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( 昇級試験 )

 それから五日後の夕刻に、カオリとアキ、ロゼッタとステラの四人はエイマン城砦都市の中、以前にロゼッタ達が利用していた一室に荷を降ろした。


「ステラさんありがとうございます。これから数日、色々お世話になります」


 カオリはロゼッタに再雇用されたステラに、感謝を述べる。


「いえ、ロゼッタ様の従者として、お仲間である皆様も含め、その身の回りのお世話をするのは、当然の務めです」


 ステラは優秀である。それはロゼッタが正式にパーティーに加入してから、何かと陰ながら支えてくれたこの一月近くの中で、彼女の持つ能力と彼女自身の姿勢から、十分に証明されていた。

 カオリ達が不在の間の、市井の情報集めに始まり、家事炊事をこなしつつ、空いた時間はアンリとテムリへの勉学の教授もしてくれていた。

 さらには開拓団の手配における。細々とした執務でも、彼女の優秀な一面が遺憾なく発揮され、カオリは大いに助かっていたのだ。表面の粗い羊皮紙と羽ペンで、どうしてあそこまで綺麗な書面を書けるのか、カオリは尊敬の念を抱いたのだ。

 カオリは自身の昇級試験と資材の調達、ついでにアデル達の数日分の素材買い取りの代行および、冒険者組合への討伐依頼における規制緩和の交渉のため、エイマン城砦都市での滞在は短くない期間を予想していた。

 そこへ今回、本人の希望から、滞在期間内での身の回りの世話を買って出たことで、カオリ達も含めたそれらの負担はかなり軽減したのである。


「戦闘に同行する以上、不在の間の支度を出来ないのは、私の力不足があるのは否めません、ステラ殿には私からもよろしくお願いいたします。ゆえに同行中におけるロゼッタ嬢のお世話は、私の責任を持って請負ますので、ご安心召されよ」


 アキがステラに頭を下げる。


「そう言えばアキも、一応カオリの従者だもんね。パーティー仲間って勝手に思ってたから、すっかり忘れていたわ」

「同じパーティーといえど、立場はわきまえています。ロゼッタ嬢がカオリ様に従う以上、カオリ様の恥じとなるような振舞いを、この私めがするはずありません」


 カオリの説得により、アキの大仰な忠誠の姿勢は、かなり緩和されているが、それでも立場が明確な主従に感化されてか、ステラの前では抑える素振りがなくなって来たことを、カオリは何とも言えない表情で見ていた。


「私としては、もっと気楽にしていたいんだけどね……」

「お言葉ですがカオリ様、私共従者にとって、主人という存在の尊さ、いずれ大成される方々にお仕え出来ることは、何物にも代え難い誉れにございます」

「さすがはステラ殿っ 分かって下さいますか! 私がどれほど言葉を尽くしても、カオリ様はご自身の尊さを御自覚されないのです。私が日頃、どれだけカオリ様を――」

「はいはい! 気持ちはわかったけど、今はいいでしょ? 世間的には私はまだ駆け出しの冒険者、自分のやりたいようにやってるだけの自由人なんだから、恥も何も、背負えるのはアンリとテムリの幸せだけ、それ以上の役割なんてまだいいよ」


 カオリの中で、日本生まれの女子高生という認識は、中々に捨て難いものである。

 幼少より貴族令嬢として育てられたロゼッタとは、素地からして雲泥の差があるのだ。自分に忠誠を誓う存在を、そう易々と従えるには、経験も立場もあるはずがないのだ。


「本当不思議よね。そういえばササキ様も従者をおつけになられていないようだし、カオリの故郷は上下関係に希薄な文化でもあるの?」


 興味本位からの質問に、カオリは頭を悩ませる。


「なんていったらいいのかな~、私の故郷じゃあ生まれで貧富の差はあっても、国民である以上、誰もが成功する権利が与えられてるっていうのかな? まあ私自身が社会経験なんてないから、実際のところは分かんないけど、少なくとも庶民だからとか、偉いからとかで差別? 区別される感覚っていうのは感じたことがないもん、ましてや同世代の子に、ご主人様~みたいな扱いをされてる子なんて見たことないかなぁ」


 子供時代を思い出しながら、カオリは言葉を選ぶ。


「では治政はどのように行っているのでしょう?」


 カオリの感覚を勘案しつつ、率直に質問するステラ、ずいぶん大胆に出自を探る様子に、ロゼッタは眉をひそめてステラを見る。


「えっと、天皇様っていう、何百年も前に国を治めていた皇族様達がいて、その天皇様の許しを得て、国民が選挙で代表者を選んで政治を会議で決めてるんだったかな?」


(てお兄ちゃんが言ってた気がする。『だから天皇様は偉いんだぞー』って、間違ってないよね?)


 今時の十五歳の少女にしては的を得た認識の所以は、オタクな兄の入れ知恵によるものだったが、そもそも大体を適当に聞き流すカオリにとっては、「そうなんだ~、へ~」以上の感慨はない。


「共和制? 君主制? でも合議制には違いないわよね。またずいぶん古い……、動き辛い体制を取っているのね」


 カオリにとっては意味不明な言葉であるが、王様が一番偉い! というミカルド王国の体制が、日本と比べて分かりやすいのは何となく理解出来るので、ロゼッタの言葉をさも神妙そうに聞いていた。

 ちなみにこの世界においては、かつてとある国が、国民は皆平等と理想を掲げ共和制を敷いた結果、他国への外交が後手後手に回り、さらには周辺国が平民から選ばれた代表を嘲笑った末、戦争を経て併呑されたことで、時勢に適さないと唾棄された主義と認識されていた。

 このことをカオリに伝えるかどうかを、一瞬思案したロゼッタだったが、今はよそうと頭を振った。


「えっと何の話だったかな? とりあえずそんなわけで、私個人としては、軽く見てるわけじゃないんだよ? 王族や貴族が偉いのも分かるし、アキとかステラさんの考えも尊重してる。ただ主従関係に慣れてないだけだから」


