( 卒園論文 )
「卒園論文ですか?」
「うむ、そうだ」
翌日の朝、家人揃っての朝食の席で、唐突に切り出したササキの話題に、カオリはこてんと首をかしげた。
「カオリの故郷ではどうだったか知らないけれど、幼年学校などと違って、王立魔法学園では卒園時に、四年間にどのような分野を学び打ち込んだのかを問う、いわば認定試験のような試みがなされているの、これはどの科を専攻していても同様におこなわれるわ」
「へぇ~」
ササキに代わって説明したロゼッタに、カオリは気の抜けたままながら感心を向ける。
日本の義務教育しか受けたことのないカオリにしてみれば、季節ごとに試験を設け、総合的な修学進捗を数値化する習慣はあっても、こういったいわゆる大学に見られるような学習制度は馴染のないものである。
それ以前に特定の教室をもたず。講義ごとに部屋を移動し、また学ぶ講義を自分で選ぶ方策事態にも慣れるのに時間を要したカオリにとって、突然そうした制度を告げられても、戸惑いを感じて然るべきであろう。
「本来は年齢を鑑みて、カオリ君の卒園論文も再来年以降とするべきなのだろうが、カオリ君は短期留学生なのでな、可能であれば来期をもって卒園要項を満たし、いつでも学園を出る準備をするべきではと思ったのだ」
悠然と他人事のように述べるササキだが、内心ではカオリがまだ高校へも進学していなかった少女だった事実を、つい最近思い出し、やや慌てて告げた次第である。
なのでササキなりに猶予を設ける心算でもあった。
「王家にはすでに、度重なる様々な国への貢献をもって、報告書形式でも卒園論文とみなし、カオリ君を王立魔法学園卒園者として認める許可は得てはいるのだが、一応カオリ君の意思を尊重するべきだと思ったのだ。――実際のところ、カオリ君がどうしたいのか教えてはくれないか?」
態度にこそ見えないものの、ササキの言葉に相応の配慮と一抹の謝意が含まれていることを悟ったカオリは、やや考えて答える。
「そうですね……、私としては国への貢献はただの成り行きですし、なにより自分達のためにやって来ただけですので、学園とは別だと考えています。考えてもいなかったことなので、今日いろいろと考えて決めたいと思います」
「うむ」
支度を終え、学園への道すがらに、カオリはまずはロゼッタへ話を聞くことにする。
「ロゼはもう卒園論文は出来てるの?」
「ええ、というよりも私は入園時にはすでに大まかに方針を決めて、これまでですでにある程度まで形にしてしまっているのよ、元々就学するつもりもなく、必要最低限は独学で学び終えていたのだもの、ただこの王都での活動を通じて多くを学んだのはもちろん、ササキ様からいただいた【創造の魔導書】もあって、魔法への造詣を深く出来たから、より踏み込んだ内容に変更はしたけれども」
馬車の揺れをものともせずに背筋を伸ばし、大変綺麗な振る舞いで胸を張るロゼッタの様子に、カオリはつられて居住まいを正す。
「てことは魔法関連の論文? やっぱり魔法科を選んだからには、魔法に関連付けたものの方がいい感じ?」
しかし言葉遣いに関しては大いに崩し、漠然と考えるカオリに、ロゼッタは息を吐いて私見を向ける。
「ササキ様がおっしゃったように、カオリはこれまで本当に国をより良くするために様々な試みを実践して来たわ、極論だけれども、学園の目的はあくまでも国をより発展させうる人材の育成なのだから、その意味でカオリはすでに実績を示したのだもの、後はそれを詳細に明文化して、論文として提出するだけですむ話よ、実際、誰がすでに実施検討されている国政を否定出来るというのよ」
やや語調を強くする彼女の論調には、これまで国や貴族にまつわる諸問題に巻き込まれ、カオリが平穏な学園生活を送れなかったことへの、僅かな怒りも含まれていた。
紛争騒動の時など、実質一月以上も学園を離れ、戦場に駆り出されたりもしたため、彼女の憤りももっともではあるが、あの騒動では父親の身を案じた自身の内情も絡んでいたので、深く言及はしなかった。
「でもせっかく魔法科を選んで、色々勉強もしたし、本当に通っただけで卒園っていうのも締まりが悪いよね~、実際なにを学んだの?て聞かれたら、即答出来ないし……」
「そうねぇ……」
このカオリの言には、ロゼッタも同意を示す。
これまでカオリが学園で学んだ多くは、いわばこの世界の常識とでもいうべき普遍的な魔法的社会的分野の施策実情がほとんどである。
中には学術的知見に基づいた専門的知識もあるものの、それらは学園に身をおく教授陣が、独自に研究している題材に触れた程度のものである。
もとより学園の内情として、子息令嬢の大多数は、学びはもちろんではあるが、それ以上に学園生活を通じて、同世代の伝手を得る社交の場としての側面が強いため、この卒園論文はいささか形骸化している実情がある。
日本においては、義務教育で最低限の社交性と基礎教養を学ばせ、高等教育でより進んだ学問知識を備えるとともに成人への準備期間とし、大学で専門的な学術分野のための時間的実践的研究をおこなうのが普遍的な修学制度である。
ひるがえってこの貴族社会の根強い未発達な異世界においては、それら歴史的知見に基づいた若者の学業を、ことのほか重要と考えるものはかなり少数だ。
つまり学ばせる側の大人達が、そもそもとして子供達が学ぶことの意義を、それほど重要視していないという事実を認める必要がある。
よってカオリはこれまでの実績ですでに、学園に通う意義はないと考えられ、卒園論文なる形ばかりの通過儀礼を、不要と断じる声があることも理解出来た。
しかしそれこそ日本の学業を半ばとはいえ知っているカオリとしては、どうにも締まりが悪く思えてしまう。
そんなカオリの内心を理解出来るロゼッタも、当然のように強く反対することなく、カオリの姿勢を尊重するつもりだった。
