( 死霊騒動 )
――それは動き出す。ゆっくりと、だがたしかな足取りで――
「ふむ、前衛も出来る魔導士か……、また個性的なのが加入したものだ。貴重な人材の加入に素直な賛辞を贈ろう、――アルトバイエ家のロゼッタ嬢ですね? カオリ君達の村の復興は私達にとっても忘我の案件、ロゼッタ嬢の加入を我ら【赤熱の鉄剣】一同からも、お礼申し上げます――」
ロゼッタと【赤熱の鉄剣】との顔合わせにて、自己紹介の後、自分達が今まで世話になった粗方の説明を終えた後、一人前に出て深々と礼をするオンドール、元騎士としての血が騒いだのか、貴族令嬢のロゼッタを前にして、仰々しい挨拶をした。
ロゼッタも驚いた様子だったが、慣れたように居住まいを正し、ステラと共に頭を垂れる。元の姿見もあってそれらの所作はとても美麗だ。
ただし淑女の礼をしない辺り、場を弁えているつもりなのだろうが、それでもカオリには仰々しく映る。ただでさえ美人な二人である。むさ苦しい冒険者組合の広間では十分目立つ。
「さすがだなおやっさん、貴族ってぇのはこういうところ、しっかりしないとやっぱ駄目なのか?」
頭を掻きながらレオルドが、こともなげにそう言った。
「リーダーは俺なんだけどなぁ……、まあ何にせよいいことだ」
アデルも呆けから立ち直り、カオリに顔を向ける。
「戦力の増強もあって、本格的に活動する前に、アデルさん達に教えを請いたくて来ました。何か考えることがあるかもって思って」
カオリの申告に【赤熱の鉄剣】一同は考える素振りでしばし黙考する。オンドールはその間でも、カオリ達三人に席を勧めるあたり、紳士な騎士に衰えはないと見える。
冒険者組合の一階広間の一角を占拠し、銘々(めいめい)に席に座る。アキとステラの二人だけは立ったままで、人数分の飲みものを注文しているあたり、さすが従者である。アキはたんにステラに対抗心を燃やしているだけのようだが、注意するのも面倒なので、カオリは好きにさせておく。
「上位パーティーに魔導士は必須っていうし、それが前衛もこなせるなら、選択肢はかなり広いな、これでもう一人パワー型の戦士が居れば、俺達と構成が同じになって、バランスもよくなるし、いっそもう一人ないし二人、加入を前提に活動の幅を広げるのもいいかもなぁ」
「ん? そういやぁ上の奴らにゃ、魔導士が一人はいるなぁ」
アデルの発言にレオルドが思い出したように呟く。
「魔導士が居れば迷宮探索の依頼も請けやすいし、他の専門性の高い依頼も、事前調査から達成率を向上させられる。この早い段階で魔導士を、しかも貴族様を加えられたのは、大きな進歩だと思いますよ」
イスタルが代わって答える。言われたロゼッタが緊張したのを横目で捉えながら、オンドールが続ける。
「村の復興でもそうだ。貴族社会を知るロゼッタ嬢がいれば、支援者や商人との交渉の席でも有利に働くし、世の中何でも名前は通用するものだ。もちろんロゼッタ嬢に過度の期待や苦労を背負わせるものじゃない、だが何よりもカオリ君達にとって、身近に教えを請える存在は多いに越したことはない」
大きく頷き皆意識せずにロゼッタを注視する。「が、頑張ります……」緊張からどもりながら言葉を絞り出すロゼッタに、皆慌てて視線を逸らす。
初対面の尊大な振る舞いはなりを潜め、今は随分と大人しいロゼッタ。さすがに目上の、しかもこれから世話になる冒険者相手に、あの態度で接されるとかなりバツが悪いので、カオリは内心安堵する。
「まぁ、当面は戦闘面での連携を深めるのが重要か……、冒険者は自らの手の内を明かすものじゃないから、俺達もあえて聞かないが、一般的に見て、やっぱり当面はカオリさんとアキさんが前衛を固めて、ロゼッタさんは後方から適時魔法支援が基本だろ?」
アデルが場を取りなし、イスタルとレオルドが続く。
