本願寺顕如、醒めた目をする
顕如は最初に光秀から書状をもらい受けてから、それこそ四年以上じっとこの時を待つように言われて来た。
「織田信長が此度の乱行、信長より禄を受けし者としてどのように詫びても詫びきれる所業ではござらん。また悲しむべきことに、織田内部でこの所業を苦々しく思うは我一人なり。今その事を訴えた所で聞く耳を持つ者はなし。ましてや浅井長政や徳川家康と言った同盟勢力もまた同じ程度の精神しか持たぬ輩ばかり。
ゆえにこの十兵衛光秀、しばらくはその時を待つべく臥薪嘗胆の心持ちとなり、織田浅井徳川の弛緩を待つ事といたし申した。この言葉に偽りはなきと信じていただきたい。この書をふりまけば我が首はたやすく落ちること、火を見るよりも明らかなり。
織田信長めを討ちしその暁には、是非とも本願寺の元に集いし徳僧と良民たちの力をもって織田を滅し、そして浅井徳川をも砕いて下され。
この国に正しき秩序と平穏な日常を取り戻すべく、足利将軍家と共にお歩み下さいませ。苦き事、汚き事はすべてこの十兵衛が請け負うゆえ、どうか清らかな世に、清らかな祈りを」
あの比叡山焼き討ちからほどなくしてこんな文を差し出された顕如であったが、正直まったく心を動かされなかった。自分だって本願寺の僧兵を殺したではないかとか、そんな難癖をつけたわけではない。
これを書き写して織田内部にでもばらまいて混乱させてやろうとか、そんな気にすらなれなかった。
「なあ教如、聞いているだろう?あの上杉謙信公が織田に惨敗した事を」
「はい……一体何があったのでしょうか」
「戦の前後などよくわからん。わかるのは、織田が全く衰えてなどいないと言う事だ」
顕如は教如や下間頼廉など主だった僧を集めながら、単純に年輪を重ねた顔で説法を始める風に座を正した。
「しかし織田信長は間違いなく死にました!」
「信長は死んだ。だがそれならばなんだ、信長が死ぬ前の織田家は犠牲なしで上杉謙信を殺せたとでも言うのか」
「そのような」
「家など、支えんと欲する人間がいる限り崩れはせぬ」
間違いなく、明智光秀は織田信長を討ち取った。爆死とも言われているが、いずれにせよ織田信長と言う人間がもう生きていない事だけは間違いない。
だがその結果織田はどうなったか。
上杉謙信と言うとんでもない大敵を討ち破り、さらに武田や北条にも打撃を与えている。そんな家がどうやったら崩れるのだろうか。
あらかじめ信忠に家督を譲っていたからとか言うが、もう十九歳の信忠に家督を譲るのは早くはあるが決して特別な話でもない。それに家督を譲られたのはほんの二ヶ月前であり、当主としてはまだまだ一人前にはほど遠いはずだ。
この結果はむしろ信忠の能力がうんぬんとか言うより、織田家が決して崩れていない証拠である。
(織田は決して揺らいでいないし、孤立もしていない。あの堺を見る限りな。こんな所にどうやって仕掛ける気だ……)
かつて矢銭の要求に屈してから信長の配下に入った堺の町だったが、商売は依然として活発に行われ、犯罪も一銭斬りとか言い出している信長の影響からか減っていた。実にきれいな政治だ。
本願寺の僧兵はしょせん、戦の専門家の武士よりは弱い軍勢だ。あくまでも本職は僧であり副業として武を振るうだけの人間が、そのためだけに日々を送っている武士と真正面から戦って勝つのは難しい。なればこそ雑賀衆のような強力な傭兵団や他の大名に協力を求め、その上で御仏の力を使って敵兵を萎縮させて来た。
だが織田軍はその御仏の力にひるまず、浅井徳川も似たような調子である。そして一向一揆の主戦力と言うべき民百姓は織田の政治になびき、自分の側に付いてくれない。
ましてや下間頼照、七里頼周と言う二人の僧が加賀であまりにも多くの失態をやらかしたせいで越前や加賀の農民たちはまったく本願寺への信頼を失い、二人を破門すると言う対処療法もまともに効いていない。いやそもそも彼らのように宗教的権威を振りかざして独裁者となり民百姓の怨嗟を買っていた話は信長登場以前からあり、そういう不満を持っていた人間にとって信長は救世主に等しかった。
(「びた一文で良いなど、それでは関所の意味が」
「いいのだ。拙僧が良いと言っているからいいのだ!」)
光秀の命によって設けた関所に留まる僧が関銭に対して文句を言ってくる事もあったが、顕如はまともに耳を貸すことはない。本来ならびた一文だってもらいたくないぐらいだ。
(まったく、堺の富をどれだけ収奪せんとする気だ……あんなインチキ関銭を続けるのももういい加減飽きたぞ!不授不施派でもあるまいが、仏の道ですら白黒わからぬ事が多いのにそれをまあ!)
