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( 対抗措置 )

 しかし翌日、ササキやカオリ達がいずれかの結論を出す前に、先方から接触が届いた。


 宛名はイストフォート行商組合と記され、封蝋に押された徽章には間違いなく件の組合の意匠が見て取れた。

 ステラから手渡されたそれを、カオリはその場で開けて内容を改める。


「王家に卸す予定のポーションについて、商談の場を設けたいってさ、なんで私達が王家に直接ポーションを卸すのを知ってるんだろうね~」

「伯爵位に相当するササキ様、その後見を受ける私達を直接呼びつけるなんて随分強気なのね。何様のつもりなのかしら?」


 カオリとロゼッタのそれぞれで相手の行動を訝しく思いながら、しかし内容も無視出来ないと一応の体で意見交換をする。


「まあ百歩譲ってササキ様も私達も厳密には貴族ではないのだから、最悪呼びつけることは目を瞑るとしても、商談内容自体はややきな臭いわ、別段秘密裏に進めている話ではないのだから、誰かから話が漏れたとしても、それを口実に商談と称する理由がわからない、これはあくまでもカオリと王家が結んだ交易なのだもの、いくら王都の大店といえども、口出しする権利なんてないわ」


 ロゼッタのもっともな意見に、常のカオリであれば即お断りの返事を認めていただろうが、今回はあえて違う手段をカオリは考える。

 またあくまで好意的に受け止めるならば、単純に王家に認められるほどの品質が保証されたアンリのポーションの、流通や量産に関して、資金的人的協力を申し出たいだけという可能性もある。

 しかしカオリ達は件の商人達が、屋敷を監視するなどといったやや後ろ暗い工作を仕向けて来ているのを把握しているため、彼らが友好的な接触をして来るとは、どうしても考えづらかったのだ。


「昨日の話し合いの問題点ってさ、結局私達がどうやって情報収集しているかが重要だったじゃん? 仮になんらかの悪事をつきとめたとしても、そもそもの情報筋を怪しまれて国に警戒されるかもって」

「そうね。シンを使って商館や貴族屋敷に侵入して証拠を奪取する。【泥鼠】を使って関係者の背後関係や物流を洗い出す。いずれの手段であっても正直いって裏家業の域を出ないわ、仮になんらかの証拠を掴んだとして、だけど調査手段はどれも国の認可なしには犯罪に等しいと断じられる可能性があるわ」


 もしそうなれば、直接的な被害のないままにカオリ達が直接報復ないし断罪をおこなっては、罪に問われるのはむしろカオリ達の方であると、二人は嘆息する。


「この話は、どうやら受けるのが得策かもしれないわね」

「だよね~」


 現状のカオリ達の力をもってすれば、推定敵対者を調べ上げ、不正があればそれを、過去に罪があればそれらをもってして、秘密裏に告発ないし断罪することも不可能ではない。

 また後見人たるササキの立場も、それを後押しするに十分な地位を保証されてもいるはずだ。

 しかしだからこそ、影で暗躍するのではなく、いわゆる正攻法による措置をとるべきだとのササキの助言には、カオリもうなずかざるをえなかった。


 カオリは異邦人であるがゆえに、王国の法的拘束力に屈さぬ立場ではあるが、だからこそ友好国たるミカルド王国の法を尊守する姿勢が、王国との信頼関係を築くもっとも有効的な手段だと、流石のカオリも理解する。

 また自らの安全を徹底するあまり、つい忘れてしまいがちではあるが、なにもカオリはまったくの清廉潔白な人物ではないとも自覚するところである。

 まずは屋敷と村とをつなぐ、二点間転移陣の存在は、王国の国土防衛の観点で見れば極めて危険な存在であり、王国としては到底看過出来る代物ではないのは明白だ。

 なにしろ国外の村から、一足飛びに物資や人員を、王都の真っただ中に転移させることの出来る手段など、危険以外のなにものでもない。

 もちろんおおやけには秘匿され、この転移陣の存在を知るのは、屋敷の人間と王家のみであり、これが黙認されているのは、ひとえにササキへの王家の信頼によるところが大きい。

 日頃カオリが村へ帰還するさいは、ササキの個人転移魔法を利用していると周知しているため、誰も疑いをもっていないに過ぎず。また古代迷宮や国家管理下におかれる。ごく限られた魔導技術であるがゆえに、普通は一貴族家では持ちえない高度な技術であるのも、存在が気取られない理由の一つである。


 そして次にシンを含む【泥鼠】達工作員の存在である。

 まずもって元暗殺者の彼らを屋敷の使用人と偽り、日々様々な情報収集にあたらせている時点で、後ろ暗いことこの上ないのは間違いないだろう。

 とくにシンに関しては固有スキルを遺憾なく発揮し、いかなる場所へも容易に侵入し、秘匿された事実証拠を明らかにしてしまえるために、もし存在が認知された場合、間違いなく警戒されて然るべき脅威であろう。

 しかも最近は【シキグモ】や【シキガラス】を用いた遠隔監視体制も確立され、一度彼女に標的とされれば、入浴や排泄どころか、愛人との情事に至る全てを把握記録されてしまうため、もはや犯罪すれすれの力とは、カオリも理解するところである。


 つまり単純に情報収集をするだけならば、今のカオリ達はなんら労せずまた金銭的負担を気にすることもなく、様々な事実をつまびらかに出来る一方で。

 それら情報収集の手段そのものが違法行為の可能性が高い事実には、ついぞ頭が回っていなかったのである。

 もちろんそこに胡坐をかき、まるで自身で情報収集を怠っていたわけでは決してなく、とくにロゼッタやステラなどは、社交界や使用人伝手での地道な情報収集は欠かさず行ってもいた。

 これまでそれら情報はあくまで、表で流れる噂と、裏の真実との差異や、その差異に現れる意図を理解するための材料に過ぎなかったものではあるが、普通はそういった表の手段でしか、余人は情報を入手出来ないものだとわかった今、今後は粗雑に扱うことは躊躇われるだろう。