 なかば無理やり話を終わらせるカオリに、従者達は従う。




 かくして一行は役割分担を決め、カオリとアキは冒険者組合へ、ロゼッタとステラは労働者組合へ足を運んだ。

 そして冒険者組合の支部長室で、カオリとアキは、難しい顔で思案する支部長と向かい合って、職員が入れてくれた紅茶に口をつけた。


「討伐依頼の級規制の緩和か……、実力的には問題ないだろう、だが経験不足と信用問題、そして組合の規則を乱す許可を、私の独断で判断していいのか、難しいところだな」


 支部長は目に見えて難色を示す。


「試験的に私達で試すのはどうでしょう? 最近頭打ちしている私達や、まだ低レベルのロゼッタが、飛躍的にレベルを上昇させれば、事実確認がはっきりして、この都市のみならず、各地の冒険者達が効率良く強くなれて、また新人冒険者達も希望を持てるようになります。それに元は異邦人の、加えてミカルド王国の国民ですらない私が、勝手に押し通したことにすれば、組合長のお立場にも保険をかけておけます」


 オンドールから教えられた売り文句を、カオリは口にする。


「しかし君達のパーティーには、それこそあのアルトバイエ侯爵のご令嬢もいるのだ。もし万が一危険に見舞われたら、私が本部からどのように言われるか分かったものではない……」


 これも予想していたことで、すでに言い訳は考えてある。


「それについても、侯爵様ご自身が、たったの一年という短い期間で、ロゼッタに結果を求めたことが原因で、本人が功を焦ったということにすれば、責任の所在は侯爵様ご自身にも及ぶので、支部長様だけが責められることもないはずです。レベルが上がればロゼッタも条件を満了する可能性が上がるので、私達にとっては願ってもないことなんです」


 カオリはたたみかけるように言葉を繰る。


(面倒だなぁ~、貴族とか規則とか、交渉なんて子供の私には荷が重いってば……)


 よもや異世界で、誰かと交渉の場を設けることになろうとは、想像もしていないかったカオリだが、自由なはずの冒険者稼業で、仲間のレべリングで制約を受けるなど、面倒極まりないことだ。

 こんな問題は早々に解消すべきと、慣れない交渉に乗り出すくらいには、カオリは現状の冒険者の在り方に不満を抱いていた。少なくとも自分達だけは、とカオリは考えたのだ。

 銅級冒険者は冒険者にあらず、とは巷でよく云われる比喩である。何故なら冒険者登録をすれば誰でもなれる。それこそ村の子供でも登録するだけで冒険者をなのれるのだから。よって幾種類かの依頼をこなし、経験と実績を積むことで鉄級に昇格して初めて、一般の冒険者と認められるのが普遍的なのである。

 そして冒険者としての本懐は魔物の討伐にこそあり、依頼を安全かつ確実に遂行し、一般人では危険な魔物を討伐する実力があって初めて、本当の意味での冒険者と認められるのだ。

 カオリが今回の交渉で重点をおいたのはこの部分、魔物を討伐する実力の証明と、その実力に見合った級の取得にある。

 金級の難易度と設定されている【デスロード】の討伐を成し遂げたカオリ達の実力は、【赤熱の鉄剣】の皆からのお墨付きもあり、確実に銀級にも匹敵することは疑いようもない事実である。


「ん~よしっ、分かった。君達には【赤熱の鉄剣】も【紅の飛竜】も手を貸しているんだ。万が一のことは少ないだろう、特例として許可を出そう、ついでに試験の成績如何によってはアキ君とロゼッタ嬢の昇級についても許可を出す準備をしよう、ただし級規制の期間は一ヶ月とする。その期間でレベルを二つ以上上げられなければ、今後は通常の規則を守ってもらう」

「ありがとうございます!」


 カオリは支部長に頭を下げた。後ろに控えるアキもカオリに習う。

 この時の支部長がカオリの提案を受けたのは、何もカオリを特別視していたのが理由の全てではない、級規制の緩和と大げさに呼称してはいるが、その実冒険者として活動していく中で、不測の事態から実力以上の脅威の魔物と相対することは、珍しいことではないのだ。その結果、下級冒険者が上級の魔物を討伐せしめる事例は少なくない、またその戦闘経験を経てレベルを大きく上昇させる冒険者も確実に存在していた。

 級規制とはあくまで、冒険者組合が新人が無謀の末に命を落とす事態の責任を回避するために、あえて設けた意味合いが大きい、事実として、上流貴族の子息が箔付けのために、組合に大金を積み、実力ある従者を伴っての魔物討伐を、組合が黙認することは稀にだがあるのはよく知られている事実である。

 カオリはそこまで組合の内部事情を把握しているかは不明であるが、オンドールやササキといった上位者が背後にいることで、カオリがそういった裏事情に切り込んで来ることを、支部長は面倒に感じたのもあり、比較的早い段階でカオリの提案を受け入れたのは、カオリにとっては預かり知らぬことである。

 特別に許可を出す。などと言ってはいるものの、内部事情を知るものが聞けば、恩着せがましい言い回しにしか聞こえない言も、カオリが屈託ない笑顔を浮かべるものだから、支部長は自身の考え過ぎか、と苦笑を浮かべることになった。


「では早速、イソルダに昇級試験用に依頼を見繕わせて、パーティーでの参加を適用、試験官の手配をするので、明日の朝にイソルダの指示を仰いでもらおう」


 交渉は成功、これで今回は煩わしい規則を一足飛び出来ると、カオリは内心でガッツポーズをする。




 そして翌日、試験用の依頼確認と、試験官との顔合わせである。


「さて、何の因果か嫌がらせか、帰ってきて休む間もなく、雇い主の昇級試験の試験官を言い渡された。【蟲報】のゴーシュだ……」


 苦い笑顔で自己紹介をするゴーシュ。


「「よろしくおねがいしまーす」」

「……」


 黒髪黒眼の異邦の少女、犬耳巫女装束の少女、赤髪の可憐な少女、見目の麗しき三人の少女の声が唱和する。

 組合広間にたむろする。男性冒険者達からの鋭い視線が、ゴーシュに集中する。


「長年冒険者やっててよ、試験官なんて何度もこなして来たけどよ、こんなにやり辛い新人冒険者は初めてだぜ……」


 魔法が存在し、レベル補正により女性冒険者は少なくない、だが少女だけの新人パーティーは滅多にお目にかかれない、それが見目麗しいとなれば、失礼ながら……、いやこれ以上は言うまい。


