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天魔の子・藤堂高虎  作者: 宇井崎定一
第十章 山崎の風
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藤堂高虎、本陣に突入する

 誰よりも尊敬する主の声に弾かれるように、高虎は駆け出した。




 決して無理矢理飛ばす事はせず、いつでも退却できるようにゆっくりと無理をさせない速度で前進する。逃げる気満々のやり方、見え透いたやり方ではあるが、それでも別にどうでも良かった。

 どうでも良くないのは自分の敗戦一つと割り切った軍勢が、目的のため着実に動く。

 

(明智殿……今更何が悪いとか聞く気はございませぬ。しょせんこの戦の終わった後立っている人間だけが物を言えるのです。とは言えあの世で納得できる理由を考えておかねば、私はいつでも帰って来ますぞ)


 朝倉義景がこの時と同じ面子の三者連合軍を倒していれば、浅井家は久政の言った通り不義理を働いた家としてこの世に名を残すことになった。だが今越前の民にそんな事を言い出す人間は一人もいない。

 武田信玄だって上杉謙信だって、もし高虎を討ち取って戦に勝っていたらそれぞれなりのやり方で勝手に高虎を批評し、勝った人間の評として広まっていく。負けた人間の評など、部外者のそれよりずっと価値のない「言い訳」としかならない。