「てことは、今後はロゼとステラさんの集める情報が、ある意味一番重要になって来るのかな? その範囲であれば、私達もなにか対抗手段を打てるって感じ?」

「結果的にはそうね……、」


 カオリの出した答えに、しかしロゼッタはやや気乗りのしない相槌を返す。


「……冒険者に憧れて、社交界から距離をおいて来たし、今も必要最低限の交流にしか応じて来なかったから、急に社交に力を入れるとなると、正直二の足を踏むわ、それに私が実家のアルトバイエ侯爵家の令嬢としてではなく、あくまでも冒険者ササキ様の後見を受ける立場であることも、恐らく弊害を生む可能性も高い」


 ロゼッタ自身にしても、まるで不経済な噂話に興じる茶会を、かねてから厭うていた質のため、単純に煩わしさが先んじてしまうのも無理はない、今更不必要に華美な衣装で着飾り、毒にも薬にもなりはしない無駄話に興じ、そこに隠された裏の情報を嗅ぎ分けるなどの神経を使う作業は、出来れば避けたいのが本心である。

 そんなロゼッタの本心も察したカオリは、さもありなんと腕を組む。


「でもそうなると、頼れるのはロゼのお母さんとか、ベアトリスさんとかになっちゃうね~、ちゃんと貴族の身分をもっていて、色々な社交場に参加出来る人で、しかも私達に協力的となると、私達の知り合いじゃあ限られてるもんね」


 その中にササキ当人が含まれていないのは当然である。彼とて叙爵を頑なに拒み、貴族社会とは一定の距離をおく身である。またササキ自身が放つ圧倒的強者の風格が、気兼ねない社交の場にまったく適していないのも、いっそ笑ってしまう光景を想像させる。


「今でも定期的にお母様とは手紙のやり取りをしているし、ステラ伝手に実家とは情報共有はおこなっているけれども、より深い情報収集に協同であたるとなると、お父様と直接協議して、体制作りから見直さないと、かえって不和を招きかねないわ、漠然とした不安になって悪いけれど、おいそれと協力をもちかけることは出来ないわ」


 先の紛争騒動で関係が改善され、家出直後からは考えられなかったほどに、侯爵夫妻は娘のロゼッタとその仲間であるカオリ達を案じてくれている。

 今日とてロゼッタを対象にした見合い話などを、侯爵夫人は毅然と断りながらも、関係が悪くならぬよう如才なく裁きつつ、様々な家々の情報を提供してくれているのだ。

 また王都の流行りなどから、やや経済の動きや組織的な動向までも予想した情報には、長年社交界に身をおいた夫人ならではの含蓄ある情報もあるため、ロゼッタとしてはあまり母親を危険な目には遭わせたくないという負い目もある。

 なにしろカオリ達は武力をもって立場が保証されているがゆえか、敵対者の多くは武力に訴えた手段に出る可能性が高く、それこそ命を狙った襲撃にも遭う可能性が高いのだ。

 いくら王国の侯爵家であっても、あまりに核心に近い裏情報に触れるとなれば、相応の危険を覚悟しなければならなくなる。

 もし万が一知らぬままに実家を巻き込んだとなれば、流石のロゼッタとてカオリの願いを安請け合いは出来なかったのだ。


「ベアトリス様にしても、未来の王子妃、もしかしたら王妃にもなるかも知れない人だもんね。私達の問題に巻き込んだら大変だよね~、ていうかさ、この留学が終われば、私達は村に帰るんだから、そもそも王国の社交とか言ってられなくなるよね? そうなったらもう市井の噂ぐらいしか集められなくなるじゃん」

「そうねぇ、私も王都に残るなんてごめんよ、カオリとはもっと冒険がしたいし、村の開拓だって深く関わっていきたいもの、これからずっと王都でお嬢様ごっこなんて嫌よ」


 そんな未来の展望を正直に話し、やや照れくさそうに本音を告げるロゼッタへ、カオリは笑みを浮かべる。


「そっか~、じゃあしょうがないね。最終手段をするしかない感じだね」

「最終手段?」


 カオリの言葉に、ロゼッタは首をかしげた。




 翌日の午後、カオリ達は件の組合の商館にて、騒然とする組合職員達の総出での歓待を受けることとなる。


「で、殿下におかれましては、本日は――」

「そうなんに畏まらないでおくれよ、僕は今日はただの付き添いなんだから、いつもの調子で頼むよ~」


 完全に緊張から委縮する組合責任者を前にして、カオリと並び立つコルレオーネ第二王子は、邪気のない笑顔を浮かべて手を振るう。

 ひとまずは簡単な自己紹介を終え、即座にカオリ達を応接室に案内するのも、王族を立たせたまま、ましてや門前で対応するなどもってのほかと、とにかく歓待する必要に迫られた。

 席に案内され、改めて互いに紹介し合う双方ではあるが、態度はまったくの両極端である。

 それも無理はない、本日カオリ達を呼び出したイスフォート行商組合としては、横紙破りなカオリ達のやり口に、釘を刺す意図の下、商談と称したいくつかの強引な横やりを差しはさむ心算であったのだ。

 具体的にいえば、各所都市部への通行にさいする関税、または仕入れなどの価格吊り上げや、不売買行為の他、街道封鎖や妨害までをも匂わせる脅迫行為などである。


 ところが悠然と現れたカオリ達はどういうわけか、この国の最高権力者一族である王族、しかも商業関連に強い貴族派閥を擁する第二王子を伴って現れたのだから、その驚きたるや筆舌に尽くし難い衝撃であったことだろう。

 彼らのような商人にとっては、権力者とはそう気軽に呼び出せる存在では当然なく、なにがしかの利益を提示し、何度も交渉を重ね信頼を勝ち取る商談相手だ。

 それがまさかカオリ達は、翌日には第二王子に都合をつけ、さも当然のように連れ立って現れるなど想像もつかず。ましてやそれほどの信頼関係を、カオリ達と王族が築いているなどと信じたくもない事実だった。