「一応紹介しとくがぁ、後ろの三人は俺の仲間で、短弓使いのエイロウ、短剣と投擲が得意なホッド、小盾と短槍のスピネル、ちなみに俺は【万能】なんて呼ばれてるが、ようは得物を選らばねぇ器用貧乏だ」


 皆一様に暗い色の装備で固め、軽装が目立つ、村に来ていたはずだが、印象に残っていないのは、彼らがあえて目立たぬように振る舞っていたからに過ぎないが、それでも記憶になかったことを、カオリは申し訳なく思った。


「何度も村に来ていただいていたのに、お名前も聞かずに申し訳ありませんでした」


 素直に謝罪する。返事をしたのは小盾と短槍のスピネル。


「いんやぁ気にすんな、仕事柄印象に残らんようにわざと立ち回ってんだぁ、覚えて無ぇってんなら上手くいってる証拠さぁ」


 鋭い印象とは裏腹に、のんびりした口調で、スピネルはカオリの謝罪を受け入れる。

 アキもロゼッタも各々で紹介する。


「んでだ。依頼の確認だが、ハイゼルの監視塔で【遠見の守人】って呼ばれる魔物の討伐が、今回の試験内容だ」

「場所と討伐対象の情報はいただけるんですか?」


 カオリが質問する。


「んん、ちゃんと質問出来たな、ちなみに試験はもう始まってるから、冒険者としての自覚をもって基本を守れよ? そんで質問への答えだが――」


 依頼を確認し、情報はなるべく自分達でも集めるよう心掛ける。アデル達に教わった冒険者の基本は、カオリにしっかりと身に付いていた。


「監視塔の位置はハイゼル平原の西南の渓流沿いだ。遠見の守人に関する資料は、組合の資料室にあるから確認しとけよ、出発は昼からだから、各自準備しとけ、わかったら一旦解散だ」




「試験になるような低位の魔物なのに、二つ名があるってどういうこと? そんなのとうの昔に討伐されてても不思議じゃなくない?」


 ゴーシュの早足な説明の中、疑問に思ったことを口にする。


「なく、な、ん? えっと……【再出現現象(リスポーン)】のこと?」

「滅しても再出現する現象のことですね。カオリ様」

「いやそれは分かるけど、え? リスポーンとかしちゃうの?」


 ゲームに付き物なリスポーンエネミー、主に素材集めや経験値稼ぎで連続狩(マラソン)対象となる魔物のことだ。


「由縁のある場所とかに多い、魔力溜まりに発生し易いらしくて、発生する基準は解明されてなかったはずだけど、とにかく倒しても倒しても発生するし、そこまで強力でもないから、駆け出しの冒険者とか、新米の騎士の訓練で重宝されてるらしいわ」


 ロゼッタが思い出すように語る。


「監視塔の話は有名ね。百年前に始まった。帝国との開戦初期に、侵略に備えて遠見の塔が建設されて、そこの駐留に選ばれた一族が居たんだけど、帝国の大進攻のおりに、川の堰を解放した濁流に飲まれて、一族の部隊は壊滅しちゃって塔も水没、その後再建に向かった部隊が、魔物化した一族らしき集団に襲われて、以降放棄された場所よ」


 この地域では有名な話であり、ロゼッタは知らなかったことだが、倒しても再出現することから、塔の一部が迷宮化したと判断され、以後は当時の代官に管轄が移行、冒険者組合を通して定期的な討伐が依頼されるようになっていた。

 度重なる探索と討伐を経て、対策法が確立されてからは、もっぱら新人の最初の壁と言われている。


「アンデッドになったの?」


 見捨てられた恨みか、生への渇望か、村の騒動で死者はこりごりなカオリ、またグロテスクな魔物と、相対しなければいけない予感にうんざりしていた。


「資料室に行けば詳細が分かるでしょうから、後で調べましょう」

「そっか資料も多いのか、じゃあ私とアキで物資の調達で、ロゼは資料を読み込んでほしいかな」


 日常生活レベルと、依頼用紙くらいならこの世界の文字に慣れて来たカオリだが、難しい単語が並ぶ資料を読む自信はまだない。


「はいっ、カオリ様」

「了解よ」


 カオリ達も行動を開始する。




 ゴーシュ達とカオリ達の一行は、予定取り昼に出発した。

 カオリ達の戦力を鑑みて、街道は選ばず、最短距離を進んだことで、三日後の夕方に目標の監視塔、今は半ば倒壊した塔を認めた。


「ここからはそっちが先頭で、俺らは少し離れて見させてもらう、危なくなったら加勢するから、いつも通りに進んでみな」


 翌朝、ゴーシュの指示を受け、気持ちを切り替えるカオリ。

 いつも通りと言っても、屋内での行軍は初めての経験である。平原や森とは違い、壁で区切られた閉所のため、曲がり角には特に注意が必要であるが、上下左右に気を配る必要がある森に比べれば、幾分かは集中し易いため、カオリは適当な指示を出す。


「私が先頭で、アキ、ロゼの順に並んで進むよ」


 堅牢な石造りで主塔を囲むように塀と建物で構成された監視塔は、正面の正門をふくめ半分が川に浸かるように埋没していた。そのため低くなった塀伝いに、建物のバルコニーの扉から一行は中に侵入した。


「ん?」


 屋内へ侵入したその時、アキが声を上げる。


「どうしたのアキ?」

「いえ、何か結界らしきものを通過したので、何事かと思いまして、ロゼッタ譲はどうですか?」


 カオリの質問に曖昧な答えを返しながら、アキはロゼッタに意見を求めた。


「結界かどうかは分からないけど……、淀んだ魔力の気配を感じるわ、下に行くほど濃くなってるみたい、これならいつ魔物が出てもおかしくないわね」


 ロゼッタが魔導士特有の魔力感知を働かせ、カオリに注意喚起をする。


「その魔力の気配が分かるの便利だよね~、私には分かんないもん、魔力感知ってスキルなのかなぁ」


「スキルと云えるかは微妙ね。まあ魔導士になるための最低条件だから、幼少から訓練しないと難しいと思うわ、逆に云えば幼児でも身につけられる基礎技術なのだから、スキルなんて大層なものじゃないと思うわよ? もっと高位の魔導士になれば、魔力の質からおおよその魔物の傾向とか、強さも分かるらしいけど」


