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「ほら、ユートさん!早く起きてよ!」


ゆさゆさと体を揺らされ、百鬼(なきり)優人(ゆうと)は何事かと目を開けた。彼は自分の身に起こっていることを確かめようと、もそもそと布団から頭を出す。冷え切った十二月の空気に寝ぼけ眼を瞬かせると、ベッドの横に立った人物と目が合った。


「アサキ……?」


まだはっきりしない思考のまま口にすると、制服に身を包んだ少女は心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。肩くらいで切り揃えられた黒髪が、その動きに合わせてサラサラと揺れる。


「いつもの時間になっても起きてこないから、心配で見にきたんだよ。まったく、年頃の女子高生にわざわざ起こしてもらえるなんて、良いご身分だよね」


「ん……面目ない」


頬を膨らませて言う少女に謝りながら、彼はベッドからのそのそと抜け出す。その瞬間全身を包む冷気に、一気に思考が覚醒した。


「ご飯、できてるからね。早く着替えてくること!」


そう言い残し、少女はさっさと部屋から出て行く。その背を見ながら、朝方の忙しい時間に余計な手間を増やしてしまったことに、罪悪感を覚えた。


「……朝ごはんの片付けくらいは、僕がやらないとダメだよね」


小さくそう呟いた声が、白い息になる。家の中だというのに、身が萎縮しそうになるほど、今朝はひどく冷え込んでいた。意を決して寝間着を脱ぎ捨て、用意してあったシャツに袖を通す。たったそれだけの動作で、体温が二、三度は低くなったような気がした。


カーディガンを羽織りながら、優人は広い廊下を渡り、洗面所へと向かう。容赦なく冷たい水で顔を洗うと、奥歯がガチガチと鳴りそうになった。蛇口を捻りながら顔を上げると、鏡の中から水滴まみれの顔が見返してくる。


「そろそろ、髪を切った方がいいな……」


耳を隠すくらいまで伸びた髪の毛をいじりながら、彼は呟く。大きな二重の目に、長いまつ毛の伸びる小さな顔は、童顔というよりは女顔と言った方が相応しい。おまけに、百六十センチ程度の小柄な体型も相まって、その外観は少女のそれと変わりなかった。


食堂の扉を開けた瞬間に、暖められた空気とコーヒーの香りが、安息のため息を吐かせた。暖房が効き始めるまでの時間を待っている時ほど、無駄に広い家に住んでいることを呪いたくなることはない。その上一人暮らしともなると、先に起きている存在がいない以上、冬の間はほぼ毎日その苦痛を味わわなければならない。その地獄を未然に防いでくれたであろう人物を探すと、彼女はテーブルに料理を運んでいた

「アサキ、いつも悪いな」


「それは別にいいんだけど、昨日夜更かしでもしたの?ユートさん普段は朝に強いのに」


そう尋ねながら、夜宮(よみや)朝咲(あさき)はマグカップにコーヒーを注ぐ。


「いや……何か、変な夢を見てただけ……のような気がするんだけど……」


優人の言葉に興味なさそうに「ふーん」と返すと、一通り揃えられた料理を見て、満足げに頷いた。


「よーし、我ながら完璧。じゃあ、食べよっか」


朝咲に促され、彼は席に着く。テーブルには、彩りの良いいくつもの料理が並んでいた。


「本当に、いつも手が込んでるな」


「そう?このくらい普通だと思うけどな」


「いただきます」と口にしながら、彼女は行儀よくナイフとフォークを操り、食事を口に運ぶ。たったそれだけのワンシーンが、品の良い絵画を思わせるあたり、さすがはお嬢様学校の生徒なだけはあるのだろう。


「けど、何も毎日来なくてもいいんだぞ?お前だって、変なウワサが立ったら困るだろうし」


「ウワサ?どんな噂よ?」


まるで検討のつかないという表情で、彼女は首を傾げる。


「そりゃ、一人暮らしの男の家にお嬢様学校の生徒が毎日通っていたら、いろいろとよろしくない噂の一つでも立ちそうなもんだろ?」


いたってまじめに言ったつもりなのだが、朝咲はそれを軽く笑い飛ばした。


「ないない。大体、こんな辺鄙な場所に来るのを、誰に見られるっていうのよ?」


辺鄙、という言葉に、心外そうに顔をしかめる。確かに、この場所は街外れの小高い丘の上ではあるが、そこまで言われる筋合いはなかった。


「そ・れ・に、初見でユートさんを男だと思う人なんて、いないから」


先ほど気にしていたことをグサリと言われ、優人は言葉につまる。やはり早急に髪を切るべきだと、彼は人知れず決心した。


「大体、ユートさんがいけないんだよ?ほっといたら、インスタントとかレトルトばっかり食べるんだから。夏休みで私が出かけてた時のこと、覚えてる?ユートさん、毎日冷凍食品のチャーハンしか食べてなかったでしょ?」


「それは……ほら、俺一人分の料理を作るよりは、そっちの方が安く済むし……」


苦しい言い訳に、彼女は「ふーん?」と片眉を上げる。


「ま、それなら余計に、ユートさんを一人にするわけにはいかないね。私がいなかったら、ユートさん一週間くらいで死んじゃいそうだもん」


嬉しそうに笑いながら、朝咲はそう口にした。


「俺はウサギじゃないぞ」


何がそんなに楽しいのかと疑問に思いながら、優人はコーヒーを口に含んだ。



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