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( 復興着手 )

 それから数日後、斥候依頼第一号の冒険者パーティーが村へ立ち寄った。


「久しぶりだねぇ、カオリちゃ~ん」

「貴方はたしか……」


 村に入り真っ先にカオリへ挨拶に来たのは、最初のころに、噂のカオリへ向けた名指しの荷物持ちの依頼を、イソルダに断られていた。あのナンパ男だった。

 他のメンバーを空いている家屋に案内するよう、アンリに指示し、カオリは男を村の広場へ連れて行き、丸太を切っただけの椅子を 円形に並べた集会場所で、向かい合って腰を降ろす。


「名乗り遅れたが、俺は【蟲報(むしのしらせ)】のゴーシュってんだ。これでも銀級冒険者で、他の仲間も皆銀級だ。組合じゃあ斥候の依頼を請けてる」


 冒険者組合所属の冒険者は、主に二つの種類に分けられる。

 依頼主の要望を叶えるために、自由に仕事を引き受けるものと、冒険者組合の要望を義務的にこなすものだ。


 前者は大本が自身の成長と栄達のためならば、後者は安定と出世のためだろう、自由を謳う冒険者といえど、国に拠点を構える以上、現地の領主や有力商人の意向は無下に出来ない、そもそも組合関係者が国民であり、領民であるのだから当然である。

 前者は危険で不安定ながらも、高額な討伐依頼から迷宮探索まで、自由にそれらの依頼を引き受けるが、後者のもの達は危険の少なく、しかし継続した調査や斥候、また組合の運営に関わる依頼を生業とし、多くのものが後にお抱えの冒険者として、安定した収入が見込めるのだ。


 場合によっては、騎士団や家臣団として登用されるのも後者の冒険者が圧倒的に多い。

 もちろんアデル達【赤熱の鉄剣】のように、自由な立ち位置ながらも、新人教育依頼を嬉々として引き受ける冒険者もいるので、一概には言えないが、少なくともゴーシュ率いる【蟲報】は後者の冒険者パーティーだった。


「俺のことは信用ならねぇだろうが、俺達パーティーの仕事の評判はいいんだぜ? 与えられた仕事はきっちりこなすからなっ」


 別に信用出来ないというわけではない、ただナンパ男が苦手なだけのカオリは、愛想笑いでゴーシュに礼を言う。


「組合が派遣した冒険者を疑うなら、組合自体を疑わなくちゃいけないんですから、そんな失礼なことはしませんよ」


 当たり障りのない社交辞令で、下顎の刈り揃えた髭がニヒルな印象のゴーシュと向き合う。

薄茶色の短いオールバックの髪に、うっすらと紅い瞳、アデル達と同じころの歳であろうゴーシュ、布地が多い革鎧は軽装で、かつ闇夜でも目立たないものなのが、彼らの主な仕事が、どんな内容なのかを如実に語っていた。


 もしかしたらその中に、女性を口説き落として情報を得るようなことも含まれるのかもしれない、細やかな動きや言葉の端々から、ただ口が達者なだけではない、洗礼された様子が窺えた。

 初対面ではかなり気味悪く感じたカオリだが、仕事の腕を信用出来るのならば、要らぬ壁を作るのも馬鹿らしいと思い、雑談を交えつつ、仕事の成果を確認し書類にサインをする。


 ――領軍の調査と照らし合わせ、エイマン城塞都市周辺の野盗および傭兵崩れには動きなし、緩衝地帯における斥候では複数の野盗を確認済み、どれも銀級冒険者パーティーを害する力には及ばず、危険は少ないものとする。更なる調査のためには森や山岳地帯に赴く必要あり――


 ゴーシュが上げた報告書に記された調査内容に、カオリは再度視線を落とす。そしてゴーシュにある質問をする。


「この野盗や傭兵崩れの人達は、何が目的なのでしょう?」

「あぁ?」


 カオリの質問に、ゴーシュは間抜けな声を出す。


「武器を振るえて、人数がいるなら、食べるための仕事だって出来るはずですよね? 捕まる危険を冒してまで、野盗に身をやつす理由は何でしょう?」


 日本育ちのカオリからしてみれば、窃盗や強盗は即極刑のこの世界の法は、そうまでして危険を冒し続けるのに、余りにリスクが高過ぎると感じるのだ。


「あ~っと……、何だ? カオリちゃんの居た国は、よっぽど平和だったのか? それとも犯罪者共を見る機会がないほど、高貴な生まれだったのか?」


 呆れ顔で、だが純粋な疑問からゴーシュはカオリに聞き返す。


「まあ何にせよ、国の情勢や犯罪者個人の事情はおいておいて、俺の所見を言わせてもらうならよ、結局のところ、こいつらは弱ぇんだよ、戦闘力じゃねぇぞ? 心、というか信念の話な?」

「弱い?」


 カオリにとっては意外な言葉に、カオリは疑問符を浮かべる。

 武器を手に取って人を脅し、時には命を奪いもするし、護衛の騎士や冒険者と戦うこともあるだろう彼らを、ゴーシュが端的に弱いと表現した。身体ではなく、心がだと。


「脛に傷のある奴ぁ冒険者にはごまんといるわな? けど俺達は魔物を相手に戦ってよ、皆に尊敬される仕事をしてんだっていう自負があらぁな、だから周りの人間達に野蛮だとか、学がねぇだとか言われてもよ、胸張って生きていけるわけよ」


 口調は荒くても、ゴーシュの語る言葉には、冒険者達の心の機微を理解し、尊重しようという心遣いが見えた。きっと彼もそうして冒険者稼業に誇りを持って生きて来たのだろう。


「でもあいつらは違ぇ……、なんのかんの言って誤魔化しちゃあいるが、自分と違う生き方の連中から、馬鹿にされんのが嫌で、そいつらより低い生活を強いられんのが嫌で、弱ぇ自分を認めるのが耐えられねぇから、人から奪うことで少しでも憂さ晴らして、自分を慰めてんだよ」