「ならカオリとしては論文に取り組むものとして、問題は題材をなににすべきなのかというところね。なにかこれというものは思いつくかしら?」
「流石にすぐには決まらないかな~」
ロゼッタの問いにカオリは素直な返答を述べ、過ぎ行く街並みへ視線を向ける。
午前の講義を終え、いつもの軽食喫茶の個室の席で、カオリはかねてからの疑問を、ロゼッタにぶつける。
「結局、魔術適正ってそもそもなに?」
これが、カオリのこれまでの異世界生活でもっとも不可解に感じた疑問であるとばかりに向けられた質問に、ロゼッタは盛大な溜息を吐く。
これは以前にも、いやかねてからカオリが提起していた。この世界での普遍的な魔法への認識に対する疑問として、カオリが度々口にする話題である。
そろそろはぐらかすことも難しいと、ロゼッタも本腰を入れる覚悟を抱く。
「……やっぱりそれよね。私もカオリと出会って、【―自己の認識―】を知ってから、適正そのものが極めて魔法的な身体への最適化の影響によるものと理解出来たもの、従来の常識を知らないカオリが、不思議に思うのも当然よね。私も正直見ないふりをしてしまったぐらいですもの、その、なんだか自分だけズルをしているような気がして……」
そう後ろめたさを隠さず述べたロゼッタへ、カオリも彼女の気持ちを理解しつつ、しかしこれに言及せねば、そもそも魔法への認識を深く掘り下げるのは無理があると改まる。
「まずさ、外部魔力所持者と内部魔力適正者の違いがさっぱりわかんないんだけど、まるで常識みたいに言ってさ、そこは一緒くたに魔力保有者とかでよくない?」
「そうよねぇ……、今となっては私も強くそう思うわ」
二人の話題とするのは、この世界では常識とされる。内外魔力という区別についてである。
簡単に述べれば、外部魔力所持者はいわゆる魔導士には必須の能力であり、体外に魔力を放出出来る体質のことを差し、内部魔力適正は身体強化といった自身への魔法行使しか出来ないもののことを指す言葉である。
魔法を自在に操る能力が時として貴族の素養と認識されるこの世界において、この適正の有無は極めて重要な要素と考えられている。
場合によって内部魔力適正者は、魔法を使えない劣等種として差別の対象になることもあり、貴族においては出生が秘匿されることもしばしあった。
しかし潜在的に魔力を保有してさえいれば、誰でも魔法は使えるものであり、仮に保有魔力量が少ないものでも、レベルを上げてスキルを取得してゆけば、真実だれでも魔導士になれるのだと知る二人にとっては、まるで意味のない、ただの言葉に過ぎない。
幼少よりこの世界の常識として植え付けられたロゼッタはまだしも、召喚されてまだ一年にもならないカオリが、この学園でわざわざ触れることもないこの認識へ、疑問を抱くのは至極当然であり、どころかそれが誤りであると確信出来る根拠を知るのだから、首をかしげるのを誰も咎めることは出来ない。
仮にカオリが卒園論文を介して、魔法に関するなんらかの研究に触れる場合、その大前提を見て見ぬ振りをして上辺だけを取り繕うというのは、いささか無理があると感じたのだ。
ロゼッタにしても、これまでの魔法への認識とカオリとの活動にて得た知識との乖離を、どう濁すのかに苦心しながら、ようやく形だけは整えたため、今更カオリによって前提を覆されれば、自身も論文内容を大幅に修正が余儀なくされるため、悩ましい問題となる。
「……問題点は【―自己の認識―】の存在を公にせず。私達の強みを秘匿した状態で、この常識を打ち破るなんらかの道筋を示し、より深い魔法の神髄に触れる研究結果を示すこと、よね」
ロゼッタの見解にカオリも同意を示す。
二人の感じた問題点を要約すると、魔力ないし魔素はこの世界に生きる。いや存在する全てに宿るものであり、とくに知性を有する生物は、すべからく自らの意思で魔力を操作出来、特性や保有量に左右はされるものの、誰でも魔法を行使することは理論上可能であるため、現在の区分は正確ではないことを証明しなければ、己達の知識を公に発表することが出来ないということである。
「そうなると、まずしないといけないのは、魔法を使えないって言われている人達と、魔導士との違いをはっきりさせることかな?」
「そうね。そこが曖昧なまま、事実だと捲し立てても、誰にも理解してもらえないわ、あとその違いを取り払う確実な方法、具体的には魔力を自在に操作出来る基礎的な術式の習得方法の開発も、平行した方が賢明ね」
そこまで決まれば、後は役割分担を決めるだけとばかりに、二人は学園についてからの行動指針を始める。
取り急ぎ最初に訪れたのは、主に精霊魔法を教え、自然魔力を研究する。マルコ・ローグルット教授の研究室だ。
「失礼します」
「やあミヤモト君、なにか用かい?」
礼を欠かさず静かに入室すれば、にこやかなマルコに迎えられ、カオリは再度黙礼する。
「実は冬期休暇の前に、卒園論文のための資料集めをしたいと考えています」
簡潔に目的を告げるカオリに、マルコはやや面食らった様子で首を伸ばす。
「へえ……、ミヤモト君はすでに卒園要項を十分に満たしていて、なにもせずとも王立魔法学園の卒園生の資格を与えられると聞かされているけど、わざわざ卒園論文にも手をつけるのかい?」
マルコが当然の疑問をぶつけるのに、カオリは表情を変えずに返答する。
「実はこの大陸の魔法への認識に関して、少し疑問を感じまして、個人的に研究をするよい機会だと思いまして」
そう切り出したカオリは、そう感じた経緯を大雑把に説明し、まだ論文の主題をどこに位置付けるかの事前段階であることも正直に触れる。
ここで重要なのは、カオリが異邦人であることで、この世界ではなく、この大陸に根付いた魔法理論の常識に、疑問を抱いたと詳細を濁した漠然とした認識を、どう上手く伝えるかといった論調である。
