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東京銀世界  作者: 温泉街
7/7

 10月になると朝晩はだいぶ冷え込むようになってきた。ケーニヒスベルクは同じ10月になると雪が降り始める。それに比べればこの日本の方がいくらか過ごしやすいが、真夏の蒸し暑さには参った。

 滑走路の向こうは澄んだ海が広がっていた。反射した夕焼けと夕闇が混ざり合っていて、なんとも風情のある色合いを醸し出していた。この飛行場から見える景色が、フランツ・アドラーは好きだった。偵察飛行のときに見える複雑に入り組んだリアス式海岸は、幼いころに両親に連れられて旅行したスペインのガリシア地方の美しい風景を彼に思い起こさせた。観光旅行で来るなら、この国も悪くないかもしれないな。フランツは操縦桿を握りながら、そんなことを考えていた。

 「本当に日本軍の反撃がなんでしょうか?」

 だから後ろの機銃座に座っているフェリックスの叫び声で我に返った。操縦しているのは中型の二人乗り単発戦闘機なので、声を張り上げないとエンジン音にかき消されてしまう。

 数十分前、今日の偵察飛行を終え、夕食をとろうと食堂へ向かっていた彼らは緊急出撃の命を受けた。レーダーが数十の正体不明の飛翔体をとらえたのだそうだ。他の乗員たちも自分たちの機に飛び乗り、西へ向けて飛び去っていった。基地は重爆撃機を残し、戦闘機のほとんどがスクランブル発進した。といっても前線から外れたこの基地には、もともと十機ほどの戦闘機しか駐機されていなかった。

 「わからん!」 フランツは後ろに向かって怒鳴り返し、機首をどんどん上げていった。亜庭島を占拠してから反撃らしい反撃は受けていないが、日本の航空基地はほとんど爆撃で破壊したはずだった。

 高度800メートルに達しようというとき、薄暮の空にいくつかの黒い点が見えた。やがてそれらはみるみる増殖していき、フランツとフェリックスの眼前に迫ったと思うと、翼の下部から閃光をほとばしらせた。フランツは思い切り操縦桿を上に引いて回避する。数十メートル横を飛んでいた僚機の右翼が付根から吹き飛び、真っ黒い煙を吐きながら落ちていった。

 「機銃じゃない、バルカン砲だ!」

 フランツが後ろの機銃座に向かって叫んだ。敵機の真上を掠めたときに、深緑色の主翼に赤い丸が見えた。日本軍機、それも双発の大型戦闘機だった。フェリックスが機銃を下に向けると同時に、すぐ近くで大雨が屋根を打つような渇いた音が聞こえた。途端に機体の制御が利かなくなる。

 「尾翼に被弾!」

 フェリックスが上げた声は悲鳴に近かった。さらに突っ込んで来た戦闘機からバルカン砲が浴びせられ、機体下部が火を吹く。フランツは胸の内で妻と娘、そして後席のフェリックスに詫びた。一呼吸置いて、彼らの機体は火だるまになって四散した。





 「やばいな・・・・」

 私は第3回マーク模試の結果を見ながら一人ごちた。初秋のさわやかな風が開け放った窓から入ってきて、頬を撫でる。丘の上に立つ学校の廊下から、刈入れの終わった田んぼが見渡せた。

 第一志望は依然としてE判定だ。それも模試の回数を経るごとに偏差値はさがってきていた。マーク模試だからまだ偏差値50は保っているものの。記述模試などは45と50の間をうろうろしている体たらくだ。

 第一志望の自己推薦に出してみたが、高校時代なにもやっていない私が受かるとは到底思えない。一般入試で勝負するしかないだろう。ほぼ合格が確約されている指定校推薦は評定が足りず出願できない。私は自分の愚かさを呪った。3年生前期の評定平均なら4弱はあるだろう。

 折しも今日は指定校出願者の願書が受理されるか否かが判明する日だった。願書が受理されればそれは事実上の合格となる。橋倉くんが肩の荷が下りたようなすっきりした顔で教室から出てきた。

 「どうだった?」 待ち構えていた藤谷や枡岡くんが満を持して彼に迫る。

 「通った!」 橋倉くんは嬉しそうに答えた。私たちは歓喜の声を上げ、彼を労う。廊下には歓声が溢れ、泣いている女子もいた。受験方法はどうあれ、これも彼らの努力の賜物に違いない。私は思わずもらい泣きしそうになった。


 昼下がりの教室はとても心地がいい。私は窓べりに顎を載せて英単語帳を眺めていた。英語の成績は上がるどころか、急激な下降を開始した。英語ができなければ受からない。長文読解のセンスが皆無なので、がむしゃらに単語を覚える作戦を昨日思いつき早速実行に移していた。

 次は移動教室でなので隣のクラスの一部の生徒が私のクラスへ移動してくる。そろそろ自分も移動しようかと席を立つと、後ろの机に人だかりができていた。座っているのは隣のクラスの女子だ。確か杉田とかいっただろうか。彼女は指定校ではなく、AO推薦で第一志望である関西の名門に受かったと和紀から聞いた。彼女が友人数名と一緒に見ているのはヨーロッパ旅行のパンフレットだった。

 それを見た瞬間、私はいいようのない怒りと同時に悲しみを感じた。なぜ自分は好きな旅行を我慢してこんなつらい勉強をしているのだろう。同時進行している日本とプロシアの戦争がそれに重なった。プロシアも推薦入試も大嫌いだ。こんなくだらないことで腹を立てる自分も嫌いだった。私はずっとこの女と推薦入試を憎み続けるだろう。なんの確証もなく、そんなことを思った。

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