 その上でなお死後の批評を気にする事が、いかに馬鹿馬鹿しく潔くなくみっともないか、そんな事はわかっている。


 しかしそれでも、自分を破った相手は少しでも格好の良い男である方がいいと言うのは武士の本音だった。


 明智光秀に、武士としての魂が残っているのならば。そんな期待を抱きながら、高虎はあくまでも無理をさせない速度で兵を進めた。







「今日こそ決着をつける!」

「この日をどんなに待ち望んだ事か……」







 焼け落ちた柵のあった場所にて、また同じような口上を投げかけ合う。自分も何故飽きないのかわからないが、いずれにせよまた戦いは始まった。


 昨日と同じように阿閉軍・赤尾軍による援護射撃が行われ、その勢いで藤堂軍が駆けて行く。だが昨日と違い柵はなく、板盾もない。

 だが射程ぎりぎりだったので弾は当たらない。そして、敵も怯まない。



「天魔外道を討つべし!」

「天魔外道を討つべし!」



 相変わらず口上を叫びながら、自分一人を目当てにしてやって来る。全てお見通しとばかりにさっと退くと、入れ替わりのように長徳が先頭に立つ。




「敵将だけ討ってはいおしまいだなんて戦がどこにあるんだよ!俺らはな、部下として大将のために戦ってるんだよ!お前らは自分たちの将のために戦おうと思わないのか!」

「我らの将は公方様である。すべては公方様のために!」

「すべては公方様のために!」

「すべては公方様のために!」


 初日であれば迫力があったかもしれないその連呼も、もはや慣れきってしまった。


 かつての本願寺と同じ狂信者の集団。自分の正義を垂れ流し、少しでも違えば即悪と言う集団。


 仏の代わりに征夷大将軍にすがり、そして念仏の代わりに忠誠心を唱える。




「…………」

「喰らえ!」

「御免!」

「ハッハッハ!」



 そんな連中を、高虎は斬り倒して行く。


 一乗谷で見せたように時に沈黙し、時に激しく叫びながら、そして笑いながら敵を斬る。その高虎の姿に一乗谷を知る兵も知らない兵も鼓舞され、次々と敵を手にかける。



 だが今度の敵は農兵でも坊主でもなく、訓練された兵士たちだ。


「すべては公方様のために!」

「足利幕府、万歳!」

「なぜ朝敵に与する……!」

「高虎を討つべく共に戦え!」



 その兵士たちは高虎と同じように時に叫び、泣いたり喜んだりしながら立ち向かう。

 まったく同じ方向の人間同士が戦っている。違いは明智軍の方が数が多く、藤堂軍には援護射撃がある事だけ。



「藤堂高虎を討て!さすれば天下の民はそなたらを歓待する!」

「戦場で裏切り者になることを勧める輩がいるか!」

「裏切りではない、これは正義なのだ!」


 相変わらずの明智軍を前にして、高虎軍は相変わらず丁重に戦って行く。



 憤りがない訳ではない。浪人であったはずの明智家を大名にしたのは織田信長であり、それに対して光秀がやったのは裏切りと言う言葉すらぬるいかもしれないほどの行いだ。

 それを行っておきながら平然と正義を口にするなど何様だと言うのが三者連合軍共通の認識だったが、明智軍は誰もそれを口にしようとしない。


 口をつぐんでいるだけならば良いが、おそらく本当に信じ込んでいるのだろう。なればこそ堺でも京でもあそこまでの事ができたし、止める事もなかったのだろう。


「伊勢貞興の無念を晴らせ!」

「そうか、あの男もやはり貴様に鼻薬を嗅がされていたのだな!やはり明智様は正しかった!明智様はあらかじめ貴様の味方を減らしていたのだ!」

「殿、これ以上こんな奴らと話してても時間の無駄です!とっととやっちまいましょうよ!」

「そうだな……」


 悲運の少年の名を叫んでみるが、帰って来たのは高笑いのみだった。

 太刀が重くなる。何もかも自分たちのみが正しく、それに逆らう者は悪。昨日まで味方だったはずなのに平然と斬る。


 まるであの時の、大倉見城までやって来て中原氏の出自を嬉しそうに語った明智光秀のように。

 明智秀満も斎藤利三も、光秀によってああなってしまったのだろうか。

 ひとかどの勇士であったはずの明智秀満が、今や堺の町を破壊した最悪の男として憎悪を買っているのを聞くと何もかも嫌になって来る。


 そんな人間がいったい何から解放してやろうと言うのか。


「死ね!」


 乱暴な言葉と共に、敵を斬り倒す。当然ながらひるむどころかさらに向かって来るが、それでも鉛玉と言う名のありがたい声援は届いている。


「すべては公方様のために!」


 当然の如く倒れ込む兵士たちの後ろから、更なる敵は出て来る。


 血臭が立ち込める戦場にある意味ふさわしい、自分並みの大男。長く太い槍を振り回し、力任せに叩き付けて来る。


 一瞬で力のほどを見極めた高虎が下がろうとすると、大男は怒りと言うより悲しみに満ちた顔で槍を突き出して来る。これも速いとは言え力任せだったので簡単にかわせた。

 そこから太刀を振り上げ大男の手首を斬ってやろうとしたが間一髪の所でよけられ、兜を下から切り裂くにとどまった。


 それでもよしとばかりに高虎は太刀を振り下ろして命を奪ってやろうとしたが、派手に斬り上げた隙に大男の槍がまた飛んで来た。

 その攻撃を体をよじってかわしこれでとどめかと思い太刀を振ろうとした高虎の手が、急に止まってしまった。


「どうしたんです殿!これほどの……」

「すべては公方様のために!」


 山崎長徳の乱入にも構う事なく、公方様のためにと喚きながら槍を突き出す男に、高虎は見覚えがあった。



 赤井悪右衛門。丹波を代表する猛将としてその名を知られし存在。


 当然の如く丹波を治める光秀の配下に入っていた勇士。半年前、堺へ行くことになった時に一度顔を合わせている男。

 実直で力強く、それでいて礼節のある男。


「すべては公方様のために!すべては公方様のために!」


 それが今や、大童になって槍を振り回すだけの男になっている。畳の上と戦場で話が違うのは当たり前としても、それでも半年前とはまったく別人だ。


「すべては公方様のために!」



 高虎は逃げたかった。いつものように逃げたかった。だが、逃げられない。

 いつも体を動かす恐怖以上の悲しみと、それ以上の怒りが後退を許さない。


「ふざけるな……」

「すべては公方様のために!」

「殿!」



 長徳に引きずられるようにわずかに下がった高虎に向けて、悪右衛門が迫って来る。

 まるで血走っていないきれいな目をしながら、槍を振り回す。


 口も笑っているかもしれない。



「お前はあれが……赤井悪右衛門だと……」

「任せましょうよ、阿閉様と赤尾様と!」

「ああ!」



 いらだちを抑え込むように前を向きながら下がった高虎の方だけをにらみながら、赤井悪右衛門は追いかけて来る。


「すべては公方様のために!」



 悪右衛門に、銃弾の雨が降り注ぐ。

 悪右衛門の体を捉え、いくつもの穴を開ける。


「すべては、公方様の、ために……!」


 落馬し、手から槍を放しながらも、それでも悪右衛門は前進をやめない。槍が駄目なら刀で、それでも駄目ならば素手で。全身から藤堂高虎を討たんと言う執念があふれ出し、肉体を引きずっている。


