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( 冬期休暇 )

 ついに学園が冬期休暇に入り、カオリは大した感慨に至ることなく、学園のない朝を迎えた。


 差し当たって現代日本における終業式のような特別な式を経ることもなく、ただ明日から当分学園が休みだと言われれば、その置き所のない心境も理解してもらえるだろう。

 本来であれば冬季ならではの催し物や、年越しに纏わる祭事など、ミカルド王国民にとっては重要な時節ではあるが、異世界人なうえに異国民であるカオリにとっては、どれも自身とは直接関係がないと思ってしまう。


 またミカルド王国貴族令嬢たるロゼッタにしても、実家とは離れ、冒険者として、またはササキの便宜上の娘として王都で活動する身の上から、ササキやカオリの在り方に従う所存であるため、殊更に王国の文化的活動を主張するつもりもなかった。


 とくに今となっては、冬の祭りは政治的経済促進であり、宗教上の文化活動の一環であると割り切った考えをもつに至ったためか、とくに日常的に言及することもなかったのだ。

 どちらかといえば、村ではこれまでどのように冬を迎えていたのかの方が、カオリ達には重要な情報であったため、アキを通じて村人達への聞き込み調査をおこなっている最中でもある。

 しかしどこの国にも属さず。教会の息もかかっていない村では、雪の降る季節は各家庭で穏やかに過ごす以上の話は得られず。途方に暮れさえしたほどである。

 また開拓団としても、なにかにつけて酒盛りをしていた関係から、とくにこれといって特別な理由を設けずとも、誰も気にしていないとまで言われてしまえば、流石のカオリも苦笑せざるをえなかった。


 日課の朝稽古を終え、汗を拭って着替えをすませれば、一同揃っての朝食の席となる。

 現在屋敷では使用人を除いた面々で席を同じくする方針であるため、ここには王家からの客分であるビアンカはもちろん、カオリに腕を切断されて療養していたアストリッドも同席を許されている。

 当初アストリッドは同席を遠慮したものの、別途に食器を片付けることが手間であると指摘され、カオリに押し切られた結果、皆での食事を共にする運びとなった。

 また体を慣らす目的から、カオリとビアンカの朝稽古にも顔を出すようになり、今やわだかまりもやや解消され、気安い関係になりつつある。

 当然、そうして日常会話を重ねる内に、さしものアストリッドも、カオリ達のこれまでの活動の内容や、今後の目標について知ることとなり、如何に自分がカオリ達を無為に害そうとし、また己が無知で独善的であったかを自覚するところとなった。


「あのさ……、この前に言ってた件だけど、受けたいと思うん……です」

「ん? ああ、護衛役の件ですね」


 おずおずと言い出したアストリッドに、カオリは見当をつけて視線を向ければ、アストリッドが相応の覚悟をもって発言していることを察し、やや居住まいを正した。


「このままお屋敷に厄介になるのは気が引けるし、かといって自分で仕事を探すのも、やっぱり自信がなくってさ、これまでは団長が、私でも出来るやつを見繕ってくれてたから、今更どうやって仕事を探せばいいか、そもそも私の評判が外でどうなってるのか、正直怖いってのもあって……」


 出会った当初は居丈高な態度であったのが噓のように、今や愁傷な面持ちで語るアストリッドに、カオリは苦笑して彼女の主張を受け止めた。


(人ってここまで変わるんだな~)


 と思いつつ、視界の端でロゼッタの姿を認めたカオリは、口元に笑みを作る。


「ならひとまず。冬の間の行商の護衛として、ゴーシュさん達に同行してもらえればと思います。教会関連の護衛依頼と、一般の護衛依頼とを見比べれば、その違いとかを勉強出来るかなと思いますし、間違いなく仕事を納められれば、今後はアストリッドさんを主軸においた護衛隊を編成出来ますしね」

「あたしを主軸に? む、無理だよっ、人を指揮するなんてガラじゃないし、これまでも護衛中に問題をおこすこともあったし……」


 カオリの提案を受けて、途端に自信を無くした態度を見せるアストリッドに、ロゼッタが声をかける。


「なにをおっしゃっているのですか貴女は、護衛依頼なんて冒険者にとって基本中の基本ではありませんか、これが出来ずにそもそもどうやって仕事が出来るというのです。討伐依頼など、ほとんどは希少素材の回収や近隣の安全の担保が目的ですのよ? それよりも守るべきものを守ることこそ、魔物から人々を守る冒険者のあるべき姿です。それ以上を望むのは基本を身につけてからですわ」


 そんな彼女の発言の裏には、冒険者に憧れた以前に、目覚ましい活躍で英雄を夢想したロゼッタだからこその含蓄が含まれている。

 魔物が自然の生態系に含まれるこの世界において、無用な殺生がいらぬ混乱を招きかねないと、先の森林騒動より学んだロゼッタにとって、ただの功名心から強力な魔物を狩ることが、慎重を要する活動であると考えられるようになったのだ。

 もちろんカオリに受けた敗北から端を発し、元上司のダンテによる政治的な失策を受け、今やすっかり自信を喪失したアストリッドも、ここで今更功名心のままに討伐実績を積み、かつての黒金級冒険者としての自信を取り戻そうなどと考えていたわけではない。

 しかし護衛を、ただ依頼主の傍で呆然と立っているだけのように認識していた彼女にとって、カオリ達の提案や主張から、ただ護衛するだけでも、相応の能力が必要であると示唆されれば、戸惑いを感じてしまうものであった。


「ん~、そこまでおっしゃるなら、同行者としてじゃなく、見習いみたいな感じで、ゴーシュさん達に一から教えてもらえるようにしますか? 一応昇級試験の監督官とかもやってた人達なんで、教えるのが上手な冒険者ですし」

「そ、それでっお願い、します」


 カオリの提案を要約すると、カオリが依頼主として護衛を請け負ったゴーシュ達に、臨時要員となるアストリッドの同行と指導を追加依頼した形となる。

 以前にも言及した熟練冒険者を指導員として雇い、仕事の専門技能の教えを請う制度を利用するのであれば、本来は教えを請う当人が指導料を支払うものだが、今回の場合は依頼主たるカオリからの要請のため、指導料の支払いはカオリが負担する必要があった。

