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イルカと金髪碧眼と

キュイ、キュイ

耳の奥にかすかな声が届いた。ゆっくり眼を開けると、視界の真ん中に風変わりな人の顔があった。最初は海の底に棲むという魑魅か鬼の類だと思ったが、よくみると人間であるには違いない。しかしラコヤが知っている人間というものは、髪は赤くても黄色ではなく、肌もこんなに血の気がないほど白くはない。おまけに瞳は茶褐色ではなく、つとめての海を映したような濃紺だった。衣服も髪型も見慣れないものだ。

「よかった、目覚めたようですね。」

声からすると男性のようだった。それも、今年数え16になるラコヤより大分年上そうだ。彼は半ば独りごちてにっこりと笑みを作った。彫が深い顔立ちなので、余計大げさに見えるが、実際は微笑んだ程度なのだろう。言葉はうまいがどこか違和感がある。彼女が上体を起こすと、乗っている舟が多少大きく揺れた。舟からは牽引のための綱が前に伸び、その先が大きな魚を思わせる黒い動物に取り付けられている。実際はナーという名で、魚とは似ても似つかない海獣であるマナティーの一種だ。草食性の家畜で、肉や乳も利用するが、特に大型の品種はこうして舟を牽かせるための労働力にもなる。

異人らしい男は操縦のための手綱を握っていた。

「あなた、鬼人?あたしを助けてくれたの?」

「ええ、まあ。あなたたちがいう鬼人には違いないでしょう。でもちゃんとした出身国も、名前もあります。」

彼は自分をリンテン人だと名乗った。さらに、名前はひどく覚えづらい、やっぱりずいぶん変わった発音だ。

「トイ・イガガさん?」

「トイ・リッガです。呼びやすければトイでいいですよ。」

出身国の名なら聞いたことがある。世界でもっとも豊かで、すすんだ国だと聞いている。もっとも、その繁栄はかつて支配下においた世界中の国々から奪い取ったもので築かれたのだと、学校で先生は語った。

「ちなみに、あなたを助けるのに役立った動物がいます。」

そう言って、彼は胸に下げたオカリナに似た笛を口に付けた。

キュイ、キュイ、キュイイ

不思議な、というより変わった音が海原に響き渡る。

すぐに応答があった。よく似た声、イルカだ。遠くの海の下を珍しい乳白色の体色を持つイルカがこっちに向かってくるのが見えた。

キュイ、

トイが笛を短く鳴らすと、その白いイルカは泳ぐのをやめ舟の前で水面に顔を覗かせた。人間と協力関係にあるイルカを海の民は他のイルカと区別してファルと呼ぶ。このイルカはファルなのだろう。

トイは持ってきたらしい生の魚を一匹ファルの方に投げた。無造作な感じだが、ファルの方はすばやく正確に長い口先でキャッチする。

「事実上、このイルカが自分で助けにいったんです。命令も聞かずに勝手にどっかへいって帰ってこないので困っていたんですが、帰ってきたと思ったら背中にあなたを乗せていた。それも見ての通りまだ若い固体なので、運ぶのも大変そうでした。命令違反とはいえ、人命救助とはよい心がけです。」

「つまり、このイルカは私の命の恩人ってわけね。」

「ええ、まあ、そういう喩えもできますか。」

ラコヤは魚を一匹掴むと、そのまま即行で海に飛び込んだ。

そして、立ち泳ぎをしてファルと向き合い、両手で魚の尾を掴んで相手に差し出す。ファルの方も、礼儀をわきまえたもののようで、いきなり食いついたりはせず、彼女と真正面に向き合うと、正確に三回、小さく尾びれを上下させ、口先で丁寧に魚を咥えると、素早く上を向いて呑み下した。海の民とファルたちとの間に昔から伝わる礼儀で、人間側が精一杯誠意を尽くしたことを表す際の最上の表現だった。それから、一人と一頭はお互い輪を描くように泳ぎながら楽しく触れ合った。


「まだ暖かい季節だからいいものの、そんな濡れた服だと風邪を・・・って」

ラコヤは濡れた上着を脱ぐと、船べりにかけた。

「どうしたんですか。わたしに何か。」

彼が急に顔を背けてたので、ラコヤはいぶかしく思う。

「できれば、私の前で裸は見せないでください。」

「上着でも?」

「ええ、リンテンでは、少なくとも私自分の生まれた地域では女性が顔以外に素肌を見せるのは恥ずかしいものなんです。手足ならまだいいんですが。」

「へえ、でもここでは別に恥ずかしくないんだから、いいんじゃない。」

「そういう問題じゃない。」

彼女は最近の同じ年頃の島の男子たちの態度を思い出すと、仕方なく服をよくしぼって着なおした。もともと薄地だし、すぐに乾くだろう。

「ねえ、トイ・イ・・さん、リンテンの人はみんなそんな髪なの?」

「いえいえ、この髪型は個人個人の好みで決めるんです。リンテンは個人の自由が重んじられる国ですから。」

髪色のことを聞いたのに、話題がずれた。それにしても、彼女はこんな珍奇な格好の人々が、さらに一人ひとり一風変わった髪形をしている国を想像しようとしたが、いまいちイメージが定まらない。そもそも自分はこのたった一人のリンテン人の模範しか知らないのだ。本土で普及し始めたというテレビとやらがあれば話は別だろうけれども。


前回の後半部で、ティルクという謎の人物がまるで蜃気楼か幻のごとく登場しています。彼はいったい何者でしょうか。もしかすると作者が単にヘマしたのかもしれません。もしかすると今後の重要な人物である可能性もあります。しかし彼はこう言っています。自分は『ティルク』と書いて『ラコヤ』と読むんだ。と。さすがは、振り仮名の国、日本の小説根性といえましょうか。あなたがもし日本語に誇りを持つ方であれば、ぜひ彼の主張を受け入れてやって欲しいと思います。

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