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ヒト  作者: ぬまろー
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見えない手①

男として生まれた、性と言うやつなのだろうか。

 あるいは、運命。このリアルワールドにひっそりと偏在しているだろう、デウス、超越者が俺に対して微笑んだのかもしれない。

 

 バイト帰りに、コンビニで適当な夜飯を買った帰りの事だった。

 まだそこそこに明るい道には、人の気配はあまりなく、どこか住宅街を歩いていた時、俺はそれに気づいてしまった。

 

 男の悲鳴。

いや、悲鳴と言うほどに大きな声じゃなかった。

 近所迷惑にはならないだろう、常識をわきまえた程度の悲痛な声が、俺の耳に届く。


 俺は木曽川でカバと邂逅してから使えるようになった独自の浮遊術を用いて、プカプカと空から住宅の隙間を潜って、それらの視覚からそれを覗く。

 まるでスパイダーマンみたいな気分だった。


 俺が見えたのは、浮浪者が、全身黒ずくめの人間に殴られている姿だった。

 

「……」


 浮浪者狩りだろうか。

 黒ずくめはフードをかぶり、少なくとも俺からは素顔が見えない。

 

辛うじて、そいつの爪が凶器と言えるほどに伸びていることだけがわかる。

 と言うより、いやいや、不思議な黒ずくめだ。その黒ずくめが浮浪者に一発殴るたびに、自分の手を傷つけているのだろうか。殴った反動で、そいつの手の肉が抉れているじゃないか。爪を切れよ。


 俺がそれを発見した頃には、もう浮浪者は殴られ果てた、とも言うべきか。すでに虫の息と言うやつで、黒ずくめもそろそろ頃合だと思ったのか、浮浪者を汚れたゴミ集積所に放り捨てる。


 そして、黒ずくめは黙って帰ってしまった。


 残された浮浪者は、全く動く気配がない。死んではいないはずだろう。ただ拳で殴られただけなので、骨を砕かれたわけでもない。呼吸もしているようだ。

ただ、気を失っているだけに違いない。救急車を呼ぶほどでもないだろう。


 

 黒ずくめの目的は、快楽だろうか、それとも近所迷惑とも噂の浮浪者に対する執行人だったのだろうか。

 俺は質問をしたわけでもないし、話したことすらない。なので、推測するだけ無駄なのだろう。

 

 なんでもいい。

 俺は、それを見て、勃起していた。

 

 それこそが、この出来事を運命だと位置づけれる決定的なポイントだ



☆★☆



 深夜、22時頃だろうか。

 俺は街灯の光も怪しい中央公園にいた。


 俺は女の子のプリクラやピンク色のシールなどで装飾されたスマートフォンを操作し、持ち主の母親にLINEでメッセージを送る。

「今日はちょっと遅くなるよ」「友達の家に泊まっていくの~」などと、自分でも気色の悪いくらい、偏差値の低いコメントを恥ずかしげもなく送信。しかし、彼女の母親はなんの疑いもなく、それを信じた。


「さて」


俺は肩に乗せている、いまだに制服姿の中学生を乱暴に地面へ落とす。

確か、名前は星野晴香だったけ。

晴香といえば、俺の初恋の人の名前とおんなじだった。俺が彼女を初めて知り、そしてそこそこにビジュアルも良いのが理由で、彼女を拉致しようと思った。

彼女が火曜日と水曜日、それに金曜日に塾で夜遅くまで帰ることを調べ、そしてたまに友達の家に泊まるなんて不用心な情報があったものだから、俺はつい攫ってきてしまった。けっこう、衝動的にやってしまう。少し反省しなければ。