 であればアストリッドは事実上なんら金銭的負担を負うことなく、たしかな技能を学べるうえに、きちんと護衛依頼料も受け取ることが出来るため、破格の待遇と言えるものである。

 カオリにとっては将来を見越した必要経費程度の認識であったが、アストリッドから見れば自身にそこまでの期待を寄せられていること、またそれら費用の増加に、なんら躊躇いを感じていないカオリの発言は、彼女にある種の畏敬を感じさせる。


 しかしながらカオリとしてはそれほどに護衛依頼の専門技能の習得が、冒険者にとって重要な素養であると心得ている。

 一口に行商隊の護衛と言っても、扱う商材や規模の他、販路によっても、護衛に求められる能力は様々である。

 また都市間を行き来する行商人や運輸業であれば、魔物との遭遇頻度を考慮し、通常は比較的安価な傭兵を雇う場合も多いため、そもそも冒険者を雇う時点で、やや危険な地域を経由する可能性も高い。

 となれば【閃光】の名を冠する神速の槍使いであるアストリッドは、現状もっとも護衛に適した戦闘能力を有する人材であり、これを逃す手はないとカオリは内心では彼女の加入を熱望してもいた。

少なくとも王国国外の開拓村から出発する限りは、魔物を警戒して、冒険者を主軸にした護衛隊を編成するのは理にかなっているだろう。


「なら隊商が王都につくまでは、護衛の訓練のつもりで、ビアンカさんに業務を一部代わってもらってください、要人警護とか最低限の作法や心得を学ぶなら、現役の騎士様で元冒険者のビアンカさんほど、適任な人はいませんから」


 カオリに推挙されたとうのビアンカは、心得たと黙礼し、アストリッドへ向き直る。


「お任せ出来る業務について、私からご説明させていただきますので、後ほどお時間を頂戴いたします」

「よろし……くお願いします」


 素直に頭を下げるアストリッドに、一同はなんとも言えぬ苦笑を向けた。


 アキからの報告によれば、村ではすでにイゼルとカーラが、薬草や動物の皮革など、村で採集出来る最低限の商材を狼車に乗せ、出発の準備を終えている様子であった。

 当然護衛として指名されたゴーシュ達【蟲報】も、いつでも出発が可能だと報せを受けている。

 後はカオリの許可をまつだけとなり、カオリは出発の時期を慎重に見定めていた。

 これを判断するには、降雪時期を正確に把握する必要がある他、王家との綿密な調整も経なければならない。


 王家にとってみても、既存の伝手以外に、国内の情勢を読む新たな情報源の確保が出来るとなり、やや細かな要望をササキ伝手に伝えて来ていたので、改めて協議の場を設ける必要があったのだ。

 そうやって村の運営に頭を悩ませながらも、カオリは卒園論文に向けた考察と研究を進めるために、ロゼッタと勉強部屋に詰めていた。

 村の報告書と魔法研究の資料とを並べて、目を右往左往させるカオリの対面では、ロゼッタが同様に資料を流し見ながら、片手では収支計算書へ筆を走らせていた。


「いやもう頭がこんがらがっちゃうよ」

「そうねぇ、ちょっと一度に手をつけ過ぎたかしら……」


 カオリが目を回す一方で、手を止めることなく器用に仕事を進めるロゼッタに、カオリは茫洋な眼差しを向ける。

 村の運営に関しては、あくまでも報告書に対して決済をするだけではあるものの、村の運営費をカオリとロゼッタの冒険者としての収入に頼るために、収支を正しく把握するにはロゼッタの管理が必要不可欠である。

 また今後は監視用魔道具や医療用鑑定魔道具などを王家に販売する関係から、予期せぬ膨大な収入が見込めるとあって、改めて村の開拓計画を大きく前進させることとなった。

 現在ロゼッタには、それにかかる費用の予測を計算してもらっている最中である。


「よく文字を読みながら計算なんて出来るね。ロゼの頭の中ってどうなってるの?」


 感心して問いにもならない言葉を向けるカオリに、ロゼッタは視線すら返さず器用に呆れて見せる。


「流石に計算を複数同時には出来ないわよ? 目で追えるなら書類を見るのに問題はないし、手と頭が空いているから計算をすませているだけだもの、そこまで難しいことをしているわけではないわ」

「ちょっとなに言ってるかわかんないな~」


 ロゼッタの秀才ぶりを目の当たりにしたカオリは、改めて彼女との出会いに心中で感謝を述べる。


「あ~あ、頭がよくなる魔法とかあればな~」


 不貞腐れながら益体もなく呟きつつ、カオリは右手で自身の扱える唯一の外部魔法、【―次元の宝物庫(アイテムボックス)―】を掌に展開させる。

 思えばカオリ自身、剣士に特化するべく、余計な魔法の習得は避けて来たものの、様々なスキルを身に宿し、自身の強化に余念がなかった。

 つまり魔法を避けていたと言いながらも、その実内部魔法に分類される多数の魔法に関しては、遠慮なく習得して来たのだ。

 例え目に見える攻撃魔法の類ではなくとも、これほどいくつもの魔法を身につけているのなら、それも立派な魔導士のようなものなのではないかと、カオリはにわかに苦笑する。


「外に放出する魔法だけを、魔法って呼ぶこと自体が、そもそもおかしいんだよね~、それこそ身体強化とか魔法以外のなにものでもないし、もっと便利な強化魔法がたくさんあってもいいじゃんね」

「あら、それはそれで興味が湧くわね。カオリにとって便利な強化魔法は、どのようなものが考えられるかしら?」


 カオリのぼやきに思いの他反応を示したロゼッタに、カオリも表情を寛げて視線を中空に上げる。


「そうだね~、並列思考とか便利そうじゃん、戦いながら戦況を冷静に分析したりとかも出来るし、日常的にも今のロゼみたいな同時作業が楽に出来そうだし、人とちゃんと会話しながら、まったく別のことを考えたり出来るし、同時に二つのことが出来るのは超便利だと思う」