 現に未だ緊張のとれない組合長や各部署の面々達は、流石の大店を統括する立場といえども、緊張を隠せずに冷や汗を流して硬直するばかりである。

 今日ばかりはコルレオーネ第二王子の存在は、たんなる商談相手としてではなく、立会人あるいは仲裁人、ともすれば組合に対立するカオリ達の後援者になると考えれば、たったこの一手が如何に組合の立場を悪くするのか容易に想像出来る。

 一方でカオリとロゼッタは、今更気安いコルレオーネに緊張など感じることはなく、悠然と席につき、組合の出方を冷静に観察する余裕を感じさせた。


「それで? 王家とカオリ嬢との間で取り交わされた交易に関して、ずいぶんと関心があるようだけれど、もちろんこの交易の管理を陛下より一任された僕にも、そちらの提案とやらを聞かせてくれるんだろう?」


 完全に場を支配したような素振りで、笑みを張り付けたコルレオーネの言葉に、組合長は辛うじて外面を保ちつつも、内心では焦燥と苛立ちを感じながら、不承不承と資料を出し、口頭での説明を講じる。


「――つきましては当組合が賜る権利と照合しまして、ミヤモト様の取り扱う商材はいささか供給量に王都の混乱を懸念する声が挙がっている次第でありまして、当方としてはこれを王都以外にも流す必要があるかとご提案させていただきたく」

「いやいや~、組合の権利と言ったけど、つまり王都に流通する薬類の品質および流通量の裁量を、貴殿らが有していると言いたいのかい?」


 一応相手方の言葉を最後まで聞きつつ、コルレオーネは間髪入れずに重要項目について問うのに、組合長は慌てずに応じる。


「滅相もございません、もちろん薬類に関しての管轄には、各所薬師組合とうの意見を取りまとめ、あくまでも我が組合が代表しているだけであります。決して我々の独断でのご提案ではございません、少なくとも行商にまつわる関係上、領を跨ぐ場合には我々に裁量が不可欠との合意にございます」

「ふーん、それでそもそもどうして君達が、王家に卸されるポーションの総量を把握しているんだい? その情報はどこから仕入れたのか、僕に教えてはくれないのかな?」

「いえ、それは……」


 先の弁論をまるで気にもかけず。続けられた質問に組合長はついに言い淀む。

 普通であれば王都に本拠をおく大店に、商材の供給量まで正確に把握されれば、弱小商人であれば恐れを感じるのであろうが、内情を知られても痛くも痒くもないカオリ達は、変わらず我関せずの態度を貫いた。


(ふーん、薬師組合も一枚噛んでるんだ。そういえばシンの挙げた名前にも、薬師なんとか? とかがいたっけ)


 澄ました顔のまま給された紅茶に口をつけつつ、資料の細部へと視線を巡らせる。


「この、製薬に関する資料提供うんぬんっていうのは、どういうことですか?」

「先ほどの説明にはなかった項目ですわね。我々が辺境の地で必死の思いで作り上げたポーションの作り方を、どうして皆様にお教えせねばならないのか、そこもお聞かせいただきたいわ」


 コルレオーネに質問攻めにされ、答えに窮していた組合長は、そこでロゼッタからのさらなる追求に、いっそう顔色を悪くする。

 常であれば、少なくともコルレオーネが同席していなければ、口八丁でいくらでもやり込められると踏んでいた手前、こうも口裏を合わせたように追及され、流石に上手く回避は出来なかった様子である。


「はあ、つまりあれかい? 王都で商売したいなら、自分達を間に挟んで、仲介料をよこせって、あとついでに王家が目をつけるほどのポーションの製法も、自分達に提供して独占させないぞって、そういうことかい? 大の大人達が揃いも揃って随分大人気ないことするねぇ」

「いえっ、そんな、まさか……」


 つまるところ、ギルドホームの魔導施設を利用した独自の製法で生み出したアンリのポーションは、含有魔力の多さ、また即効性において、これまでにない効能を王家が保証し、半ば独占的に卸売りが決まった破格の商品である。

 それは王都で活動するカオリ達にとって、自らの善良性と有用性を示す一種の献上品としての側面もあり、あくまでも完全な営利目的ではない商取引である。

 当然王家もそれを理解し、下賜あるいは販売するさいは、迷宮で訓練に挑む王国騎士団や、再編された魔物討伐部隊を優先的とし、残りは有事のさいの備蓄に回すことで、あまり多くを市井に流通させるつもりのないものであった。


 しかしながら量産体制が整い次第、廉価版などの開発も進め、低価格での広い普及も視野に入れた取引であり、王家としても民の安全を保障する観点から、是非とも協同したいと積極的に協議を進める事柄にある。

 もしそうなれば、価格が高く効能も低いポーションなど淘汰されて当然であり、これまで暴利をあずかっていた薬師や、それを広く流通させていた行商人にしてみれば、主力商材がただの在庫に、ともすれば悪徳商法と非難される恐れも予想された。