 この国に限らず、貴族の大半は魔術や祈祷術、あるいは精霊術などを通して魔力に触れ、その異能と優位性を保って来た。  

 また長きに渡る血統に、優れた魔導士を引き入れ、次代の潜在能力を高めて来たのだ。

 ロゼッタはその中でも平均より高い魔力量と、本人の努力もあって、同年代の魔導士の中でも抜きん出た実力を持っている。

 だがここ最近、その能力を鼻にかけ、尊大な態度が顕著に表れ始めていたところで、カオリ達と出会い、実力差を見せ付けられて以降、すっかりただのいいところのお嬢様に落ち着いた。

 実のところ、ステラがカオリ達へ恭順の姿勢を示すのは、そういったロゼッタの教育面で、カオリが大いに良い影響を与えたことが内情にあったのだが、本人達はまだ自覚していない。


「へ~、ん?」


 何の気ない会話の途中、カオリは何かに気付いて足を止める。


「どうしたのカオリ、魔物の気配でも感じた?」

「魔物? いや人間? なんだろう……」


 一行は警戒を怠らず階下へ進み、階段を慎重に降りた先、広間となっている部屋に踏み込み、それを視認する。

 簡素な革鎧の上から赤い外套を羽織り、手には折れた直剣を携えた騎士風の出で立ち、だがどれもボロボロに朽ち、僅かに見えた肘などの身体は、もはやミイラのように痩せ細っている。

 そして姿を認めた瞬間、それは走り出しカオリに迫ると、手に持った折れた直剣を、鋭く振り抜いた。


「おおっと!」


 カオリはその一刀を半身で躱し、刀を抜くと共に脇腹を斬り付ける。

 だが斬られた衝撃はあるものの、痛みには鈍いのか、くぐもった声を上げるだけでそれは反転、再び剣を振り回すが、剣がカオリに届くことはなく、後続のアキの薙刀で首を切り落とされ沈黙した。

 普通、新人冒険者は地道に経験を積み、簡単な依頼を経て鉄級になり、そこからさらにレベルを上げて銀級の試験に挑む。

 その中で人型でも強い部類に入るこの監視塔の敵は、生前と遜色ない体捌きで、人との戦闘も視野に入れた経験を積ませるという思惑から、多くの新人達を躊躇させて来た。

 しかしカオリとアキの見事な立ち回りは、多くの新人を見て来たゴーシュや、熟練騎士に手解きを受けて来たロゼッタをも感嘆させる。

 ここでは誰も気が付かないゆえに敢えて言及するが、二人の剣術は日本独自の刀剣を主武器に据えた古武術に由来する。そのためその動きは言わば殺人に特化したものなのだ。無駄なく確実に立ち回る二人の動きは、この世界では奇異に映る。


「カオリ様、こやつは【亡者(もうじゃ)】です」

「【亡者】? 言葉としての亡者でもなくって、種族としての呼び方? 魔物ともアンデットとも違うの?」


 崩れ落ちた死体を観察し、ロゼッタが調べてくれた討伐対象の外見と一致することをたしかめつつ、カオリはアキの言葉に注意をかたむける。


「資料には死肉食いの【グール】っていうアンデットに分類されてたけど、アキの言うそれはなんなの?」


 自分の持つ知識にない言葉に、ロゼッタはアキに質問をする。


「一説には、不死の呪い、吸魂の傀儡、などと呼ばれておりますが、一様に魂を奪われ、自我を失い、魔力の供給を受けて死することなく彷徨い続ける。または生者を執拗に狙うことから、そう呼ばれております」


(ソ○ルシリーズ来たぁぁ!)


 カオリは内心の歓喜を必死に隠しつつ、一人納得する。


「へ~、じゃあこの人達、国に見捨てられて川の氾濫に巻き込まれて死んだんじゃなくて、実は生きてて、魂だけ何かの理由で失っちゃった可愛そうな人達なんだ」


 カオリが大体の推測を述べ、アキがうなずいて肯定する。

 だがその推測に驚いた面々がいた。


「ちょっと待って、そんな話初めて聞いたわっ、この守人達が実は人間で、正気を失っているだけなんて、どうして断言出来るの?」


 ロゼッタの他に狼狽した声を上げる人物が居た。


「そうだぜカオリちゃん、長年冒険者やってて、こういった手合いを何度も倒して来た。冒険者組合も国の調査機関も、ひいては教会の見解も、『守人の遺体を乗っ取った悪霊』ってことで一致してるんだぞ? どうして生きているなんて話になるんだ」


 突然動揺し始めた面々に言い募られ、驚くカオリだが、国や教会の公式見解を覆すことの大事を知らないカオリは、二人が何にここまで慌てているのか、さっぱり分からなかった。


(いや、魔物だろうが死者だろうが、不死なんだから生きてるとか死んでるとか関係なくない?)


 カオリの価値観では、生きてようが死んでようが、正気を失って襲って来るなら、斬るしかないという極端な認識だ。そこに宗教観や国内での主義主張は加味されない。


「何を慌てているのか存じ上げませんが、魂を失い自我を忘れ、ただ生者に襲い来るものに、何を配慮することがあるのです。どうせ魂を元の身体に戻しても、肉体は腐り落ちていておよそ生き帰ることは絶望的ですし、そもそも奪われた魂が残っているなど皆無に等しいのですから、再出現しようが蘇ろうが、こ奴らは魔物と大差ありません」


 きっぱりと言い捨てるアキに、ロゼッタもゴーシュもたじろぐ。


「でも国のために散った一族が、実は魔術で生かされてて、今なお監視塔を守っているんだとしたら、魔物として討伐するのは、貴族として見過ごせないわ……」


 貴族の矜持か、ロゼッタは実は生きているかもしれない彼らという存在が、魔物扱いのまま無残に狩られ続けている現状に、胸を痛めた様子だった。

 死んで魔物になったのか、生きながらに魔物扱いにされたのか、微妙な違いはこの世界の住民からすれば、大きな差異なのだろう。

 試験官という立場も忘れ、前に出てしまったゴーシュも、バツが悪そうに視線を逸らす。


「まあ私達の言ったことが真実かどうかは、この試験を利用して調査してたしかめて見ようよ、もしかしたらちゃんと死なせて上げる方法も見付かるかもしれないし、どうするかは冒険者組合とか国に判断してもらえばいいわけだし、私達はただ襲って来るから反撃したって考えればシンプルでいいじゃん」