「魔導士が行使する魔法は、あくまでも術式を介した技術によるものだと私は認識しています。それを証拠に精霊や妖精、果ては魔物に至る存在は、必ずしも決まった術式を必要とせずに、自在に魔法が行使出来ることが確認出来ます。よって私は、魔力を有する知的生命体であれば、理論上全ての生物が魔法を使えてしかるべきであり、現在の区分は正確ではないのではと思いました」
あくまでも客観的観測を元に、カオリは疑問点を明確に提示して見せれば、マルコは興味深そうに身を傾ける。
「へえっ、だから僕のところに来たんだね。それはたしかに僕の研究と緊密な関係がある題材だね」
説明を受けたマルコは、相好を崩してカオリの触れた題材に興味を示す。
「実はそのことについては、僕もかねてから疑問を感じていたんだ。……だけどもし、そのなんらかの根本原因を解明し、あまつさえ解決方法を編み出した場合、現在の貴族社会になんらかの影響が及ぶ可能性もあると、あまり大っぴらに研究出来ない題材でもあるから、二の足を踏んでいたんだ」
マルコの懸念はもっともであり、カオリもその点に関しては大いに同意した。
当然のことではあるが、魔法とはすなわち、単独で奇跡を体現する神の御業に匹敵する力である。
自在に火を灯し、水を生み出し、物質を操作しうる力は、無限の可能性を秘めた力そのものだ。
ゆえに魔導士はただ魔法が使えるというだけで一定の地位が保証され、人間社会で生きるというだけでも、幾枝もの未来を提示出来る。
とくに優れた血統を継承する貴族階級においては、魔法を行使出来る素養は必須な能力と捉えられる風潮が強く、それは王国最高の教育機関たる学園の名に、魔法が冠されていることからも十分に察せられる。
つまるところ魔法が使えるということが、貴族が貴族たる所以の一つとして数えられ、平民は本来魔法とは縁遠い存在であると区別することを、現在の貴族制度は自らの優位性の根拠としているのだ。
だがもし、カオリの触れたように、魔力を保有する生物全てに、魔法を行使しうる可能性が示されれば、現在の貴族制度の根幹を揺るがしかねない事態となり、研究する場合は非常に慎重な取り扱いを余儀なくされる。
恐らく、このことを公にせんと行動した場合、高確率で一部貴族からの直接的な妨害が予想されるのだ。
しかし、とマルコはカオリに忠告したものの、その実、大いに期待を膨らませた。
なにせ相手はカオリである。王家の信頼厚く、幾度もの貴族や上流階級からの横槍や武力行使を、叩き潰して来た実力者だ。
ここにマルコはたしかな光明を見出す。
「そうなると、根本原因を取り除く、なにか具体的な方法にあてがあると期待してもいいのかな? それとも本当に漠然と疑問を感じただけなのかな?」
そこでまず。カオリがどこまで理解を深めているのかを確認するべく、やや踏み込んだ内容へ触れれば、カオリも数瞬だけ考え、マルコの視線に真っすぐに応じる。
「具体的にはまだ申せませんが、今はロゼッタが術式に関する独自の研究に着手することが決まっています」
「へえ、へえっ、それは期待出来そうだ!」
ロゼッタの関与を明言したカオリに、マルコは身を乗り出して興奮を露わにする。
今やロゼッタの社交界での位置付けは、冒険者業に従事する傍ら、魔術開発でも実績を残した才媛と見られている。
もし仮にロゼッタが本来の貴族令嬢の将来を考えた場合、縁談であれば王家も視野に入る他、魔法や国防に纏わる重要な地位すらも望めるものであるのは確実であろう。
ただしそこは男尊女卑の未だ根強い王国でのこと、仮にロゼッタの実績が評価されたところで、実際に国政に纏わるなんらかの役職をえるまでには至らず。せいぜいが学園の魔法講師程度であることは留意すべきだ。
しかしそんな彼女がカオリと共に、貴族社会を揺るがしかねない根本へと、その手腕を伸ばすとなれば、誰も手出しが出来ない強力な楔となることは容易に想像出来る。
こんな機会は二度と来ないことは明白である。この時、マルコは覚悟を決める。
「いいねっ、その議題、是非とも僕も協力するよ、いや、させてほしいっ」
「え? あ、はい」
そんなマルコの剣幕に、さしものカオリも面食らって了承してしまう、それもひとえにマルコから一切の邪気が感じられなかったからではあるが、他にもマルコの身分があくまでも王家の庇護下にある。学園の教授であり、平民に過ぎなかったことも理由だった。
「あ~、ならもう一人、意見を仰ぎたい人物がいるので、その人とも会っていただけますか?」
「ん? 僕は全然かまわないけど」
突然の申し出にマルコは首をかしげる。
週末、マルコは若干の興奮を胸に、カオリ達の屋敷へと赴いた。
王国の栄えある王立魔法学園の教授の地位を有するとはいえ、所詮マルコも身分としては平民に過ぎず。また一歩学園の外へ出れば、ただ人でしかないためか、肩書ほどに偉ぶることのない人間である。
そのため実際に貴族屋敷に出入りする機会などそうそうなく、いささか不作法を働かないかを気にはした。
だが今日の訪問先はあくまで公式な爵位をもたない、ササキとその後見を受けるカオリ達の屋敷である。
学園での肩肘張ったやり取りでしかカオリ達とは接したことはなくとも、カオリ達がそこまで作法を重視する性分ではないことは十分察せられるとして、マルコも幾分肩の力を抜いて堂々と歩みを進める。
門前に到着すれば、そこには本日だけ門番として起立するビアンカを認め、マルコは礼をして声をかける。
「失礼します。本日ミヤモト様との約束によりまいりました。王立魔法学園精霊魔法学教授のマルコ・ローグルットと申します」
簡潔に自己紹介と目的を告げるマルコに、ビアンカも綺麗な返礼をおくる。
「お話は伺っております。どうぞ中へ」
これはまったくの余談ではあるが、貴族屋敷ともなれば、当然ではあるが門から屋敷までにそれなりの物理的な距離があり、いくら門前で声を出そうと、屋敷内の人間に声が届くことはない。
