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辛いカレー専門店にて

作者: 杠煬

土曜の朝、目が覚めるともう9時を過ぎていた。窓からは春先の柔らかな日差しが気だるい眠気を嘲笑うかのように雑に輝いていた。

学校が春休みの時期であるため、子供達を連れて妻は実家に帰っている。昨晩ラインがあり、明日には戻るという。羽休めとはいえ、旦那を1週間1人にしておいたのが多少後ろめたい様子だが、なに、こっちだって妻の顔色を気にせず1週間飲み歩いていられたのだ。嬉しいような、寂しいような。

朝食には遅く、昼食には早い時間のため、着替えをしてマスクをつけ、ふらりと家を出た。まだ少々うすら寒いが、花粉は飛び始めている。

電車で7つの駅を過ぎ、 繁華街に着いた。本屋をぶらぶらして単行本を買う。11時になったところでお気に入りのカレー屋へ。ここのカレーは口に入れて1拍置いた後に来る強烈な辛さでいつも人気なのだが、開店直後のためほとんどお客はいなかった。いい気分だ。マスクをはずし、食べはじめる。辛くて旨い。

半分ほど食べたところで、次のお客が入ってきた。すいませんと言う声からすると、女性のようだ。入り口のところで店員と何か話していたが、突然大声を上げたので驚いた。

「ここはカレーの専門店でしょ。私は辛いのは苦手なの。なぜ甘口にしてくれないのよ。」

思わず声のした方を見ると、上品な身なりの年配のご婦人が若い店員を叱りつけている。店員は恐縮とわずかな困惑の混じった表情を浮かべ、申し訳ありませんを繰り返している。

辛いものが苦手ならカレーなど食べなければいいと思うのだが、甘いカレーは好きなのだろうか。

残念だが、怒りの論点がズレている。例えば、ああいうご婦人が行くような高級な天麩羅屋では、客の好みとは関係無く塩のみで食べさせられるのだろう。天つゆをくれなどと言ったら断られるかもしれない。不満なら他の店へ行けば良いのだ。辛口しかないカレー専門店というのも同じことだと思うのだが。

不快というスパイスで味が変わる前に、急いで食べ終え店を出た。入り口ではまだ揉めていた。慌てていたのでマスクを忘れてしまったが、とても戻る気にはなれない。

諦めて駅へ向かって歩いていると、近くの高校で部活をしているのだろう、ブラスバンドの練習が聞こえてきた。日本人なら誰もが知っているメロディー、スキヤキソングだ。歌詞を思い出し、思わず上を見上げる。飛び交う花粉が見えた気がして、大きなくしゃみが立て続けに出た。

きれいな青空が花粉でわずかに濁っている。旨いカレーと迷惑な客。大きな愉快と小さな不快。そのぐらいが丁度良い幸せというものだろう。1週間1人でいたせいか、妙に哲学的な自分に苦笑してしまう。

また明日から、賑やかな家庭が再開する。もう1度大きなくしゃみをしてから青空を見上げ、のんびりと歩き始めた。


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