 呑気なカオリに、ロゼッタは溜息を禁じえなかった。だがたしかにカオリの言う通り、ここで試験を放棄すれば、後の昇級にどう影響が出るか分からない、ここは一先ず無事に試験を通過することに集中すべきだと、ロゼッタは自分に言い聞かせた。

 それから探索は順調に進む、時折遭遇する守人も、カオリとアキの手で難なく倒し、たまに短弓を使う守人も、ロゼッタの炎魔法で焼いていく。

 強いていうならば、突然襲い来る【マッドマウス】という巨大鼠にロゼッタが悲鳴を上げることがあったが、危険な魔物というわけでもないので、問題にはなっていない。ただしカピバラのように大きくとも顔はドブネズミをさらに凶悪にした魔物である。日本人のカオリから見ても不気味この上ない風貌には怖気が走る。

 守人に関しては、ゾンビやスケルトンと違って、剣術や投擲に秀でた個体がいることで、対人戦に近い緊張感があり、しかし生身の人間よりかは判断が鈍いため、カオリには良い訓練程度の認識に留まっていた。


「おっと……、不意打ちまで出来るんだ。やっぱりアンデットとは一味違うね。でも魔石が入手出来ないのは残念だな、やっぱりアキの【亡者】っていうのもホントっぽいね。【グール】なら魔石が取れるはずだもんね」


 廊下の角から飛び出した一体を、危なげなく処理し、カオリは着実に監視塔内をしらみ潰す。その間ロゼッタが神妙な表情をしていたが、カオリはあえて触れずにいた。


「守人の一族って子孫はどうなってるの? ていうか元々はどんな一族だったの?」


 カオリの質問に答えるのはロゼッタである。


「王国が近隣の地域を併呑した時に、恭順を示した渓谷に住む狩猟民族の一族で、名はヴァレリ族、暗闇での行動と防衛に秀でた優秀な戦士を輩出するので有名よ、監視塔での王家の仕打ちにも理解を示して、今は納税を免除してもらう代わりに兵役を収めて、今も先祖由来の土地を守っているわ、爵位こそないものの、各地の貴族に召抱えられているから、下級貴族や騎士団での発言権はなかなかのものよ、でもこの監視塔での彼らの先祖の正体如何によっては、過去の名誉も税の免除も、もしかしたら見直される可能性があるかもしれないわね……」


 貴族ならではの悩みに声を落とすロゼッタに、カオリも若干の同情を覚える。冒険者であるカオリには関わり合いのないことであっても、貴族社会の混乱がもたらす問題の大きさに、ロゼッタが不安を抱くのも無理はないのだから。


「カオリ様、この階下から魔力の一番濃い気配が感じられます」

「そっか、アキも魔導士の適正があるんだもんね」


 アキはカオリに自身の足元を指す。


「でもここから下は水没してて、行くのは無理じゃない?」


 ロゼッタが気乗りしない様子でカオリの答えを待つ、すでに現状で水は足首まで来ている。これより下であれば確実に頭まで浸かることになるだろう。


「まあ行けるとこまで行ってみようっか、何か見落として不合格なんて嫌だし、一応調査も兼ねてるし」


 恐らく一階だろう部屋を入念に調べ、一行はほどなくして地下倉庫の扉を発見し、中に入る。

 もちろん奇襲を警戒し、一気に入ることはせず、倉庫内の魔力や気配を探りつつ、扉を少しだけ開けて視線を通してから、武器を構えながら侵入、即座にアキと二人で展開し、安全を確保する。


「ああもう、腰までびしょびしょだよ、ここを出たら外で火を焚いて乾かさないと、気持ち悪くていられないよ」


 すっかり水没した部屋の中、カオリの不満が響く、幸い建物自体が斜めにかたむいていたため、水は倉庫内を完全に満たすまでは来ていなかった。それでも戦闘をするには不自由な状況下であるため、ロゼッタだけは入口で待機している。


「……まだ奥があるね。でも潜らないと厳しいかな」


 視線の先には完全に没した扉が一枚、一行は結局、アキの申し出で、一人を調査に送り出すことにして、残りは倉庫内に待機することにした。魔導士のロゼッタを一人にしないための選択である。

 ゴーシュ達のパーティーは頭数から除外する。カオリも一応これが昇級試験であることを忘れたわけではなかった。

 しかし、アデル達の正しい教育と、実戦で裏打ちされたカオリ達の戦闘技術を鑑みれば、今回の昇級試験は限りなく茶番に近い。

 巫女装束を脱いで下着姿で水に潜り、しばらくして戻って来たアキは、全身濡れ鼠の姿をカオリとロゼッタに笑われ、珍しく頬を膨らませて憤慨していた。


「ごめんってばアキ、機嫌直して、ね?」

「私もごめんなさい、何だか家で飼ってる犬を思い出してつい」


 カオリとロゼッタはまだ笑いが収まらない様子で、何とかアキの機嫌を戻そうと、形ばかりの謝罪をする。


「カオリ様に褒めていただきたい一心で、乙女の恥じを捨てて調査して参りましたのに……、まさか水も滴る艶姿(あですがた)を笑われるなんて、流石の私だって傷付きます」


 焚き火の前で膝を抱え、人間ドライヤーと化したロゼッタに乾かされながら、アキはすっかり不貞腐れていた。

 ちなみにロゼッタのこの魔法は、彼女が得意とする魔法の一つで、通常炎を出す魔法を多くの魔導士が選ぶ中、【―火線(ファイヤーライン)―】を代表とする熱の魔法が得意な彼女は、初級の風魔法さえ扱えれば、とくに苦もなく応用出来る代物なのだ。カオリ達はこの魔法の存在にいたく感激し、湯浴みの後はすっかりロゼッタに頼み込むようになったのは言うまでもない。