 少なくともこれまでの高価格を素直に見直し、独自の開発に着手する気概があれば、なにもカオリ達は既存の商業従事者の首を絞めるような真似は控えるつもりではあった。

 しかしこれほどあからさまな横やりで、カオリ達の王家との信頼関係を損なわせ、あまつさえ技術を奪おうとする態度に、怒りを通り越してもはや呆れるしかなった。


 仮にここにコルレオーネがいなかった場合、彼らがどんな手段で邪魔をするつもりだったのかを想像し、小さく嘆息する。

 コルレオーネは腐っても王族の王位継承権第二位の立場にあるうえに、主に外交や商業関連に強い発言権を有する開明論派の旗印である。

 ここで彼の不興を買えば、王都での特権の剥奪とまではいわないまでも、様々な仕入れやそれこそ免税特権の一部は、見直される可能性すらあるのだ。

 ここからはもはや茶番でしかなく、早々にカオリはこの商談と称した寸劇が、ただただ速やかに閉幕するのを願うばかりであった。


 夕刻のころ、商館を後にした一行は、そのまま王城へと足を伸ばした。

 道中では組合関係者達の無様な様子を話の種に、やや盛り上がりつつ、カオリ達は王族の住まう王宮の方へと案内される。

 かくして私的な歓談を目的として設えられた応接間にて、カオリ達をまっていたのは、アンドレアス国王と王妃ならびに王子達と、ササキだった。


「おおコルレオーネ、首尾はどうであった?」

「ご安心を父上、ちゃんと仕事はしてきましたよ、というよりも、これは僕の管轄でもありますから、当然のことをしたまでです」


 ずいぶんとご機嫌なアンドレアスを前に、コルレオーネは肩を竦めてみせるが、アンドレアスはわざとらしく咳払いをしてみせる。


「そう言うでない、我々とて統治者としての義務はあろうが、なんの見返りもないまま、ただ善意だけで治世がおこなえるわけではない、今回のような事柄は、有効活用してこそ、揺るぎない権威を保つ手段足りえるのだ」


 そう口にしてはいるものの、その視線は一心に机上に並べられた品々に注がれ、コルレオーネも呆れて苦笑してしまう。


「カオリ君も、満足のいく結果に終わったかね?」

「はい、なにせ剣を抜かずにすみましたし、私はちょっと質問して、ただ紅茶を飲んでただけでしたので、大満足です」


 そうかとササキが笑みを向けるのに、カオリいささか物騒なことを口走りつつも、屈託なく笑顔を返す。


「ではお約束通り、これらの魔道具は、このまま献上しますうえに、後日もう数個ほどを急いで製造し、即座にお納めいたします」

「すばらしいぞ! これで小癪な輩や、小ずるい連中に一泡吹かせてやれるわい、本当に儂ら全員分を用意立ててくれるのだな?」

「はい、お約束通りに、急いでお作りいたします」


 アンドレアスの再度の確認に、カオリははっきりと約束をする。


「僕はカオリ嬢について席を外していたからちゃんと聞いていないんだ。これってそんなにすごいものなのかい?」


 机上に並べられたものは三つで、片方は掌に収まる程度の筒状の先端に、硝子球が嵌め込まれたもの、もう片方は先よりも二回り大きく、魔石が組み込まれている。

 最後は人の頭ほどの水晶玉に見えるものの、台座内部には精緻な魔道術式回路が内包された極めて高度な魔道具となる。

 改まって説明を求めるコルレオーネの質問に、ロゼッタが再度説明をする。


「はい、まずこちらは記憶装置となり、魔力登録後に簡単な操作にて記録された映像や音声を、こちらの出力装置で可視化出来るようになっております。精度は操縦者の技術に関わらず一律ではあるものの、稼働時間は保有魔力にやや左右されます。ただしそれも半日程度であれば、低位魔法を自在に扱える方ならば、問題なく連続使用が可能であると保証いたします。またこちらの魔道具も、固定型で操作が出来ないものの、定期的に魔力の補充さえおこなえば、常時記録用の魔道具として十分な精度である上に、使用者の力量を問わないという点で優れた魔道具になります。出力のさいにはそれぞれの記録装置内部に搭載された記録用魔晶板を、出力装置のこちらに設置し起動するだけとなります。その他細かい使用方法または記録された映像や音声の保管に関しましては、後ほどより詳しく資料を提出いたします。――ただし本日は今回の記録魔法のために私が独自に調整した術式は先にお渡ししますので、こちらは王家が責任をもって厳重に管理されることをお勧めします」


 一息に説明された内容に、コルレオーネは目の前の幼馴染が、そういえば魔法に並々ならぬ情熱を注ぐ変わり者の令嬢であることを、再確認する。


「すごいね。これがあれば様々な現場の監視や証拠固めに重宝するし、商取引や裁判なんかでも、不正や無法行為を排除出来るようになるじゃないか」

「それだけではないぞ、ゆくゆくは王都全域に監視体制を敷き、民の安全を実時間軸で保証することも可能だっ、これらはまっこと統治者の権威を盤石にする必需品となろう」


 興奮冷めやまぬ様子で、まだ見ぬ未来像を捲し立てるアンドレアスに、周りの面々も笑みを浮かべる。

 とはいうものの、これら魔道具は現在のところ、機関部の仕組みやその製法に関しては、ササキによる厳重な防護魔法を組み込み、盗作などが不可能になっている。

 よって王国の研究開発機関での量産は出来ず。売買契約上では最低十年程度は情報の開示をしない取り決めであった。

 これは開発者の権利を保証するいわゆる著作権に相当する概念ではあるが、そういった人権にまつわる法的整備の未だ行き届かない文明で、金銭よりもどちらかといえばカオリ達の安全や優位性を保つ目的として、やや強気な条件を提示した程度の取り決めである。


 また操作性や汎用性のほか、記録精度や情報量に関しても、大幅に品質を落としたものであり、仮に王家がこれらをカオリ達に向けて悪用した場合でも、カオリ達は十分に対処可能な保険を残してもいる。

 少なくとも記録した映像や音声を改めるために、出力装置を利用しなければならないこれら魔道具と比べ、常時情報共有を即座に出来るシンの【―式神行使―】と【―仲間達の談話(ギルドチャット)―】とは比べるべくもない性能差なのはいうまでもない。


「余の時代、いや正確には前王以前の時代では、それはもううんざりするほどに貴族間の不正行為が横行しておった。今でこそササキの活躍もあって貴族は大人しくしておるが、ほんの一昔前には、税の横領や、貴族の誘拐事件も珍しくはなかったのだ。よしんば検挙に漕ぎつけたとて、黒幕の捕縛には至らず。前王も歯痒い想いを何度したことか……」

