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( 王妃案件 )

 まだ降雪の心配はないものの、この王都も本格的な冬となれば、気温もぐんと低くなり、とくに早朝などは、防寒対策には注意が必要な季節である。


 しかしながらササキの屋敷は、優れた魔道具が惜しみなく導入され、室内は実に快適な温度に保たれている。

 もちろん貴族屋敷であれば、なにもササキの屋敷より格段に室温管理が劣るというわけでは当然ない。

 よほど財政が逼迫されているのでなければ、少なくとも屋内で凍えるようなことは、あまりない程度に王都の文明は進んでいるものである。

 ではササキの屋敷において、いったいなにがそこまで優れているのかと言えば、それは間違いなく、日本文化を知るがゆえの冬支度が、大変に特出していることだと言える。


「あぁぁ~、しみるぅ~」

「ちょっとカオリ、だらしがないわよ」


 実にだらけきったカオリの嫋々を咎めるロゼッタに、だがカオリはまるで反省の色を見せずに反論した。


「さっきまでお庭で剣を振ってたから、手足がすっかり冷えちゃったんだもん、汗はかかないけど空気が冷たいのなんのって……」


 早朝の鍛練とはいうものの、居合を基本とするカオリの型は、激しい動作はもちろん、反復訓練も用いないため、言ってしまうと、はたから見ればただじっと動かずに瞑想しているようにも見える訓練方法だ。

さぞ寒かろう。

 しばらくの間身動ぎもせずに暖をとれば、カオリもようやく身を起こしてロゼッタに向き直る。


「それにロゼだってすっかり気に入ってるんでしょ? さっきからまったく動いてないじゃん」


 カオリにそう指摘され、さしものロゼッタもやや気まずげに視線を逸らせば、カオリはいやらしい視線を彼女に向けた。


「仕方がないわ……、この『炬燵』がいけないのよ、ええこれはまるで人を堕落させる魔性の道具に違いないわ、ササキ様は実に罪なお人よ……、この快楽を一度味わえば、なんぴとも抗うことなど出来はしないわね」


 そう言って愛おし気に、木目の美しい天板をそっとなぞり、ロゼッタは再び書籍に視線を戻す。

 なにを隠そう現在ササキの屋敷には、日本の文化を代表する暖房器具。炬燵、を模した魔道具が持ち込まれていたのだ。

 もちろん床に直接座る習慣のないこの世界のことである。形としては椅子に座ることを想定して足の長い円卓に、大きな毛布をかけた様式をとっている。

 また椅子の脚の隙間を覆うための布も張られ、保温性には徹底した改良が施されてもいた。

 これを導入して以来、二人はすっかりこの炬燵を気に入り、談話室に備えられたその場所を、冬の間の定位置と定めたのだった。


「それに暖炉で部屋全体を温めるよりも、遥かに燃料を抑えられるし、顔が火照ることもないから、とても読書が捗るもの、これは私のためにあると言っても過言ではない、実に優れた魔道具だわっ!」


 実に悠然と語るロゼッタの様子に、カオリは苦笑を浮かべる。


「これを村にも導入したら、みんなも喜んでくれるかなぁ」


 そしてそうとなればこの満足感を、みなにもわけてあげたいと思うのが人情というもの、カオリはどうすればこれが村の各戸に行き渡らせることが可能かを思案した。


「一番簡単なのがササキ様から直接購入することなのでしょうけれど、ササキ様いわくまだ市場価格すら決めていない試作段階だそうよ、流石に全戸分を賄うには難しいのではないかしら」

「そうかなぁ、春には監視用魔道具とか医療用鑑定魔道具とか魔力操作用補助魔道具も、量産体制を整えるんでしょ? ササキさんの伝手ならこれぐらいわけないと思うけどなぁ~」


 ロゼッタの予測に、カオリは疑問を呈する。


「だからこそよ、小型で精密な魔道具と、大きな家具類とでは生産体制に違いがあるものよ、ササキ様がこれらをどのように市場にお広めになるのかわからないけれども、人も設備もかなりの投資が必要になるはずだから、今すぐに欲しい数だけ注文したとて、今年の冬中に全戸分は流石に難しいと思うわ」


 たしかに世間の常識で見れば、ロゼッタの弁には説得力があるのだろうが、それはササキの擁する【北の塔の国】を知らぬがゆえの侮りである。

 その事実を知るカオリにしてみれば、むしろ出来ないことがあるのかと、逆に首をかしげてしまう。


「魔道具の基幹術式がわかるなら、私達でも作れそうな気がするけど、金属資材の確保と加工とか、設計の秘匿性の担保とかは流石に無理だよねー」


 ならば自分達で作ってしまうのはどうかと検討するものの、即座にその可能性を自身で否定するカオリに、ロゼッタも同意する。


「ほぼ全ての基幹部品に、希少な魔法金属や魔導合金を使用されているのだから、そもそも王家でも模倣することは不可能よ、よしんば資材の確保が出来ても、加工成形のみならず、術式回路の構築なんて想像を絶するもの、ササキ様のことだから、回路自体に高品質の魔石を利用して、肉眼では視認すら難しいほどに精密な品質なのは間違いないわ、絶対に無理よ、国でも作れないものを、私達が真似するなんて途方もないわ」


 なんども否定の言葉を重ねるロゼッタの剣幕に、カオリも同意するものの、やや片付かない表情を浮かべる。

 やはりこういった村の生産能力に関することは、どうやっても人材や設備面で、当分は遠い目標にならざるをえない。

 そもそもとして食料や物資の自給すらままならない現状で、贅沢のために使う資金も時間もないのが現実である。

 カオリは大きく溜息を吐いた。


「そういえば、明日にはアキからの報告書がまとめて送られて来るはずだけれども、例の行商の件は、出発の指示を出してもいい頃合いかしら?」

「うんそうだね。予想ではあと数日もしない内に、村では雪が降り始めるそうだから、王都から帰るころには、いい感じに雪で街道が埋まるだろうって話」


 ロゼッタの問いに、カオリは頬杖をついて返答する。


「上りでは、各市町村で不足しがちな資材の聞き込みをし、王都で仕入れた後、下りで売り捌く計画なのよね? その時にアンリちゃんのポーションを無料で配るという話だけれども、その時に王家の鑑定書の写しもつけるのは、ちょっと大げさに思えるわ」