光秀は信長をあからさまに敵視し、信長の全てを悪としている。なればこそ悪を取り除かんとばかりに信長のやり方を全否定しているが、それこそあまりにも危険なやり方である事を顕如は知っていた。
死ねば極楽浄土へ行けるなどと言う一向一揆のやり方には、人間界も阿修羅界も畜生界も餓鬼界もない。極楽浄土か地獄かの二択である。
今自分たちがいる人間界や、争いこそ絶えないが自分の心さえ治めれば何とかなる阿修羅界と言う極楽浄土を含めたいわゆる三善道のそれを認めない両極端なやり方は極楽浄土の導師である僧を圧倒的に強くし、独裁者となってしまった。
それこそが一向一揆の敗因であったと、今の顕如ははっきりと認識している。
「織田の統治を下手にひっくり返そうとすれば、本願寺は敵となる。これまで四年間、本願寺が大過なく過ごせてきたのはなぜかわかるか?」
「はい……今織田のやり方を変えるのはまずいと言うのはわかりました、ですが織田以外はどうなのでしょうか」
織田の統治は正しい。
では浅井はどうだ。
「教如、まさかとは思うがお主煩悩に負けてはおらぬか?」
「住職様!お戯れはほどほどに!」
「頼廉、許せ。それで」
「教如様はあれです、ほら丹波から若狭に攻め上がれば毛利を」
「丹波から攻めれば浅井はどうにかなると思うか?」
真剣に問うたつもりだった教如に対し、あれからずいぶんと修業を積んだにも関わらずまだ四葩の事が忘れられぬのかとばかりに、真顔で戯言を吐いた顕如に喰ってかかるかのように頼廉が吠えた。
だが顕如は身じろぎひとつせず、あくまでも冷静沈着に頼廉たちを見据えるばかりだった。
「浅井家は真っ先に襲われるは織田信忠と見た。織田が持っているのはやり方もさることながら信忠と言う絶対的な存在がいるからだ。もし信忠がいなければそれこそ織田は一突きで壊れていただろう」
「そのために浅井軍は」
「ああそうだ。その浅井軍の助力もあり此度の織田大勝となった。
浅井自身若狭は無論本拠地と言うべき越前や北近江が丹波に接している以上積極的に動けなかったはずなのにな。それを顧みるだけで浅井は信を失っていない事がよくわかろう。今うかつに浅井を攻めれば織田は全力で浅井を守りに来る。まさかあの松永久秀を当てにしているとでも申すのか?」
松永久秀が今更本願寺や幕府のために戦うはずもない。今から攻撃をかけたとしてもやすやすと潰せる相手ではなく、下手に浅井領を攻めでもしてこちらが手空きになったと見れば高山右近や荒木村重のような畿内の耶蘇教勢力、無論明智光秀にとっては敵性勢力である連中と手を組んで攻めて来るかもしれない。
無論紀伊の雑賀衆は自分たちの味方だが、彼らとて数は知れている。
「もはや神仏による脅しが通じぬ以上、単純に戦力で考えるしかない。その戦力において一番強い所は一体どこだ」
「まさかあの藤堂高虎」
「違うな、徳川よ」
そして徳川はどうだ。
織田が喧伝している情報によれば上杉軍を打ち破ったのは徳川家康自らに因る乱入ありきであり、信忠は家康に甲信二ヵ国の支配を約束したと言う話まで入っている。そんな事を喧伝すること自体織田が徳川を信じていると言う何よりの証拠であり、そして徳川の強さを証明するそれである。
ましてやこの苦境に総大将自ら出向くなど、どこまでも信義にあふれているではないか。この一件により徳川の名声はますます上がり、下手をすれば上杉謙信に勝った男とさえ言えてしまう。もちろんやがて来る織田・浅井対明智の戦にも徳川が来るのは必至であり、名前だけで萎縮する危険性まである。
