2−1 コミュ障同盟結成!
翌日の昼過ぎ。
俺は1、2限目の学科の専門科目の授業を受けて部室に向かうと、ユリヤが1人で本を読んでいた。
「今日はユリヤだけか?」
「ああ。ジュリアはまだ講義だ」
ユリヤはそう答えると、再びブックカバーの付いた本に目を落とす。
紅茶を飲みながら、真剣な顔で読書をしている姿はさながら教養の備わったお嬢様の如し。
きっと小難しい哲学書か、古典作品でも読んでいるのだろう。
「……何読んでんだ?」
「ん? 『ヴァンパイア少女と奴隷契約してみたっ!』という小説だ」
「ふーん、変わったものを……って、今何て言った!?」
ユリヤの口からは決して出ることがないであろう小説のタイトルに、俺は背中を仰け反らせてしまう。
「吸血鬼少女の奴隷になった主人公が、淫乱な命令を次々と課されていくファンタジー作品だ」
ファンタジーって、ある意味間違っちゃいないけど、他にツッコミどころが多過ぎて目眩がしそうだ。
ユリヤから受け取った本を確認すると、やはりそれは18禁のようで18禁ではない、何ともグレーな作品(モノ自体はピンクだが)を数多く出版しているレーベルの作品であった。
「これ、もしかしてジュリアに勧められたのか?」
ユリヤは俺から返却された本の扉絵を、揺るぎない無表情で眺めつつ首を横に振った。
「いや、昨日大学の帰りに書店に行った際、店員に『ライトノベルはあるか?』と尋ねたら、この本を紹介されたのだ」
「その店員の対応……相手がユリヤじゃなかったらセクハラで訴えられるぞ」
「しかしこの、ラノベというものは性描写が露骨過ぎないか? 日本の若者はこのような作品に日々接していて、性観念に支障を来さないのか? もしくは一種の環境ホルモンとしての悪影響を与える危険性も……」
ユリヤは真剣に、我が国のティーンを取り巻くメディア環境について語り始める。
しかし日本のサブカルというものは、このお堅いロシアンビューティーが考えるほど深刻な問題を孕んでおらず、何とかやってこれたし、これからも何とかやっていけるのである。
「勘違いしないで欲しいが、その手の本はラノベの中でもかなりディープなやつだからな?」
「そうなのか? ディープとは、どういう意味でディープなのだ?」
「いやまあ、文字通りと言いますか、かなり味わいが深過ぎると言いますか……」
「むう、どうも釈然としないな」
不満気に鼻を鳴らすと、件の本を閉じてそれを机の端に置いた。
「タケル、私にラノベを紹介してくれないか?」
「紹介? 俺が?」
「ああ、タケルがだ。昨日もジュリアと話していた時、随分と詳しかったじゃないか」
「まあな……」
するとユリヤは目にも留まらぬ速さで荷物をまとめ、扉の前に立った。
「タケル、早く行くぞ」
「い、今から行くのか?」
「そうだ。タケルはまだ授業でもあるのか?」
「無いけど……」
「だったら行くぞ!」
そしてユリヤは有無を言わせず俺の手を引き、部室の外へと連行して行った。
そして机の上には、ブックカバーに覆われた『ヴァンパイア少女と奴隷契約してみたっ!』が残されたままになっていた。
都心方面への電車に揺られること小一時間。
辿り着いたのはオタクの聖地、秋葉原……ではなく、乙女の聖地、池袋であった。
別に俺が男性向けだけではなく、女性向けのサブカルチャーにも精通している、カルチュアル・バイセクシャル(俺の造語)なオタクである、というわけではない。
単に池袋の方が秋葉原より大学から近かったのと、池袋の方がアニメショップ以外の書店が充実していたからに過ぎない。
しかしユリヤも一介の外国人よろしく、「サブカル=秋葉原」という等式を脳内に浮かべながら、