 本から顔を上げてカオリに視線を向けるロゼッタに、カオリも顔を上げて鼻息を上げる。


「まあ……、宣伝を兼ねているのは本当なんだけどね」


 やや言い淀むカオリの様子を不思議に思い、ロゼッタは再度問いかける。


「王領とはいえ、地方にいけば治療薬の類は常に需要があるものよ、たとえ効能が不透明であったとしても、無償で配られたものを、ことさらに警戒することはないと思うわ、むしろ品質を王家が保証するほどの製品を、過剰に宣伝してしまえば、よからぬ輩に目をつけられる危険もあると私は思うけれど……」


 ロゼッタがそう小首をかしげて懸念を示す一方で、カオリはやや気まずげに頬をさする。


「いや~、それが目的っていうか、むしろ強盗とか野盗とか、どんと来いって感じかな? 殿下達からもそれとな~く、王家からの要望を伝えられたし、まあ実際行商は危険がつきものだし、早期に販路の安全を保証したいから、今の内にって感じかな?」


 そんなカオリの告白に、ロゼッタはしばしの無言から、盛大な溜息を吐いた。


「……つまり、私達の戦力をあてにして、街道の治安回復を、王家が期待していると?」


 胡乱気な目つきでカオリに確認するロゼッタに、カオリは慌てて弁明をする。


「そうなんだけどっ、ほら、帝国王国間戦争の事実上停戦のせいでさ、王都から東までの軍の往来が減ったから、治安が悪くなってるのは間違いないし、私達にとってはどの道避けては通れないじゃん? だから――」

「だから、途上で遭遇する野党の類や悪徳商人を、積極的に取り締まる約束をしたと、なんの、見返りも、なく、無償で、安請け合いした、と?」

「ごめんなさい、言質をとられました」


 必死の誤魔化しもむなしく、自らの落ち度を告白せざるをえなくなったカオリに、ロゼッタは盛大に溜息を吐いた。


「面倒をかけられることに関しては敏感に反応するくせに、こと戦闘に関しては鈍感になるのはどうしてかしらね? しかも今回の場合矢面に立たされるのは私達ではなく、ゴーシュ様達とアストリッド様なのよ? 当然護衛対象のイゼル様とカーラ様だって危険に晒されるわ、流石に迂闊すぎるのではなくって?」

「ううぅ……」


 珍しく自らの失点を反省するカオリに、ロゼッタもそこまで追い詰める気にはならず、再度鼻から息を吹く。


「たしかに金級に昇級なされたゴーシュ様達はもちろん、黒金級のアストリッド様も帯同した布陣で、そこいらの野盗如きに後れをとるようなことはないでしょうけれども、それでも斥候型の【蟲報】のみな様や、護衛に不慣れなアストリッド様だけでは、万が一もありえるのよ? 当然請け負ったからには、なにか対策を講じるつもりなのよね?」


 すっかり冷めてしまった紅茶に口をつけ、ロゼッタが問うのに、カオリもしっかり目線を合わせて答える。


「うん、もし仮に大人数で襲撃を受けた場合でも、臨機応変に対処をって考えるなら、ちゃんと指揮が出来る人が必要かなって考えてる。言質をとられた責任をとるなら、アイリーンさんが適任かなって思う」

「……それが妥当ね。部隊の指揮経験があって、攻守ともに能力があり、馭者も出来るアイリーンがいれば、ほとんどの不安要素を補えるはず……、本人も戦えるなら喜んで同行するでしょうし」


 ここで自身を頭数に入れないことから、カオリに人を使う素養が養われつつあるのだと、ロゼッタは心中で感心するも、口にすることはなかった。


「はぁ~、人間重機のアイリーンさんを開拓組から外すのは痛手だなぁ……、冬の間に終らせておきたい作業はいっぱいあるのに、圧倒的人材不足だよねぇ~」


 そうこぼしながら、頬杖をつくカオリに、ロゼッタもその点には同意を示す。


「当面どころか、今後の開拓資金にはほぼ困らなくなったのは喜ばしいけれど、だからと言って、飛躍的に開拓が進むかと言えばそうではないものね。現時点でも相当に人に恵まれてはいるけれども、単純労働力という点では人手が足りないのは間違いないわ」

「新しく受け入れる難民さん達も、結構が息子さんとか旦那さんを亡くされた人達って聞くし、これは本格的に男手を募る方がいいのかなぁ……」


 現時点でも冒険者達を除けば、村人は女性の方が多いこともあり、今後の大きな課題になりつつある人口比率に、カオリはやや難しい表情を浮かべる。


「私達を筆頭に、第一線で活躍する女性を歓迎する風潮はあるけれども、それは別にカオリが意図したものではないものね。良くも悪くも特異な状況にある村の在り方を、今後は真剣に考えていくべきだと私も思うわ」


 ロゼッタにしても、男尊女卑の根強いミカルド王国貴族令嬢として培った価値観に、やや翻弄される状況に対して、考えはするものの未だに結論は出せていないのが実情だ。

 最初の騒動によって男手の多くを失い、廃村となったカオリ達の村も、結局は【赤熱の鉄剣】を筆頭とした冒険者達やセルゲイ達の参入によって、辛うじて開拓団を組織出来ているのだからさもありなん。

 もちろん大工衆のクラウディアや、石工衆のエレオノーラといった女性職人も欠かすことの出来ない貴重な戦力ではあるが、単純な力仕事や体力を消耗する作業を比較すれば、どうしても男性職人には一歩劣る面もある。


 また極めて下世話な話ではあるが、彼女達とてなにも女を捨ててまで仕事に邁進しているわけではない。

 暑いからと上半身を裸で作業し、そのまま水浴びで汗を流す。または排泄をそこらで簡単にすませるなどといった。男性特有の効率化は流石に避け、所定の場所で折り目正しく仕事に従事している関係から、やや作業の進捗は比較的余裕をもって進めてもいた。