「そうですわね。かく言う私も、一度誘拐されたことがありますもの、常時見張られているのは気疲れするでしょうが、それ以上に身の潔白を疑われることが、どれほど屈辱的なことかと、当時を思い出して今でも気分が悪くなることがありますわ」


 アンドレアスに続いた王妃の言葉に、一同は一瞬息を飲むが、一国の王妃ともなれば、様々な政争に巻き込まれても不思議ではない立場であろう、過去にどれほどの苦労を重ねたのか、察してしかるべきだ。

 であれば、今回の問題に王家へ助力を願い出たのも、間違いなかったと、カオリは自らの判断に満足する。

 今回のような問題にさいし、カオリはついに自分達のもつ力の一端を、王家といえども外部に開示する決断に踏み切ったのには理由がある。


 まず第一に、王国に警察機構がないがための、安全あるいは権利の保証が十分ではないという点である。

 なにしろ貴族制度とはえてして、上位者には都合のいいように作られているものであり、下位に位置づけられる平民は、時として貴族の横暴に従わざるをえない状況というものが往々にして存在する。

 当然貴族とて領地を富ませ、民の安全に心を砕くからこそ、その権利が保証される立場にはあるものの、中には明らかな不法行為に手を染めてまで、他者に犠牲を強いる場合があるものだ。

 国の最高権力者としては、貴族と平民との信頼関係を壊し、結果的に国の生産能力や善良性を損なう横暴は看過出来るものではなく、率先して問題の解決に尽力し、民達からの信頼回復に全力を尽くす所存ではある。


 しかし現実問題として、不正というものは隠されているものであり、それを明らかな証拠をもって処断するというのは、そう易々とおこなえるものではない。

 つまり明らかな不正の可能性が見られたところで、証拠がなければ公正な処断に踏み切ることは難しく、誤認制裁などしようものなら、それこそ信頼関係を損なう要因となりえる。

 ならば現状自浄作用を強化し、真心の正義を理解する現ミカルド王権に対しては、不正等の立証能力の強化に、カオリが力を貸すのは有用であると判断したのだ。


 また今後カオリ達が王都から拠点を移した場合、残った商会王都支部の安全や、交易活動等が問題なく運営されるうえで、王都ならびに王領での保証は極めて重要な事柄だ。

 自分達が直接関与出来ない、ミカルド王国内での諍いや派閥争いに、いつまでも付き合ってはいられないというのが、カオリ達の本音なのだ。

 そのために講じたのが、今回の助力に対する条件として提示した。いわば監視の魔道具の物的技術的提供なのである。

 ここでもっとも重要なのが、王家による監視体制の強化そのものではない、つまり『監視体制の強化に有用な手段』の存在を明示することにこそ意味があるのだ。

 これまでのカオリ達は、シンの優れた使役魔法やササキから提供された魔道具を駆使して、自らの安全の保証に尽力して来た。

 しかし今回のような商業関連での横槍など、直接的な被害がまだ不透明な事前段階で、先手を打つ大義名分の立証は、どうにも難しいと理解した。

 ゆえにカオリ達には、様々な手法による。立証手段が存在するという事実を、おおやけに認めさせる必要を感じたのだ。


 例を挙げるとするならば、事件が発生した場合に、現場に残された指紋やDNAが、犯人検挙の決め手となるのも、それら証拠品が、紛れもない事件の証拠となる根拠が、社会的に認められている必要があるのだ。

 今回の場合は、映像や音声を記録し、それをいつでも閲覧が可能であるという根拠を、王国に根付かせることが目的となる。

 これをもって、今後カオリ達が独自に調査をおこない、なんらかの不正を暴いた場合、カオリ達が収集した証拠を、立件の根拠として王家が認められる仕組みが施行可能だ。

 であればカオリ達は、より自由に独自の裁量での情報収集または対抗措置を講じられるだろう。

 カオリはこうしてもたらされた第一歩に、何度も満足気なうなずきをした。


 次いで着手するのは、王家に対するある提案である。


「つきましては、このたび我々から、国営の治療院の開設と、医療関連技術の提供をご提案させていただきます」

「それは、なんとも、突飛に思えるが、具体的な説明を頼めるかの?」


 カオリが唐突に切り出した提案に、アンドレアス他王族の面々はやや驚きつつ、居住まいを正して傾聴する。


「ロゼ、提案資料をお渡しして」

「こちらが提案資料となります」


 ロゼッタが提出した資料に銘々で目を通しつつ、カオリは淀みなく説明を始める。


「本日の提案目的ですが、我々は今回のような事例から、王都の商会や組合が、我々と王家との懇意関係を、自らの不利益に繋がると警戒していることを認識しました。これを受け、我々はさらなる需要の拡大をもって、予想される売り上げの低下を補填する案をもって、不満を緩和出来ないかと考えました」


 最初に提案の本来の目的を開示し、余計な腹の探り合いを回避する姿勢を見せるカオリに、王家はやや気まずい沈黙で応える。

 通常こういった建言あるいは請願の類は、自家の利益を最大限に引き上げるために、幾重にも虚飾を重ね。あたかも国益のみに添った真心からの言であると装うものだ。

 しかしカオリはひとえに、己達の安全のみが関心事であるとはっきりと告げて見せる。

 そこまで態度に出るのも、カオリが完全には王国を、ひいては王家をも信頼しきれていないことを表している。


「しかしただたんに王国の予算を削り、商人達を儲けさせるだけでは意味がないばかりか、彼らの強欲を助長し、いずれ害となる可能性があることも理解しております。ゆえに私達はあくまでも国益に沿った方法がないかを模索いたしました」

「これがそうだと……」


 興味を隠さず資料に食い入るアンドレアスの様子を受け、カオリはロゼッタに説明を引き継ぐ。


「この治療院の目的は、不当な境遇で身体および精神に被害を被った様々な民を受け入れ、国家主導で救済および研究を目的としたものとなります。差し当たり教会と一部領分の重複が予想されますが、それについてはより魔術または薬学的知見に則った手法により、差別化を図る工夫も考えております」