「アキバとやらには行かないのか?」
と聞いてきたのである。
すると俺は先ほど挙げた理由に付け加えて、俺は次のように説明する。
「秋葉原の店って店数自体は多いんだけど、実は最近本よりもグッズとかアイドル寄りになってきたんだよな」
「そうなのか?」
「だから今のユリヤみたいに、『ラノベを買おう』って明確な目的がある時は、池袋みたいひアニメショップもあるし、デカい本屋も古本屋もある池袋がオススメだな。それと、池袋の方が秋葉原よりも店と店の距離が近くて何かと便利だ」
「ほお……」
ユリヤは俺にウイルスサイズのレベルではあったが、この時賞賛の表情を送っていた。
そして程なくて池袋駅の東口に到着。
駅前は平日の昼過ぎにも関わらず、買い物客で混雑していた。
「ひとまず歩くぞ」
コンパクトな聖地ながらも、最低限の移動は必要だ。
5分程度歩き、秋葉原の本店なら電気街口から徒歩0分の位置にある、某アニメショップ(赤)の池袋店に向かう。
無駄情報だが、池袋店の方が秋葉原よりも先に開店しているらしい。
最初に向かうアニメショップは女性向けに強みを持つ(青)でも、同人に強みを持つ(橙)や(緑)でも構わない。好きな店に向かうといい。
俺の場合は単に、(赤)を贔屓にしているだけである。何で贔屓なしてるかって? そんなの、店舗の内装や空気が「お、アニメショップに来たな……」と一番感じられる店だからだ。
「ほら、着いたぞ」
「ん? それらしい店は見当たらないが……」
周囲を見渡すユリヤ。
しかしこの店を訪れたことがない人間が、地図などを頼りにこの付近まで来たはいいが、具体的にどこにあるのか分からず、通りを挟んで分かりやすい場所にある(青)の方の店に向かうのにも頷ける。
「こっちこっち」
「……おおっ、地下にあるのか」
そう。(赤)の池袋店は地下に店を構えているのである。(緑)の秋葉原店1号店と同様、地下にあるアニメショップは、その位置を発見するのに苦労が付き物だ。
「ほぉ……タケル、これはなんだ?」
ユリヤは店舗に降りるための階段の壁に貼られた広告に、興味津々の様子。
「これはフィギュアとかゲームとかブルーレイの予約広告だな」
「予約か……このゲームは発売が数ヶ月も先なのに、もう予約を開始しているのか?」
「半年先なんかもザラにあるぞ。ちょっとユリヤ、こっちに寄って……」
店舗から買い物を済ませた客が出てきたので、階段の踊り場で俺はユリヤの手を引き、2人で端に寄る。
「ん? ああ……」
するとユリヤの金髪が軽く靡き、香水だかシャンプーだか柔軟剤の香りが俺の鼻孔をくすぐった。
「すまないタケル。この通路、なかなか狭いな……って、おい、どうした? 腰でも抜かしたような顔して」
「いや、何でもない。早く行くぞ」
俺は今まで嗅いだこともないフレグランスに失神しかけたが、首を振りながらそれを紛らわす。
「あっちも……こっちも……アニメで溢れている」
売り場に下りたユリヤは、異世界の街でも訪れた転生女騎士のように、上や下を忙しなく見回している。
「ロシアにはアニメショップはないのか?」
「無くはないが、中古品を扱う店がほとんどだな。それに私は田舎の出身だから、そういう店に訪れたこともあまりない」
「なるほどな。だからユリヤは日本の漫画とかにあまり詳しくないんだな」
「ああ、残念ながらそういうことだ」
ユリヤはそれが何なのか分かっているのか不明だが、美少女が無数に登場するのがウリのソシャゲーの設定原画集を眺めながら呟いた。
「ラノベはこの棚とその棚だな。あと新刊が入り口近くのスペースにもあるぞ」