 カオリとしては速度よりも品質を求めているので、その点では女性ならではの目線でこだわりを見せる彼女達の仕事ぶりには満足しているので、開拓全体の進捗のささやかな遅延など気にもしていない。


 しかし女性達が指揮を揮うことにより、男性従事者達が委縮したり、あまつ避けられたりした結果、単純に労働力が集まらないなどという状況になれば、困るのはカオリ達自身であり、仕事の負担が増すのも女性職人達自身なのだ。

 これら人材の誘致の上で、お金では解決が難しいことほど、頭を悩ませることはないだろうというのが、カオリ達が感じている今後の課題だったのだ。


「なんだか話が変わっちゃったけど、やっぱりバリバリ働きたいとか、活躍して出世したいとか考える女の人が、そもそも少ないのは問題だよね~、これってやっぱり王国ならではの問題なのかな?」

「……そうねぇ、アイリーンの言葉を信じるなら、帝国は王国ほど女性が活躍し辛い社会ではないそうだけれど、貴族と平民では意識は大きく変わるものですし、どこまで信憑性があるかは実際に訪れてみないことには判断出来ないわね」


 帝国が王国とは違うと漠然と認識されてはいても、性差意識や女性の社会進出はどこまでも繊細な事柄であるうえ、一括りには出来ない現実的な問題が多岐に渡る。

 少なくとも帝国王国両国家における風潮には十分に配慮し、カオリ達の村における移民や雇用にさいしては慎重を期す必要を強く感じる。


「王国に関しては、どうにか大規模な事例を作らないと、そうそう国民意識を変えることは不可能だわ、私がどれほど周囲からの嘲笑に耐えて、今日まで冒険者の道に邁進して来たか、カオリならわかってくれるでしょう?」

「ああ、まあそうだね~、学園でも私達って結構避けられてるもんね~、貴賤を問わず男子から遠巻きにされるし、女子もほぼ近寄って来ないし、やっぱり戦う女の子って変わりものって思われてるのかなぁ……」


 カオリ自身が感じる周囲の目には、多分に畏怖の度合いに落差があるが、ロゼッタもあえてその点には触れなかった。


(カオリの場合は、明らかに怖がられているのでしょうけど、言わぬが吉ね……)


 心中でカオリを遠巻きに伺い見る男性達の目に、恐怖を感じ取っていたロゼッタは、表情を消してカオリに無言の肯定だけを向ける。

 だが、問題提起の後に、カオリが型破りな思いつきに動き出すことには、ついぞ本心からの嘆息を漏らさざるをえなかった。


「よ~し、なら作っちゃおうか! 女性達の活躍の事例ってやつをさっ」

「はぁ……、次はなにを始めるのやら……」




 薄く雲のかかった天頂の空を見上げ、カオリは王宮に乗り付けた馬車から、ロゼッタの手を取って降車する。

 朝から登城していたササキによれば、今は早めの昼餐を終え、主要な人物が揃って王族専用の鍛練場に会しているとのことだった。

 詳しくは聞いていないが、なんでも件の魔力操作用補助魔道具のお披露目と献上によって、やや思わぬ展開に発展していると聞かされている。

 いつもであれば勝手知ったる王宮の案内も、ロゼッタがいれば迷うこともないので、とくに誰かについてもらうこともなかったのだが、流石に王族専用の鍛練場になど、滅多に足を運ぶこともないため、今日だけは出迎えに来た近衛騎士団所属の騎士に、そのまま案内を受けることとなった。


「今日はどうしたんだろうね?」

「……わからないわ、あの魔道具はたしかに優れた機能の魔道具だけれども、王族ともなれば魔法なんて使えて当たり前ですし、先の二つの魔道具に比べれば、驚くほどのものではないはずよ、……強いて言えばクリスティアーネ王妃陛下が、外部魔法をおもちではなかったから、もしかしたら鍛練場でちょっとした魔法の訓練でもされているのかもしれないわね」


 カオリのそんな問いに、ロゼッタは首をかしげて揃って疑問符を浮かべる。

 なので仕方なく案内役の近衛騎士に視線を向けるものの、騎士は若干気まずげに視線を逸らすばかりで、口を開こうともしないので、二人は一層不可思議に思う。

 しかし鍛練場に近付くにつれ、そこからただならぬ喧噪が嫌でも耳に届き、二人は再度顔を見合わせる。


 ガンッ、ガキンッ、と金属同士が衝突し合う音は、明らかに戦闘を思わせるものの、カオリの鋭敏な感覚は、そこから殺気も悪意も感じられなかったため、おそらく誰かが激しく打ち合いの稽古でもしているのだろうかと予想した。

 だが歩くこと数分、カオリとロゼッタの目に飛び込んで来たのは、予想だにしなった光景であった。


「まだよアルっ、もっと本気を出しなさい!」

「わっはっはっ、すでに全力であるぞ母上っ」


 なんとそこには騎士装束に身を包んだ。クリスティアーネ王妃と、それに応戦するアルフレッド第一王子の姿があった。


「おお、やってますね王妃様」

「陛下っ、いったいなにが!」


 王妃の勇猛な姿に感心するカオリの隣で、仰天するロゼッタが声を上げたところへ、ササキが声をかける。


「おおカオリ君とロゼッタ君、来てくれたのか」


 相も変わらず兜で表情の見えないササキだが、腕を組んで悠然と立つ姿からは、別段困った様子はうかがえないものの、言葉尻にはやや安堵の色が浮かんでいた。


「ササキ様っ、これはいったいどういうことですのっ? どうして陛下とアルフレッド殿下が、模擬戦? などと……、お怪我などされたらとんでもないことです!」


 驚きを露わにするロゼッタの一方で、今も激しく剣を打ち合う両者の姿に、これがどれほど異常な光景かが、彼女の慌てぶりから十分に察せられた。


「実はだな、先ほど献上した魔力操作用補助魔道具の試運転をしたところ、外部魔力を即座に体得された王妃陛下が、喜び勇んで模擬戦を始められ、軒並み騎士達をのしてしまったので、仕方なく殿下達がお相手なさっているのだ」