「研究とは具体的にどのようなものを指すのかね?」


 民の救済と支援を詠う教会との利権争いについて先に触れたことにより、話はより具体的な内容に注目される。


「教会の救済活動とは、あくまでも治療魔法による救助、ならびに介護支援が主となっております。しかしそれでは軽傷であれ重症であれ、ひとしく治療費として多額の布施を要求され、また異教徒への改宗などの条件も厳しく、必ずしも民が平等に恩恵をえられぬ限定的なものになっております。もちろん王国も民間の医療機関や薬師組合等への金銭的支援でもって、最大限の政策を実施されていることは重々承知であります」


 ロゼッタは教会の在り方や現政策を冷静に評価しつつも、あえて至らぬ点があると追及を述べる。


「しかし先の森林騒動によって、我々は様々な病原体や毒性物質の他、望まぬ妊娠による避けられぬ危険などが存在することを強く認識いたしました。つまり治療魔法による画一的な治療法だけでは、必ずしも全ての民を救えない、という事実を目の当たりにしたのです」


 この告白にもっとも敏感に反応したのは王妃である。女性の立場としては先の騒動で、カオリ達が耐え難い辛苦を体験したことを、純粋に案じる気持ちがあったからだ。


「現行の薬学は正直に申しまして、研究開発に関しては、後手に回っているといわざるをえません、少なくとも国からの助成金が正しく使用されているとは到底思えないからです。それが治療魔法という極めて便利な手法が存在することが原因であると理解出来ますが、しかしそれを差し引いても真摯に研究をおこなっている従事者が、極限られた少数であることは容易に推測出来ると思われます」


 やや私情を含んだ推測ではあるが、それが必ずしも的外れではないことを、王族達も自覚があるのか、揃って唸らざるをえない立場であった。


「その原因を、我々は現在の王立魔法研究所による。技術者独占状況にあると推測しております」

「むう? いやだが……」


 厳しい言葉で名言するカオリに、アンドレアスは思わず反論しそうになるが、これがあくまでも推測であるという建前上、焦って反論すればより立場が悪くなると思い直し、口をつぐむ。


「とくに重要なのが、鑑定官と呼ばれる役職者の独占状況から来る。情報の秘匿および研究の遅滞ではないかと、私は考えております」


 アンドレスの愁傷な態度に、続けて補足した言葉を受け、王家の面々は納得の表情を浮かべる。

 つまるところ国家の安全を目的として設立され、今日まで多額の運営費をかけて人材や物資の他、情報統制までも徹底して維持し続けた研究機関が、逆に広い民への救済を妨げた要因であると断じられたのだ。


「我々がこの推測に至った理由として、まず我が村のポーションの安全性の確認に、ずいぶんと時間を要したことの他、精査された効能等の正確な数値化に、我々とはやや誤差があると気付いたことによります」

「待ちたまえ、誤差とは言うが、鑑定官とて保有魔力やレベルによって、鑑定結果に差異が生じるのは知られたことだ。献上された全てのポーションを調べるのに時間を要するのも、一度に鑑定出来る術者に限りがあることは理解出来るはず。そこを切り取ってよもや人材や信頼度に不足を感じるからと、すなわち国政に過失があるとは、いささか言葉が強いように思うが?」


 ここで声を上げたのは、気の強いアルフレッド第一王子だ。彼にしてみれば己が軍事にしか関心が薄い分、王である父の治政に不足があると指摘されるのは、あまり気分のいいものではなかったのだろう、意外にも魔法に関しての造詣の深さを垣間見せつつ、カオリの推測に反論をする。


「だからこそ、一人の術者にかかる負担ばかりが増え、研究にまで手が回っていないのではないか、というのが私の主張です。またその要因が必ずしも政策の不足だけが原因とも言えません、決して王家を非難する意図がないことはご理解ください」

「そうか、それはすまなかった。早合点をしてしまったようだな」


 カオリの弁論に、アルフレッドも自身の早計さに気づき、素直な謝罪を口にするのを、カオリは頭を下げて受け流す。


「そうか、これまで貴族間の対立や王都の裏工作で、様々な事件の痕跡を、王立魔法研究所が担ってもいたのだね。表向きは王立魔導騎士団が捜査権を握っていたが、戦闘に不向きな魔法研究者達は、実質彼らの子飼い、ともすれば実際に家中で不出来の烙印を押され、半ば押し込まれた子息達が所属してもいるはずだ」

「なに? であればそれこそ研究どころではない、我々の政策の不足が原因ではないか、あいやすまなかったカオリ嬢っ、前言を撤回する。その可能性にまでは思い至らなかった」


 コルレオーネの所見に、アルフレッドは血相を変えて謝罪するのに、カオリ達は苦笑を浮かべる。

 こうして自らに非があると見るや、即座に謝罪して見せる頭の低さがあるからこそ、どうにか手助けが出来ればと考えてしまうのだと、自分の甘さを感じてしまうのだ。


「まあつまりですね。国家機関の枠に囚われていることで、どうしても上下関係のしがらみには発展するものと認めた上で、であれば組織ごと一新して、専門の機関を設立してしまえば、従来の専横も緩和されつつ、さらなる発展が見込めるのではないか、と私達は考えております。ロゼあれを出して」

「ええ、喜んで」


 ロゼッタが擬装用魔導鞄から取り出したのは、両手で抱えられるほどの大きさがあり、一見して無機質な箱であった。

 まるで用途が予測出来ない外観から、一同は怪訝な表情を浮かべるのを、カオリは笑顔で見やり、ロゼッタに説明を促す。


「こちらは一言でいえば鑑定魔法を刻印した鑑定魔道具になります。使用方法はこの上部の鏡面に、液体を乗せ、わずかな魔力で起動するだけとなり、鑑定結果は内部に装填した紙片に、文字として記載されます」


