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天魔の子・藤堂高虎  作者: 宇井崎定一
第十章 山崎の風
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酒井忠次、行きつく先を察する

「さあ酒井殿、共に戦いましょうぞ!」

「うむ……」


 こんな時ですら陽気な羽柴秀吉と言う援軍に、貧乏くじを引かされた気分でここまで来ていた忠次はほとほと辟易していた。







(甘やかしとか言うのならば言えばいい、だが家臣には家臣の仕事と言う物がある。

 殿はあまりにもお人がよろしすぎる、美濃どころか山城まで平然と行くなど、明智光秀を討つ程度ならばわしだけで十分だと言うのだ!)


 六月、光秀が藤堂高虎を朝敵に仕立て上げたとか聞かされてもどうとも思わなかった。


 せっかく上杉謙信を打ち砕いて武田攻略にも目途が立った以上、できるならば今月中にも甲斐を攻めたかったぐらいだ。



 だと言うのに主人と来たら


「明智光秀が天下の逆賊たる事はどう見ても明白!その逆賊が私利私欲により勝手に他者を朝敵呼ばわりするなど、それこそ権力の乱用以外の何だと言うのだ!我が徳川は全面的に明智、いやその明智を咎める様子のない幕府軍と対立する事を決意する!」


 速攻でこれである。



 確かに浅井からの真摯な援軍要請と光秀からの見るに堪えない高虎討伐令を見比べれば明智に味方したくないのはわかるが、だからと言ってなぜまたもや駆り出されなければならないだろうか。



「私が参ります!殿は甲州への攻撃を!」

「甲斐攻めなど光秀を斬ってからで良い。叔父であるお主をないがしろにするつもりもないが、やはり明智軍は侮れぬからな」

「いいえ、明智軍がいかなる物かご存知でしょう。にわか作りの水ぶくれであり、直属の兵はせいぜい一万数千。織田と浅井だけで十分戦えます!」


 確かに織田の安寧がなくば武田にとどめを刺せるかどうか怪しい事は間違いない。とは言えなぜ家康が行かねばならないのか。いい加減他人のためだけに動くのをやめてもらいたかった。


「忠次、わしを大事にしてくれるのは良い。だがそれに夢中になり過ぎるのはまずいぞ、光秀のようになるなよ」

「ああわかりました、私も参ります!」


 だと言うのにいきなり光秀の同類項呼ばわりされ、勢いでついそんな事を叫んでしまった。


 最近、自分が家内で孤立気味なのを感じていた。


 親しいと言えるのは元より高虎をよく思っていなかった大久保忠世ばかりで、忠佐は政治に関心が薄く石川数正は何が徳川のためになるのかでしか考えていない男で高虎が徳川の脅威にならないのならば別に良いではないかとしか考えていない。本多忠勝は純粋に武人として高虎を尊敬しており、兼山城の戦いで宿老一歩手前の地位を得た康政は年上のくせに高虎を盲信している。



(確かにあの藤堂高虎はこの先浅井家の中心人物となる事は必定……とは言えまたこの徳川を引きずり回すと言うのか!だがあるいはもし、殿が公方様でわしが光秀の立場であったとすれば同じ真似を犯していたのかもしれぬと言う訳か……ああ、くわばらくわばら!)


 これから先の徳川と浅井の関係はどうなるか分からないにせよ、今のような展開が続くとすれば高虎はますます出世して浅井の中心に立つ。そんな中で高虎につまらぬ理由で反感を抱き続ける自分の立場を守るためにも、もちろん家康を守るためにも、行くしかなかったのが今の忠次だった。






(数だけで戦ができるのならば孫子の価値はないわ!)


 毛利参戦と聞いた時には一瞬頭が痛くなり、すぐさまそれがどうしたと言うのかと自分を慰めた。

 なぜ毛利が二万も持って来たのか。どの程度本気なのか知らないが、どうせ主力であるはずの明智軍は水ぶくれの雑兵の集まり。一応丹波一国から集めた親衛隊はいるだろうが足手まといの雑兵のせいで逆に動けなくなるはずだ。


「羽柴殿は控えていてもらいたい、天王山攻略は我々徳川の役目ゆえ」

「それではお任せいたします!」


 武士らしくもなく、ああ元から武士でもない秀吉と言う男がはしゃぎながら道を譲るのを無視して采配代わりに得物を振った。


(まったく、予想通りの男ではないか!忠世が言っていた高虎を引き留めようとしたと言う噂もこの調子だと本当だろうな!)