 そう言ってササキが指差す方に視線を向ければ、地に伏して伸びている複数の騎士達の姿を認め、ロゼッタは目を見開いた。


「身体付きとか足運びで、結構戦える王妃様だとは思ってたけど、身体強化つきならすっごく強いんだね~、やっぱり魔法ってすごいや」

「ええっ、そうだったの? 私は知らなかったわ……」


 優れた観察眼から戦闘能力を有していたことは見抜いていたカオリではあったが、魔法を利用した場合の戦闘力までは見抜けなかったゆえのカオリの感心に、ロゼッタは二重の驚きから呆然としてしまう。

 そんな二人の様子をよそに、実に高貴な戦闘はさらに激しさを増してゆく。


「わっはっはっはっ! ヴィオよ結界に罅が入ったぞ! コルももっと出力を上げよっ、押し負けてしまうわ、わっはっはっはっ」

「もうやってますよ兄上っ、これ以上は魔力が漏れ出て無理です! なるべく衝撃を受け流してください!」

「あわわわっ、衝撃が僕の手までぇ、えええ、反射術式に干渉術式まで仕込むとか凶悪過ぎるぅう~っ!」


 激突する双方から少し離れた位置で悲鳴を上げるコルレオーネとステルヴィオの様子に、首をかしげたカオリとロゼッタは、無言でササキに視線を向けれる。


「うむ、なにしろ王妃陛下の魔術素養が桁外れだったのでな、剣術に優れるものの魔力量では劣る第一王子殿下だけでは間が持たんと、弟殿下達が加勢をしたのだが、それでも押し負けそうだと感心している」

「いえ感心している場合ではありませんっ、それほど激しい戦闘をされては、万が一結界に綻びが生じれば、重大な負傷を負う危険があるではないですか! は、早くお止めしなければ取り返しのつかない事態にっ!」


 冷静に事態を傍観するササキに、ロゼッタは動揺してか常になく焦ったように進言するも、ササキはもちろん周囲からも二人を止めるような動きが見えず。ロゼッタはさらに慌てた。

 だがそうこうしている内に、バリンッ、と耳をつんざく破砕音にぐるりと首を捻るロゼッタが目にしたのは、互いに十分な距離をとった位置に、呆然と立つ二人と、二人をそれぞれ覆う大きな半円状の結界だった。


「そこまでっ、双方剣を収めよ」


 そして高らかに静止を促したのは、誰あろうアンドレアス国王であったことに、ロゼッタは再度驚きを露わにする。


「いやぁ、心配をかけてしまったな」


 さも反省していますばかりにわざとらしい声音で頭をかく気さくなアンドレアスの態度に、ロゼッタは無言の眼差しを送る。

 しかしそれでもなお小さく笑みを浮かべ、アンドレアスは愛おし気な表情を隠すこともせず。自身の妻と息子達に優しい視線を向けた。


「これはいったいどういう事態なのですか陛下、あの光景を我々に見せたからには、きちんとご説明していただけるのですよね?」


 国王その人に向ける態度としてはあまり褒められた言動とはいえないものの、この事態を招いた要因が、恐らく先に話題にあがった魔力操作用補助魔導にある可能性が高く、カオリ達も無関係ではないと考えられた。

 であれば万が一先の模擬戦で、王族の誰かが怪我を負おうものなら、責任の一端にカオリ達の名があがる恐れもあったのだと、ロゼッタも到底無視出来るような事態ではなかったのだ。

 これにはさしもの王といえど、少々眉を下げて視線を逸らしてしまう。


「ロゼ嬢、陛下を責めないであげてくださいな、原因はわたくしの暴走であり、陛下にはまったく非はないのよ?」

「暴走……、ご自身でそのようにおっしゃられるなんて、あの光景が尋常ではなかったのをご自覚されたうえで、なおも自重なさるおつもりがなかったということですの?」


 しかし当事者である王妃が自らアンドレアスの肩をもち、矛先を自身に向けさせたことで、アンドレアスはようやくロゼッタからの威圧から解放され、ほっと息を吐く。


「だって貴女達が作ってくれたあの魔道具に触れた瞬間、身体から魔力が溢れ出て、まるで長年の楔から解放されたような気さえしたのよっ! しかもずっと夢だった外部魔法も自由自在に操れるようになってもいたのだから、これにどうやって興奮するなと言うのかしら!」

「ほえ~、流石は王妃様ですね。外部魔力操作をたった一度体験しただけで会得出来た上に、魔術さえ瞬時に行使出来るようになるなんて、天才ですね~」

「まあっ、ありがとうカオリちゃんっ、貴女にそう言ってもらえて、ますます自信が湧いて来たわっ!」

「はあぁ~……」


 まるで弁明になっていない言葉を連ねて、興奮を露わにするクリスティアーネと、どこまでも呑気なカオリのやり取りに、ロゼッタは盛大に溜息を吐いた。

 これを受け、流石にロゼッタを不憫に思ったササキが、ことの顛末を語る。


「……クリスティアーネ王妃陛下は、長年外部魔力をもたぬと、影ではずいぶんとご苦労なさっておいでだった。ゆえに此度の魔道具が開発された暁には、是非一早くご体験差し上げねばと考えていたのだよ、陛下のご生家は建国以来からの高位魔導士を輩出する侯爵家であり、魔術の才を間違いなくお持ちであるとも予想されたので、外部魔力をもてぬことが、どれほど無念であったことかと」


 ササキの言葉に、ロゼッタは大きく息を吸い込み、慎重に言葉を発した。


「……それは私も理解出来ます。事実王子殿下様方は、皆様優れた魔術の才をお持ちで、陛下はもちろん、王妃陛下も十分な魔術の素養を受け継いでいらっしゃるものと理解しております。元より魔力を膨大に秘めていらっしゃることは周知の事実であり、ゆえに表立って陛下の魔術素養を非難する輩の言に、なんら正当性がないことも知れたことにございます。それでも中には知恵の足りぬ輩が、不敬にも、陛下を批判していたと、まだ両陛下が婚約期間であられた当時の様子を、両親から聞いたことがございますので、陛下の心煩いがいかばかりか、私にも十分に察せられます」