 簡単な説明により、納得を浮かべる王族達であったが、しかし鑑定晶を代表とする様々な鑑定魔道具の類を、多数目にし、実際に保有もしている彼らにとって、それだけではさしたる驚きはないものである。

 だがロゼッタはさらに補足をする。


「そして今回重要なのは、これが医療用あるいは薬学に特化した鑑定魔法であるという点です。具体的に申しますと、液体であれば理論上全ての対象物が鑑定可能であり、とくに含有成分をほぼ全て網羅している点であるだけでなく、含有比率も細かく細分化し、同時に中和反応などを同時観測出来るものとなります。つまり、人間の血液等の体液を対象物とした場合、感染した病原体や毒性の有無の他、治療薬等の中和速度や効果の実態も、この一台で観測が可能となります」


 その説明を受け、一同は緩やかにその高い性能のほどを理解し、徐々に目を大きく見開く。


「つまり、保有魔力量やレベルはおろか、魔法適正に関わらず使用が可能でありながら、高位の鑑定官にも匹敵する鑑定精度を誇る魔道具だということ、さらに高位の治療魔法行使者でなければ看破出来ない、様々な医療分野の情報鑑定が可能だと?」


 恐る恐る問うアンドレアスに、ロゼッタは満面の笑みで首肯する。


「加えての説明になりますが、これは我々の仲間である獣人の巫女アキがもつ、固有スキルに由来する破格の鑑定魔法を元に、私が厳選して術式化したもののため、やや誇張のように聞こえるかと思いますが、体液から、個人を特定することすら可能なものとなります」

「なんだとっ!」


 最後の説明に、ついには立ち上がって驚愕を示すアンドレアスに、他の面々も驚き硬直する。


「それってつまり、現場に残された血液や、口を吐けた飲み物に混じった唾液とか、最悪汗なんかでも、個人を特定することが可能ってことかい?」

「はい、可能です」

「馬鹿なっ、そんなまさかっ」


 科学捜査の存在しないこの世界における。恐らく初の科学的調査手段を前に、信じられない気持ちのままに、一同はすっかり魂を失ったように呆ける。

 その手応えに、カオリはすでに満足げな表情で拳を握る。

 これらはかねてからロゼッタに術式の解析を奨め、情報を蓄積していたからこそ、即座の製造に着手出来たものである。

 当然材料や実際の成形や刻印と調整作業は、ササキのもつ【北の塔の国】由縁の魔導技術を利用したものではあるが、それを馬鹿正直に告げる必要もないため、最重要事項は秘匿している事実を、王家は驚きのあまり失念しているのに、カオリは内心で安堵する。


「それが事実なら、今後は事件の早期解決に一歩どころか歴史的な躍進が約束される。それどころかこれまで迷宮入りした数多の事件をも解決出来る可能性があるものだっ、これはとんでもない破格の魔道具ぞっ」


 興奮を隠さずに捲し立てるアンドレスに、ササキは鷹揚に笑みを向ける。


「さて陛下、治療院開設に伴った広い雇用の創出を起点に、各研究機関の人員整理及び、騎士団等の無用な専横状況の改善など、まるですべてが丸く収まる我々の提案のほど、如何にお受け止めになられるか、本題とまいりましょうか」


 そんな茶番じみたササキの言葉で、ようやく我に返った王族達は、一様に呆けた表情のまま、無言で、椅子に腰を下ろした。




 カオリ達の提案は、結果的に即座に採用される運びとなった。

 また医療用鑑定魔道具に関しては、試作品として提出したものを、そのまま一台を先に献上し、これも先の監視用魔道具同様、一定期間の製造販売権を確保した上で、売買契約書を結ぶこととなった。

 その場合として、カオリ達には技術提供料として売り上げの一部、具体的には四割をササキから支払われることで合意する。

 恐らく現状カオリ達が稼ぐことの出来る金銭の、およそ数倍の報酬が約束されたことで、カオリはもちろんロゼッタも、喜びを露わにした。

 とくにロゼッタは自らの魔法研究が、その一助となったことが誇らしく、ややはしたなく鼻を鳴らすほどであった。


 具体的な価格に関しては、未だ交渉の余地があるものの、金貨数枚ではきかない高額が約束されているので、単純計算しても金貨数百枚の開拓資金である。カオリ達がこの契約締結を素直に喜ぶのも当然といえる。

 ただし立案者の後見人であり、実際の利益を受け取るササキの立場としては、治療院の開設時には相応の寄付、あるいは投資をする必要もあると考え、可能であればカオリ達にも名前と、具体的な金額の明示は視野に入れるべきと窘められる。

 こればかりは仕方がないとカオリも納得し、だがそれでも手元に残るであろう大金に、思わず皮算用を始めてしまうのを、誰が責められようか、今日ばかりは窘め役であるロゼッタも、カオリとともに興奮した様子に、ササキは微笑ましくも苦笑する。


 数日が経過し、学園からの帰り道で、カオリとロゼッタは互いに情報の擦り合わせをおこなう。


「最終的には、おおむね可決されたそうよ」


 端的に、しかし内情では丁々発止の議論が交わされたであろう貴族院や御前会議の様子を省略し、結果だけを告げたロゼッタに、カオリは内心で安堵を抱きつつ、当然だと胸を張る。


「これでたかがポーションの独占販売程度で、各所組合とか商会が、私達にちょっかいをかけて来る心配はなくなりそうだね~」

「そうね。治療院が開設されれば、より多くの傷病者の受け入れに伴って、治療薬の需要は増大するもの、とくに治療院や王立魔法研究所での研究が活発化すれば、実際の製造量産のさいには民間の薬師商会や組合が、その業務を委託され、結果的に多くの利益が見込まれる。その立案者である私達を敵に回すなんて、よっぽどの愚か者のすることだわ」

