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東京銀世界  作者: 温泉街
3/7

葉桜

 ドアを開けると、春の終わりにしては強すぎる日射しが降り注いでいた。半袖でもいいくらいだ。夏嫌いの私は内心舌打ちをして、パーカーの袖を少しまくり上げる。まったく、夏生まれで名前にも夏が入っているのに夏嫌いとはこれいかに。2週間前にははすでに散り始めていた桜は、とうの昔に葉桜になっていた。今度は毛虫の季節が来る。最悪だ。

 今日から熊野市にある大手塾に通う。英語が苦手なので、それを2タームとった。最寄駅から混んだ普通列車に乗り込む。30分ほどで熊野駅に着いた。塾には高2の3学期から通っているので勝手知ったるものであったが、初日ともなると多少緊張する。私は時間割を確認し、D棟の5階の教室に入った。この塾の建物はあとから建て増しをしたのか、非常に入り組んでいた。初めて来たときには迷ったものだ。

 生徒はまだまばらだった。それでも熱心な何人かは一番前に陣取っている。この授業の講師はかなりの人気のようだ。始まるまで暇なので第1講のさわりの部分を読む。それも飽きてきたので、携帯でニュースを見た。

 あれから結局、日本側は「彼らの要求を呑むことは、悪に屈することである。我々はこのような不当な領土占拠は断じて許さない」と啖呵を切ってしまい、プロシア軍を激昂させた。プロシア軍は3日前、北海道最北部の宗谷市に侵攻。さらには日本最北端の島、亜庭島あにわじまに侵攻した。奇跡的なのか、はたまた彼らのはからいなのか、民間人の死傷者は一人も出ていない。もっとも、侵攻前にプロシア軍輸送機が予告ビラをばら撒いていたので、街に残っている者はほとんどいなかった。

 

 講師が入室したので、私は携帯をしまった。30代後半の男である。すでに教室は7割方埋まっていた。実際、この高井と名乗る講師の教え方はかなりわかりやすく、楽しいとすら思えた。英語を勉強していてこんなふうに思ったのは初めてだ。文法問題なのも関係しているのかもしれない。

 昼食をはさんで次の長文の授業を受けた後、家路についた。



 日曜日の昼。父は休日出勤、外出の多い母はどこか用事と言っていたが、聞いていなかった。私は茹でたパスタを食べながらネットをやっていた。早慶やマーチを目指している奴はいまごろ勉強しているのだろうか、などと思いながら、ある動画共有サイトでエロゲーのプレイ動画をニタニタ笑いながらを見ていた。こんなときでないと見れる機会がない。

 インターホンが鳴った。私は柄にもなく一瞬だけ身体を硬直させ、ウインドウを消すと受話機を取った。

 「あ、なっちゃん? あたし」

 「ああ、あんたか・・・。なんなん?」

 同じマンションに住む幼馴染みの高村智香たかむらちかだ。確か私よりひとつ下で、進級できたならこの春高校2年生になったはずだ。

 「ちょっと、はよ開けてよ。せっかく余ったおかず持ってきたったのに」

 なに? パスタ一品の私にはありがたい話だ。玄関へ行ってドアを開ける。皿にてんこ盛りになった餃子を持った智香が立っていた。

 「あんた、それ作りすぎやろ・・・」

 「あれ? なっちゃん今お父さんとお母さんおらんの? うちも誰もおらんで暇やからちょっと上がってくわ」

 智香は私を押しのけると靴を脱いで私の部屋に上がっていく。そういえばこいつは以前、家の近くで火事が起きたときも自分の家がある3階じゃ見えないとか言って妹の純香すみかを引き連れてうちまで見にきた覚えがある。「おい、待て!」 ウインドウを消しておいて良かったと心から思った。

 「もう、こんな行儀の悪い食い方しとったらあかんやろ!」

 智香がパソコンの前のパスタを指さす。

 「はいはい、すんませんね」 私はパスタの皿を持ってリビングに移動する。

 「なっちゃん、ちゃんと勉強しとるんやね・・・。そっか来年はもう大学生かぁ」

 智香が私の勉強机に広げられた英語の参考書を見ながら呟いた。

 「・・・ちーちゃん、寂しいんやろ」

 私が下卑た笑みを浮かべながら智香の顔を覗きこむ。グーで殴られた。


 智香は2時間もDSに興じたあと帰って行った。彼女のマリオカートにだけは敵わない。さて、お楽しみの続きを見るか。再生ボタンを押した。ふと、流れてきた画面の上に表示されているニュースに目が留まった。


 『プロシア軍、初山別しょさんべつ基地を空襲』


 私はエロゲそっちのけで、すぐにそれを開いた。


 『昨夜未明、プロシア軍爆撃機4機と戦闘機6機が北海道初山別基地を空爆。重軽傷者12名が病院に運ばれた。このうち3名は意識不明の重体で、3時間後に初山別基地職員、森田春江さん(52)が息を引き取った。プロシア軍機が利尻空港を離陸した時点で、日本空軍 興部おこっぺ飛行場の戦闘機3機がスクランブル発進し、これを2機撃墜したが、プロシア軍機により日本軍機撃墜される。現在パラシュートで脱出したパイロットの捜索を行っているが、一人の行方がわからなくなっている。

 首相は「ついに国民に死者が出てしまった。プロシア軍のやっていることは侵略となんら変わりない。こうなった以上、我々は徹底抗戦を呼びかける所存である」と述べた』


 いままで占拠するだけであったプロシア軍が、ついに直接的な攻撃に出た。常道的な軍事施設の破壊である。

 「これやばいんやないか・・・」

 私はひとり呟いて、窓の外を見た。自宅マンションから自転車で30分ほどのところに、日本海軍南勢 工廠こうしょうがある。1週間前からドック入りしている重巡洋艦の黒い影が、ここからでも見えた。

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