 しかしとロゼッタは視線を上げる。


「だからと言って、唐突に今日、いきなり不慣れな状況で魔術を長時間行使しての模擬戦を、ましてや身体強化や武器強化のような負担の大きな魔法を使って、武器を全力で振り回し、あまつ、激しくぶつけ合うなどと、極めて危険な行為を、宮中の誰もお止めにならないなど言語道断っ、もし、衝突時に結界が綻び、刀身が破損し、御方々の玉体に重大な傷を負うような事態となっていたら、一体誰が責任を負うというのですか!」


 自身も王国貴族令嬢の、しかも王国に数家しかない侯爵家出身でありながら、危険な冒険者を志し、身の丈に合わぬ夢に身を投じたことを棚に上げた発言ではあったが。

 それでもこうして語気を強くして詰問するロゼッタの心中に、紛れもない祖国の王族を心から尊び、また慈しむ強い愛国心を目の当たりにし、居並ぶ王族達は皆してバツの悪い様子で項垂れた。


「身体強化は、過ぎれば筋肉に重大な後遺症が残ることもある危険な魔法です。また武器強化も、慣れぬ内は均一に魔力を付与するのが難しい魔術になりますので、加減を誤って却って破損することも珍しくありません、結界魔法なんて安心感が逆に油断を招きやすく、維持には細心の注意が必要な魔術に数えられます。それぞれの魔術に造詣が深い殿下達であれば、その注意点も十分にご理解なさっておいでだったはず。にも関わらず王妃陛下の暴走とやらをお止めにならなかったばかりか、嬉々としてお相手するなど狂気の沙汰、王族の暴走を唯一お止め出来るのは、同じ王族のみにございますれば、此度の件がどれほど異常事態であったかなど、いち貴族令嬢でしかない私がわざわざ口にする必要すらなかった当然の配慮です」


 そう言い募るロゼッタの止まらぬ難詰に、誰も口を挟むことが出来ず。しばしの時間、至高の座は異様な光景が繰り広げられた。


「いや~、まるで炎みたいな剣幕だったね」

「……呑気なものね。カオリはたしかに無関係でしたでしょうけれども」


 さんざんに説教をし終え、絶妙な間を見てカオリが感想をこぼせば、ロゼッタもようやっと我に返り、カオリに反応する形で話題を転換する。

 流石にただの貴族令嬢の身で、王族を相手に延々と説教を垂れるのはいかがなものかと、遅まきながらに気が付いたゆえの苦しい誤魔化しである。


「両陛下ならびに王子殿下様方においては、このようないち貴族令嬢の娘の苦言に、長々とつき合わせてしまい、申し訳ありませんでした」

「……よいよい、其方の陳言はまことその通りであると、一同理解し、また心に刻むこととする。此度の件に関しては、アルトバイエ侯爵令嬢の一切の言を不問とする」


 一応の建前上、たかだか説教に時間を要したことには謝罪を述べるロゼッタに、アンドレアスは王として、ロゼッタにまったく非がないことを認め、一連の出来事が臣下にあるまじき出過ぎた振る舞いではないか、などという口撃材料にならぬようにと配慮した。


「して、今日の二人は何用で参ったのだ? 先触れではクリスティアーネに用があるとのことであったが、我々が聞いてもよい内容かね?」


 気を取り直して用向きを聞くアンドレスに、カオリとロゼッタは居住まいを正して真っすぐに向き合う。


「はい、実はかねてから王妃陛下のご懸念事項である。女性の社会進出と地位向上に関して、微力ながらあるご提案があって参った次第にございます」

「まあっ、それは本当!」


 カオリの言葉に一転表情を輝かせるクリスティアーネに、ロゼッタは優雅な笑みを向ける。


「まずはこれをご確認下さい、この度の建言に関する全体の構想並びに、我々が提示出来るある物品に関する資料にございます」

「物品とな、はて……」

「僕達も見ていいのかい?」

「ええ是非とも」


 あらかじめ用意しておいたロゼッタ直筆の提案資料を、銘々に配り、まずはカオリが口火を切る。


「これまで様々な意見交換を経た上で、やはりこのミカルド王国においての、女性の社会進出と地位の低迷の根本原因が、実績の是非にあるものと理解しました。――国土防衛における戦力としての貢献、国内需要における生産現場での長期的従事、学術研究分野での様々な発見や成果物の普及などなど、どれも男性には一歩も二歩も劣ると言わざるをえません」


 次いでロゼッタが言葉を継ぐ。


「しかしながら、冒険者には女性でありながら第一線で活躍する女性戦士や魔導士はけっして少なくありません、また生産現場では下働きや補助の立場で、一流の技術や知識をもつ女性もおりますし、農村部では女性も十全に労働力として活躍しております。加えて学術研究に関しても、書類上では男性研究者が名義人になってはいるものの、実際の研究を行ったのが名義人の妻子である場合もあるとのことで、世間の認識と事実にいささか齟齬があると認められます」


 そこまで言い切り王族達の顔を伺えば、おおむね納得の様子であることを受け、カオリ達はさらに言及する。


「幸い、ミカルド王国においては、女性の権利に関しまして、爵位の移譲や財産分与など、目に見える形でのさまざまな権利の保持が、保証される制度が敷かれております。……これは現陛下の治政にて制定された比較的新しい制度となりますが、……もしやこれらも、元は王妃陛下がお考えになられた制度にございますか?」


 ここで真意を問うカオリに、クリスティアーネはアンドレアスと視線を交わし、王は深く頷いてカオリ達に向き合う。


「まことにその通りよ、余も最初に聞かされた時は目から鱗の政策だったゆえ、実施に漕ぎつけるのに随分と時間を要したものよ」

「涙なしに語れない、沢山の苦労の末に、ようやく実現させられた制度なのよぉ、……本当に」


 その言葉の端々から、相当な紆余曲折があったことが伺え、カオリは深く頭を垂れた。

 『女性の権利』などと大雑把に呼称したが、それらがどのようなものであるか、具体的に説明出来るものは少ない。

 そもそもとして人権という概念すらも曖昧な世界での話である。恐らくここに具体的な構想を述べることの出来る貴族はかなり少数であることだろう。

 そんな中で現王権が成した新たな政策が、どれほどの意味をもつのかを、正しく理解出来るのは、ある意味でササキやカオリといった現代日本の社会を知るもののみであったかもしれない。