「……それはたしかに相当に便利そうね。魔導士なら攻撃と防御の魔法の同時展開も容易になるし、複雑な術式の展開にも重宝しそうね。魔法は威力のあるものほど構築と制御に思考が割かれるもの、その分隙も大きくなって危険がつきものだわ」


 数多の創作作品における魔法使い系の主人公にはありがちな能力も、この世界では一般的に実現が不可能ではないだけに、ただの雑談のネタとするのは惜しい話題であると、二人は大いに口を滑らせる。


「それこそ鑑定魔法を同時展開して、迎撃しながら敵の魔法を解析して、即席の反射魔法で無力化したりも出来そうじゃん?」

「たしかに……、一律に魔法障壁で対応していたら、無闇に魔力を消費してしまうから、効率よく属性別の魔力干渉が可能なら、十分な戦力強化が望めるわ、カオリの発想力には驚かされてばかりよ、今度本格的に開発を考えてみるわね」


 だが、そこまで話が進んだところで、ロゼッタはふとカオリの掌に視線を向けて、やや無言となった。


「……ちょっと待ってちょうだい、今、カオリの魔力循環ってどうなっているの? その【―次元の宝物庫(アイテムボックス)―】は間違いなく外部に魔力の力場を展開している状態なのよね?」

「え? たぶんそうだけど……、他の魔法との違いなんて考えたこともないから、どうなってるかって聞かれてもわかんないよ?」


 ロゼッタの質問に対し、彼女の疑問点が判然とせず。カオリは怪訝な表情で首をかしげてしまう。


「カオリ、その状態をしばらく維持しておいてちょうだい、今から魔力視であなたの状態を見てみるから」


 真剣な表情でカオリに指示をするロゼッタに、カオリはやや戸惑いつつも従う。

 そして徐々に目を見開くロゼッタに、さしものカオリもなにがなにやらと困惑する。


「そんな、そうよっ、カオリから一切の外部魔力が見えないわ! 内外魔力適正を検査する上で、真っ先に検査しなければならないのは、カオリだったのよ!」

「どゆこと?」


 驚嘆するロゼッタに、カオリは説明を求めて肩を竦めて見せる。


「外部魔力保持者が、体表に魔力を纏っているのが通常なのだとは、これまでの検査で判明していたでしょう? でもそういえば、魔眼もちの方や、特定部位のみでの魔力操作能力者が、魔法を発動中に鑑定をしたことはないわよね? つまりおおやけに外部魔力をもたないとされる方々が、どうやって外部魔法を発動しているのか、そこにこそ外部魔法と内部魔法との発現要因を解明出来る糸口があったのよ! これまでは事例が少な過ぎて、誰も注意を払って来なかったのだわっ」


 一息に捲し立てるロゼッタに鬼気迫るものを感じて、カオリは思わず身を仰け反らせる。


「え~とつまり、外部魔力保持者はなんの苦も無く魔法を発動出来るから、特定の条件でしか魔法を使えない人達を、わざわざ調べたりしてこなかったってこと? そんでもって内部魔力適正者は、調べるための魔法を使えないから、調べようもなかったってこと?」


 カオリの理解にロゼッタは無言でうなずきつつ、机に両手をついて身を乗り出す。


「カオリ、今すぐアキを呼んでちょうだい」




「ただいま参りました。カオリ様がついにご自身の才能を認められ、その発展に意識を向けられたとのことですが、このアキ、万感の思いで打ち震えておりますっ!」

「そんなこと一言も言ってないけどね。おかしいな~、今さっき私の口から事情を説明したはずなのに、伝わってないのかなー?」


 突然呼び出されたアキが、転移陣から姿を見せて開口一番に思いの丈をぶつけられるのを、カオリは首を捻って受け流しつつ、ロゼッタに再度確認を促す。


「アキに調べてほしいのは、一見して外部魔力をもたないとされる魔力保有者が、外部魔法を発動している時の状態よ、具体的に言えば、発動時の体内の魔力の状態および、体表に表出した魔力の循環、さらには発動の起点となっている身体部位とそれ以外との差異よ、魔力視だけでは読み取れないわずかな状態の変化を、アキの鑑定魔法で正確に読み取ってほしいの」


 ロゼッタが捲し立てるように告げた指示に、アキは表情を変えぬまま、しかし真剣な様子が伺えるほどに姿勢をただし、即座に応じた。

 まず手始めに最初に疑問を抱く切っ掛けとなった【―次元の宝物庫(アイテムボックス)―】から始め、さらには武器を強化するスキルに続き、隠密に役立つ隠蔽魔法、聴覚や視覚に作用する強化魔法をも全て検査をしてゆく。


 最終的にカオリの強さの根底たる固有スキル【―達人の技巧(ハイレベル)―】をも調べようと試行錯誤を繰り返した。

 結果的に【―達人の技巧(ハイレベル)―】の仕組みそのものは読み取ることは出来なかったものの、それ以外の魔法に関しては、おおよその発動状況を読み解くことが出来、ロゼッタはそれらの記録を下に、三人で議論を交わしながら詳細な検査記録として清書を進めた。

 全てを終えたのは、夕刻の頃であった。

 当然カオリ達は、得られた結果をすぐにササキに伝えるべく、彼の詰める執務室へなだれ込み、やや興奮した勢いのまま、ササキへの報告会と相成った。


「今回判明いたしましたことの、とくに注目すべき点として挙げられるのが、こちらの魔力の循環経路と、その主要点にございます。わたくしはこれを仮に【身体魔力回路】と仮名し、また主要点を【身体魔力開路】と名付けました」