よって広い敷地を有する貴族屋敷に住む場合は、本来であればちゃんとした門番役の衛士をおき、訪問者への対応や案内はそこから家令などに引き継がれるものではある。
しかし最低限の人員しか置かないカオリ達の屋敷では、門番役も簡単な案内も、臨時的にビアンカが対応することとなった。
普段はカオリもササキも学園ないし王城へ外出し不在の時間が多く、また消耗品や食材の買い付けなども、配達業者を利用せずわざわざ足を運んでの調達をおこなっている関係から、そもそも屋敷を訪問するものがほぼいなかった。
これは屋敷の警備上の理由から、ササキが徹底している体制のため、普通の貴族屋敷とは決定的に違う点であろう。
ただし仮に不意な訪問者があっても、ササキが展開している屋敷を覆う結界魔法は、境界に接触した対象物の、大まかな身体的情報を調べつつ、屋敷内に設置された魔道具を介して、家内に訪問を知らせる機構も備えているため、ステラが対応することも可能な、極めて便利な体制となっている。
これにはさしものロゼッタやステラも当初は驚いたものの、先触れから訪問者の到着よる。時間差を省略出来ることで、極めて合理的な体制であると感嘆したものだった。
かくして一階の応接間に案内されたマルコは、ステラの給仕した茶で緊張を解しつつ、カオリとカオリが連れて来るであろう人物の到着を待つ身となるが、一口目を飲み下す前に、カオリが応接間へ入室した。
「ようこそお出で下さいました。マルコ先生」
綺麗な所作で挨拶をするカオリへ、マルコも返礼する。
「歓迎ありがとう、ミヤモト君、そしてそちらの方が、先日おっしゃっていたもう一人の協力者の方ですね。初めまして、王立魔法学園精霊学教授のマルコ・ローグルットです。以後お見知りおき下さい」
常の剽軽な態度を改め、礼を尽くすマルコに対し、カオリは後ろへと視線を移す。
「こちらは、現在私達の開拓村で、主に子供達への教育を担当していただいている。冒険者のイスタル様です」
「ご紹介に預かりました。【赤熱の鉄剣】の魔導担当で、現在はカオリ嬢の村で幼年学校の教師をしています。冒険者のイスタルと申します。本日は栄えある王立魔法学園の教授様と貴重な意見交換が出来ると、大変名誉ある機会を与えていただき、光栄の至りです」
互いに自己紹介をすませ、しばし互いのなれそめについて他愛のない会話を経た後、ロゼッタが支度を終えて入室したのを受け、ようやっと本題へと移る。
「では最初に、私から現在判明している調査内容を、簡単にご説明させていただきますわ」
そう切り出したロゼッタが、人数分の資料を提示し、それぞれが受け取る。
「まずカオリがもっとも疑問に感じたとする。内外魔力適正区分についてですが、これはおおよそ放出型魔法の発動が可能かどうかで判断されております。これは従来から今日に至るまで長く認知され、今や常識とされるまで普遍的な認識となっており、今や誰も深く研究しようとは考えないほどに定着しております」
一度言葉を切り、マルコとイスタルの反応を伺いつつ、揃って同意を得られたとして次項に続く。
「しかしながら様々な文献や、また冒険者組合所属の冒険者、また魔法科の学園生を対象にした小規模な調査により、外部魔法と一言で言っても、様々な特徴があることが裏付けられました。実際の調査実態や参考文献につきましては、次項に記録記載しております」
ロゼッタの解説によれば、そんな数日の簡単な調査だけでも、外部魔力といわれるものが、必ずしも同一のものではないことが裏付けられると語った。
「ふむ、触媒を利用した場合のみ、大規模な魔法を発動出来る人、逆に触媒を利用しても発動や消費魔力に違いがない人、およそ魔術を自由に扱えないものの、目を通じて魔眼を発動出来る人や、掌に限定したならば繊細な魔力操作が可能な人か……、こうして見ると本当に様々だね」
「後年になって改めて調べた結果、いつの間にか外部魔力を発現した人は、いわゆる後発魔力適正者と呼ばれる人達ですが、これも原因が判明していない現象の一つですね」
マルコとイスタルが、それぞれで気になる点を口にするのを受け、ロゼッタは優雅に紅茶で口を湿らせる。
「一般的に外部魔力適正者は、通常体表を覆うように自身の魔力を纏っているものと考えられておりますが、実態は、身体の部分的に限定して魔力を体外に放出可能な事例があります。このことから、私は身体的あるいはなんらかの魔法理論に則った根本原因があることが明白と考えております」
ロゼッタの出した結論に、二人も異論はないとうなずく。
「次いで内部魔力に関しましては、騎士科の学生のみならず。現役の騎士様方にも聞き込みをおこない、意識的に利用している魔法の他、過去になにか魔法的現象を体験したことはないかと質問したところ、実に興味深い証言がえられました。次項をご確認ください」
促されるままに視線を巡らせた二人から、小さな感嘆の声が漏れる。
「へえ……、命の危機に瀕し、発した裂帛の気合と共に、目に見えない衝撃波が生じて、敵を圧倒したことがあると、これは実に興味深い現象だね」
「こちらも興味深いですよ、――訓練中に上空を飛ぶ鳥に気を向けたら、気絶して落ちて来たことがあると、偶然と片付けられてしまいそうですが、これが魔法的要因による可能性があると考えれば、調査の必要があるでしょう」
一見すればただの誇張だと一笑に伏されるような話ばかりではあるが、こうして違った視点で見れば、様々な可能性を示唆する内容ととることが出来るものだと、二人も紙面に鼻先を近づけて文字を追った。
実際に調査をおこなった時も、調査対象となった騎士科学生や現役騎士の他、戦士系の冒険者達にとっても、昔の笑い話程度の認識だったのは事実である。
それでも気分よく話してくれたのも、時折顔を見せて、酒場で酒を酌み交わしたアイリーンとの知古があったからだが、相手がカオリやロゼッタといったいわゆる美少女だったのも理由の一つである。