「何ですかそれ……、自分が持ってないから、持ってる人から盗るなんて、子供の我儘じゃあるまいし……」

「それをあいつらが解かりゃあ、警備隊はいらねぇな」


 こういうのを身も蓋もないというのか、カオリは僅かな怒りを感じながらも、呆れた声で唸る。それほどつまらない理由で彼らが人を襲うならば、襲われた人々は報われない、いや、まるで馬鹿みたいな話ではないか、カオリはそう思った。


「何かに、誰かに憧れる。だがどうすりゃなれるか知らねぇし、けど自分がそれになれないことを素直に認められねぇし、知ってても今を堪えて努力することにも耐えられねぇ、……ほんと、どうしようもねぇやつらなんだよ、野盗なんてのは」


 いつになく真面目に答えてしまったことに、ゴーシュは嘆息した。実はこの男も、元盗賊なのである。生まれは王都の貧民街で、初めての犯した罪は、幼少のころに出店の食料を盗んだことだ。今でもあの時の光景を鮮明に覚えている。

 紆余曲折を経て、今でこそ冒険者として一角の成績を認められているが、冒険者になった当初は、明らかに貧民出身の身なりや言葉遣いを馬鹿にされ、依頼主に追い返され、同期のお貴族様出身の冒険者に蔑まれた。


何度、野に下ろうかと考えたことか、だがそれでも死に物狂いで働いて来た。それは意地があったからであろうし、またあの日々へ戻ることへの恐怖もあった。

カオリに対して真面目に答えたことも、どこかそんな自分の過去を、認めてもらいたいという、自己の承認欲求の表れだったのかもしれない、ゴーシュは若干気まずい気持ちで咳払いをする。


「だからよ、そんなつまんねぇ奴らに奪われんのも、殺されんのも馬鹿らしいから、いざという時に躊躇なんかすんなよ?」


 これが言いたかったとばかりに、ゴーシュは大げさに振舞った。


「世間知らずな私に、親切に教えて下さってありがとうございます。とても勉強になりました」


 カオリはそんなゴーシュに、心からの笑顔で感謝を告げる。先程とは違う優しい笑みに、ゴーシュは面食らって固まる。


(あぁ~、なるほど……こいつぁ、アデル達が入れ込む理由がわからぁ、参ったね……)


 職種柄、人の表情を読むことに自信があるゴーシュは、カオリの打って変った優しい笑みの意味にすぐに気付き、珍しく顔を赤くする。


(言葉尻からすぐに察して、だが察してなお感謝だけ伝える。まるっと俺の全部を受け入れるような、母親みてぇな笑顔で……か)


 この時、村の斥候依頼を、専属で引き受ける冒険者の筆頭として、ゴーシュが決意したことを、カオリはまだ知らない。




 ロゼッタが第一開拓団を率いて村に帰ったのと、ゴーシュ達が二度目の斥候依頼を受けて、再び村に訪れたのは同じ日であった。

 というよりも、開拓団の人夫と資材や食料を、無事村まで運ぶのに、アデル達だけでは心許ないと思い、ゴーシュ達に日時を合わせるように打診したのであった。


 かくして村に到着した開拓団は、ロゼッタとステラ、冒険者パーティー達を除き、総勢十二人、初期設備の布設をするには十分な人数らしい、らしいというのは、カオリが実際の工事にかかる手間と労力を把握していないからに過ぎない。


「初めまして、一応代表を務める。カオリといいます」

「大工頭のトンヤだ。今回はよろしくな嬢ちゃん」


 後ろに硬く撫でつけた。白髪交じりの灰色の頭髪、岩にほぞをかいたような風貌の男性、歳のころは四十ぐらいか、日に焼けた肌と太い腕、節くれだった手が職人を思わせる。

 お互いが代表者として挨拶を交わす。賃金の交渉はロゼッタとオンドールに任せていたので、カオリは具体的な開拓指示と、危機的状況に陥った時の指示に止め、使っていい家屋や釜戸などの設備の案内を済ませる。


 エイマン城塞都市に暮らし、労働者組合に所属する彼が、今回の開拓団の施工管理技士に抜擢されたのは、長年の経験以上の理由はとくにないとのこと、組合所属か、貴族屋敷への出入り手形以外に、資格というものが存在しない世界特有の事情であろう。 

 カオリもとくに深く事情を聞こうとしなかったのは、一緒に仕事をしていく中で、おのずと話す機会もあるだろうと、気負いなく接していただけで、とくに理由があったわけではない。

 そうした中、皆の荷降ろしを手伝っていたアンリが声を上げる。


「ハリスさん! 戻って来てくれたんですか!」

「アンリっ、テムリもっ、元気だったか?」


 驚きと喜色の交る声に、カオリは振り返る。アンリもカオリを見付けて手を振ったので、トンヤも伴って近付く。

 アンリと対面していたのは、カオリも見知った顔であった。


「あ、あの時の狩人さん、まさか」

「あぁ、カオリさんだね。……あの時はすまなかった」


 開口一番に謝罪を口にする狩人の男、ゴブリン達の村襲撃時に、櫓から矢を放ち、尽きれば勇敢に戦い、オーガを殺した後に駆けつけた。あの時の狩人だ。

 村を解散した時は、村長達と共に別方角に旅立ったはずだが、とカオリは思ったが、理由は本人から語られた。


「解散して直ぐに、親戚のところにやっかいになったんだが、しばらくして冒険者から、村の復興開拓の噂を聞いてね。すぐに君達のことだろうと思ったんだ。あの時は見捨てるような次第になってしまって、私も妻のいる身で無茶は出来ないと仕方なくだったが、出来るならこの地で子を持ち、骨を埋めたいと思ったんだ……」


