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恋路

作者: 春羅


 いつまでもガキだ、と思っていたアイツが、どうやら女に惚れちまったらしい。


 ヒョロヒョロのくせに、木刀持たせりゃまるで別人みてぇにバカ強ぇアイツが。


 自慢じゃねぇが、俺だって神道無念流免許皆伝の腕前だ。


 道場内、同流派での試合に飽き飽きして、片っ端から他流の道場を訪ね、剣術修行とか言いながら実は面白がって、バッタバッタと蹴散らして歩いた。


 ひょっとしたら俺は、江戸一いや日本一の剣客かもしれねぇと、半ばマジで思ったもんだ。


 しかしその鼻っぱしらは見事に折られた。そりゃもう、ポッキリとだ。


 天然理心流道場試衛館……聞いたこともねぇ田舎の小さな流派で、見た目はかなりのボロ道場だ。


 誰かしら几帳面なヤツがいるらしく中は小綺麗だし、稀な程の裂帛の気合いと荒々しい打ち合いの様子から、なかなかいい道場じゃねぇかと思いはしたが、完全なる上の立場から見た評価だ。


 所詮は百姓共が遊びの暇潰しでワイワイやってんだろうと高をくくっていたんだ。


 そんな昔話はいいとして、ちょうど目の前を通りかかったもんだから、早速訊いてみるか。


 こちとら気の短ぇ根っからの江戸っ子。一旦そうかと思ったら確かめずにはいられねぇ。


「おおい総司」


 珍しく早歩きの後ろ姿を呼び止めると、やっぱり変わらねぇヘラヘラとした笑顔でやってくる。


 この様子に、勘違いだったか? と思い直しそうになるが、いやいや俺の勘は正しい筈だ。


「おはようございまぁす! 新八さんも稽古当番ですかぁ?」


「ん? ああ。そんなことよりよ。お前、そろそろ女の一人や二人でもできたか?」


 あまりにも唐突過ぎたらしい。不意を衝くほうがうっかり本音が出るかと思ったんだが、どうやら裏目に出た。


 総司はまんま目が点の状態で固まった。


「……ちょ、ええ? な、なんですか急に!」


 いや、この動揺ぶりからすると狙い的中だな。見る見る顔中が赤くなっていきやがる。


「やめてくださいよう! からかうのはっ」


 また早歩きを始めたのに無論付いて行く。


「わぁ! 来ないでくださいよ!」


「俺だって稽古だし」


 いくら速度を上げようが、追いつけねぇ俺じゃねぇ。


「からかってなんかねぇよ。ちと雰囲気変わったよな。前は風呂嫌いだったくせに今は」


「それ子どもの頃の話じゃないですか」


「ま、お兄さんは心配してるぞってこった」


 とうに俺たちは走っていた。次々追い越されていく隊士どもは、一様に大層怪訝な表情をしながらも律儀に挨拶してくる。


「好きな女ぐれぇいるだろ」


 取り敢えず早くこの話題を終わらせたかったらしい総司は、俺としては待ってましたの言葉を言う。


「ゼッタイ教えません!」


 ハズレだな。そこは、ゼッテェいねぇって言うもんだ。


「じゃあ当ててやろうか」


「ゼッタイわかんないですよっ!」


 ゼッテェ当ててやる、と半ば意地に意気込んだ今夜は隊士総出、総揚げの宴会が開かれ、それが幸運にもお誂え向きとなった。




「お前……わかりやすすぎ」


 流石の俺もその場では口にしねぇ。つか、相手が相手だ。言えるわけがねぇ。


 翌朝しっかり、ニヤリと耳打ちした。ニヤリとできるような相手でもねぇんだが。


 僅かにその耳を赤くして、それでもなんとか表情と言葉を閉ざしている。


「違いますよ」


 目を合わせないまま低く呟いた。


「好き、なんかじゃないです。好きになるわけない。……なっちゃ、いけない」


 次々畳み掛ける様に、俺の顔も渋くなる。


 なっちゃならねぇってことはねぇだろうが、応援はしちゃならねぇかもな。


 こんなことがあったのは、今思えば宴会なんかしてる場合じゃねぇ時期……いや、もっと頻繁に宴会でもなんでもして、あの人の心をなんとか隊士総力戦でわかってやらなきゃならねぇ時期だったんだ。


 なんで……誰にも言わねぇでいっちまったんだ。そんなに俺たちは頼りねぇかよ。確かにあんたよりは学も志も低いかもしれねぇ。


 けどダチだろ。なぁ、サンナンさん。


 俺なんかよりよっぽど勘のいいサンナンさんは、とっくに気付いて、何もかもわかっていたんだろうな。


 総司なら、自分を斬ってくれると思ったのか? 介錯を望んだのは、託したかったからか。新選組を。女のことを。


 ――……


「沖田くん……往生際が悪くて申し訳ない。最期の願いを、聞いてくれるかい。明里を……頼む」


 ――……


「ヒドイですよ……あの状況じゃ、断れるわけないじゃないですか」


 俺は情けなく泣き腫らした目を擦った。いつの頃からか、人前では何があっても泣きはしなくなった、泣き虫だったはずのコイツは、静かな声音で続ける。


「サンナンさん……知ってたのかな」


 人生ってのはいつでも残酷だ。


 互いに想い合って、添い遂げられるはずの二人が引き裂かれる人生がある。


 志を抱いていても、生を受けた環境によっちゃあ何もできねぇで終わる人生がある。


 反対に、実は何も持っちゃあいねぇのに、周りの連中に担ぎ上げられて好いように操られちまう人生がある。


 望みなんざなんもねぇ、ただ生きていたいってだけでも、若くして死んじまう人生があるし、望みなんざなんもねぇ、いっそ死んじまいてぇってのに、長く生かされる人生だってある。


 いつだって残酷な人生をほんの少しでも面白おかしく生きていてぇ俺としちゃあ、耳を塞ぎたくなるような会話をしていたのは、明里が不治の病床にある頃だった。


「沖田さんみたいなひとを、好きになればよかったかな。センセと同じに優しいし……」


「僕は、優しくなんてないですよ。サンナンさんは、根っからの武士だから、潔い、美しい死に方を求めてた。元から長生きする気がないから、愛してるひとを悲しませないために、わざと引き離す。でも僕は違う。僕なら、ホントに好きなひとは自分がどうなろうが離しはしない。あなたが悲しもうが関係ない。最期まで離さないから。だから僕なんて好きになっちゃいけないし、僕はあなたを好きにならない」


 そのまま起き上がることなく逝っちまった明里の墓に刻まれたのは“沖田氏縁者”の名だが、誰の望みでこうなったのかは、うっかり長生きしちまった俺でも知らねぇことだ。







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