「簡単に予測するのであれば、無意識下によって増幅した魔力が、適正の壁を打ち破って体外に放出した結果であると言えます。また観測された現象に関しても、感情の方向性と類似するものが多く、密接な関係があると考えられます」
想像や意思によって現象を形作る魔法であることから、先に述べた事象が人の意思によって引き起こされたのは想像に難くなく、カオリとしてはもはや確信に近い調査結果であると胸を張った。
そもそもとして、概念攻撃を会得し重宝するカオリにとって、これら現象はむしろ馴染み深い例の数々である。
ただし内外魔力という常識が邪魔をし、この世界ではどうにも受け入れられ辛い事象であることから、これらを題材に研究をする場合は、余程の根拠を示す必要があると認識する。
「たしかにもし、これら現象を客観的に観測が出来たとしても、一時的なものと片付けることも可能であり、我々の主張を正当化出来るものではないと私も思います。しかし仮に一時的であったとしても、事実として内部魔力適正者が、外部魔力現象を引き起こした事実を解明出来れば、将来的に如何なる適正であれ、適切な訓練を経れば、誰でも魔法が行使出来る。なんらかの方法を確立することも不可能ではないと主張出来ます」
次いでロゼッタがやや語調を強めて語るのを、マルコもイスタルも真剣な表情で耳を傾ける。
立場は違えど、共に子供達の未来を導く仕事へ真摯に向き合う教育者として、この度の議題は極めて重要な事柄である。
今回のことが切っ掛けではあるものの、二人共にこの議題については、常日頃から様々に想像を膨らませ、実現する日を夢想したのは言うに及ばず。さりとて自分一人では如何ともし難く、歯痒い想いを抱いて来た日々であった。
そこにはもちろん貴族制度のしかれる現社会へもたらす影響や、自身や身内に及ぶであろう弊害への懸念も含まれる。
なればこそ、今回のカオリの活動を支援する形で、なんらかの成果を期待出来る可能性を見て、共に光明を見出したのは当然の結果であった。
ゆえに次項に移った時点で、二人の眼差しは真剣そのものとなり、席を預かるカオリが、むしろ若干の緊張を強いられるほどである。
「え~と……、差し当たってそれぞれの適正者に対して、より詳細な検査が必要なので、今のところはなにも手の出しようがありませんが、もしよければ、現時点で予想出来る原因について、お二人から忌憚のないご意見がいただければと思います」
「……またマルコ様に対しては、論文として提出することを想定して、具体的な項目区分の策定や、論拠の実例を示していただければ幸いですわ、我々としては絵空事と一笑に伏されるのは業腹ですので、つけ入る隙は可能な限り排除したいのです」
その日は、複数人を対象とした精密検査の結果をまつ必要があるとし、再度の会合は見送り、後日連絡をとる約束をし、一同は別れた。
夕餉の刻となり、イスタルを招いた席にて、カオリ達は今日の会合の結果をササキに簡単に説明した。
「ふむ、結局議題はそこに決まったのか、……これは私も協力をしなければ、様々な方向からの問題が噴出する可能性があるな」
「やっぱりそうですか……」
これはまた。いつかの異端騒動を彷彿とさせる予感を覚え、カオリは渋面を浮かべる。
しかし村のさらなる発展や、カオリ達の地盤強化を図る場合、魔法分野の常識を打ち破る試みは前提条件となりつつある。
とくに先日に王家に提供した魔道具の数々も、カオリ達のもつ問題解決能力を保証するための布石である。
王国の権力闘争や治安状況が改善された今こそ、より高度な発展に向けた活動を推し進める絶好の機会であるとともに、より積極的な研究を始める切っ掛けであった。
とくに近頃のロゼッタは、自主的に魔法分野での広い研究をおこない、カオリ達に大きな恩恵をもたらしてくれている。
全てはロゼッタの飽くなき魔導への探求心と、カオリの常識にとらわれない素朴な疑問、アキのような破格の能力、そしてササキという国家規模の生産能力が嚙み合った結果であろう。
「仮に全ての問題を解明し、さらに解決策を確立した場合に生じる。様々な影響に関しては、あまりに規模が大きくなる可能性が高いため、今ここで言及することは控えるが……、差し当たって問題を最小限に抑える方法として、手柄を王家に譲るという方法があるが、どうするかね?」
「えっと、どういうことでしょう?」
ササキからの提案の意味を即座に理解出来なかったカオリは、ササキに問い直す。
「論文の発表者をいずれかの王子の名義とし、カオリ君達はあくまでも協力者とすることで、注目を王家に誘導すれば、おのずと批判も王家に集中するということだ。例えば外部魔力適正こそが貴族が貴族たる所以であると主張するような輩や、魔法の広い普及により不利益をこうむる既得権益などからの、直接的あるいは間接的妨害工作の標的を、ミカルド王家にかぶせることが出来るだろう」
ずいぶんと不遜な主張ではあると、この場に居合わせた面々、とくに王国出身者達は顔色を変えてしまう。
しかしながらササキはもとい、カオリ達のこれまでの王国への貢献を思えば、それも可能であるとするササキの言に、表立って目くじらを立てるものはいなかった。
また王家を名指しすることで、暗に問題が王国のみならず。大陸の国家全てに波及するだろう可能性も示唆されれば、軽率な発言が出来なったのだ。
「あ~……、たしかに私の想像以上に、問題が大きくなった場合は、それが一番確実な方法ですね。でもいいのかな~、王国民じゃない私達が、王家を利用するってことは、王家に借りが出来るってことですよね?」
カオリの予測にササキは迷いなく肯定を示す。