「これら新制度の制定につきましては、一女性として、心からの尊敬を奉ります」


 ゆえにカオリとロゼッタはおもむろに立ち、改めて跪拝を表すことを躊躇わなかった。

 そんな二人の様子を受け、コルレオーネは心底感心した様子を見せる。


「……たしかに実に当然の制度だと感心していたけど、そうか、そもそもこれが国の制度として確立されていなければ、元も子もなかったんだね。父上と母上がどうしてこれに固執し、多くの臣下の慎重論を封殺してまで推し進めたのか、今ようやく理解出来たよ」

「ほう、どういうことだ?」


 カオリ達の態度からことの重要性を察したコルレオーネに、アルフレッドは説明を求めたが、肩を竦めるばかりのコルレオーネの代わりに、ステルヴィオが説明する。


「貴族制度においては、爵位の有無が様々な権利を保証する根拠になっているけれど、爵位を継ぐことが出来なかった女性達は、個人としての権利が、なにも保証されなかったんだよ兄さん、それこそ自分のお金で買った家財道具や衣装も含めて、全部がね。そうすると貴族の風俗を模倣したがる民草も、こうした家督相続や、財産分与に関して、どうしても似たような状況になってしまうんだよ」

「そんな馬鹿な、ではなにか? 女性達はそれまで、例え婿養子をとった直系親族であっても、爵位の継嗣として数えられず。最悪離婚などとなれば、生家を着の身着のまま追い出されても文句一つ言えなかったとでも言うのか? そんな横暴を誰が許すものか!」


 アルフレッドの唐突な怒りに、しかし誰も言葉を発することがなく、アルフレッドはその意味を理解して絶句する。


「恐れながら、これまではそういった事例がたしかにあったそうです。もちろん、そのような所業に及んだ男性貴族は、果たしてこれまで通りに貴族として尊重され重用されることなどなく、多くの女性達から報復を受け、凋落していったのも事実ではあります。しかしながら本質として、それら横暴を法的に阻止出来なかったことが、そもそも異常事態であったことを、これまで誰も疑問視しなかった歴史的事実を、現国王王妃両陛下はまこと重く受け止め、此度の制度の制定に心血を注がれたものと理解しております」

「なん、と、そうだったのか……」


 淡々と述べるカオリの言葉に、アルフレッドは肩を落とし、いつの間にか立ち上がっていた己に気付き、静かに椅子に腰を落とした。

 古代貴族社会においては、貴族とはすなわち騎士として戦場に立ち、領土の平定ならびに統治をするものを指すものであり、一種の称号と地位や権利を兼ねる言葉であった。

 時代が下り、一口に貴族制度と言っても、その形態は様々に変化、時に形骸化し、時に絶対の権威を備えもする、容易に形を変えるものではあるものの、しかし、一様に武力を揮う男性が、その地位に就くことが普遍的であったのが現実である。


 差し当たって、血の継承とそれに付随する権利をもって、安定した生産体制の維持という絶対的な目的においては、国という強大な共同体で、継承における確実な権利の移譲の円滑な運用法という意味において、結婚制度を設けるに至ったが、そこに女性の権利までをも含める配慮は、この世界はもちろん、地球の多くの国家でも、永らく軽視され続けたのだった。

 日本においても、天皇の誕生から、確認出来る資料をもとにして、少なくとも千五百年以上もの長い歴史を擁するものの、女性の権利をたしかなものにした国家制度が敷かれたのは、戦後まもなく、つまりほんの数十年前のことでしかないのだ。

 それまでの日本は、女性にはほぼ相続権がもたされることもなく、また男女雇用均等法を代表とする。様々な個人の得られる利益の保証すら杜撰なものでしかなった。


 幸い、本当に、幸いなことに、現ミカルド王権においては、かろうじて現王であるアンドレスが、愛する妻である王妃クリスティアーネの訴えに応じて、今では女性の権利に関する様々な制度の制定に至っていた。

 それがカオリ達にとってどれほどの意味があったかなど、言うまでもなかった。

 少なくとも、なぜササキがこのミカルド王国を拠点として、カオリ達を受け入れる体制を構えたのか、その大本の理由にまで思い至れば、これらの制度がどれほど重要であったかが容易に伺える。


 とくにアルフレッドに関しては、幼少より騎士という存在、移ろい行く国を、弱き民を、守ることをこそ信条とし、剣を捧げた守護者としての在り方に憧れたがゆえに、これら制度において、女性達が無意識下で弱者に貶められていた事実は衝撃であった。

 また婚約者であるルーフレイン侯爵令嬢のベアトリスが、河川輸送に纏わる商業分野へ、たしかな功績を認められた才女であることも、この場合では非常に重い意味がある。


 以前にも触れたが、ベアトリスは幼少より自領でもっとも盛んな河川輸送業において、自ら発案と投資を行い、これまで以上に効率的かつ迅速な輸送法を開拓した。その中には船舶への画期的な改良も含まれる。

 この才能に目をつけたのが両陛下であり、よって結ばれた縁談が、現在のアルフレッドとベアトリスの婚約関係だった。

 もし現ルーフレイン侯爵が、娘を愛し、彼女を尊重する人格者でなければ、彼女の功績も才能も、父親に横取りされ、今頃は第一王子たるアルフレッドとの縁談も、なかった可能性すらあったのだ。

 今でこそ剣を振りまわすことにしか関心の薄い自分を支えられる女性は、彼女のような才女しかいないだろうと、アルフレッドはまことの愛情を彼女に注いでいるが、そもそも出会う機会さえあったかもわからなかったと知り、アルフレッドはありえた可能性に呆然とする。


「つまり、才能を秘めた女性達はたしかに存在し、しかしその才能が未だ埋もれている可能性を考慮し、今後はそれら才能を如何にして世間に認められる場を与えられるかが、大きな課題となるかと思われます」