「あーっと、今いいか?」


 そこへゴーシュがおずおずと声をかける。


「ゴーシュ様、全身を体毛で覆われていると言えど、アキも下着姿なんですよ? 失礼ではありませんか」


 流石のロゼッタも、一人の女として、ゴーシュの無作法を咎める。


「いえ構いません、私も忘れない内に記録せねばですし」


 アキはそう言ってカオリから羊皮紙と木炭を、恭しく受け取り、記憶を頼りに一つの魔法陣を書き記していく。


「部屋の中央の床に、一枚の石板が組まれ、そこにこの魔法陣が彫り込まれておりました。魔法陣は生きていて、魔力はそこから放出されている様子でしたので、あの亡者達と何らかの関係があると推察出来ます。ちなみに傍に白骨化した遺体が漂っており、首から紋章を象った装飾品が見受けられたので、恐らくあれが術者の遺体だと思われます」

「じゃあやっぱり、あのグール達は魔力で魔物化したんじゃなくて、意図的にその亡者か? に成り果てた人間ってことになるのか……、百年くらい昔の話つっても信じられないぜ」


 ゴーシュは神妙な顔で、アキから受け取った魔法陣の写しを睨み、そう呟く。


「断言は出来ませぬが、私めの鑑定魔法によれば、魔素への変換を食い止め、魔力の固定を目的とした力場の形成の効果があるという結果でしたが、発動条件や構成については、高位でありながら多層化され、深くは解析出来ませんでしたので、かなりの上級魔導士の集団儀式が必要な魔術と予想されます」

「術者が死んでいるのはどうして? 普通こういうのって術者にも効果を及ぼすものなんじゃないの?」


 浮かんだ疑問を口にするカオリに、アキは続けて答える。


「単純に考えるのであれば、発動前に術者が死亡してしまったのではないかと、通常であれば生前に、収集した魂を宿す対象を指定し魔術を発動してから、生贄から魂を抜き取る工程を踏むものなので、監視塔の経緯を考えれば、術者にとっても水計による水没は、文字通り寝耳に水な出来事だったのではないかと」


 アキの高度な解説を受けて、皆が呆然とする中、カオリは立て続けにアキへ質問をする。


「魂の抜けた生者って言うなら、彼らの魂はどうなったの?」

「申し訳ありません、何分私も死霊術や付術には疎いため、たしかなことはお答え出来ません、ただ発動後の期間からすれば、とうの昔に魂は摩耗して失われたと思うのが、自然かと愚行します。恐らく対象を指定されなかったために、彼らの魂は、死んでは戻り、死んでは戻りを繰り返す過程で、失われていったのでしょう」


 アキはカオリに居住まいを正して頭を垂れる。


「な、なんで死霊術と付術が関係あるの?」


 ロゼッタがアキの言葉に疑問を呈する。


「魔術を介して魂を縛り付ける行為を、俗に【魂縛】と呼びます。自身の魔力を物質に定着させる一般的な付術と違い、固定された魂を丸ごと使用すれば、より強力な魔法付与が出来ると考えられているので、亡者を生み出す魂縛の魔術も、分類上死霊術から付術への発展と据えることとなりますので……」


 淀みなく答えるアキに、カオリは関心しながらさらに質問を重ねる。


「ならあの人達【遠見の守人】の一族は、魂を何に定着させたの?」

「この場合恐らくは、あの監視塔という建物そのものにかと……、そのため彼らはあの監視塔から一歩も出て来ないのでしょう、逃げ出せず魔素にも還らないという効果だけが発動したのが、原因ではないかと推測します。また魂を魔力へ変換したのであれば、あの高度な魔法陣の発動も可能でしょう」

「待って待ってっ! 魂縛? 魂の定着? いったいさっきからなんの話をしているの? どうしてそんなに詳しいのよっ!」


 アキとカオリの会話に慌てて割って入るロゼッタ。


「そ、そうだぜ、人間の魂を魔術でどうこうなんて、お伽噺の中だけだぜっ、今回の話だって眉唾だってのに、まるで本当に存在する学問みてぇに言うってのはどういうことだっ?」


 ゴーシュも驚いた様子でアキを見詰める。


「はあ? 何を言っているのですか、魔物から取れる魔石も、一説には、魂を封じ込めた魂石と考えられているのですし、冒険者の皆様も日頃目にする機会があると思いますが?」


 何を今更、と呆れた表情で問いかえすアキに、二人は絶句する。

 ここで双方に食い違いが発生した理由に、この世界での死霊術と付術の扱いが関係している。何故なら死霊術とはあくまで、死体を魔力によって操作する術であり、付術とは魔法を物体に付与する術でしかないからである。

 魂を抜き取りエネルギーに変換する。または魂を別の個体に定着させて魔力によって操作する。まっこと死霊術に相違ない魔術であろうが、その技術が失われたこの世界においては、アキの発想はおぞましい禁断の秘術に映ったことだろう。


「そんな……、魂を操る術なんて、教会の教えに反する異端よ? それを付術と併用するなんて発想、危険思想だわ……」


 消え入りそうな声を発するロゼッタに、さすがのカオリも不安げに眺める。


「異端かどうかは知らないけど、あくまで仮説でしょ? 事実として【遠見の守人】は何度倒しても復活するし、姿も数も保たれて何十年も存在してて、普通のアンデットとは違うんだから、まだ解明されていない魔術が関係しているって考えるべきなら、私達がこの件で結論を出すのは違うんじゃないの?」


 ロゼッタやゴーシュが慄く理由は、何も【遠見の守人】達亡者の存在が異端的かどうかではない、それだけなら過去に異端を犯した魔導士がいたと思うだけなのだから。

 貴族や冒険者に限らず、人間社会はその武力や文明を保つために、魔石を筆頭にした多くの魔術の恩恵を受けている。アキの述べた説が事実なら、文明の発達に伴った魔術の研究は、内在的に教会の定める魂の独立性や救済の教えに反することが伺える。

 であれば、魂の救済を訴える教会と、魔導士を多く輩出する貴族や冒険者は、本来相反する存在であると云えるのだから、一介の冒険者のゴーシュもさることながら、敬虔な大六神教徒のロゼッタには衝撃の内容であったことだろう。