「王家に借りを作るということは、王家の庇護をえるも同義だ。それは王家がただの権力者だからではなく、王家が国の象徴であり、彼らの行使する力の根源が、王国の国力を下地とし、すべからく国家権益に起因するからである。……もし今回の論文をただの思いつきではなく、真に現社会への一石とするならば、カオリ君は王国の庇護下へ、つまり国民として扱えるように取り計らうことを要求されるだろう、これはそれほどの問題だと理解しなさい」
静かに諭すように語るササキの態度から、カオリはようやく問題の大きさを理解し、深く嘆息する。
ことの発端はこの世界の常識とされる、外部魔力保持者と内部魔力適正者との差に生じる軋轢や不自由への、極めて純粋な疑問である。
ゲームシステムを理解し、人はより自由な成長と発展が望める生物であると知るカオリにとって、今の凝り固まった固定観念は、非常に煩わしく感じる要因である。
とくに失われたとされる魔法の数々や、簡単な魔道具の利用にも、いちいち周辺国家の普及度合いを考慮しなければならない状況というのは、まだ若いカオリにはどうにも面倒に感じて仕方がなかったのだ。
具体的な例を挙げるならば、起動時に魔力を消費するもの、また運用そのものに使用者の魔力を消費する類の魔道具を、外部魔力を持たないものは使用することが出来ないという常識である。
この常識によって、魔道具開発を生業とする商会あるいは工房は、自身の制作する魔道具を外部魔力保有者に限定して販売などとし、価格を吊り上げることが往々にして存在した。
それによって魔道具全体の市場価格が高騰した結果、貧困層が魔道具の恩恵を受けられず。不便な生活に甘んじる社会が出来上がってしまった。
また戦闘に利用出来ない程度でも、例えば清掃や洗濯程度であれば、少量の水を生み出せる魔法、また火起こしのさいに使う小さな種火の魔法などというのは非常に重宝するものだ。
水または燃料資源の限られる未発達なこの世界において、それら日常的に節約出来るというのことは極めて重要である他、家の権力を誇示する要素にもなる。
現にロゼッタの従者であるステラの実家などは、代々外部魔力をもち、家事の他美容に利用出来る魔法を継承することで、バイエ家での地位を確立して来た歴史がある。
そうして戦闘職以外であっても、外部魔力保有者というものは、ただそれだけで将来を約束される社会情勢が確立されたのだ。
しかし今回のカオリ達の研究は、それを根底から覆す可能性を示唆するものだ。
魔力を宿すものであれば、誰でも魔法を行使ないし魔力を操作出来ることが証明されれば、それだけ現在の魔法分野での既得権益が揺るがされるのだと理解出来る。
これにはカオリでなくとも、二の足を踏んで当然である。
(ん~、めんどくさ)
だがカオリは内心で、極めて簡潔に感想を述べる。
既得権益がどうであれ、社会情勢がどうであれ、カオリにとって全ては事実であり、受け止めるべき現実そのものである。
しかもこの世界は、ただ便利な魔法が存在する夢のような理想郷などではない。
人間とみるや死に物狂いで襲いかかる危険な魔物が跋扈し、魔法を利用した人間兵器同士が、日々闘争を繰り返す血みどろの世界だ。
ただ生存するだけでも多大な危険と隣り合わせなこの世界で、ただ生活を豊かにしたいと願うことの、どこが悪いというのか、カオリにはまるで理解出来なかったのだ。
当然カオリのそんな疑問を、心底理解出来るササキにしても、口で言うほどの懸念以上に、カオリが見ているであろう社会の実現には、乗り気な心情であるのは言うに及ばず。
口調に反して表情には笑みすら浮かべていた。
つまるところ、この件に関しては、二人はまったく自重するつもりが、一切なかったのだ。
ただこれまでの状況において、ササキは一介の冒険者に過ぎず。王国になんら影響を及ぼせるような実績も立場も有していなかっただけでなく、そもそもとして、行動に移すだけの大義名分がなかったのが重要なのだ。
しかし今は、カオリのこの世界ないし大陸における豊かな生活と成長、将来へのさまざまな選択肢を与える。いわば親としての立場から、カオリの行動を正しくかつ積極的に支援する理由をえたのだ。
娘の抱く夢の実現に、手を貸さない父親などいるわけがない。
「まあ、仮にカオリ君が相応の覚悟を決めるのであれば、私はもてる全ての力でもって、君を助ける所存だ。それこそ邪魔立てする貴族家程度であれば、物理的に粉微塵にしてくれよう」
「「……」」
この発言に、カオリ以外の面々は絶句してしまう、それが貴族をも恐れぬ強者への畏敬によるものか、はたまたそこまで言い切ってしまうササキの異常なまでの親心に呆気にとられてかは、是非もなかった。
翌日、カオリはさっそく、村の関係者全員に対する検査と称して、内外魔力適正の一斉調査をおこなった。
また内部魔力適正者に関しては、より詳細な検査をおこなわせ、その原因究明に力を注ぐように命じたことで、村ではちょっとした物議を醸すこととなる。
とくに久々に個人の能力を頼られたアキは、狂喜乱舞するほどに従事し、もてる力の全てをかけて調査をおこなったため、調査対象とされた面々は、その日の仕事を免除されたほどである。
とくに仕事を免除されると知った内部魔力適正者代表のセルゲイは、最初こそ喜び勇んで調査に協力したものの、度重なる問診の他、直接的に関係がないと思われる。様々な身体的特徴や、幼少期の赤裸々な生活様式に至る全てを白状させられ、時間が経つにつれ羞恥と後悔を募らせたのは余談である。
調査目的は当然公表され、カオリからの通知を片手に、その重要性を熱弁するイスタルの様子に、誰も反論をする気になれず。粛々と調査に協力する村の様子を、後日報告書とともに受け取ったカオリは、思わず苦笑してしまった。
今回の調査を村に限定したのには理由がある。
もちろんカオリ達がなんのしがらみもなく調査が出来る場所が、村であったことは当然とし、それ以上に立地上、多国籍かつ多様な民族を擁するという独自の要因があったがゆえである。
