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天魔の子・藤堂高虎  作者: 宇井崎定一
第九章 あるべき政
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藤堂四葩、浅井長政をも叱責する

「なぜまた若狭守を!」

「その程度の政治力しか今の幕府にはないのでしょう。徳川殿のおかげで東に脅威がなくなった以上、これ以上長引けば幕府は本格的におしまいでしょうからな」




 藤堂高虎を朝敵とすると言う綸旨に、金ヶ崎城の広間は震え上がっていた。


 佐吉と共に書状を受け取っていた正信の言葉を受けてなお、長政も高虎も震えが止まらなかった。







 帝自らが、自分を名指しにして来た。



 征夷大将軍に最早力はないが、天皇はまだ別である。




 貴族や武家が古来どんなに政権を握りどんなにあがこうと、せいぜい余人をもってその座を取り換えるのが限界であった。


 承久の乱の時でさえ、北条義時は後鳥羽天皇の一族を島流しにして別家を天皇に据えるのが精一杯であり、実際二十年ほどでそちらの血脈は断絶し結局元の後鳥羽血脈に戻ってしまっている。




「確かに光秀は主上様を抑えておりましたが……」

「ここまで大胆とは思いも寄らなんだわ…………おい安房守!」

「おそらく光秀は朝廷を相当に脅して手に入れたのでしょう。その事実を広めればいずれ却って信頼を失い崩れると見ます」

「それが証明できれば悩まんわ!」



 仏罰や武田信玄よりも恐ろしい敵との遭遇に、高虎も長政も震えるより他なかった。正信のもっともな説明も二人の心を落ち着ける事はなく、お互い抱き合いそうになるほどにまで身を寄せ出した。


「あくまでも光秀の狙いは私なのでしょう、私を差し出してその間に時間を稼ぎ」

「やめろ、そんな弱腰な事を言うな!お主に成功すれば次はわしか安房守になるぞ」

「確かに応じる訳には参りませぬ、とは言え内部の綱紀粛正は必要かもしれませぬ。明智軍が京や堺で好き勝手に暴れている事を広めいかに秩序的で整然としているか世に知らしめ、光秀の大義を削ぐべきかと」


 遠藤直経と海北綱親がいたとしても、どの程度までこの主従をなぐさめられたかわからない。年を食った分だけ重みを深く刻み込まれた人間は、一向宗に対して真っ向から立ち向かえなかった。そして一向宗と天皇が変わったとしても何の違いがある訳でもなく、ましてや今回は何もこちらに害を加えていない、中立的かつ絶対的な存在からの糾弾である。


 本多正信だけはあくまでも冷静であったが、だとしてもそんな迂遠なやり方でしか立ち向かう事ができないもまた事実だった。













「一色様はそれでも浅井家に付いていくのでしょう!」

「四葩……」










 そんな男たちの尻を叩いたのは、やはり四葩だった。


 本来ならばこんな場にいる事さえ構わぬような家臣の妻がこの場を支配し、震える大男たちを見下ろす。


「もし一色様が幕府についていくのであればこんな風に送り付けたりせずに既に挙兵しております!一色が幕府の重職を務められる家系である事は私とて存じております、それが実質幕府を見捨てて浅井に賭けたのです!」

「とは言え、あまり急には…………」

「安房守殿、確かに安房守殿のおっしゃることはごもっともだと愚考いたします。ですがそれだけでよろしいのですか!」

「よろしいのですか、とおっしゃられましても……」

「お館様はどうなさりたいのです!夫を差し出して力を蓄える時間を得るのか、夫と共に明智光秀を討つのか!いずれにせよ、一色の思いをどうかお汲み取りくださいませ!」

 

 確かにこの前幕府の命により畠山家と一色家は三官四職の座を追われたが、それでも幕府復活となれば甘い汁を吸える可能性のある家柄だった。光秀があるいは藤堂高虎を討てばこれまでの罪を許すとまで言っていたとしても一向におかしくない。


 それが藤堂と言うか浅井を選んだこと自体、ある種の賭けである。それを守れなければ浅井は信頼を失い、幕府や毛利が一挙に勢いづく可能性がある。もちろん織田にもいい影響はもたらさない。




「わしは、わしは明智光秀を許さぬ。公方様より綸旨を脅し取った光秀を許せばわしは天下に面子を失う。そのためにも、若狭守を絶対に守らねばならぬ!」

「お館様!」

「むろん、早急に岐阜中納言殿と三河守殿にもお伝えいたす!安房守の言うように、堺は明智勢により荒れに荒れすっかり不景気になっている。光秀はせっかく築き上げた市場を打ち壊し、商業を破壊する男だ!それだけでも罪は重い!無論主家である織田に弓を引いた罪も重く、その上に主上様をほしいままにした罪はもっと重い!かような人間に世を治めさせるわけには行かぬ!!」

「誠にありがたきお言葉……この朝倉四葩、つい無礼を働いてしまい申し訳ございませんでした!」







 女だてらとか言うが、こうして男子を焚き付ける姿は間違いなく妻のそれであり、その上に決して礼節も忘れていない。


 そして言うべきことをきちんと言い、うまく行ったと見るやすっとおとなしくなる。

 あまりにも硬軟の使い分けが上手すぎた。



「似たもの夫婦とはこの事ですか」

「お、おい!おい……」

「あらまあ……」



 正信がまったく高虎と四葩に似合いの肩書を投げて寄越すと、高虎も四葩も笑い出した。

 それに釣られるように言った正信も、長政も、倒れ込んでいた佐吉さえも笑った。


 確かにその通りだ。いざという時は無謀なぐらい勇敢なのに、その気にならなければ平気で逃げ回る藤堂高虎と、今の四葩の振る舞いはあまりにも酷似していた。


(その点だけは勝ったと思いたいけどな……)