「その時は、遠慮せずに斬れるから、深く考える必要はないよね~」


 えられた結果に満足気な二人は、静かに目を瞑って喜びの感慨に耽る。


「受け入れる傷病者は、主に貧民街出身者や難民が優先対象としつつ、各所町医者では治療が困難な難病重症者が優先だそうよ、もちろん表向きはそうでも、実際は貴族達を秘密裏に最優先で診察検査して、病歴や治療法を確立することになるはず。また国としてもまずは様々な病症の情報集積が必須な上、これにかこつけて様々な身分の臣民の身体情報を集めるのが目的だと思うわ」

「ああ、事件解明に向けた人物照合とかそのへんの話? つまり悪い人達は自分の身可愛さに、率先して個人を特定出来る情報を提供しちゃうって感じか~、王様も悪いこと考えるね~」


 当然として、破格の性能を誇る鑑定魔道具の利用法の一つとして、そういった後ろ暗い用途もあるものと考えていたカオリ達は、王家がおおやけには秘匿する内情にも理解を示す。


「あと治療院の建設場所は元貧民街の一頭地で、私達の商会支部の目と鼻の先よ、商会支部の設立後は、この治療院が目下の得意先になるのは必至ね。イゼル様には後ほど医療関係の消耗品も仕入れの品目に入れるよう勧めておいてちょうだい、まずはアキから、被害者女性達の治療現場で必要となった品目を、目録化してもらうことになるから、指示書には私が一筆加えておくわ」

「おねが~い、あ、そういえば教会の動きとかってわかる? 殿下の話じゃあそれほど大きな混乱はないみたいだけど」


 加えて、治療院開設に伴った一部権利の重複を懸念していた。教会勢力の蠢動にも警戒を忘れない。


「それに関してはステルヴィオ殿下が、上手く手綱を握っているのではなかったかしら? 例の医療用鑑定魔道具は教会にも寄付という形で提供するとは聞いているけれども、なんでもほかに、魔物の被害に遭われた女性達への支援を、より強化する活動を推進する名目で、教会帰属の冒険者の公募に国が協賛を約束したそうよ」


 噂のていを装いつつも、いやに具体的な情報を告げるロゼッタに、カオリは苦笑いを浮かべつつ感心する。


「なんだか最近のロゼって、もう情報屋さんばりの情報通だよね~」

「なに馬鹿なことを言っているのよ、【泥鼠】様達の報告書に目を通せば、それくらいの情報は簡単に検討がつくわよ、同じものを見ているのにカオリが知らないわけがないじゃない」


 いやいやと首を振るカオリに、ロゼッタはまるで理解出来ないと眉根を寄せる。


「ロゼと私とじゃあ地頭が違うって、単純な情報の精査とか記憶力とか、私がロゼに敵うわけないじゃん、しかも読む速さが全然違うし、目を通すの早過ぎない?」

「どんな褒め方よ、褒められたのかしら? もうっ、カオリに言われると皮肉に聞こえるじゃない、ようは着眼点の違いでしょう? これがアイリーンならそもそも戦闘にならない時点で、目を通しもしないわよきっと」


 今頃は元気に開拓に勤しみ、夜には浴びるように酒を煽る仲間の姿を思い浮かべ、二人は笑みで向き合う。


「少しは、気持ちに整理がついたかしら?」


 唐突に向けられたロゼッタの言葉に、カオリは一瞬だけ目を開く。


「そっか……、ありがとう、ロゼ」


 素直な感謝を告げるカオリに、ロゼッタは肩を竦めて見せる。


「リジェネレータに先を越されたのは釈然としないけれど、それでもカオリなりに納得出来たなら文句はないわ」


 つまるところ、ここ最近のカオリの気鬱を、ロゼッタは察していたのだとカオリは理解する。

 だがあの場で、カオリが罪のないゴブリンの子ども達に手をかけるのを、見送った身であるとして、ロゼッタとしても下手な慰めを口に出来る立場にはないと考えていたのだ。

 だからこそ、本来無関係どころか敵であるはずのリジェネレータの言葉が、カオリの心の負担を軽くする一助になったことを、複雑ながら好意的に受け止めていた。


「結局さ、人って自分のために行動はするけど、それが廻り回って誰かのためになるから、背負おうって思えるんじゃないかって思ったの」

「そうね。そういう打算はあってしかるべきだと私も思うわ、本当に独善的で自己中心的な行動とはえてして、人を貶めるものだもの」


 迷いなく肯定を示すロゼッタの視線に、カオリは自然と笑みが浮かぶのを自覚する。


「綺麗ごとだけじゃあ、大切なものを守れやしないけど、そうしてでも守りたいものがあるってことは、別に間違ってないはずだもんね」

「守りたいものを守って、なにが悪いというのよ、もし次があるなら、その時は、……私が斬るわ、私にだって守る義務があるもの」


 馬車のやや不透明な硝子窓から、過ぎる街並みを眺め、カオリはこれまでの一連の騒動を思い浮かべる。


 静かに眠る子ども達の首に、容赦なく刃を突き立てた時の光景を、カオリは鮮明に覚えている。

 気道を切断され泣き声も出せずに血を流す。子ども達の苦悶の表情と、冷たい刃の感触に手が震えた。

 優しく包んだ清潔な布が、真っ赤に染まるのを見守った。無音の時を感じる。

 その亡骸を抱いて、母体となった女性達へ引き合わせた瞬間の、彼女達の言葉に出来ない表情に、臆した足の重みを思い出す。


「幸せに、なって欲しいなぁ」

「なれるわ、きっと」


 カオリが口にする希望を、ロゼッタは確信をもって肯定する。


「幸せに、してあげたいね」

「出来るわよ、私達なら」


 自身も窓へ視線を向けるロゼッタの姿を、硝子の反射越しに認めたカオリは、深く呼吸をする。

 今日ばかりは、この世界の硝子製造技術が粗悪なことを、カオリは初めて、ありがたく感じた。


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