「こんなにあるのか……昨日の店とは大違いだな」
ラノベの取り揃えが少ない本屋に限って、『ヴァンパイア少女と奴隷契約してみたっ!』みたいな、人を選びそうなラノベばかりを売っている。
これ、ひと昔前の本屋あるあるだと思ってたけど、まだそういう店ってあるんだな。
「む、ビニールが邪魔で中が確かめられない……」
ユリヤは平積みになっている、某有名ラノベを手に取って唸っていた。
「これな。読みたかったら、ネットでも読めるぞ」
「な、何だと!?」
俺は近年人気の小説投稿サイトをスマホで開き、ユリヤの持っているラノベのタイトルで検索をかける。すると同名タイトルの作品がずらりと表示された。
「本の形で読みたいなら買えばいいけど、ネットである程度読んでからにした方がいいぞ」
「いや、しかし……これでは本が売れないのではないか?」
「それがな、そんなこともないんだよな」
原点を小説投稿サイトに置きながら、書籍化、漫画化、アニメ化、映画化まで果たし、異世界転生モノの金字塔と呼ぶにふさわしいまでに発展したこのラノベ。
そんな一大コンテンツに成長したこの作品の原作がネットで、公式で、無料で読めるとあって、ユリヤのように「ネットで読めばよくないか?」と考える人間は少なくない。
「ネットで読んでファンになった人間は、やっぱり本で欲しくなるんだよ」
それに対し、「ネットで読めばよくないか?」と言っているような人間に限って、いつまで経っても原作を読もうとしなかったり、アニメの視聴で済ましてしまいがちである。
「ファンなら読んだことがある原作でも、所有欲を満たすために1冊は買っておきたいと思うんだよ」
「なるほど、ネットへの投稿は販促効果を狙ったものなのか……」
「それもあるし、作者が無名の頃には多くの人に読んでもらって、有名になること自体が目的になっているかもしれないな」
俺がネット小説について講釈を垂れていると、ユリヤは感心したように言った。
「タケルって一見面倒くさがりな駄目人間かと思ったが、案外ヤマトよりも頭の切れる人間かもしれないな」
「面倒くさがりは余計だぞ……」
一方その頃部室では、授業を終えたジュリアが1人。
「……あれ? 2人とも帰っちゃったのかなー?」
そして机の上の文庫サイズの本に気が付くと、それを拾い上げて中を開けてみる。
「何だろこれ……にゃにっ!?」
ジュリアは1人で赤面しながらも、周囲に知り合いがいないことを再度確認した後、それを読み始める。
「これは……なかなか……」
「タケル、ちょっと来てくれ」
しばらくラノベを物色した後、ユリヤは俺を呼んだ。手には数年前にシリーズがスタートした、某学園ラブコメラノベの3巻目を持っている。
「これの1巻が欲しいのだが、どうも見当たらないようだ」
「本当か? 店の人に聞いてみたか?」
「日本語で聞いたが、ちょうど品切れとのことだ」
英語ならまだしも、流石にロシア語なんかで聞かれたら、店員さん大慌てだろうな。
「だったら他の店も当たってみるか」
「他の店?」
ということで一番近かった(青)の方の店に移動。
秋葉原店のラノベコーナーは昔から、面陳列(表紙を見せる形で本棚に陳列すること)が印象的だった(青)。
少し前に移転した池袋本店は、縦にも横にも広い店舗スペースを存分に使った商品展開は他の追随を許さない。
「ここもここですごいな……」
2階に上がりラノベのコーナーを見るなり、ユリヤはやはり異世界に転生した、現世出身の女騎士の如く、お上りさん状態。
「さっきのやつの1巻は……と、あったあった」