 沈痛な面持ちで語る狩人の男、後ろでは荷解きをしていた女性が、男と同じように顔を伏せ佇んでいた。


「開拓を手伝って下さるということですか? それとも移住希望で?」


 カオリは一応のため確認する。


「もちろん移住希望だ。賃金も要らない、生活出来る物資を借りれば、狩りも採取も出来る。森の勝手は知っているし、きっと開拓に貢献出来るはずだ。妻も煮炊きや針子で役に立てるっ」


 勢い込んで自分を売り込む狩人を、カオリは嗜める。


「移住希望はまだ早いと考えていましたが、それはまだ村の安全確保が万全ではなかっただけで、何も断っているわけではありません、むしろ大歓迎です。当然住んでいただけるなら、ゆくゆくは住居も用意して、仕事の報酬もお金でお支払い出来るように手配するつもりです」


 隣でアンリもテムリも、期待を込めた眼差しを、カオリに送る。


「その前に、お名前をちょうだいしてもよろしいですか?」

「ハリスです。そして彼女が妻のレジアです」


 夫のハリスに寄り添うように、レジアがお辞儀をする。

 この国では標準的な茶髪に青目の夫婦、西洋風の顔立ちで年齢は読み辛いが、まだ若いと言えるはずだ。

 一度は離れた縁だったが、噂を聞きつけてこうして駆け付けてくれたのだ。村の将来を支える仲間の帰還に、カオリは素直に喜んだ。


「ではハリスさんとレジアさん、この村への移住に感謝すると共に、開拓にそのお力をお借りすることを、どうぞよろしくお願いします」

「「はいっ」」


 声を揃えて返礼をする夫妻、アンリもテムリも歓声を上げる。


「よっしゃ、若い夫婦のためにも、ワシらが頑張らんといかん、お前達も気合い入れて働けっ!」

「「おうっ!」」


 トンヤが大声で喝を入れ、他の職人や人夫が呼応する。その一体感に、カオリも高揚を感じた。

 開拓団と冒険者が揃い、最初の指示出しが行われる。

 火をつけられ半壊した家屋の撤去と、防護柵や門の修繕、倉庫の修繕が最初の仕事だ。

 ゴーシュ達にはそのまま斥候に出て貰い、アデル達にはハリスの案内で、森にや狩り採取に出て貰う、持ち込んだ食料を喰い潰さないためにも、速い内から自給自足の目途は立てなければならないからだ。


 アンリとテムリ、ステラやレジアは、昼食や寝床の準備に回って貰った。これも重要な仕事である。

 カオリ達は各所の見回りや周辺の見張り、細かい注文や指示出しが主な役割で、ギルドメッセージによる。各持ち場の資材や人手の調整に役立っていた。

 均一の太さの丸太を縄で繋ぎ、観音扉に並べて開閉させるだけの単純な構造だが、外から縄を切られないための工夫や、簡単に破壊されないための構造を突き詰めていけばキリがない、知識のないカオリは職人に任せる他なく、しかしいざという時に修繕しなければいけないことを思えば、今見て覚えることも重要な仕事だ。


 最初は、開拓責任者を女の子三人組で回っていたことに、訝しげな目線を送っていた男達であったが、どうやってか意思を疎通し、的確に指示を出すカオリ達を、次第に頼るようになり、オンドールからのアドバイスに素直に従い、適度に休憩も入れさせることで、日が傾き出したころには、カオリ達はある程度信用されるようになっていた。


「仕事の手順に文句は言わず任せてくれるし、撤去で出た廃材も、種類に応じて必要な場所に配置出来る。頃合いを見計らって休憩や食事も準備して、お嬢ちゃん達は歳の割によう出来た子達だなぁ、ワシの弟子にも見習わせたいわい」


 トンヤがカオリ達を手放しで褒める。

 本当はオンドールやササキの助言で、職人や人夫の扱い方を教わり、魔法による細かい意思疎通があって可能なだけで、カオリ自身に優れた知識や経験があるわけではない、ロゼッタはある程度を自分で判断しつつも、確認を怠らずに指示を出し、アキは判断こそ出来ないが、その分を足と体力で補っていた。

 二人が受けた相談は一度カオリに上げられ、その都度手元の羊皮紙に、進捗状況から時間配分を細かく予想し、資材や物資の在庫状況も確認した上で採決を下す。


 まだ人数も規模も小さく、そこまで管理する必要があるかは疑問があるが、人がバラバラに動いていると、予想外な不足が発生するのはよくあること、また今後、さらに規模が大きくなれば、物資の消費が速くなり、指示を怠ったばかりに、使える資材を無駄にしかねない事態も起きるだろう、そのため、今の内に管理体制を練習することは重要であると、オンドールはカオリに説いた。


 貴重な羊皮紙をここで消費するのも、必要経費だといわれれば、カオリは素直に従っていた。

 しかし、この世界の工事というのは、カオリの知識にあるものと比べて、かなり遅い、魔法があるからと半ば期待していたが、実際は殆どが手作業、電動のノコギリや、電動ドリルがないだけで、結構な手間がかかるものだとカオリは思った。


 日本の工事現場でよく聞く、バシンッ、バシンッ、というエア釘打がないのは、不便極まりない、もちろん大工達の腕はたしかなようで、見ている限り手際は良く、明日には最初の指示を完了する勢いである。


「ゴーシュ達には、村に戻り次第、ロゼッタ嬢と私を連れて、馬車で都市に向かい、資材の第二陣を受け取って再度斥候依頼を継続、ついでに帰りの護衛も請けてもらう、いいかなカオリ君?」


 狩りから帰ったオンドールが、カオリが付けた帳簿に目を通しながらカオリに問う、このまま復興が進めば、次は開拓に着手せねばならない、復興は村の最低限の施設の再建で一旦の目途が立つ、だが荒らされた農地に森の狩りや採取といった自給自足のための下地を整えるためには、かつての姿を取り戻すだけでは心許ない。

