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1−2 音ゲーやってる人に話しかけちゃいけないって、学校で習わなかった?

 翌日、俺は自由選択の科目である「現代社会学」という授業を受けるため、大学に向かった。

 大学では所属する学部や学科の必修科目と教養科目の他、他学部の授業を自由に選択して履修することもできる。

 この「現代社会学」という授業に関しては兄の当てにならない「楽単宣言」によるものではなく、自分でシラバスを読んで興味を持ったから履修したものである。

 昼休み後の3限の授業ということで、少し早く教室に着いた俺は、最近始めたばかりのリズムゲームをプレイしようとスマートフォンを手にした。

「やべ、イヤホン忘れた……」

 リュックサックの中を探ってみるが、それらしきものは見当たらない。

 昨日自分の部屋で寝る前に同じゲームをしたところまでは記憶がある。その後スマホの充電が無いから充電ドッグに挿して……その時イヤホンが邪魔だから外して横の所に……あー。

 しかしこの時の俺は、授業開始まで時間があることや、教室に学生の姿がなかったことをいいことに、気が緩んでいた。

 音小さくすれば大丈夫だろ。

 こんなこと普段なら決してすることはないのだが、俺はスピーカーモードで音を外に出しつつプレイを開始したのである。

 というのも、このゲームのスタミナ(ソーシャルゲームなどをプレイするためのクレジットのようなもの)は30分に1つという割合で回復するため、満タン状態になる前にスタミナを消費し、いち早く次のスタミナを溜めなければならないのである。

 そうしなければランキング上位に食い込むことはおろか、フェス(決められた期間で稼いだスコアをプレイヤー同士が競う祭。開催中は眠れない)でアイテムを獲得するための最低スコアを稼ぐことも難しい。

「くそ、もうちょっと音上げるか……」

 スマホの画面を横にして持つとスピーカーが掌で隠れてしまい、やはり最低音量では音楽を聴くことなど不可能に近い。

 目押し(リズムゲームなどでアイコンが流れてくるタイミングを、目で見ることで掴むこと)ができればイヤホンなど無くても問題はないのだが、残念ながら俺に目押しが通じるのはハードモードレベルまで。最高難易度のエキスパートでは、聴覚を駆使しつつリズムを刻まなくてはならない。

 そしていつの間にか俺は、かなりの音量でゲームをプレイしていたのである。しかも悪いことに、教室の入り口から目と鼻の先にあるような席で。

「……あー、ワンミスかよ」

「うんうん、惜しかったね〜」

「……は?」

 気付けば俺の真後ろの席に座り、こちらを覗き込む女子学生が1人。

 ウェーブのかかったこげ茶の髪に、同じく茶色の瞳をしており、ヨーロッパ系の顔立ちをしている。そして特徴的なのは自らの腕で抱えるようにしてその形を歪ませる、大きなバスト。セーラー服を模したと思われるトップスの胸元からは、強調された谷間が見え隠れしている。