 だがここでの問題は別にあった。カオリは知らなくて当然だったが、ここでの問題は術の存在がどうこうではなく、日常的に触れる機会がある魔術が、実は生物の魂を弄ぶ行為に発展、ひいては日常に触れる機会の多い付与物や魔石が、魂によって代用出来るという知識そのもの、それら異端の魔術や知識を、実際に有しているかのように、アキが平然と語ること自体が問題だったのだ。


「……アキはどうしてそんな学説や魔術を知ってるの?」


 慎重に、探るように質問するロゼッタ、もしアキの受けた師事が、アキの故郷で普遍的なものであるなら、異教徒としてロゼッタとは相容れない人種と、隔たりを感じずにはいられないのだから、つい慎重になってしまうのも無理はない。

 場合によっては教会から権威を保証されている貴族の責務の一環として、異端者を告発し捕縛する必要に駆られる可能性があったからだ。


「私はただ。カオリ様に様々なことにおいて、恐れながらご助言出来るようにと、設定……いえ、学んで来ただけですので、あくまでそういう考え方もあると述べたまでのこと、私自身に特別偏った主義を持つのではないと、この場では明言させていただきましょう」

「……そう、はぁ」


 ロゼッタは深い溜息を吐く、少なくともカオリ達は異教徒ではあっても、異端者ではないのであれば、問題は棚上げ出来る。

 今後ゆっくり時をかけ、大六神教の素晴らしさを真摯に説いていけば、お互い分かり合える。とロゼッタは決意を新たにする。


「まったくよぉ……、昇級試験どころじゃねぇなこりゃ」


 なかば茶番の昇級試験と思いきや、突如浮上した異端魔術の存在と、長年討伐対象のはずの魔物の再調査、カオリの存在が引き寄せる騒動の予感に、ゴーシュは何とも言えない焦燥に駆られる。

 男の独り言が、赤い夕空に溶けていった。




「判定は文句無しの最良、今日から大手を振って銀級冒険者だ」


 ゴーシュの言葉に喜ぶカオリ達。

 昇級試験に挑む冒険者に求められる資質はいくつかある。まずは魔物を討伐出来る確かな戦闘能力、次に依頼内容を確実にこなし組合に正確に報告する勤勉さ、最後に、現地での魔物の発生原因や経緯を調査する知識量と分析力である。

 未開の地や危険な場所に赴く機会の多い冒険者に求められた能力において、これらの条件の全てを満たす冒険者は非常に重宝される。ただ魔物を狩ってくるだけならば、それこそ傭兵や軍でも代用出来るのだから、当然といえば当然である。

 冒険者という呼称、また冒険者組合という組織の起こりは、第一紀末に登場した。【冒険者ヴィル】が発足した魔物退治専門の戦士集団が始りとされている。そして強大な魔物を追い、未知の遺跡などを巡り、古代文明の謎や財宝を持ち帰り、華々しい魔物との戦いを記した【冒険者ヴィルの手記】には、様々な魔術や遺物の知識などが調査報告として記されていた。

 そんな彼の功績を讃え、またその意志をいまだ踏襲する冒険者組合は、冒険者達に彼の人物と同様の実力と知識を求めたのだ。事実としてそれらの調査から、魔物の発生を未然に食い止め、民の平和な暮らしを守っているのだから、その重要度は無視出来ない。

 今回の昇級試験でカオリ達が示した実力は、組合が立てた予想をはるかに上回っていた。異様な強さを持つカオリ、破格の鑑定能力と魔術の知識を持つアキ、歴史や神話に造詣のあるロゼッタが揃っているのだから当然の結果である。


「それと、支部長から二人の昇級許可も下りた。近日中に試験を受けられるように準備しておけ、あと一時級規制緩和について、レベル測定と報告義務についての書類を預かっているから、カオリちゃんは目を通しておけよ、……まったくこんなこと前代見門だぜ」


 嘆息気味に連絡事項を伝えきるゴーシュに、カオリは質問する。


「監視塔と守人についてはどうなりましたか?」

「あらぁは事情が事情だからな、盗み聞きした範囲じゃ、上位冒険者と識者を呼んで意見を纏めつつ、国への対応は慎重に進める腹積もりだろぉよ」


 隠すことなく盗み聞きしていたことを白状しつつ、カオリの質問に答えるゴーシュ。


「そうかしたら、過去の王族の判断と、一族の子孫達の名誉に関わるだろうからな、だがそう言いつつも、悲劇の主人公達を狩の対象にするには、冒険者達の感情的によろしくない、少なくとも俺ぁあの守人達を、もう魔物だとは思えねぇからな……、討伐するにしても、何も知らなぇ新人には斬らせたくねぇな」


 知らずにとは言え、何か大事になっていることに驚くカオリ。


「帝国の大行進に対して、一族を見捨てる判断をしたのは王家で、魔物になるような魔術を、なぜ彼らが受け入れたのか、あるいは何ものかに施されたのか、その真実如何によっては、一族に邪法に手を染めたもの、または邪法を伝えた嫌疑がかけられるんだから、国から独立した組織体制を謳う冒険者組合も、慎重に対応せざるをえないと思うわ」


 真剣な表情で語るロゼッタ。


「従者の立場で言わせていただくなら、例え亡者となろうとも、王家から賜った監視の命を、その身の亡びた後も遂行する彼らに、同情を禁じえませんね」


 意外にも口を挟んだのはアキだった。


「私はアキを見捨てたりしないよ、仲間があんな可哀相な姿になってまで、自分の命だけ助かろうなんて思えないよ」

「カオリ様! 身に余る光栄にございますっ!」


 いつも通りの主従のやり取りに、苦笑いを浮かべるゴーシュ。


「そう……よね。忠実な臣下たらんと思えばこそ、異端を恐れず邪法に手を染めたってことも考えれば……、いえ、それでも教会の教えに背く行為を肯定していては、国が乱れる原因に……」


 ロゼッタの中で何かがせめぎ合っているのか、難しい表情で立ち尽くすロゼッタ。


「まあ難しいことは偉い人に任せて、私達は私達の仕事に戻ろうよ、村に戻れば開拓のことでまた忙しいだろうしさ」


 あっけらかんと言い放つカオリに、ロゼッタは呆れたような溜息を吐く、たしかに学者でも、実際に権力を行使出来る立場でもない自分が、あれこれ考えを巡らせても、世間がどうなることでもないのだからと、ロゼッタは自分に言い聞かせることにした。