 アルフレッドの動揺から沈黙が下りた雰囲気を拭うように、カオリが次項へと口を開き、ロゼッタが後に続いた。


「貴族社会も市井においても、やはりどれほど法的制度を整えたところで、人の意識はそう容易に変わるものではありません、とくに平民の間では、貴族ほどに法への認識が浅く、地方では未だに男性による一種の搾取が横行しているのが実情です。よってより先鋭的な試みをもって、社会全体に女性が実績を積み、その権利が保証される事実を周知すべきであると愚考いたします」

「なるほどのぉ、まことにその通りである」

「よく理解したわ、本当にその通りね……」


 王と王妃の同意を得て、ようやく本題に移ることが出来ると、カオリは大きく息を吸う。


「資料内容そのままの説明にはなりますが、差し当たって現在王妃陛下が名誉団長をお勤めになっておられます【百合騎士団】を、より発展させ、生産および研究をもおこなう下部組織の設立をご提案いたします」


 カオリの口頭での言葉の意味を、資料と照らしてより理解に努める王族達へ、ロゼッタも補足を加える。


「幸いにして当該騎士団は、陛下の私兵として独立した組織体系をもち、実力主義を掲げ多くの平民女性や、その思想に賛同した稀有な貴族令嬢によって構成されております。よって新部隊の設立にさいしては、より広く女性従事者を募り、さらなる発展を目指すこととなるでしょう」

「生産と研究とのことだけれど、お二人はどのようなことに取り組むものと考えているのかしら?」


 クリスティアーネの当然の疑問に、カオリはロゼッタへ目配せをし、ロゼッタは中空に展開した【―次元の宝物庫(アイテムボックス)―】から一本の小瓶を取り出した。


「まずはこれをご覧ください、もちろん内容物の鑑定もおこなっていただければと願いますが、私からもご説明させていただきます」


 ロゼッタが目線の高さに捧げもつ小瓶から視線を王族に戻したカオリ。


「こちらは、来春より開始される交易によって王家に卸す予定となっております。【アンリのポーション】をより研鑽させて生成させた。新たなポーションとなります」

「なんとっ、あの高い効能のポーションをより上回るポーションとな! それは凄まじい効果が期待出来るのうっ」

「もうそこまで研究を進めていたなんて驚きだ。しかし、今それをここで出すということはもしや……」


 純粋な驚きを見せる中、カオリ達の行動の意味を察した面々は、ポーションの効能に期待するのと同時に、驚愕の様子を露わにする。


「はい、我々はこれを現ミカルド王家に献上つかまつると同時に、このポーションの製法を、王妃陛下に開示したく思います」

「なんっ、と……」


 それがどのような意味をもつのかを正しく理解出来るものにとって、カオリの言葉はあまりの衝撃をもたらすものだった。

 先に述べた【アンリのポーション】は、現在普及しているほとんどの治療のポーションを超える効能をもちながら、原価は非常に抑えられた。カオリ達にとっての主力商材である。

 仮にこれを王国の市場に卸した場合、カオリ達は間違いなく、一生を働かずに暮らしていけるだけの財を成すことは間違いなかった。

 しかしカオリ達は【アンリのポーション】を一般市場に出回らせず。あくまでもミカルド王家にのみ販売する形をとったのだ。

 そこには本来、他の商品との差別化を図り、価格の安定やカオリ達の存在の喧伝など、様々な思惑によって取り決めたものであったはずだが、今回提示した新たなポーションは、逆に製法の秘匿をおこなわず。王妃を通して王家に情報の開示を約束したのだ。


「なぜそのような、それでは先のポーションの取引によって得られる利益が、後々にはうまみのないものになってしまうではないか」


 そうこぼすアンドレアスの言葉に、カオリは笑みを浮かべて返答する。


「たしかに、王家との堅実な商取引で得られる利益は、我々のような一介の冒険者には過ぎたる富をもたらす破格の便宜ではあります。しかし我々はあくまでも信用の確立を目的として、先の取引を結ばせていただきました次第であり、金儲けがしたいわけではありません、そして本日お持ちしましたこの新ポーションも、当然金儲けが目的ではありません、全ては現王権の盤石な集権化による国内情勢の安定化と、ミカルド王国と我々との信頼の構築が主目的となります」


 清々しいまでの笑顔で言い切ったカオリから、こちらも優美ながらも満面の笑みを浮かべたロゼッタが続ける。


「我々はこのポーションに【王妃の涙】と名付けました。つまりゆくゆくは王妃陛下直轄の組織にて、独占的に製造される秘薬として、大いに利用していただきたく思っております。さすれば陛下の【百合騎士団】もいらぬ謗りを受けることも、ましてや女性だからという理由で、不当な対応を受けることもなくなりましょう、さらには高額な布施でしか治療魔法を提供しない教会勢力を頼らざるをえない状況も打開され、多くの支持が王家に向けられることとなるはずです」


 ロゼッタの示した未来予想図に、王家は呆気にとられた様子を見せたものの、しかし王妃はあることに気付き、目を見開いた。


「待ってちょうだい、教会の治療魔法? 王家への支持、もしやその新ポーションは、人体の『再生』をも可能にする効能があるということなのっ!」

「はい」


 カオリ達の返答に、遅まきながら理解した王族達はもうこれ以上どうやって驚けばいいのかすらわからくなってしまった。


「そんなっ、これまで人体に摂取出来る液体状で、『再生』を可能とする魔道具など、古代の遺跡より発掘された秘薬でしか実在しないはずであった。よもやそれを、其方達のようなうら若い女性冒険者達が、独自に開発せしめたというのかっ! 到底信じられんっ」


 そのあまりの事実に腰を抜かしたアンドレスは、今ほど座ったまま話を聞いていてよかったと思ったことはなかったと、まるで見当違いなことに安堵した。


「ええ実はとても簡単なことだったんです。ようはほとんどの人はポーションを『薬』だと思い込んでいたせいで、より魔術的な観点で製造する『魔道具』と認識していなかったから、実現が難しかったというだけで、専用の設備と能力を備えた魔導士さえ用意出来れば、実現不可能な類のものではなかったんです」