 武士なれば一番槍の誉は絶対的なそれであり、仮に援軍だとしてもそれを奪われる事には執着してしかるべきはずだった。

 だと言うのに遠慮なくそれを譲る秀吉に対していざとなれば逃げる気ですかとほんの少し煽ってやったら首を大きく縦に振った。



 また、すぐ逃げる男か!

 無駄死にしろとは言わないが、どうして誰も彼も命を的に戦おうとしないのか!いざとなればすぐ逃げるような大将をかついでどうやって戦ができるのか!



「忠世、この戦は我々の手で勝利を掴まねばならぬ。若造にはまだ負けておらん事を見せつけねばならぬ」


 昨晩二人して酒をあおった忠世と共に、明智軍に向けて突っ込む。

 忠勝や康政は敗残兵狩りでもしていればいい、家康は寝かせておく。これこそ徳川に仕える武士にふさわしい姿なのだと言う事を見せつけてやる。


 二人合わせて四千の兵で天王山を登りながら、銃弾を浴びせる。一万と言えども正面から来る数は知れており十分対処可能なはずだ。


「明智秀満軍の一部が滝川軍に横撃をかけた模様」

「よし来た!今のうちに一気呵成に進め!」


 その上に入った吉報は、ますます忠次を元気づけた。


 天王山を抑えているのは二方向から攻撃をかけられる上にそういう事もできるからだが、かと言ってそれをやれば防備が薄くなるのもまた間違いない事実だった。


 この武勇で戦を終わらせられる!少し早いが勝負どころの到来だと感じた忠次は、大声を張り上げながら前進を開始した。風もまともに吹かない中、秋の色づいた葉が葵の栄光を彩り桔梗を散らすかのように輝いている。

 全てが勇気の種となり、五十路の男を震わせていた。


「敵が来ます!」

「さあ蹴散らせ!」


 桔梗紋の旗を背負った人間たちが次々と迫る。これでこそ血肉の通った戦だ、歴戦の将である自分が見て来た戦だとばかりに興奮冷めやらぬ忠次と兵が刃を振るい、敵を死体に変えた。



 だが、崩れない。


「天魔外道を滅せよ!」

「天魔外道を滅せよ!」

「この国のために!」

「この国のために!」


 異様なほど整然とした軍勢が、叫びながら突っ込んで来る。

 わかっていたつもりだったからいくらでも薙ぎ払おうとするが、それでも来る兵来る兵がみんなこんな調子だった。


 まるで死を恐れていない。

 自分だって同じ調子のつもりだったが、いざ対峙してみるとそれ以上に恐ろしさが先立って来る。



 天魔外道とは藤堂高虎の事だろうか。

 確かに許したくはないが、それはあくまでも家康をこんな所まで引きずり回すからと言う私怨であってここまでのそれではない。


「清らかなる政のために!」

「公方様のために!」

「藤堂高虎、滅すべし!」


 まるで藤堂高虎さえ討てばすべてが解決すると信じて疑わぬかのように、明智光秀のあの妄言をそっくり再現するかのように叫びながら突っ込んで来る。



 妄言と呼ぶには自身があり過ぎる光秀と、その兵たちの戦いぶり。


 同類項呼ばわりされるにふさわしいのではないかと言う悔恨が頭をかすめ、その度にふざけるなと怒鳴ってやりたくなる。自ら得物を振り、明智の旗を次々と叩き斬る。


 だが、崩れない。一撃で五十人は討ち取ったはずなのに、一人も下がる節がない。


 明智はこんなに優れた軍勢なのか。

 精鋭を放り込んで来たにしては装備が粗末であり、おそらくは新兵であり足軽。その足軽がどうしてこうも強いのか。



「一向一揆ってのはこんなんなんですかねー」


 勝手に援護にやって来た悠長な秀吉の物言いにいらつきながらも、同意せざるを得なかた。


 忠次自身三河一向一揆に幾度となく対峙してきたが、彼らは信仰心の名のもとに実に整然と動く。もちろん一流の武将に率いられた軍隊と言うのはそうなるとは言え、そのためには本来多くの時間を要するはずだった。