「ふむ、続けてほしい」


 はっきりとした口調で解説するアキに耳を傾けながらも、視線はロゼッタが清書した資料に注ぎ、続きを促すササキへ、アキは黙礼して次項へ移る。


「魔力は必ずしも物質に対し物理的に依存するものではありませんが、少なくとも魔法の発動に至るまでに、あたかも肉体に沿ったかのような挙動を経て、魔法へと変じ現出します。その時の循環経路が先に述べた【身体魔力回路】であり、魔法の発動起点となるのが【身体魔力開路】であることが判明いたしました」

「……なるほど、実にわかりやすい説明だ。ただしなぜそれが、これまで周知されていなかったかの理由に、心当たりはあるかね?」


 アキの解説に何度も頷いて理解を示すササキだが、学術的にこれら魔力の回路がろくに知られていなかった原因について言及する。

その、あたかも事情を知っているかのような態度から、ササキはおおよそ、今回の内外魔力の区分やそれにまつわる社会的魔法文明の問題点にも、一定の開明を心得ているのだと、カオリ達は息を吐く。


「はい、これまで魔法を発動した場合の魔力の流れに関しては、魔法が使える。つまり外部魔力保有者を対象とした検査しかおこなってまいりませんでした。その時、よほどの優れた魔導士による魔力視、この場合に求められるのは視覚深度が優れた魔力視でなければ、体表を覆う魔力のさらに奥、ましてや肉体の内側を流れる魔力を、視認することは難しいと思われます。よって魔法が使えないとされる内部魔力適正者による魔法発動時の魔力検査など、ほぼ一度もおこなわれたことがないのだと推測しました。また外部魔力保有者への魔力視検査も、よほどの事情がなければおこなう理由もなく、おこなっても肉体内部の魔力の流れまでをも見通すことは、稀だったのではないかと考えられます」


 一息に言い切ったアキに、ササキは大きく頷いて小さな拍手を送る。


「よくよく考えている。そこまで理解出来ていれば、様々な問題が黙殺されて来た理由も説明出来よう、話の腰を折ってすまなかった。続きをお願いしよう」


 ササキの催促に、次はロゼッタが応じる。


「ここからは推測でしかありませんが……、おそらく内部魔力適正者の方々は、この【身体魔力開路】が閉じている状態であり、またそれを開く術を身につけていらっしゃらないのが原因となり、外部に魔力を放出出来ない体質なのだと思われます。残念ながら現在のアキの鑑定魔法に調査手段の限られる私達では、肉眼で視認出来る範囲でしか、検査を進めることが出来ませんでした」


 一度悔し気な表情を浮かべ言葉を切ったロゼッタへ、ササキも同意とともに納得の仕草を向ける。


「さもありなん、この【身体魔力開路】なるものがどれほど微細なものであるかは、この図式からも容易に想像出来よう、恐らく指先を巡る毛細血管にも及ぶほどに小さく、また無数に存在するそれら開口らを、現在普及している拡大鏡では、視認することは不可能だ」


 ササキからの相槌を受け、さらにアキが補足を加える。


「以前の調査で判明した『外部魔力保有者の外的要因による魔力干渉耐性の脆弱性』でも触れました通り、これら魔力開路の閉塞状態の原因として、やはり生来の魔力操作能力に付随して働く、外的魔力干渉への防護機能がもっとも有力であると考えられます」

「ほう、つまり本来自然界に満ちる魔力や、干渉系魔法から身を守る機能が、誤って常時発動状態になり、外部魔法の発動を阻害していたと考えられる。ということか」

「はい」


 概要を説明し終えたアキは、ササキからの言葉に、端的に返答した。


「あ~、これも予想なんですけど、たぶんこの世界の人達って、もともとみんな、魔力を出したり引っ込めたりが、当たり前に出来ていたんじゃないでしょうか? それが歴史を重ねるごとに失伝されて、今みたいに、ずっと出っ放しの人と、まったく出せない人と、中途半端に出ちゃってる人とに、分かれちゃったんじゃないかな~と……」


 ロゼッタやアキと違い、迂遠な表現の出来ない彼女なりに、思ったままを口にするカオリへも、ササキは深くうなずいて同意を示す。


「その可能性は十分に考えられるだろう、もしくは意図的に差別化を図り、優劣を生み出したなどと邪推も出来ようが、結果は同じだ。事実だけを提示するならば、これ以上の追及はとくに必要なかろう」


 三人の賢い娘達に囲まれ、現社会に大きな影響を及ぼすであろう研究結果を受け、ササキはどこか誇らしげに腕を組む。

 ただやや苦笑しながら、片手にもつ資料を再度流し見て、ササキは小さく嘆息した。


「【身体魔力回路】か……、仮名がそのまま正式名称になりそうな呼称だが、個人的には【経絡】とか【秘孔】とか言った方がしっくりくるがな……、ただしその場合は魔力ではなく、チャクラとか気が流れていることになるが」

「ササキさんなら、指先一つでダウン、とか出来そうですもんね~、ていうかササキさんってその気になれば、剛〇波とか、波〇拳とか、カ〇ハ〇波とか、再現出来そうですね」

「なぜそんなに詳しいんだ……、さてはカオリ君のお父君は、私と同世代だな?」


 二人のそんな意味不明なやり取りを、取り残されたロゼッタとアキは不思議そうな表情で見つめた。


「いったいなんのお話かしら?」

「おそらく、お二方の故郷に受け継がれる。極めて高度な魔術のお話かと思われます。我々では到底理解の及ばぬ領域ゆえ、野暮な追及はお控えなさった方がよろしいかと」


 アキが気にしたのは、決して、著作権ではないだろう。




 後日、先の究明によって、カオリ達の研究は飛躍的な前進を果たした。

 まず【身体魔力回路】を経由し、【身体魔力開路】を経て発動する魔法と、その活性化および開路の開閉を、意識して操作が可能かを実践する運びとなった。

 最初こそその仕組みの解明に難儀したものの、ある程度の理解を経たことによって、具体的な想像が可能となったため、これは主にロゼッタが主導となって試行錯誤がなされ、おおよそ自由な開路の閉塞が可能となった。


