今枝①
即興
Gif県、ミナミ市キタ町。
そこにある、ミナミ市立キタ高等学校での1つの教室に、北上愛はいた。
気の強そうに吊り上がって目に、1つのお下げ髪をしている彼女は、第一印象から学級委員等、と言う感じで、クラスでも大体の人間が『委員長』と呼んでいる。そして事実、彼女の性格も立場も『委員長』という肩書に間違いはなかった。
「原稿は全員に渡ったか? 点数はタイトルの上に書いてあるからな」
どうやら、今は現代国語の時間らしく、教師は生徒が授業の中で作成した小論文を配っていた。生徒のそれぞれは配られた用紙に一喜一憂するような様子を見せ、クラスはザワザワとちょっとした騒ぎが起きている。
「はい、静かに。
今回のテーマは社会的弱者について、だったな。基本的な評価基準は、授業でも説明した序論、本論、結論がちゃんと構成されているか、あと、記述の仕方とかもちゃんとできてるか。
日本語が変だとか、文法、誤字、それに中学生レベルの漢字が書けてない部分は減点したからな。50点以下の人は基本的な部分が出来ていないから、日ごろから読書などを心掛けるように。
ちなみに、点数が一番取れていたのは、95点の北上だ。誤字を除けば、ほぼパーフェクトの構成だった」
北上の名前が挙がった瞬間に、クラスメイト達は彼女の方へ意識を向け、「見せて見せて」とか話しかけたり、「やっぱアイツかぁ」なんてボヤいたりしていた。
彼女は取り損ねた5点に悔しがる様子を見せたが、その裏でそれに自信を持っていたのか、クラス一番の評価に対してまんざらでもない様子だ。
「へぇ、LGBTについて書いたんだ」
北上の傍にいた女子生徒の1人が、彼女の小論文を読みながら、そう話しかける。
「ええ。社会的な弱者と聞いて、私、真っ先に思い付いたの。
芸能人やスポーツ選手でも、最近は多いらしくて、彼女、彼の話を聞く限り、やっぱり日本の性的少数者に対する風当たりは大きいと確信させられるわ。酷い人たちは、そういう人たちを差別、その上、茶化するような人もいるらしくて、私には信じられない」
「イキスギィ!」
たまたま近くにいた男子生徒・和泉耕太が北上を揶揄するように、突然に叫んだ。
北上は和泉の発言に対し、むっ……と顔を鋭く睨むような顔をした。
「何が面白いの?」
北上は突き刺すような言葉を和泉へ放つと、彼は少し戸惑い、そして「別に」と萎れたように黙ってしまう。
「ああ言うLGBTを馬鹿にするようなことをする人、本当にサイテーよ。
ネットでも、よく見るもの。ゲイポルノビデオの男優の画像を好き勝手に落書きして、彼、彼女らが使った言葉で遊ぶ。人間的品位に欠陥があるのでしょうね」
「おっ、待てい(江戸っ子)。なんで肝心なところに詳しい必要があるんですか」
和泉が彼女のつぶやきを聞いて、鬼の首を取ったような顔で顔を出してきた。
当然、北上はそれをギロリ、と言わんばかりの眼光で返したため、彼はニヤニヤとした顔を抑えつつも彼女の視線から外れた。
「お前、普通にメンタル強いな」
和泉の後ろにいた今枝という男子生徒が呆れたように言ったのが教室で小さく響いた。
もちろん、北上はそんな戯言は他所に、ただ鬱憤を孕んだ表情でいた。
「おう、そういえば、LGBTについて書いた人は他にも結構いたぞ。まぁ、定番と言うこともあるしな」
教壇の傍にいた教師は、北上たちの様子を見て思い出したらしく、思い出したようにそう言った。
教師は「ええっと……」と言いつつ、手元にあった生徒の点数配分が書かれた用紙を確認すると、
「ああ、今枝なんかは中々に独創的な意見が述べられていたな。
評価的には平均的、ってところだが、うん。北上を筆頭にしたLGBTに対する地位向上とは別の視点が述べられていて、俺としても読みごたえがあった。こうやって、人とは違う視点を持つことはいいことだと思うぞ」
話題に上がった今枝は一言だけ「ありがとうございます」と言った後、頭を下げただけだった。どうにも、賛辞の言葉を受けたというのに、当たり障りのない、機械的な反応にも感じられた。
「ふーん」
北上は今まで、それほどに強い関心のなかった彼へ、初めて意識を持つことになる。
彼女がちらり、と彼へ視線を移すと、ぼーっとした様子で、机に肘をついてる姿があった。机の上にある筆箱の下に、学内に持ち込みが許可されていないスマートフォンの姿がある。どうやら、隠れてスマートフォンのゲームでもしていたのだろうか。
__チクってやろうかしら
北上は彼に対し、不真面目な印象を抱きつつ、しかしそれでも現国教師に独創的と言わせた考えに興味があったため、それを黙認した。