 さらには再び襲撃された時のための、堅牢な擁壁など、復興を超えた建て直しは早期に必要である。

 第一期開拓団がしなければいけない仕事は、それらの下準備、つまりは大量の人と物資を受け入れる施設の建造である。


「後に宿や仮住まいに使える集合住居、資材置き場に、薪の集積所、釜戸も増やさんといかんな……」


 教えているようで独り言のようなオンドールの呟きを、カオリは真面目に聞いていた。


「櫓の数を増やせませんか? ゴブリンの襲撃時に、けっこう上から矢を降らせるのが効いてたので、今ならアキもオンドールさんもいるし、防衛時に効果があるかなって」

「うむ、だが我々【赤熱の鉄剣】やカオリ君達がいるなら、いっそ打って出た方が、村への被害も少なくて有効だと思うが?」

「あ、そっか」

「それに今なら食料も少ないんだ。当初の予定通り、村を放棄して避難しつつ、我々が殿で魔物を引き付ければ、村への被害をなくすことも可能かもしれない、これが盗賊の類なら、また話は変わって来るがな」


 カオリの思い付きを、オンドールは具体的な案で否定する。


「おうおう、開拓の打ち合わせかい、旦那」


 トンヤが酒の杯を片手に、カオリ達の話に混ざる。今は開拓団の人達も交えての夕食である。冒険者のメンバーが数人見張りに出ている以外は、皆焚火を囲んでの食事でさながら宴会状態だ。


「嬢ちゃん、舐めてもらっちゃ困るぜ、ワシらだって最低限身を守る術は心得てんだ。ゴブリン程度なら首をへし折るくらいわけねぇさ」


 酔っているからか、本心なのか、丸太のような太い腕を自慢げに見せつつ、トンヤは豪快に笑う。


「ははっ! なら親方達には別にクロスボウを用意して、迎え撃つ準備をしてもらいましょうかな?」

「なに、板バネさえありゃワシらで作れるわい、木製の合板でも代用出来るが、ちと威力が足りねえからなぁ」


 木材を組み合わせた単純な機構の遠距離武器、弩や石弓、クロスボウなどと呼ばれるそれは、水平に構え引き金を引くだけで、矢を打ち出すことの出来る武器で、弦を引く力さえあれば、子供でも扱える有効な攻撃手段だ。だが弓と違って、木材や威力を求めれば板金を加工する職人が必要なことから、製造にお金がかかるものでもある。村規模で複数の村人に持たせるとなると、なかなか難しい代物でもある。

 遠距離武器の自作、カオリはそんな方法もあるのかと感心する。


「だったらオーガ用に、バリスタを作ることも出来ますか?」


 カオリが想像したのは、映画で見たボウガンを大きくしたもので、オーガのような大型の魔物にも、十分威力を発揮するだろうと思ったのだ。


「ほほう、村規模で攻城兵器を置くたぁ豪儀だなぁ、金と資材さえありゃ作れるぞ、だがそこまで必要か?」

「冒険者がいればこと足りるとは思うが、備えあれば憂い無しか」


 自分やアデル達が万が一不在の場合でも、最低限身を守れる手段は有るに越したことはない、考慮する余地は十分にあるのだ。

 カオリなりに、村の将来の姿へ思いを馳せる。




「今日からは、共同住宅の建設を始めていただきます。みなさん怪我のないようにお願いします!」


 カオリの朝の挨拶を受けて、皆が動き出す。

 着工から四日目、各所修繕と解体を終え、資材の整理も済んで、これから新規の建物を建てるべく着手する。

 開拓のために派遣された人夫達や、移住希望者の仮住まいである共同住宅の建造である。後に宿屋兼酒場の機能を持たせることを考えて、内装も細かく注文する。


 これがあるのとないのとでは、労働環境に大きな影響を与える。プライベートこそないが、家屋にあぶれたものは現状テント暮らしを余儀なくされている。屋根と壁と床があることの有難さを、カオリはこの数カ月の冒険者生活で、身に染みて実感していた。

 そんなカオリ達の下に、ササキが訪れたのは、作業も一段落が着いた昼過ぎの刻であった。


「なかなかの進捗状況だな、資金があると話が早くていい」

「ササキさん! ようこそです」

「おお……」

「あれが……」


 ササキの突然の来訪に、トンヤ率いる大工達は唖然と仕事の手を取られていた。神鋼級冒険者とはそれほどの存在である。

 しかもパーティーを組んでの戦績ではない、単独で神鋼級冒険者に叙されたのだ。その実力は大陸最強とまで謳われ、生ける伝説とまで称されているのだ。

 それが自分達の雇い主と、普通に会話しているのだから、トンヤ達の驚きは筆舌に尽くし難いものだろう。

 ササキを伴って向かったのはギルドホームの広間、途中ロゼッタにも声をかかけ同席を願い、カオリ達は三人で広間の中央、椅子の代わりに置いた丸太に腰かける。


「ササキ様と同席を許されるなんて……、生きてて良かったっ、冒険者になって良かったっ、カオリと出会えてよかった! これも女神エリュフィール様の御導きだわぁ!」


 かなり興奮気味のロゼッタを尻目に、カオリはササキに要件を聞く。


「今日はどういったご用件で? あ、ロゼはギルドに加入して、正式なギルドメンバーになって、色々ギルドホームについても知っているので、よろしくお願いします」

「うむ、カオリ君がいいと言うなら、私からは何も言うまいが……」


 現地民をギルドに引き入れる危険性を、いまいち理解していないカオリである。だがササキも、この先ずっと名ばかりの少数ギルドでいいと思っていたわけではない、いずれは信用出来るものを引き込み、規模の拡大を、カオリに進言するつもりではあった。ササキにとっては遅いか速いかでしかないので、今後は人選を慎重に選ぶように忠告するに留めるつもりである。


