに次々と放ち、最後の一弾と共に斬られながらも相討ちに持ち込んだ兵までいた。


 若い時でも言わなかったような大言壮語を吐きながら、人殺しに勤しむ。ほんの少しだけ清綱とか手空きの軍勢の登場により隙間ができる事を夢見ながら。



(ま、期待はしていないがな)



 もっともそうなった上で他に何をする事もないのもまたしかりであり、それ以上に高虎や長政、信忠と家康の安全が大事だった。


 返り血を浴びて体が重くなる。これまで幾十年の戦続きの人生でも経験した事のない重さに奇妙な充実感を得ていると、返り血がもっと危ない方向から来ている事に気付く。


「早くも味方からか。まったくもう少しは粘ってくれんとな」


 高虎を討てない腹いせか、それとも自分を斬らねば高虎を討てないと察したのか、明智軍が自分たちに向かって集中している。それでも笑いながら振り返ると、蔦紋の旗はない。



「貴様ぁぁ!」



 なればよしと安堵した途端に、一本の得物が飛んで来る。きっちり受け止めた貞征の前に、見知った気のする男がいた。


「まさか朝倉景紀」

「そうよ!わしは今の今まで、ずっとあの強姦男に復讐する機会を待っていた!この絶好の機会、明智殿がくれた最高の機会、逃すわけになど行くか!」


 かつて盆暮れの挨拶に出向いた際に何度か顔を見た事のあるその男を前にして、貞征はただ得物を振る事しかしなかった。


 彼の信ずる「朝倉」は、もう終わったのだろう。


 四葩が高虎に寝取られ、愛王を失った時点で「朝倉」ではなくなり、すべてはまがい物になった。そのまがい物が大事な大事な二人を掴んで離していない事を、不本意ながら認めざるを得ないはずだ。


 高虎を殺せば朝倉は本当にしまいだとか言う正論の通じる場ではない事をすぐさま察し、貞征は自分の立場なりの行動で誠意を示す事を決めた。



 五十過ぎの貞征と七十を超えた景紀が、激しく打ち合う。体力も気力も尽きかけているとは思えない老将たちの戦いは、その割に悲愴さがなかった。

 一方的に真剣かつ必死になっている景紀の姿はむしろ痛々しいばかりで、その刃に重みがない。執念と殺意にばかり支配された獣だった。


「もう少し真面目に戦え」

「どこまでも、どこまでもっ!!」


 つい口を突いて出た愚痴に、景紀はなおさら怒り狂って得物を突き出す。全ての感情をぶつけたような一撃に自分の死を覚悟しながら、貞征は得物を突き出した。







 相討ちだった。


 だが貞征の刃は景紀の胸に刺さり、景紀の刃は貞征の左肩に刺さった。


 ただでさえ高虎への怒りと憎しみで体を動かしていた景紀に、もう余分な力は残っていなかった。そのまま落馬した景紀は腰を強く打ち、そのまま起き上がれなくなった。



「やれやれ……これでようやく高虎も嫁も枕を高くして眠れるか……」

「なぜだ、なぜ……姫様……」

「その姫様はな、そなたを誰よりも許しておらんかった…………」

「どうか、朝倉家の、道連れに、藤堂を……」



 朝倉景紀は、血を吐き出しながら息絶えた。その死を見送りながら、貞征は得物を握り直した。


 そしてその景紀を顧みることなく、明智軍は向かって来る。

 だがそれでも、少しだけその勢いは鈍っていた。



「明智の勢いはもう削がれた。あの藤堂若狭の事だ、既に逃げ切っただろう。お前らも行け」

「そのような!」

「良いから行け!背中を見せる事の何が悪い!」


 その言葉と共に、五千の手勢の内一体どれだけの人間が言う事を聞いたかはわからない。



 確実なのは、付き合ってくれた人間もいれば、首を縦に振ってくれた人間もいると言う事だけ。

 首を縦に振った人間は無理矢理に斎藤軍を割りにかかり、それにより散ったり逃げ切ったりする。下手に追えばその分だけ逃げられる人間を増やす危険性があるためか、斎藤軍は彼らを追わない。


 残った人間はひとりでも明智軍を減らしてやろうとして死兵となって突っ込み、地に倒れ伏す。後ろから斬られる者は一人としてなく、すべてがぶつかりながら命を奪う。




「そこをどけ、いやゆっくりと傷を治してくれ!」

「明智光秀の首を持って来たらどいてやる!」

「惜しいかな阿閉左衛門督!この明智左馬介がその迷妄を晴らしてくれようぞ!」



 その過程で貞征もさらに傷を負い、そして敵将をむき出しにする事になった。



 その敵将、明智秀満と言う大敵に向かって吠えてみせる。彼らが高虎にしたように無茶苦茶な要求を吠え掛かり、その上でやはり斬りかかる。



 景紀とは違う、本気の将の刃。その将の刃により、自分の命が縮んでいくのがわかる。


 少しでも長引かせるために必死に武器を振り、あわよくば倒せないかと言う欲望を滾らせる。


 だが同時に血も流れ出し、その分だけ体力を奪って行く。


「もうやめられよ!これ以上、あの男のために死ぬ必要はない!!」

「わしにはある、お主にはない。それだけの事だ」


 秀満の叫びはおとといの光秀の泣き声と同じぐらい耳を打たず、すり抜けていく。

 痛みと悲しみが混ざり、そしてそのまま山崎に溶けて行く。



 そして二十五合目にして、明智秀満の刃が貞征の胸に突き刺さった。その時の反動で振り下ろされた貞征のなぎなたは最後に一人の道連れを作り、そのまま山崎の地に仁王立ちした。