「アキさんが弓を使えるから、後方を気にかけながらの中衛も魔導士には有り難いですね」
「前衛も出来んならよ、全員で殴りゃぁいいんじゃね?」
「敵が目視出来るだけとは限らんからな、場合によってはそれで短期決戦も一つの手段だな、敵に合わせたそれぞれの立ち位置は、出来れば実戦で教えたいが……、さっそく今日の依頼を見てみるか? そっちがよければ、合同で請けれればと思っているが」
最後にオンドールが提案し、カオリに視線を送る。
「ならロゼに村の現状を紹介するのと、アデルさん達からまた基本を勉強させてもらうのを兼ねて、狩りと採取の依頼を複数請けます?」
カオリの提案に「うん、俺達は構わないよ」とアデルが返し、他の一同も頷く。
「えっと、私のために合同で依頼を請けるの? カオリ」
ロゼッタが気まずそうに声を上げる。
「私達が教えてもいいけど、やっぱり基本は大事でしょ? 野営の仕方とかは自分で調べていたみたいだけど、依頼の流れとか注意点とかは、私達の恩師と言ってもいい皆さんから、同じように教わった方がいいかと思うし」
カオリの言葉に、ロゼッタは小さく会釈しながらアデル達を見やり、視線を向けられた男達は照れ臭そうに肩を竦めた。
この時点で一つのパーティーが、他のパーティーを丸々世話をする流れになっていることを、周囲は苦笑と共に見ていた。
大体は報酬の取り分が減ることを嫌い、基本を教わればさっさと単独依頼に走りがちな新人冒険者が多い中、カオリ達は、ともすれば素直過ぎるとも取れる姿勢で、冒険者稼業に挑んでいるのだから、周囲が向ける視線はおのずと暖かいものになる。
知っていながら教えないアデル達も、内心苦笑を禁じ得なかったが、カオリから向けられる信頼が心地よかったため、あえて言わなかったのだから、なかなかな曲者である。
昼前に出発した二つのパーティー、計七人は冒険者としては珍しい大所帯だ。普通分け前の都合上、五人を超える人数での依頼は稀である。大体は大型の魔物を共同で討伐するか、盗賊団の殲滅作戦で軍と共闘する時ぐらいである。しかし今回の申し出を受けた理由を、意外にもレオルドが簡潔に述べる。
「てか、カオリちゃん達との仕事はよ、討伐数がだんちだから、普通においしいんだよなぁ」
「そうなんですか?」
カオリは首をかしげる。
「道具の消費量も少なくて経費が浮きますし、戦闘時間が極端に短いから、必然的に量を稼げますからね」
イスタルが補足するように説明する。実際に二人の言ったことは事実である。
普通、新人冒険者を連れての依頼は、慣れない移動と怪我を恐れた慎重な戦闘、そして補助や回復道具の消費量から、基本的に不人気な部類に入る。――というか単純に面倒である。
だがカオリ達は体力があり、休憩は最低限で済み、食も細いため食費も浮く、そして戦闘では会敵後瞬く間に倒し、また魔物の攻撃を受けたこともないとくれば、むしろ安全面と収支から、けっこうな黒字を期待出来たのだ。
「長く新人育成を請けてきたが、これほど優秀で安定性のある新人は初めてだ」
オンドールも深く同意する。見ればカオリの後方、中列にいるロゼッタは尊敬の眼差しをカオリに向ける。前衛をアデルとレオルドで固め、中衛をカオリ達パーティーが務め、後衛をイスタルとオンドールの順で、一行は街道から外れた平原を進む。
魔物が出現すれば、アデルとレオルドが廻り込んで、カオリ達とで挟撃し、後衛から魔法と弓で援護し、魔物の群れは確実かつ瞬く間に殲滅して行く。
素材の回収の仕方をアデルから改めて教わるロゼッタと、慣れた手付きでウォーウルフの死骸を捌いて行くカオリとアキ、イスタルとレオルドで周囲を警戒、オンドールはさらに万全を期すため、進行方向へ斥候に走って行った。