「いや何、前回の騒動で得た素材の換金が済んだので、直接渡しに来たついでに、ホーム拡張について教えに来ただけだ」

「おお、ついにただの祠から脱却出来るんですね!」


 未だギルドホームを正しく活用出来ていないカオリにとって、ササキがもたらすゲームの知識は、胸を躍らせる御褒美になっている。


「ホームの拡張? カオリが前に教えてくれた。魔術付与がされた設備ってもののこと? 私、全然話しについていけないわ」

「うん、大丈夫、私も全然分からないから!」

「……うむ、まあいい、ロゼッタ嬢もいるのだ。説明ついでに一から教えよう、アキ君は知っているだろうし、二人にとっては重要なことだから、繰り返し覚えてもらった方がいいだろう」


 カオリの能天気な反応になかば呆れながらも、ササキは気を取り直して説明を始める。


「ギルドホームとは、言わば魔術を使った異時限空間の固定化だ。これだけでは意味が分からんだろうが、神々がいる領域に干渉する力を、空間ごと固定化するものでな……、この説明で分かるか?」


 ササキの説明に、ロゼッタは黙し、カオリは首をかしげた。


「それは……、女神エリュフィールや他の大六神の神々がおわす神域を、人為的に作りだす方法という認識でいいのでしょうか?」

「うむ、敬虔深いロゼッタ嬢には、突飛な発言に聞こえるだろうが、かねがねその認識で間違いないだろう」

「しかし、神域を人為的に作り出すなど……、それはあまりに恐れ多いのではないでしょうか? 我々は神ではないのだから」


 ロゼッタはだんだんと不安を表情に出し始める。


「異邦人の我々と、この大陸の民である君とでは、信仰の対象が違うのだから、不安に思うのも無理はない、信仰の在り方など、場所が違えば作法が違って当然だからな」


 当然のことのようにササキは続ける。


「だがなロゼッタ嬢、私が見る限り、街の教会や聖都の大聖堂なども、あれは人が自由に出入り出来るだけで、神域とかなり近い領域に感じるぞ? これを言った時、私を案内してくれた司教なぞは、その場で祈り始めたくらいだ」

「なんと! ササキ様は聖都にも足を運ばれたことがおありなのですか? 司祭ようがその存在をお認めになられたのでしたら、きっとササキ様の行いも正当のものであるのでしょう、さしでがましいことを申し上げました。愚かな私めをお許しください、それにしてもササキ様は、その強さに劣らず、魔術や神学にも深く精通されているご様子で、浅学な己を恥じるばかりです」

「世辞はいらぬさ、ただあちこちを旅する中で、親切なもの達から聞きかじったに過ぎん」


 自分をおいてけぼりにして盛り上がる二人を、首を傾げたまま眺めるカオリ、ロゼッタがいるために迂遠な説明をしたササキだが、以前から説明を受けていたカオリは、それを自分なり解釈しようと、頭の中でササキの言葉を反芻する。


(つまり、宿屋とか武器屋とか教会とか、NPCがやってるシステム内施設を、自分達で使えるように自作した集合施設がギルドホームで、この世界では神様のいる世界に限りなく近い場所だから、ササキさんはこんな遠回しな説明になったんだよね?)


 飲み込みの速いカオリは、簡単にまとめる。


「カオリ君はわかったかな?」

「はい……たぶん、私達にはあたり前でも、もし誤解があったら、教会の人に怒られちゃうかもしれない危険があったから、ササキさんが周りに秘密にするように言っていたんだなって、分かりました」

「カオリが不安がっていた理由も、最初に私の加入を渋っていた本当の理由も、やっと理解出来たわ、この祠は異教の祠だって疑われれば、異端指定されても不思議ではないもの、でもササキ様のお話を聞いて、安心したわ、ただたんに作法の違いがあるだけで、ここは同じ信仰の下に祈りを捧げる場所、ちゃんと説明すれば皆にも分かってもらえるもの」

「んん? どういうこと?」


 ロゼッタの言葉に次は反対方向に首をかしげるカオリ、いったいどこからそんな話になったのか、いまいち理解出来ないカオリだが、代わりにササキが説明をする。


「そうだ。ここはあくまで地を諌める祈りの場所に過ぎん、頭を垂れる対象はやはりその土地々の神だ。決してこの地の神々を蔑にするものではないということ、そして、その神々の庇護の下、より清らかな祝福を願って、ここに各種設備を設けようというのが、私とカオリ君の故郷で、一般的に普及している祠という施設なのだ」


 家は和風だが、招く家主は外国人という認識だ。


(ああ! そういう言い訳になるんだ。ササキさん頭いい!)


 納得顔で手を打つカオリ、人間だったころのササキが、いったいどんな職業だったのか気になるところだが、今はその口八丁がカオリには大いに頼もしく見える。


「そこでこれだ」


 ササキが取り出したのは革袋、恐らく魔金貨が入っているのだろう、興味深そうに見詰めるロゼッタにも分かり易いように、中身を出して見せる。


「金貨? でも王国連合の交金貨でも、帝国の皇金貨でもない、……まさか古代の神金貨? でも、そんなまさか」

「どうしたのロゼ? 知ってるの?」


 難しい表情で魔金貨を見詰めるロゼッタに、カオリは聞く。


「う~ん、お父様の書斎で見た歴史書の中に、似たような金貨の絵図を見たことがある気がして、……冒険家で有名なヴィルの手記だったかしら? 太古の遺跡で見付けた遺物の中に、創造神ジエムを象った金貨があったはずなの、その絵図にそっくりだから」

「あながち間違っていないかもな、まあとりあえずものは試しだ。最初は錬金釜でよかったかいカオリ君? といってもやるのはカオリ君だがな」

「はい、わかりました。やってみます」


 魔金貨の入った革袋を受け取り、いつかと同じように広間の中央、ギルド武器の魔法陣の中に備える。


「【―楽園の采配(ギルドメニュー)―】」


 カオリの短い詠唱と共に、ギルド関連のウィンドウが展開し、その中から施設拡張を選択、さらに生産や保管、装飾や利用といった用途別に分けられた目録から、お目当ての錬金設備を見付ける。