 それをただの農民にやらせるから一向一揆は恐ろしかったのだが、実際今の明智軍はまるでその農民一揆のように整然と動いている。


 兵の程度についてはともかく、こうも整然と動かれると隙の付きようがない。

 ましてや仲間がいくらやられても倒れないとなると、彼らは人間ではないのかと言う恐怖が芽生え出す。

 死を覚悟した兵に正面から当たるべからずもまた兵法の一環であり、その兵法を叩き込まれている熟練兵たちはどうしても及び腰になってしまう。



「おいちゃんと斬れ!」

「殿、もう十人は斬りましたぞ!」

「おい逃すな!」


 自分たちと忠世隊、合わせて数百人を半刻足らずで斬ったはずだ。それなのにまったく後退する様子がない。


 それどころかこともあろうに、自分たちをすり抜ける人間まで出始めた。


「藤堂高虎を殺せ!」

「五穀豊穣!」

「永遠なる平和を!」

「凶作退散!」

「戦乱廃絶!」



 言っている事はわかるが、この戦に関係があるのかないのかがわからない。


 とにかく取り逃すわけには行くまいと忠世と共に必死に守りを固めるが、それでもかまわずに突っ込んで来る。


 斬られると同時に泣き声を上げる兵もいたが、その泣き声に続く言葉が「痛い」でも「死にたくない」でもなく

「藤堂高虎から解放できず……」

 だった時は血の気が引いた。




(何だこれは……これがたった一人の男への憎しみに凝り固まった人間の率いる軍隊なのか……ああまったく、一歩間違えばわしがこうなっていたとでも言うのか!)


 藤堂高虎さえ討てばすべてが解決する、そのためならば何も厭わない。

 あの天竜川から丹波平定戦以外まともな戦もしていない光秀、幕府軍の実質的総大将になってからも連敗していた光秀が、どうやってここまで兵を仕上げたのか想像もつかなかった忠次だが、それでも光秀が異常な事だけはわかった。


 たかが一人の男、その男を憎み切る過程で何をやっていたのか。たかだか二万五千石の男に向けて、彼さえ死ねば戦乱はおろか凶作まで消えるとでも言うのか。



「あーはいはいよくわかりましたとも!一歩でも前へ進め、天王山を奪え!」



 私は今後一切藤堂高虎を恨むような真似は致しませんから、明智光秀なんかとは違うんですからと開き直ったつもりでもう一度軍を進めんとするが、さらに明智兵が覆いかぶさって来る。


 だが相変わらず自分たちを哀れみ藤堂高虎を憎む兵士たちが、めちゃくちゃな調子で突っ込んで来る。

 自分たちの役目は藤堂高虎を殺す事のみ、お前たちに対するが害意はない。ただ道を開けてくれればそれでいいのにと言うある意味純粋な願望。


 純粋さが恐怖に変わり、つい動きが鈍る。



「忠勝、康政!」


 頼りたくもない人間の名前を思わず叫んでしまう。


 振り返った所二人の刃は確実に猪突猛進する兵たちを死体に変えていたが、誰一人後ろを向いて倒れない。

 後ろから斬り付けられたとしても家康の方を向きながら倒れており、這いつくばってでも最後の一太刀を浴びせようとして、刀を投げつける者までいた。


「天魔……外道……め……」


 一人の例外もなく、光秀と同じように悲しむ。

 先ほど白け切った自分たちに追撃をかけるかのように泣き崩れ、そして生きている者は屍を越えて突き進む。



 そんな兵たちを相手にしていた徳川軍の士気は鈍り続け、ついには家康本陣への到達を許してしまった。


 何とか二人だけで済んで家康自らが斬り合う事態は避けられたものの、それでも腰が引けてしまった徳川軍による天王山攻略作戦は失敗に終わった。


 その後中央軍の攻撃も似たような展開で失敗に終わり、この日の戦が負けである事が確定したと聞かされた忠次の顔からは、もはや戦前の覇気がなくなっていた。







「安心せよ。我らの損害は百足らず、向こうの死者は四百五十だ」

「はい……」

 

 家康は陽気に笑うが、五倍近い損害を与えた以上に自分たちが受けた打撃は大きい。


 明智軍は弱兵どころかとんでもない強兵、いや狂兵であり、死を恐れない兵だった。練度も装備もまだ足りないが、それらが補われればそれこそ最強の兵になるのではないか。


「あれだけの兵が藤堂若狭守殿に対する私怨だけで動いているのかと思うと実に切なく、悲しくなりますね」

「他に手がないのだからしょうがないだろう。つまりそれぐらい幕府は行き詰っているのだ。毛利がそれに気づけんとは思わんのだが…………」


 藤堂高虎と言う敵を作る事でしか団結できないほどに弱り切った幕府と言う組織、そして明智軍。そういうにはあまりにも強固すぎる意志の塊。


(これをどうやって折る?全滅させるか?それとも……)


 戦以外他に何の手段も思いつかない事を少しだけ恨み、同時にそういう感情だけで動いた先が光秀である事を知り、忠次は強く歯嚙みした。

新作の異世界転移ファンタジーもよろしくお願いいたします。


「ぼっちを極めた結果、どんな攻撃からもぼっちです。」→https://ncode.syosetu.com/n4852gp/

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