「うわっ!?」

 そこまで観察しながらも、未知なる存在を知覚すれば驚くもので。

 俺は急いで音を消そうとするが、間違って音量を上げる方のボタンを連打してしまう。

「あわわ……そんなに慌てなくてもいーのに。ほら、スマホ貸して?」

「お、おう……」

 音量すら下げられない俺を哀れに思ったのか、ウェーブ髪の少女は俺からスマホを受け取ると、落ち着いて音量を下げていく。

「はい、どうぞ」

「どうも……」

 何ともスマホを返してもらって一件落着。

 しかしながら、何とも気まずい空気が流れる。

「ねえ、見て見てー」

 それを察したのか、後ろに座る女子学生は自分のスマホをスカートのポケットから取り出すと、画面を俺に見せてきた。

「私もそのゲームやってるんだっ! スタミナ管理メンドいよね〜」

「……マジで!?」



 俺に羞恥を与えつつ、自らの手でそこから救済してくれた彼女の名前はジュリア・シュメトフ。フランスからの留学生で、社会学部の2年生らしい。

 この名前を聞いてピンと来たので国際交流サークルの話を出したところ、このジュリアはやはりユリヤの言っていたジュリアであった。

「昨日ユリヤ姉さんから連絡来たんだけど、君がヤマト兄さんの弟なんだね。全然似てな〜い」

「そうすか……」

「ヤマト兄さんは陽キャだけど、タケルは思いっきり陰キャって感じ?」

 はっきりと物を言い過ぎるにも程があるだろ! しかもよりによって、人の気にしていることをいとも簡単に言いやがって。

「でもね私、タケルみたいなタイプも好きだよ?」

「……は、はい?」

 ……い、今この人「好き」って言ったのか?

 俺が慌てて顔を上げると、それが面白いのか腹を抱えて笑いやがる。

「あ、反応した! タケルってもしかしてドーテー? チョーウケるー!」

 とまあ、こんな感じの手が付けられないギャル系の外国人なのである。ここまで来ると逆に清々しくて諦めがつく。

 授業後、俺もジュリアも昼飯を食べておらず、また4限の授業が空きということで、2人で食堂に向かった。

「へぇ、タケルもアニメとか好きなんだ?」

「まあ陰キャとしての素養は身に付けてるつもりだよ」

「あー! もしかしてさっきの、根に持ってる?」

 持ってますとも。初対面の女の子(しかもなかなかの美人)に「陰キャ童貞」扱いされたんですからね。

 しかしそんなことはお構いなしに、ジュリアは趣味の話を始める。

「タケルは今期のアニメ何がおすすめ? 私は女の子が転生して毎回夢オチだったってやつ……」

「『夢天少女メアリ』な。あれは原作のラノベなかなか面白かったな」

「え? タケル、ラノベも読んでるの?」

「あくまで教養レベルだけどな、一応」

 するとジュリアは、少女漫画の表紙の女の子に匹敵するレベルで瞳を輝かせた。正直言って眩しい。

「タケルがサークルの代表で本当によかった! 私、趣味の話ができる友達すごく欲しかったのっ!」

 ジュリアが諸手を挙げて喜ぶのも無理はないだろう。

 なぜなら、留学生に近付いて来る日本人の学生は「英語を学びたい」や「自分も留学したい」といった願望を抱いていることが多いからである。そのような学生の中にアニメやゲームが好きな者は一体どれだけいるだろうか。

