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繁華街のショッピングモールで買い物を済ませ、二人はバス停に向かって歩き出す。


「なんか、今日はいつもより多くない?」


料理を作ってもらう以上、荷物持ちを買ってでた優人は、エコバッグの重さに首を傾げた。


「き、今日はタイムセールでお肉が安かったから、多めに買っただけよ」


視線を逸らしながら、朝咲はそう口にする。優人はその言葉に納得すると、なるほどと頷いた。暗い空にネオンが眩しく、人や車の往来がさらに多い時間帯になってくる。自然と、人ごみの中を歩くために二人の距離は近づいていた。


しかし、異変は突然にやってきた。


「──ッ!!」


優人が何気なく朝咲の方を振り返った瞬間、彼の右目が急速に熱を帯びる。眼球と脳を繋ぐ神経が急激に熱くなり、毛細血管の一つ一つが拡張するかのような感覚が、右目を襲っていた。


それとほぼ同時に、眼球で捉えたはずのない映像が、脳へと送られてくる。一台の大型トラックが歩道へと乗り上げ、車体に押し倒された電柱が、朝咲の頭部を直撃する。白黒で描かれたその映像は、写真のネガを現実の景色に重ね合わせたように、隣を歩く朝咲の姿に重なっていた。


「アサキ、止まって」


彼は短く口にすると、朝咲の手を取る。彼女は、目を見開きながら立ち止まった。


「え!?ちょ、ちょっと、いきなり何を……!?」


驚いたように口をパクパクさせている朝咲は、車道の方から聞こえてくる甲高いブレーキ音に、気づくのが遅れていた。その刹那、彼らの前方から大型のトラックが、制御が利かなくなったかのようにフラフラと突っ込んでくる。勢いのついた車はそのまま、二人のいる少し手前の電柱に激突し、バンパーを大きく凹ませた。


朝咲が短い悲鳴を上げた瞬間、電柱は勢いよく根元からバッキリと折れ、二人のすぐ眼前の地面に叩きつけられる。朝咲は思わず、優人に掴まれていた手をギュッと握り返していた。


「大丈夫?」


行き交う人の群れで溢れていた繁華街は、一転していくつもの悲鳴で騒然となった。タイヤのゴムが焼ける匂いが辺りに立ち込め、その周囲にいた人々は恐々とした様子で現場から距離を置いている。その中で、優人は真っ先に朝咲に安否を尋ねた。彼女は答える余裕もないのか、彼の腕にしがみつくようにして、一度だけ小さく首を縦に振る。彼の腕に、朝咲の体の震えが伝わってきていた。


現場に警察と救急車が来るまでのわずかな間、二人はしばらくそのまま立ち尽くしていた。運転手が救急車に乗せられ、警察が現場を取り仕切り始める頃に、朝咲はようやく「帰ろう」と小さく口にする。


「もう、大丈夫なの?」


「うん。ちょっとびっくりしただけだから」


力なく笑いながら、朝咲は止まっていた足を再び動かし始める。未だに、彼女は優人の手を握ったままだった。それだけに、優人は彼女に余計な言葉をかけることはせず、彼女の手を黙って握り返していた。


特に会話を交わすこともなく、二人はバス停に辿り着く。他に客はおらず、二人してベンチで待っていると、いつもと何も変わらずにバスがやってきた。バスに乗り込んでも、二人の間の沈黙は変わらない。優人の家に一番近いバス停に着くまでの間、二人は手を繋いだまま、ただ揺られていた。


「私、またユートさんに助けられちゃったね」


ようやく朝咲が口を開いたのは、バスを降り、二人して延々と続く坂道を登っている時だった。


「また……?」


「うん……ちょっと、五年前のこと思い出しちゃって」


どこか悲しそうな表情で、彼女は優人に視線を向ける。優人はその顔に、数年前の惨劇の影を見た。


今から五年前、百鬼優人にはまだ両親がいた。専業主婦の母と高校教師の父との三人暮らしという、ごく普通で平凡ながらも、彼はそれなりに恵まれた家庭で過ごしていた。だが、彼が中学二年生だったある時、誰も予想だにできないほどの大きな事件が、この街で起こったのだ。


それは、原因不明の大火災だった。何の前触れもなく、突如湧き出るように現れた大火が、この街を飲み込んだのである。その規模はとても大きく、数十世帯の家屋と二百人あまりの人命が、返ってくることなく炭になったのだ。そして優人の両親も、その火災に命を奪われた一例だった。逃げ遅れて家屋の下敷きになった母親を助けようとして、父親もまた帰らぬ人となったのである。


一方で難を逃れた優人は、火の海から逃げ出す途中、当時小学生だった朝咲と出会った。足の骨が折れ、逃げることのできない彼女を背負い、彼は命からがら火災から逃れたのだ。後から聞いた話だが、あの火災の中心地にいた人物で、生きていたのは彼ら二人だけだったという。


奇跡のために払った代償は、優人の右目だった。逃げるために必死で、どこでどんな風に傷を負ったのかは覚えていないが、彼は右目を火傷したために、その視力を失ったのである。ゆえに、今の優人の右目は、本来の自分のものではない。火災からしばらく後に角膜移植を受け、彼は視力を回復するのに至ったのだ。


だが、その右目に時折不可思議な映像が見えることを、優人は他人に話したことはない。


「本当に、ユートさんには助けられてばっかりだなぁ」


物悲しそうな表情で、朝咲は呟く。


「ユートさんがいなかったら、私は少なくとも二回は死んでるってことだよね。私、何をしたらユートさんに恩返しできるのか、分からなくなっちゃったな……」


「アサキ」


声のトーンの低い朝咲に、優人はわざと明るい声で呼びかけた。


「じゃあ、明日の夕飯にビーフシチュー作ってよ。そしたら、今日のことはチャラってことにするから」


あまりにも突拍子のない話に、朝咲はポカンと口を開ける。言っている優人自身も、自分がなかなかの暴論を吐いていることを自覚していた。


「僕、アサキが作るビーフシチュー、好きなんだよね。市販のルーじゃなくて、アサキが一から作るやつ。作るの時間かかるからって、あまり作らないでしょ?最近寒いしさ、頼むよ。ね?」


おどけた口調で口にすると、朝咲はクスリと小さく笑う。「しょうがないなぁ」などと口にしながら、彼女はそれでも嬉しそうな顔をしていた。


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