「驚いたわ、まさか外部魔力をほぼ漏らさずに、体内に留めておくことが可能になるなんて、これが自在に出来れば、魔力感知による索敵から身を隠すことも可能かもしれない……、逆にいえば、これが世に広まれば、魔導士の暗殺者や工作員も、今後生まれる可能性を考慮しなければいけなくなるわね」


 新たな可能性には、つねに新たな危険がつきものとはいえ、流石に考え過ぎだとカオリは苦笑する。


「それはこれまで通り、生命感知とか結界魔法で警戒すればいいだけだから、たぶん大丈夫だと思うけど、でもまさかロゼが一日で魔力開路の操作を身につけちゃうなんて思わなかったな~、もしかしてロゼって天才?」

「わざわざ褒めてもらわなくても結構よ、天才とまではいわないけれど、自分が人より優秀なのは自覚しているわ、これまで魔法に関しては努力を惜しまなかったのだから」


 久しく顔を出した生来の高慢さを披露しつつ、ロゼッタは何度も内外魔力の操作をして見せた。


「それにしてもこの魔力視って不思議だね~、なんだか人体解剖図を見てるみたい、魔力ってこんな風に身体を流れてるんだ~、それに空気中にも、魔力がこんなにも漂ってるもんだったんだね」


 わざわざこのためだけに魔力視のスキルを取得したカオリは、これまで見たことのなかった光景に、興奮を露わにする。


「前にも言ったけど、魔力視は私達魔導士には必須の能力よ、魔法の発動の兆候や、戦闘の痕跡を追うのにも、魔力視は必要不可欠だもの、とくに優れた魔導士にもなれば、魔力の違いから個人を見分けられる他、体調の変化まで推測出来るのだそうよ、……流石にそこまで出来る方は一握りだけれども、魔力というのはそれほどに個体差や環境によって変化するものだから」


 目を伏せて魔力に纏わる。もとい魔法知識を自慢するように語るロゼッタだが、しかしカオリにやや胡乱気な視線を向ける。


「でも、今日初めて魔力視をするカオリが、いきなり内部魔力までも見通せるのは、少し納得出来ないわね。やっぱりカオリの特異な固有スキルが原因なのかしら? もともと洞察力には異常なほど特化していたけれども、『見る』ことに関しては驚異的な適正をもっているのね」


 魔導士でもなく、ましてや今日初めて利用する新たな能力を、その道の一流並みに行使してみせるカオリに、ロゼッタは膨らみかけた虚栄心を落ち着かせる。


「まあ私の能力って、結局『見る』ことが全部って言ってもいい感じだもんね~、それにこの魔力視って、目を閉じてても『見える』から、視界を奪われた時にも重宝しそうだし、もっと早くに取得してればよかったな~」

「そうね……、瞼を閉じていても魔力視を発動するのには、それなりの訓練が必要なのだけれど、まあそれはカオリだからいいとして、カオリならば感知系の魔法と併用すれば、それこそ目を閉じていても近接戦闘が可能かもしれないわね。いい機会だから、他のスキルも習得しておいた方がいいのではなくって?」


 思わぬところで新たな戦術を会得したカオリに、素直な称賛と、より有用な可能性を提示するロゼッタに、カオリはやや難しい表情を返す。


「う~ん、魔力視は流石に想像の範囲外だったから、既存の魔術を取得したけど、こうして魔力を見ることが出来たなら、ここからは想像の幅を広げて、私だけの固有スキルが新しく生えるのを待ちたいかな~、この魔力視も地味に魔力消費量が多いし、見てるだけで魔力が枯渇するとか馬鹿にならないし」

「それには同意するわ、流石のアキだって、昨日は魔力視と鑑定魔法を使い過ぎて、魔力欠乏症で倒れてしまったものね……」


 内外魔力区分の原因究明のために、もてる魔力の全てを注いだアキが、途中で目を回して倒れたのを受け、今回ばかりは彼女に無理をさせ過ぎたと反省したカオリは、ロゼッタに再度先の顛末を掘り返され、ばつの悪い顔をする。

 単純に見るとはいうものの、魔力視は本来肉眼では見ることの出来ない魔力を、視覚情報として視認が可能とする異能の力だ。

 消費魔力量でいえば、身体強化や武器強化に匹敵するほどに魔力を消費するものであり、過度な行使により魔力が枯渇するのも当然の代物である。

 また鑑定系魔法に関しても、対象に自身の魔力をあたかも超音波のように放射し、あまつ反射し収受した様々な情報を、視覚情報として展開する。極めて高度な魔法である。

 アキのように、固有スキルとして習得しているのでもない限り、そう日に何度も行使する能力では当然なく、また鑑定情報に関しても、個々で得られる情報には個体差があって当たり前の魔法だ。

 それをほぼ丸一日、休息もせずに使い続けたアキが倒れてしまったのは、ひとえにカオリの期待に答えんがためと、彼女が無理をしたからに他ならない。


 従者に無理をさせたとあって、気づくのに遅れたロゼッタも、これを己のこととして深く反省し、従者をもつ貴族令嬢としての矜持から、カオリにも強く反省を促した。

 ともあれそんなアキの献身により、現在カオリ達の研究は次の段階へと進みつつある。


「結局、魔力を操作すること自体には、特別な術式が必要ないとして、それをどうやって人に理解させるのかが重要ってことでいいの?」


 カオリの問いにロゼッタは慎重に言葉を選ぶ。


「具体的には『自身の感知の及ぶ範囲の魔力操作』には、術式が必要ないという説明にはなるわね。これは人体に備わっている魔力回路が、術式の役割を担っているからだと私は考えているわ、……いえそもそも、人体の魔力回路こそを手本として体系化されたものが、術式なのだと思うのよ、でなければ複雑怪奇で奇々怪々な幾何学模様からなる術式陣を、人はどうやって思いついたのかのを説明出来ないもの、これは魔法学全般の有史を紐解く、おそらく極めて重要な考察材料になりえるわ」