 英語も学んで、留学生と付き合って、アニメも観て、ゲームもする? そんなの、1日が100時間でもない限り不可能だ。

「タケル! この漫画知ってる?」

「あー、去年読んだな。読みたかったら今度貸してやろうか?」

「本当!? じゃあさ、このギャルゲー面白い?」

「これはエロゲの移植版だな。原作はちょっと敷居高いけど、全年齢版なら女子でも十分楽しめるぞ」

「すごーい! タケルってチョー神! ネ申す!」

 少々古いながらも、賞賛の視線を送られるのは正直に嬉しい。

 オタクやってて本当によかった……。



 とその時、ジュリアの後方から昨日見たばかりの顔がやって来た。その顔は先にジュリアに気が付いたようで。

「お、ジュリアじゃないか。お前も今昼か?」

 そして次に俺に気が付いたようで。

「おおっ、タケルもいるじゃないか。何だ、2人とも知り合いだったのか……おっと失礼」

 この流れ、ヤバイぞ。

 しかしその顔は非情にも、俺たちのテーブルに到着したところで訂正を入れる。

「フフッ、タケルではないな。……マスター、だったな」

 言っちゃった……。

「ま、マスター!?」

 もちろんジュリアがこの奇妙な呼び名に反応しないわけはなく。

「ユリヤ姉さん、今何て言った!?」

 しかしユリアは昨日と同じように無表情で、何の疑いもなく首を傾げる。

「マスター、と言ったが? 昨日タケルにそう呼ぶよう、頼まれたのだ」

「ま、マスター!!」

「……ジュリア、なぜそんなに興奮するのだ?」

「え? だってマスターだよ? ジュリア姉さん、いつタケルのサーヴァントになったの? チョーウケるんですけど!」

 すると今度は、ユリヤがジュリアの言葉に反応を見せる。

「サーヴァントだと? 私はタケルの召使いになった覚えなどないぞ?」

 そしてユリヤ、微生物レベルながら怒っている様子。

「タケル、ジュリアの言っていることは本当なのか?」

「いや、その……」

 元ネタを知らずして、単語の本来の意味だけは理解してるのか。……うーむ、これはなかなか最悪だぞ?

「私は知らぬ間に、タケルへ奉仕する身にされていたのか? タケル、これは遺憾だぞ?」

「いや! 召使いとか、そういう意味じゃないんだ! マスターとかサーヴァントとか、実は全部ネタなんだよ!」

「……ネタ、だと?」

「ジュリア大先生、解説お願いします!」

「わ、私っ!? 別にいいけど……」

 ジュリアは突然の指名が少々意外だったのか、食べかけのコロッケを落としそうになりながらも、何とかそれを咥えると、スマホを取り出して説明を始める。

「マスターって言うのはこのセリフね」

「ふむ。たしかに私にそっくりだな」

「で、サーヴァントってのはこういう概念で……」

「ほぉ……」

 見るからに硬派そうでアニメやゲームとは無縁そうなユリヤは、初めて百科事典を読む子どものような表情をする。もちろん極小レベルではあったが。

 全ての解説を聞くと、俺に呆れたようにユリヤはため息を吐いた。

「はぁ……全く人騒がせな男だな、タケルは」

「あはは……疑惑が晴れて何よりです」

 やはりもう「マスター」とは呼んでもらえそうにない。

「アニメ知らな過ぎるユリヤ姉さんもユリヤ姉さんだけど、ユリヤ姉さんをサーヴァントにするタケルもタケルだよね。あー、ウケる……」

「でもユリヤひと目見た時から似てるって思ったんだよ。ジュリアもそう思うだろ?」

「……タケル? 今度は本当にタケルが私のサーヴァントになるか?」

「い、いえっ!」

 無表情でさっきを送るユリヤとそれにビビる俺を見て、ジュリアは思わず吹き出す。

「フプッ……やっぱりタケルが私たちのマスターでよかった」




 それからはユリヤも交え、平和な昼食が再開される。

「それにしても2人とも日本語上手いよな。留学しなくてもいいレベルでさ」

「そうかなー? ユリヤ姉さんはボキャ多いけど、私はまだまだだよ〜?」

「いやいや、私も前の留学先の北京で会った日本人に半年間習った後、すぐに西洋大に来たからな。まだ日本語の学習期間は1年半ということもあって、大したことはない」

『い、1年半っ!?』

 すると、驚く俺たちの方が異常であるかのようにユリヤは言った。

「半年もあればこのくらい普通だろう?」

「なるわけない! 私なんて去年日本に来るまで3年は勉強したんだから! 4年でこの成果なんだよ!?」

「4年か。4年あれば2言語はこの程度であれば習得できないか?」

「できてたまるかーっ! ユリヤ姉さんの言語オバケめ!」

 ジュリアさん、ここにインターナショナルスクールで3年間、小学校で2年間、中学校で3年間、高校で3年間、大学で1年間、12年間英語を勉強し続けて少々読み書きはできるものの、話せず聞けずの俺がいるのでご安心を。