ユリヤが探していたそれは、最新刊の3巻が平積みされている上に、背表紙を見せる形のノーマルな陳列方法で置かれていた。
「タケル、この店の方が明らかにさっきの店より大きくて商品の数も多いだろ?」
「まあな」
「だったら初めから、この店に来ていれば良かったのではないか?」
ユリヤは至極当然な疑問を、至極当然な無表情で投げ掛ける。
「あー、それもそうだな。けれど……」
(赤)よりも(青)の方が品揃えが豊富なことくらい、とっくの昔に俺も承知している。
しかしなぜ先に(赤)に向かったか。その理由は、俺が(赤)を贔屓にしているという、ある意味「お前の趣味とか知らねえよ」と言われてしまいそうなものが全てではなかった。
「さっきの店はな、小さいからいいんだよ」
「……ん? どういうことだ?」
「小さくて置ける商品が少ないから、それだけ商品の質が高いんだよ」
小さなアニメショップは、限られたスペースの中で利益を上げなくてはならない。
そのために面白い商品、売れる商品、ミーハーでも買うような商品……それらを取り揃えている可能性が高い、はずである。
「大きな店だと商品が多い分、やっぱり迷うだろ? だから小さな店で目星を付けてから、大きな店に行った方がいいんだよ」
「そういうことか。流石タケルだ、妙なところに説得力があるな」
「だからひと言余計なんだって……」
それからお目当てのラノベを(青)で購入した後、他のアニメショップや書店なども回り、ユリヤは計4、5冊ものラノベや漫画をお買い上げ。
俺が「これは初心者でも読みやすいかもな」と漏らすと、「じゃあ買おう」とそれを言われるがまま買い物カゴに入れていくので、迂闊にオススメなどできなかった。
そして気付けば昼食も取らないまま、時刻は午後3時を回っている。
「ユリヤ、何か食べて行かないか?」
「そうだな、歩き疲れたし空腹だ。何が食べたい?」
「うーん……」
ここは日本人学生として、センスの良いところを見せつけたい。
けれど池袋なんて大都会、何でもあるから逆に困るんだよな。
「今日は付き合ってもらったからな、私の奢りだ」
なんかハードルと期待値が上がっていくのを感じるんですけど。
ここはとりあえず、いつもの感じで攻めるか。
ということで向かったのは某家電量販店Y。
「タケル、こんな所にレストランがあるのか?」
不思議そうにエスカレーターに乗るユリヤを他所に、俺は上へ上へと上っていく。
そして到着したのはレストラン街。
「困ったらレストラン街かフードコート行って選択肢を作ればいい」なんていう兄の格言を思い出したわけじゃないけど、自然と足がそっちの方に向いていたんだ。兄弟って変なところで似るよな。
「……海鮮、しゃぶしゃぶ、パスタ、寿司。まさにレストランの密集地帯だな!」
そこは普通にレストラン街でいいだろ。
「タケル、この串揚げというのは何だ?」
ユリヤはフロアガイドを眺めながら、全国チェーンの串揚げ店のコーナーを指差した。
「野菜とか肉とかに小麦粉とパン粉付けて揚げたやつ。簡単に言うとフライだな」
「もしかして、大阪の名物か?」
「それは串カツだな。ここの店は串揚げを自分で作って食べられるってのがウリなんだよ」
俺の説明に興味を示したのか、無表情ながらユリヤは首を何度も縦に振る。
「面白そうだ。ここにしよう、タケル」
「ドロドロしてて気持ちが悪いぞ、タケル……」
ユリヤは躊躇いつつも、白濁した液体を肉棒に絡める。
「次はこれに突っ込めばいいんだな?」
そして粉体の中に肉棒を埋めると、それはひと回り巨大化して再び姿を現す。
「何か大きくなったぞ……」
……牛肉の串揚げを作るだけなのに、どうして卑猥になるんだ?