「織田は巨大であり、浅井は硬軟の使い分けがうまい。そして徳川は単純に強い。本願寺の相手と言うのはそういう軍勢だ」
「御仏の力があれば」
「頼廉、そんな青臭い事を言える時期はとうに過ぎている。耶蘇教とは訳が違うのだぞ」
この数年間耶蘇教を研究し、その上で顕如たちは自らの教えを広めて来た。反宗教改革とでも言うべきこの顕如の行動は綱紀粛正とでも言うべき二人の僧の破門や過激派の排除によって確かに成果を上げ、その分だけ耶蘇教の普及も鈍っていた。
だがそれはしょせん仏教の専門家ゆえの結果であり、軍事において本願寺は素人なのだ。
「織田も、浅井も、徳川も、まだ乱れておらぬ。そのような情勢で無駄に動けば残るのは屍だけよ」
「ではこのままで居ろと」
「そうだ。僧は僧らしく、おとなしく念仏を唱える。その上で堺の民を守るために関銭を極端に安くするのもそのままだ。本願寺は民の味方でなければならない」
「何ですかそれは!」
――――待て。
長々と僧たちを座らせておきながら、結局のところその一言で顕如の説明は事足りた。教如や頼廉が当然のように反応するが、顕如は相変わらず澄ましたままである。
「幕府も明智も、この本願寺には手は出せん。出せるのは口だけだ」
「毛利はどうでしょうか」
「毛利はさほど幕府にこだわりはない。あれは織田の侵攻方向が西に向いているから反応しただけだ、山中鹿之助の事もあるしな。織田や浅井が現状のそれで満足しておれば大した事はせぬだろう」
山中鹿之助は、この間ずっと南近江で尼子勝久に仮の領地として与えられた城を守っていただけである。せっかく毛利と戦っている柴田軍にも羽柴軍にも加われないまま、そして兼山城の戦いにも参加できないまま時を過ごしていた。
「なぜまた尼子復仇について極めて熱心な存在を後方に置かせたのでしょうか」
「その男、仇敵を目の前にして抑えきれなくなる危険性を孕んでいるのかもしれぬ。それを見切られて後方に置き捨てにされたとも言える。そして、拙僧はこの織田の判断を支持せざるを得ない。
まあ、順調に行っておればおそらく安芸にでも行った辺りで出番があっただろう」
「そんな」
「我々がこの四年間耐えている間、織田はどれほどまでに苛烈だった?」
「…………」
「織田は、いや信長は邪魔をしないならば良い意味で冷淡だった。その事に今になりようやく気が付いた」
「本願寺が織田の邪魔にならないのならば別に良いと」
「ああ」
織田はこの四年間、伊勢長島一揆の残党狩り以外ほとんど本願寺と関わっていない。晩期には同士討ち同然になってしまった伊勢長島一揆に顕如は冷淡で、これと言ってその方向に動く事もしなかった。一応若狭の国人をひそかに支援してはいたがこの問題の相手は浅井であって織田ではないし、戦もかなりあっさり終わってしまった。
「せめて、それでも!あの松永久秀だけは!」
「確かに拙僧もいささかならず業腹ではあるが、彼をこの手で裁くのは難しいだろう。だが彼の行く先はどうせ地獄だ、そう考えれば怒りも治まろう」
「はっ……」
「わかったな、皆修業に専念せよ。では解散だ」
言うべきことを言い終わった顕如はすぐさま教如たちに背中を向け、経文を唱え始めた。
落ち着くと言うよりは震えさせる、受け入れると言うより取り除くような顕如の経文は、本願寺中の人間の耳を強く支配した。