 人体の摩訶不思議とばかりに思索へと脱線するロゼッタだが、もちろん当初の目的を忘れたわけではなく、小さく咳払いを挟みつつ、カオリに向き直る。


「まあ魔力を循環させること自体は、難しくはないわ、もともと魔法訓練の初歩段階では、指導者が生徒と身体を触れ合わせて、間接的に魔力の動く感覚を体験させることから始めるのだもの、そこで才能の有無を判断されるのだけれども、これまでは一見して外部魔力保有者にしか、実施されなかった手法よ」

「でもそれじゃあ魔力で肌を撫でるくらいの感覚でしかないんじゃないの? 大事なのは体内の魔力を出したり入れたりすることでしょ?」


 カオリのそんな疑問に、だがロゼッタはとある記憶を辿ってみせる。


「ええただ魔力で触れるだけでは、当然これまでと同様の結果にしかならないわ、でもこの世には、たとえ魔力開路が固く閉ざされた内部魔力適正者が相手でも、問答無用で魔力を走査させる優れた魔道具があるのではなくって?」


 そんな含みのある問いに、カオリはしばしの黙考から、その存在に思い至る。


「ああっ、冒険者組合の鑑定晶!」

「そうよ」


 カオリがこの世界に召喚されてから、初めて利用した最初の魔道具である鑑定晶だが、そのやや不快な使用感で印象深かったためか、あまり頻繁には利用してこなかったものでもある。

いわれてみればあの不快感も、外から体内に侵入し、無遠慮に走査してゆく魔力が原因だったのだと思い至り、カオリは深く納得した。


「あれは本来所持には厳重な規則があって、個人での所有には国の許可が必要なのよ、というのも、人体に外部から魔力を流し入れるといのは、いくらでも悪用が可能な危険を伴うものだもの、おそらくこの規則の制定も、内部魔力適正者を生み出す要因になっていると考えられるわね」

「え、だったら安易な方法で、それこそ無理矢理外部から魔力を注いで、魔力開路をこじ開ける。なんて許されない感じ?」


 カオリが困った顔をすれば、ロゼッタも肩を竦めて無言の同意を示すものの、しかしそれでは話が進まないと、視線を宙に向ける。


「きっと事情によっては抜け道もあるはずよ、それこそ何重もの安全策を設けた手法、あるいは専用の魔道具を開発して、それを国に認可してもらうだとか、教会や王宮の監視下でのみ、利用が可能にすれば、新たな既得権益にもなるし、そう反対もおきないと思うわよ?」


 ロゼッタにしては珍しく、やや楽観的な姿勢を受け、カオリは首をかしげる。


「なんだか投げやりに聞こえるけど、どうしたの?」


 そんなカオリの問いに、ロゼッタは不敵な笑みを浮かべて見せる。


「だってこの研究の最終目標は魔法のさらなる社会的普及で、その目的地所はあくまでも私達の村を最初に想定しているのでしょう?」


 一度言葉を切り、身体ごとカオリに向き合って腰に手をあてるロゼッタに、カオリは息を飲んだ。


「だったら、作ってしまえばいいのよ、私達だけで勝手に、お国がそれをどう扱うのかなんて、私達の知ったことではないでしょう?」


 その常にないロゼッタの乱暴なもの言いに、カオリは驚愕に目を見開く。


「ロゼ、マジ天才」


 必要となる要素は主に、強引な魔力の走査機能、体外に漏れ出た魔力を体表に留めおく結界機能、そしてそれを自在にかつ自身で操作が可能にするための術式の構築である。

 当初は魔力の走査によって体内を魔力が循環する感覚さえ掴めれば、自然と魔力操作の心得を習得出来るだろうと考えたものの。

 それだけでは外的要因による魔力干渉に弱くなってしまうと気付き、急遽仕様を変更し、何重にも安全策を施した専用の術式を編纂する必要があると試行錯誤をおこなった。

 また個人での反復訓練も、人によっては必要であろうことを考慮し、今回は魔道具による手法がとられた。

 むしろ後の広い普及を考慮するからこそ、誰にでも利用出来る魔道具に落とし込むことが理想ともなれば、その開発に着手するのに、二人が迷う理由がなかったためだ。


 もちろん術式を読み解きさえすれば、魔導士ならばこの専用の術式を会得するのも、そう難しい話ではないではあろうが、ことが精神干渉系魔法にも悪用可能と考えら、術式の刻まれたいわゆる基幹部への秘匿機構を、ササキに相談したのはいうまでもない。

 ゴーレム作成の、とくに魔導核製作には一家言をもつと豪語し、また先の監視用魔道具や医療用鑑定魔道具の開発時にも、術式の秘匿方法には細心の注意を払って来たササキのこと、その新たな魔道具の開発には【北の塔の国】の開発技術を遺憾なく発揮する運びとなった。


 そうして着想からわずか四日という期間で、目的の魔道具の試作品が、カオリ達の下へと届く。


「これまで同様に、基幹部外装は総暗鉄で拵え、接続部位には竜金を用いている。術式回路上には幾重にも反射感知機構を設け、当然如何なる破壊行為をおこなった場合でも、内部の魔導核が融解するように安全策を講じたものだ。これでおおよそ考えられる限りにおいて、術式の解読は不可能だろう、全体の形状に関しては、従来の鑑定晶を模倣させてもらったが、まあやや見栄を張って一回り小型化させているので、持ち運びが容易になってもいるはずだ」


 ササキの説明に、カオリとロゼッタは目を輝かせて、落ち着きなく件の魔道具を様々な角度から観察する。

 一方急遽呼び出され、同席を求められたマルコとイスタルの両名は、話の展開についてゆけず。なかば呆然と眼前の魔道具を凝視した。


「まさか、出来たのですか? 誰でも魔法が使えるようになる。夢のような魔道具が?」

「つい先日、内外魔力区分の根本原因を特定出来たと、報告を受けたばかりだったはずですが……、よもやこれほどとは……」


 両名共に驚愕の声を漏らし、また徐々にその画期的な魔道具の存在を認識するにつれ、鼓動が速くなることを実感する。


「あくまでも魔力の操作方法を会得するための補助魔道具です。しかし流石はササキ様ですわ! 前回の魔道具達にも驚きましたが、これほど精巧な品を、実質二日の期間で試作出来てしまわれるなんてっ……」