つまり内外魔力適正の是非に、民族性や生活様式の差が影響を受けるかを問う必要があったからだ。
また外部魔力保有者が多い貴族家に関しては、ロゼッタから詳細な意見をえられることから、重要な調査対象が内部魔力適正者に、ほぼ限定されることも理由の一つである。
これら詳細な調査結果を下に、カオリ達はさらに情報の精査をおこなう運びとなった。
学園を辞した夕刻の頃、勉強部屋に集まったカオリとロゼッタは、膨大な枚数に及ぶ調査内容に目を通しながら、時折思い出したように紅茶に口をつけつつ、真剣に精査に挑む。
「これ、結構ヤバい内容じゃない?」
そう言って指し示す項目を見て取り、ロゼッタも眉間に皺を寄せた。
「……、『外部魔力保有者の外的要因による魔力干渉耐性の脆弱性』? どういうことかしら……、外部魔力は魔力干渉を受けやすいってことなの? いったいアキにはなにが見えたのかしら」
難しい言葉の羅列によりやや判然としないものの、漠然と感じた懸念のままにカオリが感想を口にすれば、ロゼッタもつられて想像を広げる。
「つまり、外部魔力は外からの魔力干渉、例えば治療魔法とか魅了魔法とかの影響を、内部魔力より受けやすいってことかな?」
「でも高位の魔導士様や魔導士の家系の貴族家は、精神干渉系の魔法に対する抵抗力が高いというのが常識よ、この調査結果とは矛盾するわ」
論文作成には直接的に関係が無いように思われるものの、しかし見過ごせない内容であるとして、二人はしばし問答を繰り返す。
「う~ん、たんに訓練とか防護魔法を習得することで、魔力干渉を防ぐ手段があるとか?」
「貴族にとって精神干渉系魔法はもっとも警戒すべき脅威なのだから、高位の魔導士家系にはそういった風習が継承されて然るべきだとは思うけれども、あまり表立っては聞いたことがないわね……、でも、あっても秘匿されるかもしれないわ、なにせ自家の安全を守るためであると同時に、他家への工作を確実にするための秘訣たりえるもの、知る人ぞ知るといったところかしら」
これらの可能性を見出したところで、二人は同時に溜息を吐く。
「つまり外部魔力保有者の魔力干渉耐性?の調査も、検査対象に含めた方がいい感じ?」
「……ええそうね。しかもこの場合、代々魔導士が多い家系と、そうでない魔導士様の両方を比較する必要があるわ、つまり複数の貴族家と、平民の魔導士様を対象にするのが自然だわ」
口外に面倒だという気持ちを露わにして、二人は同時に温くなった紅茶に手を伸ばした。
「……仮に、内部魔力適正者に、外部魔力操作の方法を身につけさせたとして、そのせいで魔力干渉に弱くなっちゃったとしたら、それって私達のせいになるよね?」
「そうね。知る人ぞ知るということは、黙って私達の活動を傍観して、ある日精神干渉系魔法を使って悪事を働くものも出る可能性が高くなるわ、それこそ国家規模の民衆の操作や他家への干渉に利用されれば、国家転覆すらも可能だと思われる。かも……」
二人同時にその危険性に思い至ったところで、再び同時に溜息を吐いた。
「要検証ってことで」
「ええ、対抗手段の確立も同時進行でね」
新たな検証対象の増加に伴い、今回の件が想像以上に大変な研究対象であると理解した二人は、疲れた表情でやや姿勢を崩した。
しかしながらざっと資料に目を通した結果、内外魔力適正を決定づける差異は、依然として判明しなかったものの、魔力操作系スキルの有無だけは明確に確認出来たことから、本来の目的である内外魔力区分の要因を、二人はおおまかに推測が可能と判断出来た。
「つまり、魔力を自在に操作出来るかどうかが、一番大事って感じだね」
「ええそうね。魔力操作を阻害するなんらかの要因やスキルが見受けられない以上、その有無が、内外魔力を分ける決定的な要因と考えてよさそうだわ」
二人共にそう結論付ければ、後はその発想を広げ、様々な可能性に言及する運びとなる。
ここで重要なのが、まずもって魔力操作を習得ないし天性の適正を有するにいたった根本理由である。
果たしてそれが一族に伝わる幼少期の教育方法によるものなのか、または血統によるものなのか、それを知る必要があると感じたためだ。
現時点では内部魔力適正者に関して、明らかな阻害要因が発見出来なかった以上、その判断は妥当だといえる。
だがそうなると調査対象を外部魔力保有者、つまり現状もっともその条件に当てはまる調査対象を策定する場合、ほぼ貴族を主に調査対象に挙げる必要があり、また貴族を含めないのは難しくもあるだろう。
であれば今後調査を進めるために、可能な限り多くの貴族に協力を仰ぐ必要があり、カオリは渋面を浮かべた。
ここへ来て初めて、学園で貴族との関係を遠ざけていた弊害が生じているのを、カオリは強く自覚する。
もちろん論文作成においては、なにも一から十まですべてを解明し、あまつ解決方法を確立する必要まではないとしても、中途半端な問題提起は、いらぬ諍いを生じさせる可能性も高いとし、可能であれば明らかな証拠をもって完結させるべきであるとカオリは感じた。
ゆえにどこまで追求すべきか、または妥協をするのであれば、どこで区切りをつけるべきかを判断しなければならない。
カオリにとってみれば実に悩ましい問題である。
「少なくとも現状でとれる手段は限られているし、実験を小規模に抑える手立てもあるにはあるのだから、本格的な調査は国に期待するというのも手だと思うけれど」
悩めるカオリに助言するロゼッタに、カオリはやや肩の力を抜いた。
「そういえばそうだね。それこそこれは国の問題として、王子様達に後を引き継いでもらう方がいいのか……、なら私がするのはたしかな可能性の証明くらい?」
カオリが落としどころに言及し、ロゼッタは即座に肯定を示す。
そうと決まれば思い立ったが吉日と、カオリはさっそくロゼッタに協力を仰ぎ、外部魔力を習得するための方法の模索、具体的には術式の開発に着手した。