「なんか、通常錬金の他に、魔術錬金とか生体錬金とかあるんですけど、どれを選べばいいんでしょう?」

「他の錬金釜は、大規模や特殊な錬金のさいに必要なだけで、今のカオリ君達なら通常の釜で十分だ。詳しい用途や使い方は、アキ君が知っているはずだろう」

「わかりました」


 カオリは通常錬金釜を選択、設置場所はとりあえず、広間の壁さいに設定、そして最後に決定を選択した。

 魔法陣が輝き、壁際に新たな魔法陣が展開され、瞬く間に錬金釜が生成された。

 古式ゆかしい大きな釜と、それに付帯するように組まれた台座には、幾何学の回路のような紋様が彫られている。釜の底には真鍮の蛇口が設けられているので、生成した液体等が、残らぬよう配慮された親切設計である。


「おお!」

「……すごい」


 感嘆の声を上げるカオリとロゼッタ。


「では、今日のところはとりあえず」


 ササキはそう言って、空間からかなり大きな革袋を取り出す。

 突然何もない空中から袋を取り出して見せたササキに、ロゼッタはびっくりしていた。そういえば【―時空の宝物庫(アイテム・ボックス)―】の存在を、まだ教えていなかったとカオリは思い出すが、まあ後でいいか、とその場は脇においておく。


「デスロードの骨の中から、とくに魔素の濃い部位を集めてみた。試運転も兼ねてこれを換金してみよう」

「ほえ~、部位によって魔素の濃さに違いがあるんですね。ていうか魔素なんてものがあるのも初めて聞きました」

「うん? そうなのか?」


 二人揃って首をかしげる隣で、ロゼッタが発言する。


「えっと、この大陸では、万物には魔素が宿っていると考えられていて、主に優れた武具や装飾品などの素材として取引されているの、でも魔素の濃淡は、優秀な魔導士でなければ見分けられないから、冒険者組合もわざわざ教えなかったんじゃないかしら? カオリは魔導士ではないし、それに……魔素については、子供でも知ってる……常識、でもあるし」

「常……識?」


 言い辛そうにカオリに教えるロゼッタに対し、カオリは頬を引き攣らせた。


「ま、まあ知らないのも無理はない、我々の故郷では、魔術は大衆文化に埋もれて、特別に考える機会もないし、魔導士の家系でもなければ、子に教える慣習もないしなぁ」


(ササキさんナイスフォローです。ぐすん……)


 落ち込むカオリを励ましつつ、ササキは追々この世界の常識も教えるべきか思案しながら、錬金釜の説明へと話題を戻してお茶を濁す。


「説明といっても、何も難しいことはない、合成や調合と違って、換金は素材を魔金貨に置き換えるだけなので、錬金釜が自動で行ってくれるのでな」


 ササキは革袋を返して、中の骨を無遠慮に錬金釜に入れて行く。


「カオリ君、台座に彫られた中央の小さな陣に、手を添えてごらん、とくに魔力を込める必要もない、換金くらいなら錬金スキルもいらんのでな、誰でも使えるし、何でも換金出来る。もちろん、この釜に入りきる大きさに限られるが」

「は~い」


 ササキに言われるがまま、カオリは台座に手を添える。

 その瞬間、台座の紋ようが反応し、次いで釜が淡く光を放つと、釜の中の素材がジャラジャラと音を立てた。


「うむ、成功だ」


 釜の中を見下ろし、頷くササキ、身長の違いからカオリはつま先立ちで覗き込む格好になる。ロゼッタも興味津々といった様子で、カオリの隣から覗き込む。


「おお! きんきらきんだ!」

「……もうすごいとしか言えない、ていうかあれほど貴重な古代の金貨がこんなに……、これを売るだけで開拓資金が用意出来るんじゃ?……」


 ロゼッタが気になることを呟いたが、ササキは無視する。

 興奮するカオリの様子を見届け、ササキは細かい注意点を説明しながら、今日のところは用件も済んだと言って、村を見て回った後に辞するようで、相変わらずササキの去り際は素気ない、ロゼッタが話したそうな様子だったが、結局引き止めることも出来ずに、ササキは去って行った。




「よう御座いましたねカオリ様! これで彼のお方の手を借りずとも、我らの独力での施設拡充に乗り出せるのですね!」


 アキの興奮も理解出来るカオリ、とくに嗜めることもせずに、感慨深げに、ニコニコと、いやニヤニヤと夕食を頬張る。


「うん! これで魔物討伐も活動の幅も、夢が広がるんだから、冒険者の仕事にもやりがいが出るってもんだよ!」


 レべリングに次ぐゲームシステムの恩恵を前に、カオリがかねてから考えていた案も、これで実現に向けて大きな一歩を踏み出したのだ。感慨もひとしおである。


「ちょっとカオリ、口に食べ物を含んだまま喋らないの、はしたないでしょ? ……まったくわけが分からないわ、すごいというのは分かるけど、私には未知の領域過ぎて、正直ついていけないもの」


 この世界の常識で育ったロゼッタには、カオリ達の行った一連の出来ことが、何か高度な魔術によるものだという以上のことは、理解が追い付けずにいた。


「なんだかよく分からないけど、よかったねカオリお姉ちゃん!」

「カオリ姉え冒険者を頑張るの? すげえ! 僕も頑張る!」

「アンリもテムリもありがと~、一緒に頑張ろうね!」


 素直過ぎる姉弟の反応に、カオリは気を良くして顔をほころばせる。


「それでカオリ君、第一開拓団の目標も、集合住宅の完成を待つだけとなったが、その後の計画については何か考えているのかね?」


 横合いからオンドールが声をかける。


「はい、現場指揮は集合住宅に、人手も資材も集中出来るので後は足りない資材を見積もって、買い足しが必要なら調達のために一度エイマンに行きたいと考えています」


「昇級試験の日時は決まっているのかね?」


 オンドールが一応のために確認する。

 昇級出来れば請け負える依頼の報酬額も上がり、開拓資金に回せるとなれば、冒険者としての昇級も無視出来ない案件だ。


「はいそのためにも一度、私が冒険者組合に直接行かないと駄目でしょうし、ついでにアキとロゼッタの昇級をかけ合って、少なくともパーティーでの銀級依頼は請けられるようにならないと、効率が悪いかと思いますし、その交渉が出来ればと」