「良い置き土産ができたわ……さらばだ貞大、若狭守、右衛門佐、そしてお館…様……」




 阿閉貞征は、ここに散った。


 己が手勢と共に藤堂高虎を守り抜き、朝倉景紀を斬った事により、高虎と朝倉との全ての因縁を道連れにこの世を去った。


 実に満足そうな死に顔をしたその首が胴から離れる事は、なぜかなかった。




 ※※※※※※※※※




「まったく……これほどまでの男を殺させるとは、どこまでもどこまでも……!」



 明智秀満は涙を流しながら、貞征の亡骸を足蹴にした。


 明智勢に取り、藤堂高虎に与した者はすべて解放すべき存在だった。そんな解放すべき存在を斬ってしまったこと自体不愉快であり、それ以上に腹立たしかった。




 最後の最後まで、藤堂高虎などのために戦い続けて死んだ。しかも全く幸せそうな死に顔をしながら。


 こんなに不愉快極まる死もそうそうない。


(まったく、誰も彼も織田織田浅井浅井!どうして皆あんな簒奪者にして破壊者である家に尻尾を振りたがるのか…………お恨み申し上げますぞ、山名宗全殿、細川勝元殿!)




 あの応仁の乱の時、幕府の支配は崩れてしまった。それからずっと戦乱に戦乱が重なり、幕府の威ももはや地に落ちた。

 なればこそ斎藤道三などと言う梟雄が一国の主となり、明智家もそれなりの地位を得た訳でもあったが、それでも幕府を立て直すのが自分たち武士の使命のはずだ。



 だと言うのに誰一人理解しようとせず、必死に目の前の財貨にしがみつく。清らかな世の先には、これまでの数倍の富貴が待っていると言うのに。戦により命を脅かされることのない、平穏な時代が待っていると言うのに。



 それができるのは足利幕府でないとでも言うのか!織田や浅井ならできると言うのか!



「ああ、何もかも何もかも!あの藤堂高虎めのせいだ!藤堂高虎め、貴様は一体どれだけ屍山血河を築けば気が済むのだ!」



 明智秀満は従兄弟として、主として、光秀を尊敬しその理想に惚れていた。


 赤井悪右衛門も、波多野秀治も、皆光秀の理想に引き込んだ。一年かけて光秀の虜、光秀のためにならば死ねる兵に仕立て上げた。


 全ては正義のために、ここまで来たのだ。



「秀満!」

「殿!」



 秀満に、光秀の軍勢が並ぶ。


 貞征の死により総崩れになった阿閉軍を追いかけ、切り裂きながら真っ赤な甲冑を身にまとう光秀の顔は、実にきれいだった。



「秀満、案ずるな。まもなく来る」

「ですね!」



 もはや、逃げ場などない。


 天王山からの激しい攻撃で三者連合軍の本陣は大童になっており、西国街道を抜けようにも今頃本願寺軍が迫っている。



「惜しいかな阿閉貞征!」

「犬の犬のために犬死するとは……ああもったいなや!」



 嘆きながらも、顔がほころぶのを止められない。藤堂高虎の最期を見られるかと思うと、実に楽しくて仕方がなかった。



「南無阿弥陀仏の旗です!」

「よし来た!蔦を枯らし、足利の花を咲かせるのだ!」


 松永久秀が簡単に破られるのかと言うほんの少しの不安がなくなったことを二人は確認し、三者連合軍の後方を付くべく隊を曲げようとした。


 どんなに逃げ込んでいたとしても浅井軍の後方がせいぜい、後ろから本願寺軍共々食い破ればその命を取るのは時間の問題だ。




 正義は勝つ!その思いが、明智軍全てを巻き込んでいた。







「さあ本願寺殿、我らと共に!」










 血しぶきが上がり、旗が赤く染まった。


 そして一瞬止まった時がその数倍の速さで動き出すと同時に、約一名を除いて誰もが何もかもを疑った。




 まるで、神の所業であるかのように、すべてが崩壊し、同時に構築されて行く。




 この状況において何より雄弁だった物。それは、血に染まった旗だった。













 ——————————————————桔梗紋の。













「石山本願寺、藤堂若狭守殿にお味方いたす!!」

「ぼっちを極めた結果、どんな攻撃からもぼっちです。」→https://ncode.syosetu.com/n4852gp/


一年五組の二十人が異世界転移!?

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