その晴香は、意識はまだあったらしいが、しかし声に出して助けを求めようなんてしない。そりゃあそうだ。俺がさせていないんだから。


 晴香は急に落とされたことにビックリしたようだ。

 慌てて辺りを見渡して、なぜここで落とされたのかを調べているつもりだろう。そして、ここが公衆トイレのすぐそばだと気づいたらしい。

頑張れ。お前が公衆トイレで何をされるのか、そこが重要だ。などと俺は心の中でエールを送る。


 俺は、晴香が扇情的な声が出せる程度に声が出せるように、力を調整した。

 すると、晴香は思い通り、弱弱しい、嗜虐心を煽るような声を漏らす。


「よし、脱げ」


 俺は端的にそう言った。

 むっつりの晴香め。ここから何をされるのか、よくわかっているようだ。その言葉だけで、彼女はウルウルと、粒の涙を落とし始める。


 そして、彼女は悲鳴を抑えつつも服へと手を付けようとする……。


「止めろ!」


 俺は晴香の腹へ強烈な一発を与え、そしてそのまま後ろへ倒れる彼女を好き放題に踏みつけた。


「お前が! 脱いで! 身を委ねたら! それは偽りでも! 愛が生まれるんだよ!

 媚びるな! お頭の弱い! この! 売女めっ!」


 晴香は頭を抱えて、そして包まる様にして俺の蹴りを耐える。

 俺による無数の暴言は、あまり頭に入っていないのかもしれない。とにかく、不条理に殴られているこの状況が、彼女にとっては怖くて怖くて仕方がないに違いない。


 晴香がズタボロになって、彼女がそろそろ扇情的な嗚咽すら出せなくなった頃。

 これが頃合だろう。

 

 俺は晴香の制服を乱暴に脱がし、彼女を下着姿にする。

 彼女に抵抗する様子はない。彼女はただ半目で、半死半生を量子力学的な定理の枠外へ持ってきたような表情でいた。ああ、意味の分からない表現だけど、つまりは今にもレイプされていて、生と死、それらがあいまいな表情、かな。


 俺はそれを片手で掴み、持ち上げ、そしてそのまま講習取りれの入り口へと放り投げた。

 すると、晴香はプカプカと等速直線運動をして、ゆっくりと公衆トイレへ向かっていき、そして入り口付近で彼女は宙に浮かんだまま制止。


 そして、そこには殴られ果て、ボロボロになり、精神も死にかけた状態の晴香の姿があった。

どうやら、殴りすぎたらしい。彼女はさすがに精神が疲弊しすぎて、悲鳴を上げるほどの体力もないだろう。そして、この超常的な力に怖がることもしなくなっていた。


「おっと」


 忘れていた。晴香はランジェリーを付けたままだった。

 俺は指をパッチン、と鳴らすと、彼女の下着はすべて地面に落ち、そして彼女は生まれたばかりの姿へと。


 俺がその姿に恍惚としていると、視界の外から、何かの気配を感じた。


「誰だ!」


 俺は思わず叫び、そちらの方を向く。

 すると、そこには普通の青年がいた。


「キミ、さっきからそこにいたのか?

 大変なんだ。散歩してたら、この子がこんな状態でさ。

 いや待て、もしや、キミがこの子をこんな姿にしたんじゃないか!?」


 よくもまぁ、ぬけぬけとこんなセリフが吐けるものだ。

 自分でもみっともないセリフである。


「とにかく、今さっき、警察を呼んだところなんだ。

 こっちに来てくれ、この子を運びたい」


 俺は青年へ向けて、手招きをする。

 青年の方は、咄嗟の事だったこともあり、俺に対して半信半疑なりに信用し、ゆっくりと、ゆっくりと近づいて来る。


 そして、その隙を伺い、俺は超能力の腕で青年の首を掴もうと手を伸ばす。


「!?」


 青年は、まるでその腕が見えているみたいに、それを避けて見せた。

 信じられない。今まで、この力を見ることができた人間はいないというのに。例えば、クレーンゲームでズルして商品を落としても、バイト先でムカつく先輩の胃袋にマッチを入れて発火させても、誰一人として俺がやったと確信を持てる者はいなかった。


「偶然か……?」


 つい、俺は口が滑る。

  

そしてそれに続き、青年はすたこらさっさとその場から逃げて行った。


 まずい。犯行現場を、見られてしまった。


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