「ほう……」


 カオリが言っているのは、個人の級とパーティーでの級による違いのことだった。

 銅級冒険者は原則、魔物の討伐依頼を請けることが出来ない、鉄級に昇級しても、それより上級の討伐依頼は請けられない、それは同じパーティー内でも適用される。

 ただし特例として、黒金級冒険者の付き添いがあれば、討伐依頼に参加することは可能だが、そんな話はごく稀である。

 事実、オンドール自身は金級冒険者ではあるが、リーダーであるアデルも他の二人もまだ銀級冒険者であるため、【赤熱の鉄剣】パーティーとしては、金級以上の討伐は請けることが出来ないのだ。

 現在昇級の許可が下りたのはカオリのみ、であれば折角昇級が叶っても、カオリ達はパーティーで討伐依頼を請けることが出来ないのだ。


「交渉って……、私、冒険者登録をしてまだ一月も経ってないのよ? 鉄級ですらないのに、いきなり銀級冒険者と同格として討伐依頼の参加なんて、普通に考えて交渉するまでもないでしょ」


 ロゼッタのもっともな言葉に、カオリは腑に落ちない表情をする。


「そこがそもそもわかんないんだよね~、弱い魔物相手に幾ら経験を積んだって、知らない強い魔物と戦った経験には、絶対敵わないはずだもん、たとえ守ってもらうことになっても、やっぱり強い魔物の戦いに参加しないと、効率悪くない?」


 カオリの経験上、初心者の寄生プレイによるパワーレべリングは、推奨こそされないものの、オンラインゲームならごくごく普通のことである。

 しかしこの世界の冒険者は、それを規則で禁止しているのだ。カオリの目から見て不自然に映るのも無理はない。

「繰り返し経験を積むことの有用性と、命を危険に晒してまで得る強化を天秤にかけるのは、いささか浅考と思えるが、そう思う根拠がカオリ君にはあるのか?」


 訝しげに眉をひそめるオンドールに、カオリはかえす。


「ここ最近、私のレベルが上がり難くなっているんです。それで思ったのが、慣れた魔物を倒し続けると、得られる経験が少なくなるんじゃないかって思って、……ただの推測ですけど」


 現在カオリ達のレベルは、騒動以降上っていない。

 この世界では、不思議なことにレベルという数字による明確な指標が存在することが起因により、戦闘経験を積むことで何かしらの力を得られると明確に定義付けられている。それを【経験値】というのは冒険者で、学者は【存在の力】、魔導士は【生体魔力】、神学者は【魂】などと呼称するが、どれも確証のあるものではなく、あくまで経験則と推測から来る仮定に過ぎない。


 カオリがついに十一レベル、アキが十六レベル、ロゼッタが五レベルである。デスロードという強敵を倒し、複数のアンデッドを討伐したことを思えば、十分にレベルは上昇していると思うが、ここ数カ月のカオリの上昇率を思い返せば、今一伸び悩んでいると言えなくもない。

 カオリの固有スキルである【―達人の技巧(ハイ・レベル)―】には、取得経験値上昇と必要経験値減少の効果があるのだ。


 例えレベルが上昇したとしても、一度の戦闘で得られる経験値は、普通とは比べ物にならないほど大きいのだ。だが事実、カオリのレベル上昇は頭打ちの状態が続いている。

 であれば考えられる原因として、そもそも得られる経験値自体が減少しているのではとカオリは考えたのだ。


「……ふむ、それには私も思うところがあるが、問題はその提案が冒険者組合の規則に則った上で、どこまで受け入れられるか……、もしかしたらカオリ君であれば、抜け道を得られるかもしれん、交渉の機会を設けることには意義があるかもしれんな」


 かもしれないを多用しつつ、オンドールは考える。多少含みのある言い方をしたのも、オンドール達が教育者として、長年新人を見て来たことで、ある疑念を持っていたからであるが、それを口にする気はまだなかった。


「えっと、なのでとりあえず明日、トンヤさん達に資材の相談をして、私達が不在の間の管理を誰かにお願いして、明後日にはエイマンに出発しようかと思っています」


 カオリの計画に一同は了解の意を示す。




 昼の休憩時間となり、アキを探して祠へ足を運んだカオリは、そこで何やら作業中の二人を見付けて声をかけた。


「二人とも何してるの?」

「これはカオリ様、報告もせずに申し訳ありません」

「カオリお姉ちゃん、アキお姉ちゃんが教えてくれるって」


 二人が前にしていたのは、設置したばかりの錬金釜である。ただの換金用にだけ利用するのももったいないと考えたアキが、村で収穫出来る素材の中で、何か有効活用出来るものがないかとアンリに相談した経緯から、検証も兼ねてアンリへ錬金釜の使用法を教授するに至ったのだった。

 使った素材は数種の薬草類に始り、魔物の素材もいくつか試すことになり、今はさらに深い内容の試験も行っていた。


「すごいんだよカオリお姉ちゃんっ!、普通なら乾燥に三~四日はかかるのに、あっという間に出来ちゃうんだよ! しかもそのまま調合まで自動でやってくれるから、私でも簡単な傷薬とか解毒薬とかも作れるのっ!」


 表情に花を咲かせるアンリをカオリは思わず抱き止めながら、視線でアキに詳細の説明を促した。


「素材はそれぞれ、乾燥、粉砕、圧搾、加熱、冷却などの加工を加えることが出来ます。望む効能を抽出し蒸留するさいに必要な工程ですね。それらを任意の配分で調合することで薬となりますが、錠剤や粉末、塗付料や飲料に加工するまでもこの錬金釜が行ってくれるので、作動に必要な魔力を保有する魔石さえあれば、魔導士でなくとも使用出来ますので、アンリ様も是非ご活用していただきたく、僭越ながら一連の工程を実演していました」