まずは自身や身近な導士達の有する魔力操作に関連すると思われるスキルの解読をし、その術式を詳細に書き出す作業である。
当然アキもその場に呼び出し、彼女の破格の鑑定スキル【―神前への選定―】を駆使した調査をおこなった。
村の関係者で外部魔力を有する人物といえば、イスタルは当然として、他にも民族ごとで適当に選び、それぞれが有する魔力操作系スキルの精査をもって、より確度の高い術式の開発素材とする。
その理由として、特別な魔力操作の訓練を経ずとも、ある一定の魔力操作能力を有している人間がいたことも理由であるが、それ以上にロゼッタのような、生まれつきある程度魔力操作が出来た人間の存在も無視出来なかったためだ。
具体的にいえば、ロゼッタのようなレイド系民族に見られる【―赤髪の情熱―】のような種族スキルにも、ある程度の魔力操作を補助する効果が見られたためである。
であればそれぞれの種族民族特有のスキルが存在して然るべきと判断するのは、当然の結果であろう。
結果、カオリ達はある共通点を発見するにいたった。
「えっと……、つまり、住む環境に因る属性魔力と、種族スキルが合致すれば、魔力操作スキルを発現する可能性が高いって話?」
「これは……、結構な発見じゃないかしら?」
それと同時に、既存の魔力操作スキルに、強固な防護機能が設けられていることにも気づき、それが容易な魔力操作スキルの習得を妨げる要因になっていることも発覚した。
翌々日、カオリ達は現時点での調査結果と術式開発の進捗状況を、簡潔にまとめた資料を作成し、ササキやイスタルとマルコ向けに情報の開示をおこなった。
場所は屋敷の応接室とし、とくに入室制限は設けないものの、この屋敷においては極めて秘匿性の高い環境である。
開口一番に発言するのは、この場でもっとも高い位置付けのササキである。
「……これはある一定の想像力をもてるかどうかが、最終的な要因と見て問題ないのかね?」
これに対して、一同の誰からも反論の声は挙がらなかった。
言ってしまえば、魔法などという極めて漠然とした未知の力を、どう具体的に形にする想像力をもつかに左右されると、これまでの調査が裏付けてしまったといえる状況だったのだ。
なぜなら魔力操作に関連する。様々な種族スキルも既存のスキルも、ロゼッタと進めた術式開発においては、いわば補助の役割でしかないことが、副産物として判明したからに他ならない。
「これはすごい発見ですけど……、しかし逆に困ってしまいますねぇ」
「ローグルット様のおっしゃる通りです。これでは、魔力操作が個人の想像力に容易に左右される『極めて曖昧なもの』であることが確定されてしまったわけですから……」
この結論に、頭の固い大人達は心底まいってしまった。
これならばいっそ、なにか決定的な阻害要因があった方が、問題提起も解決策も提示しやすいのに、とは口にしづらかった。
一方カオリは、なかば予想の範疇であったと内心で思いながら、大人達の反応を冷静に眺めていた。
(まあ、魔法なんて想像の産物以外のなにものでもないって感じだしね~、電気とか熱エネルギーとかいわれた方が、私にはさっぱりだし……)
そうカオリが本音を思い浮かべた隣で、ロゼッタもどこか諦念を浮かべた表情で、姿勢を正して起立していた。
「しかしこの発見によって、カオリのもつ概念攻撃の正体も、おのずと判明したのはたしかでございます。なにせ魔法とは本来、術式にも属性にも因らず。より自由な発想で如何様にも変じる無限の可能性そのものであることを、より裏付ける証明になりますもの」
彼女にしてみれば、たしかに魔法に無限の可能性とやらを見出し、その探求に余念のないこれまでの人生が、より強固な目標として、あるいは夢として、肯定されたも同然の結果であると感じたのだ。
現実問題に対する大人達の困惑をよそに、胸躍る心情が勝るのも、彼女が若い魔導士であったが所以である。
もちろんそんな二人も、こと卒園論文として、あくまでも論理立てた証明が必要なのは理解してはいるため、大人達の困惑も推し量れるものの、紙面にはあるがままに記載する他ないと開き直ったに過ぎない。
これで論理破綻や矛盾点への厳しい指摘を受けようとも、後は大人達の問題であると棚上げするのも無理からぬことである。
「私達的にはこれを下に、村の子供達全員あるいは大人達の一部でも、魔法を習得出来るようになれば万々歳です。その結果も、論文には明示して、より高度な研究とかは、国に引き取ってもらえればいいかな~と思ってます」
「立場的には、私もそれには賛成です。一開拓村の教育者として、なによりも村の子供達の職業選択の自由が、一番の関心事ではありますから」
「そりゃないですよイスタルさん、僕としてはこれを切っ掛けに、王国の子供達にも、魔法をより身近に感じられる、豊かな社会を用意してあげたいんですから~」
同じ夢を抱きつつも、そこは明確な立場の違いを示す二人を他所に、ササキはそれぞれの言い分を理解し、一人思案に耽る。
「取り急ぎ、これが明確にされなかった要因として、やはり鑑定系魔法の限定的な性能に言及せずにはおれんだろうな、現在は鑑定晶を筆頭とした中途半端な魔道具の普及により、そもそも鑑定魔法を使える術士が限られているのが現状だ。どちらにせよ此度の発見の信憑性を疑われるのは確実として、より高度な鑑定魔法の開発にも、取り掛からねば、国としてはなんの結論も述べられないだろう、よってカオリ君達がこれ以上調査と研究を進めたところで、国家規模での政策を打ち出すのは不可能だ」
ササキが総括した通りであるとし、一同も納得の表情を浮かべるものの、マルコだけはどうにも歯痒い想いを残しての閉幕となった。
ただし村の発展を思えばこそ、より高度な調査と研究は継続するべきであるとして、今後もマルコとイスタルの協力を取り付けたカオリは、今後の展開に思いを馳せた。