 しかし流石に恥ずかしくてそんなことは言えず。少し話題をズラすことで、自分の英語習得歴に興味の対象が移るのを防ぐ。

「2人は日本に来る前、どうやって日本語勉強してたんだ?」

 ここで為になる学習法を聞ければ、来年の中国語再履修は免れそうだ。

「あ、私もユリヤ姉さんの秘伝学習法知りたーい!」

 ジュリアもメモ帳をリュックから取り出して構える。

「これは日本語に限った勉強方法ではないのだが……」

 俺たちの興味津々の視線を受けてユリヤは、どう表現したものかと少し悩んでから答える。

「まず話したい外国語が話せる人間とコンタクトを取るだろう?」

『ふむふむ……』

「そうしたら、その人間が話す外国語の単語の音をだな、母国語で書き留めるのだ」

『ふぇっ!?』

「そして時折、その人間に書き留めた単語を使って話しかけてみる。するとそいつから、どこが違うかなどのフィードバックがもらえるから、それを覚えていく」

『それだけ!?』

「ああ。あと日本語なら、日露辞典を使って単語を覚えていったな」

『ひえぇっ!』

 この人、勉強法が江戸時代の日本人と同じなんだけど! もし日本人が全員がこんな時代錯誤な方法を半年と、1年間の留学でユリヤレベルにペラペラになれたら、英会話教室も商売上がったりだろうな。

 あともしかして、こんな感じでユリヤの話し方が少し変だということは、中国でユリヤに日本語を教えた日本人の話し方も変だったってことだよな……?

「ユリヤ姉さんの秘伝学習法、マジ秘伝過ぎるよぉ……」

「ジュリアはどうやって勉強してたんだ?」

「私? 私のはチョー普通だよ?」

「普通の勉強法などない。いいから教えるがいい」

 するとやはり、ユリヤと同じように言葉を選びながらジュリアは説明を始めた。

「私、小さい頃から日本のアニメが好きだったんだよね」

「アニメか。母国語の字幕付きアニメを観ながら、日本語の表現を学ぶというのは聞いたことがあるな」

「あ、うん……」

 予想外にも早くネタバレをされ、「一も二もなくそれが私の勉強法です……」とでも言いたげな表情のジュリア。御愁傷様です。

「あとはラノベかな?」

「ラノベとは何だ、マス……タケル?」

 ユリヤ、俺のサーヴァントのままでもいいんだよ?

 しかしそんなことは言えないし、1つのネタをいつまでも引きずっているのもよくない。流石の俺でも飽きてきた。

「ライトノベルの略。ちなみにライトノベルってのは諸説あるけど、挿絵とかが多くて文章も比較的簡単な中高生向けの小説ってことな」

「そうそう、文章が簡単なのがいいんだよねー! マンガだとどうしても絵に目が行っちゃうけど、ラノベのイラストは少ないから、文章を読まないと先に進めないのもポイントかも」

 なるほどな。海の向こうの同志たちはそんな風にしてラノベを読んでいたのか。

「あと原作をアニメで見ておけば、大体の話の筋は分かるでしょ? それで読めば、簡単に読めちゃうんだー」

「ほお、なるほどな。ライトノベルか。今度読んでみるとしよう……」

 律儀にもメモ帳に「ライトノベル読む」と書きつけるユリヤ。

 ラノベ読むのはいいけど、あまり読み過ぎるとジュリアみたいに「陰キャ」とか「ドーテー」とか、ユリヤの脳内単語帳に変な単語が追加されることになるぞ。

 そしてユリヤは、なぜか俺の方を見て尋ねてくる。

 まあ流れ的に分かってたけど。

「ところでタケルはどのようにして外国語の勉強をしているのだ?」

「私たちが言ったんだから教えてよー」

「2人のに比べるとショボすぎて説明する気にならないんだけど……」

『いいからっ!』

 まさか「多読してるよ!」とか「字幕映画観てる!」なんて言えないしな。本なんてジュリアじゃないけどラノベしか読まないし、映画も吹き替え版を選んで観る始末だし。

「学校で英語の授業受けたり、たまに英検とかTOEIC受験したりするだけかな……」

『……』

 苦虫を噛み潰したような表情をするジュリアと、口をほんの少しだけへの字にするユリヤ。そして2人異口同音に。

『普通……』

 ジュリア、期待しておいてその顔は何だ。ユリヤも、お前さっき普通の勉強法はないとか何とか言ってたよな?

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