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東京銀世界  作者: 温泉街
5/7

梅雨空

 梅雨の中休みの晴れの日だというのに、うだるように暑かった。気温は30℃あるかないかだが、湿度が高く、20分も自転車を漕いでいる私は汗みずくである。学校へ着く前からこれだと嫌になる。

 プロシア軍はついに本州の主要基地や工廠を攻撃し始めた。輸送網の鉄道や高速道路もいつ破壊されてもおかしくない。この三重の田舎も例外ではなかった。一般市民の殺戮や主要都市への絨毯爆撃はないものの、先日の南勢軍港爆撃を受けて、市民のあいだには防空壕を掘ったり、食糧や貴重品を埋めたりする動きがみられている。NHKのニュースでは、耐火金庫が売り切れて生産が追いつかないということだった。近隣の小中学校や高校でも防空壕の設置が始まっていた。日本空軍は数十機のプロシア戦闘機を撃墜したらしいが、彼らの侵攻を食い止める役には立っていない。なんでもプロシア戦闘機には誘導弾がついているらしい。明らかに軍縮条約違反だ。北海道や東北の海軍基地も制圧され、プロシアの小山のような軍艦が停泊していると聞いた。


 チャイムが鳴っても北島が姿を現さないので、吉川や藤谷と喋っていた。藤谷は2年のときから時々話す程度だったが、3年になって結構仲良くなった。大体いつもは吉川、藤谷、橋倉くんと、秀才だがクラスでは若干嫌われ気味の出口と一緒にいた。

 5分ほど遅れて入ってきたのは北島ではなく、物理の大橋だった。この教師は要領が悪いことで有名であり、生徒からかなり煙たがられている。大橋の手には紙の束が握られていた。先月に受けたマーク模試の結果だろう。

 「はい、じゃあ名前を呼ぶんで、取りに来てください」

 私は自分の名前が呼ばれると大橋から紙を受け取り、すぐに結果を見た。国・英・世界史の総合偏差値は50.8。第一志望、成蹊大学文学部、E判定。まあ予想していたことだ。いきなりA判定をとれるとは思っていない。それに第2志望の文教大学教育学部はC判定ではないか。最初でこれなら上出来だ。私は自分にそう言い聞かせた。吉川や出口が覗き込んできて「すごいな」「やるねえ」と言われ、私はくすぐったかった。それでも出口は総合偏差値63で、私の第一志望を書いたとしたら余裕でA判定なのだが。


 「暑っついなぁ・・・・」

 吉田くんがゴルフボールを拾いながらうんざりした調子で額を拭った。彼は1年のとき同じクラスで、2年生のときは隣のクラスだったが、晴れて今年は同じクラスとあいなった。それはさておき、体育で初めてゴルフというものをやってみたのだが、なかなか面白い。パターの短距離でも空中に上げて打たなければならず、転がしてしまうと先生に「涼波、玉入れとちゃうぞ!」と笑われた。

 「あぁ・・・夏が一番嫌いや。消えたらええのに」 私は自分がゴルフ用の皮手袋をしていることに気づき、それをむしり取る。「名前は夏乃やのにな」と言って吉田くんは笑った。彼は関西の公立大学志望しており、受験科目数も私立の私の3科目と比べ、9科目と多い。数学と理科が全くできなかった私は、2年のときから私立に行くつもりだった。

 枡岡くんと昨日見たドラマの主題歌を歌っている女性歌手がオカマに見える、という話題をケタケタ笑いながら話していると、かすかだが耳に響く不快な重低音が聞こえ始めた。私と吉田くん、近くにいた枡岡くんがほぼ同時に空を見上げる。東の空に長距離爆撃機が3機飛んでいた。尾翼にはプロシアの国旗が描かれている。女子が悲鳴を上げて体育館の方へ全速力で走っていった。いまあいつらと50メートル走したら負けるかもしれない。

 数は3機だが、1機ずつがレシプロエンジンを6発搭載しており、おそろしくでかい。航続距離はジャンボジェット機並みだろう。

 「でっかいな・・・」

 体育教師の甲斐がいつのまにか横に来て空を見上げていた。


 「国連はフランスの内戦にかかりきりで、全くあてになりません。いま我々が武器をとって戦わなければ、この国は乗っ取られてしまう! そんな状況でよくあなた方はそんな楽観的な考えができますね! とても道民のことを慮っているとは思えません。それに彼らは自ら締結したヘルシンキ条約に違反している。これはまぎれもない事実です!」

 テレビの討論番組で北海道出身の国会議員が口角泡を飛ばしていた。北海道占拠後、ソ連軍は青函トンネルと道内すべての港を封鎖し、道民は北海道に閉じ込められている状態となった。テレビでは道内の放送局からの中継が流れることがあるが、一般市民への無差別な暴力行為はいまのところ起きていないとのことであったし、あのバジンスキーとかいう将校は自らテレビで「市民が我々に反抗したり、非協力的な態度を取らない限り、危害は加えない」と述べていた。基地空襲は攻撃ではなく防御、とかのたまっていたような気がする。

 「我々も早くロケット砲やミサイルを導入すべきだ! 70年前の兵器でプロシアに太刀打ちできるはずがない。次はどこの基地が南勢軍港の第8機動艦隊のような目に遭うか・・・・」

 私は目を見開いた。今、第8と言った・・・・? いや、第8は今四国に停泊しているはずだ・・・。去年の暮れに、帰省してきた中学時代の友人である清水秋雄に会ったとき、そう聞いた。来年の冬までは高知にいると。テレビに詰め寄ったが、出演者はそれについてはもう言及しなかった。私はパソコンを立ち上げ、先日の南勢基地爆撃について調べてみたが、情報が統制されているのか、「巡洋艦2隻と、駆逐艦5隻が爆撃と雷撃を受け沈没」とだけあり、詳しいことは載っていなかった。

 変な胸騒ぎがする。私はリビングの電話を取ると、少しの躊躇のあと、秋雄の家へかけた。長いコールののち、彼の母の声が聞こえてきた。とても疲れ切った声だった。私は挨拶をして自分の名前を告げる。秋雄の母は「ああ、夏乃くん」と懐かしそうな声を上げる。私はすぐに本題に入った。

 「あの、秋雄の所属する第8機動艦隊が、南勢工廠で爆撃を受けたと聞いたんですが・・・・」

 秋雄の母が息を呑むのがわかった。最も触れてほしくない話題らしい。

 「・・・実は、プロシアを迎撃するために高知から戻ってきて、沖に停泊していたらしいんだけど、そこを爆撃されたみたいで・・・行方不明者を捜索してるけど、まだ見つかっていないって・・・・」

 最後はほとんど涙交じりになっていた。

 「なんなの? あの子がなにしたんよ! だから軍隊なんか入るのやめときって言ったのに・・・!」

 私は返す言葉もなく、受話器を握って呆然と立ち尽くした。私の母の怪訝そうな視線だけを感じていた。

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