事前に魔物の気配を探って居れば、奇襲の危険をかなり減らせる。またあわよくば挑発し誘導出来れば、効率よく狩りも可能だ。
日が沈み始め野営の準備に取りかかるころには、既に二日分のノルマを達成出来たと大いに喜んだ。
「いつもは一~二匹を逃したり、負傷で足止めを食らったりするが、こんなに効率良く狩りが出来るなんてなっ! もうこのまま全員でパーティー組もうぜ」
レオルドが喜び勇んで言った言葉に、皆笑って反応する。
「たしかにパーティーとしての相性もいいし、問題はないがな」
「だがカオリ君に向けるアキ君の忠誠を見れば、我々のような粗忽ものは邪魔に思えるかもしれんなぁ」
追従するアデルと諌めるオンドール、対照的な二人だが、表情は明るい、武器の手入れに余念がない前衛組に代わり、夕食の準備に勤しむイスタルも、口の端で笑みを浮かべていた。
「噂だけで加入を希望したけど、熟練冒険者のパーティーにこれほど認められてる新人冒険者なんて、私って実はすごいところに加入してしまったのかしら……」
誰にともなく呟くロゼッタに、【赤熱の鉄剣】の視線が集まる。
「ロゼッタさんはそういうが、正直君の実力も、他所に行けば十分評価されるほどだと思うけどね」
アデルはロゼッタをそう評する。ここにカオリとアキは居ない、二人は周囲の警戒にあたっている。一応新人教育の一環で、ロゼッタには【赤熱の鉄剣】の皆と極力一緒にいるように、カオリから提案があったためだ。
「うむ、かの二人は戦闘面でずば抜けた才能がありますからな、同じ年頃の女性同士、共に居れば優劣を感じてしまうこともおありでしょうが、初級魔法を魔力を枯渇させずに放て、前衛でも戦えるロゼッタ嬢は、冒険者としても十分に活躍出来る才をお持ちですよ」
「そ、そうですか……」とロゼッタはオンドールの言葉を恥ずかしそうに受け取る。
オンドールにはとくに自身が劣等感を抱いてることは話していないが、態度で分かってしまうのか、実家では召使から当然のように受けていた優しい気遣いに、郷愁の思いと共に、気恥ずかしさを感じる。
(そんなに態度に出ていたかしら、情けないわ……)
自身の心情を簡単に気取られることは、一歩外へ出れば恥と思うようにと教えられ育ったロゼッタ、遠目に見えるカオリの背を見詰め、気を一層引き締めるように、大きく深呼吸し背筋を伸ばした。
(ただ強いから、だけじゃないのよね。身も心も強くて、目標のために真っ直ぐ生きる姿に、同世代の女の子を初めて尊敬してる……、ただ自由に生きたくて、我儘を言って出てきた私と違って、カオリもアキさんも、自分の意思で考えて行動している。私もそうなれたらいいなぁ――)
ロゼッタは密かに、新たな思いを心に刻んだ。
だが、和やかな雰囲気とは逆に、思わぬ事態が進行していた。
『カオリ様っ! 緊急事態ですっ!』
カオリとは反対の方角に見張りに出ているアキから、脳内に直接声が届く、これはギルドメンバー間でのみ行える。【―仲間達の談話―】という魔法で、特別高い能力を必要としないものの、この世界では失われた魔法である。
『何アキ? 慌ててどうしたの?』
アキとは対照的に、落ち着いて対応するカオリだったが、続けたアキの言葉に、カオリも大いに驚くことになる。
『どうもこうもっ! ギルドホームが何者かの手によって乗っ取られましたっ!』
「ええええぇぇぇっ!?」
脳内でも外でも声を出して驚くカオリ、アキの声はさらに続ける。
『ギルドホームへの進入を確認した直後、ギルド武器が奪取され、現在さらに多数の影がギルドホームへ接近中!』
どうしてそこまで分かるのかなど、無意味な質問はしない、カオリは即座に次にすべき行動を考える。
即座にギルドホームに向かいたいところだが、アデルやロゼッタに素直にそういうと、ギルドホームの存在がバレてしまう、それにそもそも、この話を信じてもらえるかも分からないのだ。