「いつもありがとうございますっ!」


 都合三度目となる魔道具開発の、そのあまりに迅速な製作能力に、カオリとロゼッタはいつにも増して尊敬と感謝の言葉を贈る。

 カオリにとっては、ササキがこの世界でもっとも優れた国の王であると知るのだから、この程度の魔道具開発など造作もないと理解出来るものの。

 ロゼッタは、ササキが実は【北の塔の王】だとは知る由もないはずにも関わらず。ササキの力に全幅の信頼を寄せ、また疑うこともないのだから、ササキと直接的な交友のないマルコとイスタルにとっては、そんな三人の様子も含めて、驚愕の光景であったことだろう。

 しかしながら事実実物が目の前にあり、その機構と理論にも十分な説明がなされた以上、疑うことはもちろん、不安のあろうはずもなかった。


「さて、後は実際に使ってみるだけなのだが、生憎と私の伝手では十分な生体検査の情報を集積出来なかったのでな、出来れば子供達の前に、理解のある大人で、安全であることを実証したいと思うのだが……」


 ササキの提案に、カオリはイスタルへと視線を向ける。

 この場合、最初の実験台にはカオリ達が名乗りを挙げるのが筋ではあったものの、生憎カオリ達【孤高の剣】に、内部魔力適正者は居なかった。

 意外なことに、重戦士であるアイリーンに関しても、実のところ外部魔力を有し、どころか優れた魔導士の才すらも持ち合わせていたのだ。

 というのも、一般的に生粋のアラルド人は、総じて肉体機能に恵まれ、また同時に魔法の才能をも有する極めて優れた民族である。

 彼女が日頃魔法を使わないのも、あくまで好みの問題でしかなかったためである。

 そしてこの魔道具の利用目的の観点から、やはり村の関係者を優先する心算であり、もっとも信頼を寄せる被験者として、【赤熱の鉄剣】の面々が挙げられたためだ。


「はい、皆なら喜んで協力してくれるでしょう、そうすれば他の村人様方も、安心して利用してくださるはずです」

「セルゲイさん達と、ゴーシュさん達もですね~、みんなが魔導士になれるなんて、すごい戦力強化ですねっ!」

「皆様方の慄く様子が目に浮かぶわ……」


 午後、場所を屋敷の庭園に移し、村から呼び出された【赤熱の鉄剣】の面々は、同席するマルコと挨拶を交わし、ロゼッタからの説明を受けつつ、実証へと移行した。

 最初はアイリーンと同族のアラルド人であるレオルドだ。

 実のところ彼に関しても、外部魔力を生来からもっており、このたびの魔道具の検証対象とは本来違ったものの、幼少より外部魔法にまったく関心がなく、これまで魔力操作を試みもしなかったためか、本人の体感としてはほぼ内部魔力適正者と変わらないと自覚していた。

 よって魔力操作の感覚を実体験出来るこの魔道具が、そういった魔力操作経験の乏しい対象でも、効果を発揮出来るかも実証出来るとして、対象に選ばれたのだった。


 またアキの言及した『外部魔力保有者の外的要因による魔力干渉耐性の脆弱性』を鑑みて、元より外部魔力を有する対象であれば、それを懸念する必要もないと考えられたためだ。

 まるで開封をまつ名酒を前にしたような、興味津々の笑みを浮かべるレオルドは、まったく緊張もない様子で、意気揚々と魔道具へと片手の掌をかざす。

 触れた瞬間に起動を示す明滅を認め、次いで緩やかな魔力の広がりを、魔力視が可能な面々が確認し、一同に感嘆の声が漏れた。


「どうだ? レオルド」


 魔力視の出来ないオンドールが彼の体調を一応気遣うように声をかければ、レオルドは変わらず笑みを浮かべたままに振り替える。


「おう、とくに変わりはねぇなっ、だがなんだか懐かしい感じがするぜ、昔におやじと行った森の中にいるみてぇな、ああなんつぅか、満たされてるみてぇな感じだ」


 レオルドの感想に、オンドールは片眉を上げてロゼッタへと視線を向ける。


「恐らくですが、森の特性上、魔素などが濃い場所で、それを感知出来るものにとっては、よくも悪くも魔力が感応する感覚をえられる環境です。子どもはとくに魔への感受性が高く、そのころのレオルド様は、高い魔力感知能力を有しておられたのでしょう、それからほどなくして冒険者になられ、魔法から離れた生活をされる内に、また戦士としてレベルを重ねられたことで、心身ともに魔力への感応性が鈍化されていったのだと思われます」


 ふむと顎に手を添えたオンドールは、得心いったとうなずく。


「つまり、脳みそまで筋肉になってしまったということか」

「いうねぇロゼ」

「そうは申しておりませんっ! お止めくださいませオンドール様、カオリも便乗して揶揄わないでちょうだいっ」


 一方で脳筋認定されたレオルドは、愉快そうに笑みを浮かべるものの、やや自嘲したように首を傾ける。


「するってぇとあれか? 俺もその気になりゃあイスタルみてーに、魔導士になれたってことか、なんだか惜しいことをした気分だぜ、まあなれたとしても、どの道おやじに憧れてたから、変わんなかったろうがよ」

「逆に僕はどんなに鍛えても、レオルドのようにはなれなっかたけどね。それに君が強い戦士だったからこそ、今の道を目指せたんだ。その点では感謝しているよ」

「イスタルは僕達と違って、いつも木陰で本ばかり読んでいたからね。随分不健康に見えたものだよ」


 生まれた時からの幼馴染である三人は、昔話に花を咲かせる間も、レオルドによる魔道具の発動は持続され、その安全性を、ササキは冷静に分析した。


「魔力の放出と魔力防護膜は上手く展開されているな、これならば魔力干渉への耐性も、同時に会得出来るはずだ」

「そのようですね。たしか魔力の放出を、掌に限定して調整されているとのご説明でしたが、それは干渉系魔法への対策として、その、『身体魔力開路』ですか、そこを無闇に開放しないためであると?」