「公方様、主上様、万歳……!」


 長徳が冷め切った表情で槍を背中に押し込むまで、悪右衛門は動くのをやめなかった。


「なぜだ……なぜ赤井悪右衛門を!」

「悪右衛門がこうなったのはどう考えてもお前が悪い、なぜ朝敵のくせにのうのうと生きている?」


 丹波一の豪勇の士として知られる人間が、すっかり明智に染まり切っていた。明智の忠臣と言う訳ではなく、ただの手駒。


 そして明智軍の将がまるで一足す一が二である事を説明するかのようにこちらの非と自分たちの正義を堂々と振りかざし、その上で笑っている。



「お前たち……お前たちは……」

「ほら、この藤堂高虎を早く討て。万世に名を残したいのだろう?裏切りとかほざく馬鹿は公方様が全て成敗してくれる。こんなのの一党はすべて名共々消し去ってやるから安心せい」




 自分を憎むのは勝手だ。だが、その自分一人のために全てを歪めるやり方。



 そして何より、家臣や家族をも脅かすやり方は許せなかった。



「突撃だ!」

「ですが殿もうそろそろ」

「うるさい!」



 この者たちには何も任せられない。そう思った途端に体が動き出す。長徳の声も聞こえないまま、高虎軍三千は一気に進んだ。


 昨日の小雨により炭ばかりが並ぶ策のなれの果てを突破し、敵陣に侵入した。



「さあ、明智光秀!貴様のような奴は絶対に許さん!」

「確かに今日で決着をつけると言いましたが、別に何も殿が」

「あれを放っておいたら四葩が殺されるわ!」



 四葩だけは守らねばならない。あれほどの存在をも奪おうとする、いや幕府に反抗するの一点で多くの人間から同じことを強いるような相手を野放しにはできない。

 その一念に駆られ高虎は逃げる時の速さで敵陣へと突っ込んだ。


 耳に歓声が鳴り響く。いざとなったらまた逃げればいい。逃げて引き付けて、その上でまた突っ込む。それだけのはずだ。



「ちょっと、殿!」

「何だ!四葩を何だと思っている!」


 だと言うのにしつこく制止してくる家臣のせいで足が止まり、凶悪な顔で明智勢を睨み付けたまま何事か吠えてやった。


「麓に敵が攻撃をかけて来ました!」

「そうか、で敵は」

「いや正確に言えば先鋒は……えっと見た事のない旗です!ですがすべては公方様のためにと叫びながらですから、おそらく明智軍かと」


 天王山からの攻撃か。わかっていた事ではある。明智秀満が先鋒にでもなっているのだろう。そうして自分への援護をけん制しようなど芸のない戦法だ。自分だって思いつくようなことを三日連続でやるとは。


「わかったわかった、改めて」

「敵先鋒、波多野軍です!」


 赤井悪右衛門に続き波多野秀治まで。

 丹波の有力国人であったはずの家がまたひとつ明智の手駒に。


 あるいはこれまで潰した「明智軍」の中にも、そんな丹波の国人がいたのかもしれない。


 たかがこんな男のために。ほんの少しの哀れみを抱き直しながら、高虎は再び突き進もうとした。




「やっと来たか、実に殊勝な心掛けだ」


 そんな高虎の前に、一人の騎馬武者が現れた。


 面頬で顔を隠すその武者はこれまでの明智軍の将と同じように実に冷酷そうに抑揚なく喋り、その上でゆっくりと近寄って来る。



「さあ、天魔外道に操られし者よ。今こそ目を覚まし天魔外道を滅すべし」

「他に言う事はないのかよ……」

「ある訳がない、これこそ絶対の真理なのだからな。今頃麓の人間たちも大混乱しているだろうな、藤堂高虎とか言う天魔外道のせいで……ああ愚かだ、実に哀れだ」

「これ以上ほざくのはよせ!」


 顔を隠した男が笑う中、長徳が自分の前に乗り出す。面頬の後ろで笑いながら、自分の後方を左手で指す。


「逃げられると思うのか?」

「ん……?」



 頭が急激に冷え出した。


 本来ならあるべき旗がない。一文字三ツ星の。



 毛利軍がいない。いったいどこに行ったのか。


 間違いなく、天王山!



「まあそういう事だ。そして……」

「ここが、ここがお前の墓場なのだ!!」




 逃げ道を塞がれたと言う事を確信した高虎の顔をはっきりと見るべく面頬を外した男の後ろから、二人の武者が出て来る。





 三人の男が、馬上で並んでいた。




 面頬をしていた一人は天王山守将であったはずの明智秀満。もう一人は信長を殺した明智光秀。




 そしてもう一人は、見た事のない老人。




 その背中には、三つ木瓜の旗。


「この日をどんなに、待ち望んだ事か……!」

「朝倉景紀……!」

新作「ぼっちを極めた結果、どんな攻撃からもぼっちです。」→https://ncode.syosetu.com/n4852gp/

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