 高虎は改めて妻の強さと、その妻に自分が思わぬ影響を与えているらしいことに気付いて笑い、この妻のためにも死ぬわけには行かないと覚悟を決めた。











「さて、だ。こうして追討令が出てしまったことはもう変えようがない。その上でどうするかだ」


 やがて笑い終わった上でとりあえず婚礼のために四葩を今浜へと向かわせ、その代わりのように直経と綱親が広間へと入って来た。

 下座に座った高虎は四葩の働きもあり落ち着いていたが、それでも緊張は隠し切れなかった。奇妙なほど冷静なままの正信の顔を見ながら、じっと話の始まりを待っていた。


「おい若狭守、お主はどうしたいのだ」

「遠藤様」

「殿で良いと言っておろう、だからお主の望みは」

「私は妻を泣かせたくありませんし、単純に漏れ聞こえる噂通りの人間であるのならば明智光秀と言う人間を絶対に認めるわけには参りません」

「噂ではないぞ、すべて真実だ」




 あの本能寺の変からもうふた月以上経つ。ほぼその間光秀は京をほしいままにし、ある意味義昭さえ差し置いて事実上の最高権力者となっている。


 その最高権力者について漏れ聞こえるそれは、どれもこれも酸鼻を極める物だった。



 まず一つ目に伊勢貞興を始めとした幕府や朝廷の人物を多数殺し、その財産を没収して幕府の費用とした。これにより朝廷の公卿たちは怯えて逃亡を図ろうとしたが、完全に封鎖されていてどこにも逃げられず精神不安定になる者が続出している。



 次に堺において多数の関所を復活させ、それにより流通を重たくし物価を釣り上げた。しかも織田浅井派の商家を中心にかなりの大金を将軍復位記念と称して召し上げ、ひどい話になると織田方の松永久秀との取引をした商人を堺から追放している。

 そしてそれらの業務を全うしない一部の寺社をも織田や浅井に通じているとして糾弾、闇で関銭をほぼ無料にしていた寺社は織田の間者であるとされて寺ごと焼かれたと言う。



 その上でさらに丹波や山城において人狩りとも言うべき強引な徴兵を行い、そして素性怪しき者たちを次々と兵力にしている。それら「幕府の新兵」は我が物顔で京の町やその周辺を歩き、「織田浅井寄り」とみなした人間に対して容赦なく唾をかける。一応違反した場合の罰則はありこれまでに二人ほど処刑されたが、ひとたび織田方と見なされればその矯正の手が来ることはなく、徹底的にむしり取られる。




 どれもこれも、事実だった。


「なぜそんな事ができるのでしょうか」

「正しいからだ」

「正しいなど!」

「今の光秀は少しでも正しくない事は許せない人間になってしまっている。白と黒しかない、赤も青も緑も、もちろん灰色も認めないそれになってしまっているとすれば合点が行く」

「あの伊勢貞興を殺したのもですか」

「その通りだ。一説には楽市楽座に理解を示したからだとか言うが、いずれにせよほんの少しでも理想から外れればそれは論外となると考えて良いだろう」

「兵をかき集めるのもですか」

「その通りだ。まったく、鎌倉幕府は百五十年で終わった、室町幕府が終わらぬ訳などないと言うのに……今この場に義満公がいたとしても幕府を守る事を望むかどうかわからぬぞ……」




 幕府に従えば善、従わねば悪。光秀の政治にはその一文しかなかった。


 少しでも灰色の姿勢を見せた者はすべて黒であり、容赦なく白く染めても構わない。

 だからあの伊勢貞興と言う、義昭の側近であったはずの十四歳の少年を殺して首をさらす事もできるのだろう。


 未来を担うはずの人間を殺してまで一体何がしたいのか。

 清廉潔白を気取っておきながら素性怪しきならず者まで集めて何のつもりか。


「詰まる所、明智光秀は実に幸せ者であると」

「ずいぶんな物言いだが、まったくその通りだな」


 絶対的な暗黒である織田と浅井、何よりその中核である藤堂高虎を消す。

 それの一体何が悪いと言うのか!


 足利尊氏、いや義満のような幕府絶対主義こそこの国が金閣寺のように輝いていた時代だ。その時代のようにふるまって何が悪いと言うのか、理想の統治の時代に戻して何が悪いと言うのか!




 光秀はそう信じて疑わず、かつその絶対的大義の中で生きていられる自分がこれまでの人生で一番充実していると思っているのだろう。

 一人っきりでやってくれる分には勝手だが、国家全体を巻き込むのはあまりにも迷惑である。




「ああそうだ、政治ごっこを終わらせねばならぬと言う事だ」

「行って来い若狭守、朝敵などと言う肩書にすがる男になど負けるな」

「お主が駄目ならわしが出て光秀を討つ。この安房守が千福丸たちを守ってくれよう」

「無論です、殿!」




 自分には四葩や長政だけでなく、これほどの味方がいる。それだけで高虎は体が軽くなり、そして勝てる気がした。


「出陣の日取りはこれより決める。そなたは大倉見からやって来る家臣たちと共に酒を酌み交わしておけ」

「はっ…………!」




 高虎は、ゆっくりと決戦に向けて準備を整える事とした。

いよいよ次回から最終決戦!と言う訳で今回は二日間のお休みをいただきます。どうかご容赦のほどを。



その間はこちらをどうぞ。


「その日、戸頃祥子は出会った」現代ドラマです。


https://ncode.syosetu.com/n8731go/

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