俺が返す言葉に窮していると、ユリヤは串をそっと油の中に入れ、その上に飛び跳ね防止の覆いを被せた。
「これで待てばいいんだな?」
「1、2分も待てば十分だろうな。俺のはもういい頃か……」
俺が先ほどひと足先に揚げ始めた串(オクラと海老)を取り出し、野菜ソースをかけて2串まとめてかじりつく。
中までちょうど良く熱が通っており、海老はプリッとした食感が心地よい。またオクラはねっとりとした中身が、柔らかくなった皮やサクサクの衣と不思議なハーモニーを奏でており、飽きることがなさそうである。
「タケル、美味そうに食べるな……」
「実際美味いしな。ユリヤのもいいんじゃね?」
しかしユリヤが串を引き上げようとすると、油が弾けてそれを阻もうとする。
「こいつ、私のことを警戒しているぞ……」
肉棒もとい牛肉の串揚げからの思わぬ反撃に、ユリヤは思わず手を引っ込めた。
そして下唇を少し噛みながら、無表情で俺のことを見詰めてくる。
「ほらよ。熱いから気を付けて食べろよな」
「……ありがとう」
俺が身を乗り出し。串を煮えたぎる油から救出してやると、ユリヤはきょとんとした無表情でそれを受け取る。
「あむ……はふはふっ……」
サクッという軽快な音を鳴らし、肉を頬張る姿は愛らしい少女を彷彿とさせる。
この時俺は、ユリヤを素直に可愛いと思った。
何ヶ国語も話せるうえに、外交の仕事に就くために留学している超人でも、平凡で凡庸で凡骨な俺と同じように、美味しそうに物を食べる。
そんな当たり前のことを、当たり前であると知った今、ユリヤを異質な宇宙人ではなく、同じホモ・サピエンスなのだと受け入れることができた。
そしてオタクとは程遠い顔をしながら、興味深そうにラノベを買い漁っていた姿と照らし合わせることで、その時のユリヤのことも受け入れることができた。
「……タケル?」
「ん? 何だ?」
首を傾げながら、俺の様子を窺うユリヤ。その口元には、衣がくっ付いていた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「そこは『私の顔に何か付いてるの?』だろ? 口に付いてるぞ?」
「口に……?」
そう言って、顎の辺りを手で触る。
「そこじゃなくて、もっと上」
「……どこだ?」
全く見当違いの場所を拭うが、それらしい汚れが取れない。
しばらくして諦めると、俺の方に顔を引き寄せた。
「ダメだ。タケル、拭いてくれ」
「……ったく。ほら、取れたぞ」
俺は仕方なさげにため息を吐き、ウエットティッシュで拭いてやる。
本当はラブコメのワンシーンのような、夢にまで見たシチュエーションに、緊張を隠せなかった。
「すまない……」
しかし今のユリヤは、ラブコメの「ラ」の字をやっと知ったようなもの。異性の口を拭くことが含意する深遠なロマンなど、説明したところで理解できるわけがない。
「食べ放題制だからな、どんどん揚げるぞ」
俺は気を取り直し、ビュッフェ形式の冷蔵庫に具材を取りに行く。
肉、野菜、魚介類、たい焼き……?