 そう前置きしながら、嬉々として語り出したカオリに、一同は完全に絶句して聞き入ることしか出来なかった。




 経緯としては実に単純。


 カオリ達のより安全な冒険者活動を支援したいという想いから、アンリはただひたすらに、治療のポーションの作成に情熱を注いでいた。

 しかし森から採取された薬草のもつ治療の効能を、魔力と組み合わせて高めるまでは発想を飛躍させたものの、どうしてもそこからさらに、失った人体の『再生』をも可能とするには、自然的な干渉では不十分という壁にぶち当たったのだ。


 しかしロゼッタが開発した『火属性の回復魔法』に、『再生』の効果をもたせることが可能であるという話を聞いたアンリは、魔法でなら、『再生』も実現が可能である事実を知り、ではそもそもとして、ポーションに『再生』の魔法を『付与』出来るのではないかと気づいたのだ。

 当然その可能性に思い至ったのは、ギルドホームの錬金釜の隣に新設された。付呪台なる魔導設備があったからこそである。

 また光属性と火属性それぞれの治療魔法の効果や効率性または特性にも着目し、ポーションに液化変換して利用していた魔石のもつ属性も、無関係ではない事実にいきつく。


 であれば如何なる属性をもった魔物の魔石であれ、光属性に『変換』させることが出来るのであれば、ないし『浄化』してしまえれば、効率性や効能において、飛躍的な効果を期待出来る他、生成された薬液に、『治療魔法を付与』も可能なのではないかと考えたのだ。

 当然魔石を浄化するのには、アキの行使する光属性の解呪系の魔法が大いに役に立つことにも、瞬時に気付き、アンリは即日アキに協力をお願いした。


 ここに一般との認識の違いが生じる。


 この世界においては、薬師や魔道具士、または魔導士という職業従事者は、一般的に競合関係にあることを理解しなければならない。

 先にもさんざん触れたように、外部魔力保持者と、内部魔力適正者とでは、前者が後者を劣等者として蔑む風潮にあるため、どうしても歩み寄りが難しい文化が根付いてしまっていた。

 医療従事者で外部魔法が使えるものは、治療魔法を行使して多額の金銭を受け取る、いわば治療士となり。そうでなければ知識を活かして薬師や医師になった。

 魔道具士であれば、外部魔力保持者は様々な成形物に魔法を直接付与することも可能であり、ともすれば起動にも自身の魔力を利用可能な一方で、そうでないものは物に術式陣を刻み、魔石を取り付けて誰にでも利用可能とした。

 こうした中で生じるのは、互いへの蔑み、または嫉妬の感情であり、それらは当然の帰結として、互いへの不信や反感を助長したのだった。


 だがしかし、そんなものは、アンリとアキはもちろん、カオリ達にはまったくの無関係な話であり、互いに協力してものを作り上げる上で、まったく問題になろうはずもなかったのだ。

 結果としてアキが浄化魔法の術式陣をアンリに教え、アンリはそれを付呪台に記憶させ魔石を浄化、そこから治療薬を生成し、さらにロゼッタとアキのそれぞれから教えられた治療と回復の複合術式を、『液体状の魔石』に付与したことで、『再生』の効果をもった新なポーションが開発されたのだった。


 ここで重要なのが、ただの液状の魔石では、人体に吸収されづらいという特性を理解しなければならない。

つまりアンリがこれまで作っていたポーションは、本来薬草がもつ人体に吸収されやすい、治療を促す効能を、魔液に合成して、『人体に吸収されやすい治療の効果をもった魔力を内包する液状の魔石』を、作り上げていたことが大前提としてあるのだ。

そしてカオリが設置した『なんにでも簡単に魔法を付与出来る装置』がいつでも利用可能な状況が、今回の新ポーションたる【王妃の涙】の開発に至ったもろもろの経緯である。

よってこの新たなポーションは、カオリ達全員が力を合わせた合作、いわば集大成ともいえる傑作なのだ。

しかしながらこのポーションも、元はカオリ達の切り札として秘匿する。ともすれば秘蔵しなければならないほどの破格の製品である。

そのためカオリはこのポーションを手にして間もなく、ある方法を思いついたのだ。


「えーとつまりですねぇ、いざという時は、このポーションを私達が『王家から買った』。という言い訳が出来たらなぁ~、て思いまして、【アンリのポーション】の商取引も含めて、もろもろの通商関係を隠れ蓑として整えられたならいいなぁ~、と思ってました!」


 最後に、まるで隠すことなく内情を暴露して見せたカオリに、王族達はついには白目を向いてしまう。


「ごほんっ、え~、つまりそのような経緯でありますので、元より平民と貴族の貴賤なく、同じ団員として切磋琢磨する百合騎士団の皆様であれば、我々のように職分を超えて協力し、一つの物を作り上げる組織形態もそう労なく実現が可能であると推測し、また外部魔法をもたないなどという理由で謗りをお受けになられた王妃陛下の汚名を一挙に返上、ともすれば様々な派閥に属す貴族子息からなる各王国騎士団とは一線を画した。独自の収入源を確立した組織、しかも王妃陛下私設ということは、利益はもちろんその名誉すら、王家に帰属したものになります。またこのポーションを製造可能な人材を雇用するということは、薬師や魔道具士や治癒士といった多様な専門職を抱えることになりますので、当然他の様々な魔道具開発のみならず。服飾や装飾品なども、女性達の審美眼を用いて開発や製作が可能かと思われます。それによって利権争いが生じるとなるのであれば、それこそ元より実力主義にて入団された団員の皆様が、存分に力を発揮する機会になるだけのこと、なんの心配もございませんでしょう?」


 カオリの本音を誤魔化す意味から、捲し立てるように有用性を語り尽くすロゼッタが、曖昧な笑みで締め括れば、今回の提案がどれほど互いに利益となるかが、十全に語られたこととなる。

 しばしの無言の時間。

 すっかり冷め切った紅茶に震える手を伸ばした国王王妃両陛下は、緊張の面持ちで見つめる息子王子達の視線を受けながら、おもむろに(ゆっくりとした動作の意)、非常に優雅な所作で立ち上がる。


「今っ、すぐに、大臣達を呼べぇぇえっ!」


 と声を揃えて、日頃から王族として鍛えている発声練習の成果を、遺憾なく発揮した。


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