 そこから新しい冒険者証の受け取り、素材の換金を済ませ、宿に帰ってからは、ステラによる追加の資材と食料の調達の報告を受け、翌朝には村に帰ることになった。

 帰りにはゴーシュ達も斥候依頼の継続で、村まで同行することになり、忙しないエイマンでの滞在を終えた。




 村に新たに建てられる集合住宅の建設は、地固めと柱や梁といった骨組が完成し、暖炉用の石組みや屋根に着手していた。

 監督はオンドールに任せたカオリ達は、村に到着後すぐにオンドールを訪ね。作業の進捗状況や追加の資材についての報告をし合った。


「宗教と魔物と魔術の関係? カオリ君達は昇級試験に行ったんじゃなかったのかね。どうなってそんな話になったんだ」


 カオリは監視塔で新たに浮上した一連の事実と、カオリやアキ、ロゼッタやゴーシュ達との間にある認識の違いについてかいつまんで説明し、オンドールを唸らせる結果となる。


「宗教観の違いだけなら受け入れられるが、現実的に起きた現象と民間の認識に齟齬があれば、、ことが社会形態に関係している以上、早めに折り合いをつけないと、いらぬ争いの種になりかねない、とうのが相談の内容です」


 カオリやロゼッタに代わり、報告したのはアキだ。


「事情は分かったが、どうして私に相談したのかね?」


 オンドールは不思議に思い聞く。


「実は冒険者組合は今回のことについて、一度上位冒険者や識者を集めて意見交換をするそうで、オンドールさんも是非にって」


 カオリがオンドールに一通の手紙を手渡す。


「ふむ……、支部長直筆の召喚状か、話から察するに、元騎士の冒険者としての意見を求められるのだろうな、なんとまあカオリ君は、話題に事欠かない星の下に生まれたのだな」

「はあぁ」


 思いの外大きくなった話しに、いまいちついていけないカオリ、王家や教会のしがらみや、一般市民の認識の違いについては、ロゼッタを見ていれば嫌でも察することが出来るが、冒険者組合がこの件をどう取り扱うのかまでは、予測が出来ないからだ。

 冒険者組合に籍をおく身としては、ことの発端であるカオリは、今後の振る舞いに何がしか影響が出るのかと、頭を捻らずにはいられない。


「恐らく冒険者組合としては、同様の現象が見られる迷宮や魔力溜まりを調査した上で、今後どう取り扱うかに、頭を悩ませているのだろう」

「おうおう旦那、するってぇと、これから組合が占有してる狩場が、ほとんど使えなくなっちまう可能性があるってのか?」


 カオリの後について、話を聞いていたゴーシュが、堪らず声を出す。オンドールはそれに黙ってうなずいた。


「再出現するだけなら、今後も討伐し続けることで現状維持も出来よう、だがカオリ君達の仮設が正しければ、狩場を根絶することも、今後生まれないように対策を組むことも可能とあれば、冒険者にとっては稼ぎ場がなくなることを意味する。組合も慎重にならざるをえんだろう」

「言ってる割には冷静だな旦那」


 少し棘のある言い方をしてしまうゴーシュ、可能性を知りつつも、動揺を見せないオンドールに、少なからず苛立ちを覚えたのだ。


「これでも元騎士だ。私だって思うところがないわけではないが、領土が安全になれば民は喜ぶのだから、本来は歓迎すべき話だ」

「だがよぉ」

「馬鹿者が、いい大人が若者の前で情けない声を出すな、実力があれば稼ぎ口はいくらでもある。それにまだ結論が出たわけではないのだから、余計に不安を募らせるでない」


(さすがオンドールさん、ベテランのゴーシュさんを叱り付けられるなんて……)


 五十を超え、酸いも甘いも経験して来た男の貫録は伊達ではない、それにオンドールは元騎士、ゴーシュは元盗人、取り締まるものと取り締まれるもの、潜在的に苦手意識があるのかもしれない、また金級冒険者としての高い実力もあり、オンドールの組合内での発言力は侮れない。

 オンドールが今回のことを、又聞きとはいえ楽観的に見ているのには理由がある。それは貴族と冒険者との特権に関する軋轢に起因していた。基本的に領地での富の独占と、特権による権威の増大を図る貴族にしてみれば、通行税の一部免除や独立した身元の保証を受ける冒険者というものは、独断での裁きを下せない目の上のたんこぶに成り得るのだ。

 詳しい事情はまた後に語るとして、今回においては迷宮や狩場での富の独占が、閉鎖することによって、冒険者の活動が制限を受ける事態を、一部の貴族が歓迎するであろうことを予想したからである。

 冒険者組合の力を削ぐことに躍起になる貴族からすれば、カオリの今回の働きは追い風である。少なくともカオリの活動において、貴族が邪魔立てして来る可能性を無視出来ると考えたのだ。


「まあ召喚には応じよう、だが村の開拓を管理するものが同時に離れるわけにもいくまい、私が離れている間、カオリ君には開拓に集中してもらいつつ、次の第二開拓団について、具体的な相談と採決を、トンヤ殿と済ませてしまってほしい」


 色々と問題が生じることは予想出来るが、今は判断する材料もないため、オンドールは邪推を一旦保留とし、カオリには彼女の仕事にまつわる助言だけに留める。

 大人達の問題は、大人である自分が受け持つという、彼らしい親心である。


「はい、わかりました!」


 いったいどっちが責任者なのか分からないやり取りだが、カオリが文句どころか、笑顔満点で応じるため、誰も何も言わなかった。

 オンドールがリーダーであるアデルと連れだって村を発ち、ゴーシュ達も斥候のために出立してから、カオリは監督業という名の記録係に従事し、アキとロゼッタが村の周囲を交代で警戒する体制で、村の開拓は順調に進んだ。

 ステラとレジアが炊事洗濯をこなし、アンリは二人の手伝いをし、テムリは最近はトンヤのところで建築の手元として走り回っている。夕食は皆で取り、空いた時間は姉弟や、たまにカオリも混ざっての勉強会に充てた。


(平和だなぁ~)


 今日この時、少なくともカオリの周囲だけは何事もなく、平和に夜が更けていった。

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