とりあえず何でもいいから、串を皿に盛れるだけ盛って席に戻った。
そして俺が無言で揚げる作業に興じていると、ユリヤは完成した串揚げを1本手に取り、それをじーっと眺めていた。
「火、ちゃんと通ってるか?」
「ああ、大丈夫だ。それよりもタケル?」
串を自分の皿に移し、箸を器用に使って具材の鶏肉を串から外す。
「今日は1日、ありがとな……」
「何だよ改まったりして」
俺は特に気に掛けることなく、揚がった具材を食べ続ける。
しかしユリヤの頰は、その時たしかにほんのりと赤くなっているのが分かった。
「実はな、今までこのサークル……いや、留学自体をあまり楽しめなかったのだ」
「そうなのか?」
俺は串を串入れに置くと、思わず次の具材に手を伸ばすのを止めた。
「私は見ての通り、人より話す方ではないだろう?」
たしかに外国からの留学生というと、もっとグイグイ来るというか、ジュリアのようにハイテンションなイメージが強い。
「だから他の留学生に気後れしてしまってな、去年はあまりサークルにも顔を出していなかったのだ。つまりその……」
「幽霊部員?」
「そう、それだ。しかし私とジュリア以外の学生は卒業や帰国をした今年こそ、サークルを楽しんで、日本の学生とも親しくしたいと考えていたのだ」
俺はユリヤの殊勝な姿勢に、留学生らしからぬ苦労を感じた。
そしてユリヤも普段の物静かな様子からしたら、ノリが良いとか悪いとか、空気が読めるとか読めないとか、そういったことは気にしないでいられる孤高の人間なのかと思っていたことを、俺は後悔した。
また、そういう決めつけの色眼鏡でユリヤを見ていたことを、とても申し訳ないと思った。
「ユリヤ、すまない。俺てっきり、ユリヤはそういうの気にならないのかとばっかり思ってた」
「いやいや、私はそんなに強くないぞ?」
ユリヤは少しだけ眉をハの字にして笑う。
「他の留学生がヤマトたち日本人の学生と仲良くなっていくのを見ていると、羨ましい半面、自分にはできないことだと、悲しくなってしまってな。ジュリアに言われたが、こういうのをコミュニティー障害、コミュ障と呼ぶのだろう?」
一般的に言うコミュ障とは少し違う気もするけど、本人がコミュ障だと認めるのならそうなのだろう。
「実を言うと俺も、というか見ての通り活発じゃないから、外国人のそういうノリ苦手だったんだよな」
俺は今まで言おうか言わないか悩んでいたことについて、ユリアに打ち明けることにした。
「そういうノリって?」
「外国人に限らないけど、陽キャ……誰とでもすぐに仲良くなれる人間のノリ。あれには俺も気後れしてた」
「すぐに仲良くなるのは、タケルは嫌いなのか?」
「嫌いってわけじゃないけど、少し時間をかけて仲良くなりたいってのが本音なんだよな」
今まで誰にも打ち明けて来なかったこの感覚、ユリアならきっと分かってくれるはずだ。
「出会って間もない頃の、名前しか知らないような間柄なのに、肩なんか組まれたらちょっと困るだろ? でもそれを止めてくれって言えば、そいつとはこれからきっと仲良くできなくなる」
「ああ……」
「このモヤモヤがあって、俺今まで活発なやつとか外国人避けてきたんだよ」
「それだ、タケルっ!」
その時のユリヤは無表情ではなく、明らかに笑顔を浮かべていた。
暗闇に一条の光を見付けたかのような、長年見つけることが出来なかった人間をやっとのことで探し当てたかのような、喜びに包まれていた。
そして席を立って俺の隣に座ると、俺の手をしっかりと握った。
「ど、どうした!?」
「私も同じだ! 私もその葛藤に苛まれていたのだ!」
「そう、なのか……?」
どうやら誤解されることなく伝わったようだ。
「しかも日本に来てから特にそうなんだが、外国人ということで変な期待が込められた目で見られてしまって困っていたのだ。私はジュリアのようにオープンに振る舞えない人間なのに、それを伝えることができない。タケルもその苦痛を、分かってくれるだろう?」
「ま、まあな……」
「うぅ……私は嬉しいぞ! タケルがコミュ障の苦しみを分かってくれる人間で、私は嬉しいぞ!」
コミュ障の苦しみって、言い方悪くないですか……でもそんなことよりも先にユリヤさん、あなたが急にオープンになってこっちは困ってるんですよ?
なぜなら俺の左手を握りながら、腕全体を胸に押し付けて放そうとしないからだ。
ジュリアよりは(かなり)控えめながら、そこにはたしかな厚みと、十分過ぎる柔らかさがあった。
「タケル、コミュ障同士これからもよろしく頼むぞ!」
「お、おう……」
その後の会話については、左手を襲う至高の感触のせいで、ほとんど頭に入って来なかった。