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東京銀世界  作者: 温泉街
2/7

来客者

 翌朝は父親の喚き声で目が覚めた。彼は少々声が大きすぎる。私は、今日も学校か、と寝起き早々ため息をつき、身体を起こした。平日の目覚めは本当に気が重い。私が部屋の向かいの洗面所で顔を洗っているときも、父親の喚き声は続いていた。これがうるさく感じるのはこの家が狭いマンションだからということもあるだろう。2LDKで、私の部屋は物置兼用。

 リビングダイニング、というにはあまりには小さい空間だが、いつも食事を摂る場所に行くと、父が興奮した面持ちでテレビをみていた。

 「あ、夏乃なつの。おはよう」

 「う」

 挨拶はちゃんとする。私の朝の挨拶はたいてい頷くだけか、「う」か「あ」である。

 「すごいことになっとるで」

 父がテレビを指して言った。アナウンサーが緊張した面持ちで喋っている。

 『繰り返しお伝えしております。昨夜未明、北海道の利尻島・礼文島でプロシア軍のものと見られる輸送機8機が無許可で島の空港に強行着陸しました。現在、両島との通信は途絶しており、スクランブル発進した日本空軍の偵察ヘリが威嚇射撃を受けました。ヘリに乗っていた隊員にケガはなく、プロシア軍と思われる占拠集団からの無線によると、島の半径30キロ以内に侵入した船舶及び航空機は、これ以降無警告に撃沈・撃墜するという警告を受けました。島との通信が途絶していることから、両島はプロシア軍に制圧された可能性が強いという見方が出ています。また、稚内から両島へのフェリーは始発便から欠航しており・・・・・・・』

 私は呆然とテレビの前で立ち尽くした。日本が・・・侵略されている? もう何十年も戦火の飛んだことのない日本が・・・。

 「な? すごいやろ?」

 父がなぜか嬉しそうに聞いた。昔はお祭りとか台風で学校が休みになるとはしゃぎ回る子供だったに違いない。もっとも私も若干その気がある。

 「あんたなに喜んどるの」

 母がたしなめた。こっちはいたって真剣にテレビを見ている。そのせいかまだ朝食の準備ができていないようだ。とはいえ、私も他人事ではないのでテレビに見入るが、結局それ以上の情報は得られず、学校へ行く時間となった。


 私の高校はいま住んでいる南勢市の隣、北熊野町にある。運のいいことに私たちが入学すると同時に新校舎が完成し、以前のクソボロい校舎に比べて気持ち良く勉学に励むことができるのだ。もっとも、私を含むほとんどの者がこんなことは毛頭思ってはいないだろう。

 自転車で井戸川にかかる小さな橋を渡っていく。春のこの時期は本当に気持ちがいい。私は澄んだ川の水とその周囲一面に広がる田園風景を眺めながらゆっくりと自転車を漕ぐ。この通学路が嫌いではなかった。学校まで40分かかるのだが。

 そんなことを考えていると、後ろから私を呼ぶ怒鳴り声が聞こえた。幼馴染みの水野和紀みずのかずのりだ。自転車を猛スピードで漕ぎながら私に接近してくると、幅よせをしてきた。

 「よう朝からそんなでかい声が出るな」と、私が彼の肩をひっつかみながら言う。

 「相変わらずテンション低いな」

 和紀は笑いながら言うと、「朝のニュース見た?」と聞いてきた。「見た! 大事件やな」と私が答える。「めんどくさいことにならないといいんやけど・・・」

 「ん? どういうこと?」 和紀が聞いた。

 「だって今年俺ら受験やん。徴兵とか・・・されたら嫌やなぁって」

 「はぁ? そんな戦前戦中やあるまいし! 国家総動員法かよ。おまえは相変わらず気が小さいな」と言って和紀は笑い飛ばした。「冗談やわ」と私も彼の自転車の前輪を蹴とばす。

 学校まではあと30分ほどだ。


 学校でもこのニュースでもちきりだった。問題児の西田が、「日本侵略されるんかなー」とはしゃいでいる。こいつは自分の将来を真面目に考えたことがあるのだろうか。1限目が終わり、トイレから帰ってくると吉川の周りに人が集まっていた。どうやらワンセグでニュースを見ているらしい。私もその輪に入れてもらった。新しい情報が入ってきたようだ。

 『さきほど入ってきた情報によりますと、礼文、利尻両島から、北海道のNHK・声問こえとい放送局へ連絡がありました。プロシア軍空軍大佐を名乗る男から、2時間以内に両島にテレビ機材をヘリで運ぶよう指示がありました。なお、島民の安否を確認したところ、全員が無事で、死傷者はいないとのことです。繰り返します。さきほど入ってきた・・・・・』

 「テレビパフォーマンスでもするんか」

 吉川が言った。それしか考えられない。チャイムがなったので、各々が自分の席に戻っていく。彼も古文の辰野たつのの授業でワンセグを見るのは無謀と思ったらしく、大人しく携帯をしまった。


 『日本国民諸君。私はプロシア空軍ケーニヒスベルク基地所属、フェードル・バジンスキー大佐である』

 昼休み、私は再び吉川を囲む人だかりにいた。小さな画面には軍服を着た、いかつい体躯たいくをした初老の男が映っている。日本語は上手いが、聞きなれないカタカナ語に気圧された。背景は礼文島の香深フェリーターミナルだ。

 『我らは利尻・礼文両島を制圧した。だが安心してほしい。島民には一切危害を加えていないし、加えるつもりもない。もちろん我らとて無意味にこの島を占拠したわけではない。諸君らは覚えているだろうか。一昨年の5月、わが国の国籍を持つ者3名が成田空港で拘束された。彼らはヘロインの密輸という謂われのない罪を着せられ、日本の監獄に入れられたのだ。我々は彼らの引き渡しを望んでいる』

 私は息を呑んだ。あの事件は覚えている。プロシア国籍の者がヘロインとトカレフを密輸したとして逮捕された。だがあの3人は腹の中に、分解したトカレフとヘロインを溜め込んでいたはずた。謂われのないわけがない。さらにそのうち一人が拳銃を乱射し、二人ほど重症を負っていたはずだ。その後、その男だけが自殺した。

 『一人の同胞の死は家族の死も同然である』

 「こんなん言いがかりやろ・・・」

 隣で見ていた橋倉くんが信じられないといった顔でつぶやいた。

 「え? なに? なんなん?」と、西田は事件を知らないようだ。

 男は最後に付け加えた。

 『彼ら2名を24時間以内に釈放しない場合、我々は本土に侵攻する』

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