 ざっくりと説明を受けたカオリは、感心してアンリの頭を優しく撫でる。魔金貨への換金にしか注目していなかったために、本来の用途としての錬金釜の活用法を失念していたカオリだったが、アキはしっかりと活用を検討していたことへも、また感心した。


「ていうことは村で採取出来る範囲でも、街で売ってるような薬の調合も簡単に出来ちゃうんだ。これなら冒険者のみんなの報酬にも、街での現金収入にも流用出来るなら、かなりの強みになるよね」


 冒険者にとってのかさむ経費の中で、薬の類は特に高額となる。簡易な傷薬はもちろん、解毒や抗薬、消毒液や風邪薬なども旅には必要な物資に数えられる。

 戦闘での負傷が極端に少ないカオリ達は、そのあたりの必要性を忘れがちだが、普通の冒険者であれば、擦過傷や捻挫、打身や切傷は日常茶飯事である。治癒を得意とする魔導士がパーティーに居れば、大きな負傷は治療出来るだろうが、魔導士事態の数が限られるこの世界で、そう都合よく治癒士を仲間に引き込める冒険者パーティーは稀である。


 そのためにほとんど冒険者は治療を薬によって代用するのが常識ではあるが、駆け出しに限らず、熟練冒険者にとっても治療薬の使用頻度は悩みの種である。怪我の治療に出費がかさんで、報酬額との収支が合わないなど、よく聞く話である。

 カオリ達の実入りが他と比べて多く感じるのは、この常識とも云える出費に、ほとんど悩まされることがないというのが大きいのだが、本人達にその認識が薄いのはいいのか悪いのか。


 少なくともほぼ原価要らずで貴重な薬の作成が出来る環境を得て、真っ先に自分達で消費することを考えないカオリは、冒険者として大切な何かが欠如していると思われるが、今この場にそれを指摘する人間はいないので、気付くことなくその方向で検討するに終始した。


「カオリお姉ちゃんが買ってくれた薬草図鑑もあるし、暇を見付けて色んな薬を、試しに作ってみるね!」


 アンリが手にするのはエイマン城砦都市に売られていた。簡素な薬草図鑑で、載っている種類は少なく、利用法も民間療法に精通したものが中心の安価なものだ。正直カオリからしてみれば、図鑑と冠するのもはばかられるレベルの冊子に過ぎないが、如何せん本というものが貴重なこの世界で、カオリが購入出来る許容範囲ではこれが限界であったのである。


 だが錬金釜という破格の性能の設備が手に入った以上、アンリの能力を伸ばすという観点でも、村の特産品を作り出すという視点で見ても、ここで半端な対応をすることは下策であると判断したカオリは、即座にアンリの意欲に便乗する姿勢を取る。


「おお! 村を代表する薬士、いや錬金術士の誕生だね! なら街へ行った時にでも、もっと詳しい薬学の本を探してみるね!」

「ありがとうお姉ちゃん!」


 以前であればカオリが姉弟のために出金することを、とうの本人達は遠慮の姿勢であったが、今回に限っては将来的にカオリに限らず、村への大きな貢献が期待出来るからか、アンリは素直にカオリの提案を受け入れた。


「そうなってくると、あのクロノス大森林だっけ? の資源がますます重要になってくるよね~、休息期間とか禁猟期間とかも考えないといけないって、ハリスさんには忠告されてるし、闇雲に採取し尽くすんじゃなくて、計画的な管理が出来るようにしなきゃならないなら、開拓計画の一部前倒しとか新たな提案もした方がいいのかな?」


 現状、狩人のハリスを案内人に、【赤熱の鉄剣】が森への狩猟および間伐材の間引きを行っている。ついでに魔物の掃討での討伐報酬を得る機会を設けた形であるが、将来的には増員を視野に入れた管理体制の強化計画の必要性をカオリは感じた。


「増員をお考えであれば、メンバーの選出と交代制などの勤務規定、ならびに狩猟区画と採取区画の縄張りが必要かと、今一度開拓従事者の適正調査を行うべきでは?」


 どこの管理会社だというツッコミを内心に飲み込みつつ、カオリは頭を振る。


「今はまだ計画段階でいいよ、適正も何も、動ける人は冒険者しかいないんだから、実際動ける人員は限られるし、余計な仕事を増やして、みんなの討伐報酬を稼ぐ機会を潰すのは反感を持たれるでしょ?」

「関わった以上、将来を見越した最大の働きを、お求めになるべきかと愚考いたしますが……」


 アキは渋面を浮かべながら発言する。


「冒険者には冒険者での仕事を期待するべきで、そこの線引きは忘れちゃいけないことだよ、今はとにかく森の安全の確保と、食料の調達の目処を確立するのが優先、施設の建設が始まって将来的な資材の確保も今の内に手をつけなきゃだし、ここに採取のための時間調整で、仕事量を増やしたり、開拓団から人手を割かせるなんてしたら、計画とか段取りとかが滅茶苦茶になっちゃうよ」


 言われて素直に引き下がるアキ、カオリは頭に浮かぶいくつかの案を、しかし現実的な理由で自ら却下し、また次の案を考えるということを繰り返すも、結局は同じ理由で断念した。


「ようは人もお金も足りない今、急いでも出来ることなんて限られるってことかぁ~、あれだけの高額報酬なら大丈夫なんじゃって思ったけど、実際、人を動かし続けるってすごくお金がかかるんだなぁ~」


 未だにカオリの腕の中に居るアンリは、頭上で交わされる会話についていけないながらも、文脈から二人の懊悩を感じつつ、自らに出来ることに最大限の努力をしようと、決意を新たにしたことを、カオリはまだ知らない。


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