 ササキの呟きに反応するマルコは、そのまま聞き慣れない新たな理論について疑問を口にする。


「そうです。『身体魔力開路』は魔力の出入り口ですので、常時全身の開路を解放していれば、それだけ外からの侵入と干渉に弱くなってしまいます。またほとんどの魔導士は、外部魔法を発動するさいに、ほぼ掌から魔力を放出するようですので、魔法初心者ならば掌に限定した魔力の放出と操作さえ身につければ、一般的な魔法の行使に困ることもないだろうと考えられたためです」


 今回の魔道具の目的は、あくまで人類が本来備えていた魔力操作能力を、疑似的に引き出すことである。

 また魔力を体外に放出することによる影響、とくに魔力干渉にも対策を講じ、同時に魔導士としての最低限の素養を鍛える意図も図られている。

 実際に攻撃魔法のような、目に見えた魔法の行使にまで及ばずとも、魔力を伴う様々な魔道具の利用や、日常生活で活用出来る低位の魔法程度であれば、おそらく会得が容易であろうとの予想である。


 こうしてレオルドに続き、アデルとオンドールも魔道具を体験し、それぞれで魔力を体表に放出する感覚を経た後、イスタルやマルコとロゼッタの簡単な指導を受け、三人は基礎的な外部魔力の操作方法を滞りなく会得するに至った。

 さらにそこから武器に魔力を纏わせ、武器そのものを強化する魔法にまで訓練は及び、夕刻のころには、銘々は簡単な武器強化魔法を習得出来るまでに至り、実に感慨深いといった心境を抱く。


「これはすごいっ、本当にすごいよ! これが魔法なんだね。まるで言葉が出てこないや」


 歓喜のままに声を上げるアデルに、一同はまったく同感だと同意を示す。


「生憎とササキ殿よりいただいた剣は、総暗鉄制ゆえに、魔力を纏わせることかなわんが、それでも鎧を強化出来るだけでも、相当な戦力の強化が望めよう、まさかこの歳になって、魔法を扱えるようになるなど、夢にも思いませなんだ……」


 とくに中年となって久しいオンドールにとっては、感慨もひとしおだと、小さく言葉を漏らす。


「でもよ、こいつは相当訓練しねぇと、実戦で使うにはちょいと無理があるぜ、魔力があっという間にカラっけつになりやがる。かと言って一瞬だけ強化しようにも、全然上手く発動出来やしねぇ……、もしかして俺達の魔力量って、ガキのころからまったく増えてねぇのか?」


 だがそんなレオルドの感想に、カオリも首をかしげてロゼッタに視線を向ければ、振られたロゼッタは実に難しい表情を浮かべる。


「外部魔力をもつ貴族の子弟は、幼少より魔力を枯渇させ、魔力保有量を増やす訓練を施すのが一般的です。ゆえにそうやって厳しい訓練を経て、はじめて魔導士として最低限、戦闘などで活用出来る魔力量を身につけるものですわ、今日初めて外部魔法を会得された皆様方が、魔力量が僅かなのは必然と考えられます。なので今後武器強化系の魔法を自在に扱われるようになるには、相応に地道な訓練が必要であることは必至かと……」


 すでに予想されていたこととはいえ、それでも一同の顔には落胆の色が見えるのに、ロゼッタは申し訳ないと顔を伏せた。

 たしかに、半端な夢を見せてしまったかのような結果ではあっただろうと、これにはカオリも三人に同情的な視線を送る。


「でも、少なくとも子供達は大人になるまでに、十分な訓練期間を設けられるだろうし、身体の成長とともに、相乗的に大きく魔力量を増やすことは可能なのは事実ですので、本来の目的としては大成功ではないですか?」


 とは言え、本来の使用目的である。子供達の将来へのより広い選択肢の提示という観点では、紛れもない光明を見出せたのも事実であると、マルコは場を和ませるのに、カオリは自嘲気味に笑みを浮かべる。


「そうですね。マルコ先生のおっしゃる通りです。【赤熱の鉄剣】の皆様には、追々我々も訓練にご協力させていただきますし、そう遠くない未来には、魔法戦士として十分な実力を身につけられることをお約束いたします」

「ええカオリの言う通りですわ、皆様のような後発魔力発現者も含めて、魔導士の才を引き出すのも、我々の命題だと心得ております。むしろ社会実験としても、我々からご協力させていただきたく、伏してお願い申し上げます」


 揃って頭を下げるカオリとロゼッタに、オンドールとアデルとレオルドの三人も、笑みを湛えて深く礼を返した。


「ああそうだ。これは極めて重要な歴史的転換点だ。協力は惜しまんし、先駆けて被験体になれることは大変名誉なことだと思っている。我々でよければ好きなだけ実験してくれてかまわんよ」

「そうだよカオリ君、これまで魔法なんてすっかり諦めていた身だ。例え今日の体験が夢のほんの一欠けらであったとしても、それは冒険者にとってはとても大きな第一歩なんだと僕は思うよ」

「おうよっ、いったいなにに落ち込んでるのか知らねぇが、そいつはカオリちゃんのせいじゃなくて、俺らの問題だろ? まあなんとかなるだろうよ、がはははっ!」


 そしてそんな言葉を、それぞれから送られたことで、カオリも笑顔で顔を上げれば、おりよく夕餉を呼ぶ声が、一同の下に届けられた。


「皆様そろそろご夕食のお時間です。本日は皆様の実験成功を祝して、ササキ様より豪華な馳走をご用意させていただきました。どうぞごゆるりとご堪能いただきたく存じます」


 ステラの言葉に、一同はわかりやすく喜色を浮かべ、足取り軽く屋敷へ移動する。

 今日はどのような馳走にありつけるのか、皆の表情にはすでに、先の懸念など、微塵も浮かんではいなかった。


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