『アキはそのまま観察を続行して! 私はササキさんに意見を確認してみるっ!』
『はっ!』
そんなやり取りの後、カオリは首から下げ、服の下に隠していた。連絡用の首飾りを取り出し、とりあえずと魔力を込めてみる。
魔力の感覚と運用は、先の【―仲間達の談話―】などを使う内に僅かだが慣れていたので問題はないはずだ。
『ササキさんっ、聞こえますかっ?』
使い方に誤りはなかったのか、返事はすぐに反って来た。
『――自体は把握している。君達は慌てずに分かったことを同行者に伝え協力を仰ぎなさい、留守番をしている協力者から緊急メッセージが届いたと説明すればいいだろう、しっかり休息を挟みつつ村に向かい、村の付近で合流しよう――』
『はい、分かりました』
『――一応言って置くが、乗っ取られたといっても、新造のギルドホームに宝や施設があるわけでもない、守護者も君の傍にいるのだし、精々ギルド武器が敵の手に渡った程度だ。そのギルド武器も選定して間もなく、強化も施してないただの鉄剣だ――』
『……はい』
『――君はまだ何も失ってはいない、取り戻せばいいんだ――』
それを最後に通信は切れた。カオリは即座に行動を起こす。
アキと同時に駆け寄ってきたカオリに、アデル達はただならぬ事態を察し、ロゼッタに警戒を促す。
だがアキの言葉を聞いて目を丸くする。協力者という存在が気になるが、それをおいても緊急事態である。
だが当の本人達が冷静なため、アデル達も慌てず出発を早めることで合意する。移動と戦闘の疲労を残したまま、もしかしたら到着後すぐ戦闘になる可能性もある。休める時に休むのも、冒険者の心得の一つである。
翌早朝、日も昇らぬ時刻に出発、早足に小休止を挟み、戦闘は先手必勝の短期決戦で凌ぎ、魔石以外の素材は回収せずに移動を開始、日の落ちるころ、村まで半里という距離で一行は留った。
「ざわめきと……、嫌な匂いがここまで届いていますね」
堪らずに言葉を発したのはアキだ。獣型亜人特有の聴覚と嗅覚が、風に乗って届いた微かな異変を察知したようだ。
「殺気? じゃない……なんだろう、暗くて重いなんかの気配?」
カオリも何か言葉に出来ない、もどかしさを感じる。
「うむ、二人は感知能力にも長けているか、普通長年の経験で身に付けるものだが……、推測だが、これはアンデッドの死の匂いだな、川を挟んだ向こう側、ハイゼル平原からも同様の匂いが感じられるな……」
オンドールが経験から答え導き出す。
『――カオリ君、近くまで来ているね? 今から私も合流する。今回は同行者達にも姿を見せるつもりだ。悪いが話を合わせてほしい』
不意に届いたササキの声に、「『はい』」と短く返事をする。
「……今のは、協力者というものとのやり取りか?」
誰にともなく声を出したカオリに、オンドールが当たりを付ける。
自分達の知らない協力者という存在に、興味を抱くオンドール、復興活動が始まってまだ一月も経っていない内に、もう分担活動が出来る協力者を得たのかと、驚く半面、まだ幼い彼女達に変な蟲がついていないかと、親心を抱く。
だがその邪推は、あらゆる意味で裏切られることになる。
平原を塗り潰す闇の向こうから、異様な存在感を放ちながら現れたそれは、威風堂々たる歩で進み、一行の野営地に近づいて来た。
「おいおいマジか……、こりゃとんでもないぞ……」
一番肉体派のレオルドが、堪え切れずに声を絞り出し、その異様さを簡素に表現した。
一言で表すならそれは、和装の鎧武者だった。
布と紐を丹精に編み込み、巧みに重ねられた重厚な鉄板、細部にまで見られる意匠は美術品としても十分な美しさが見られる。全体的に紅を基調とした装いは嫌味なく、しかしたしかな艶やかさを感じさせる。頭部は面と兜に覆われ、表情を伺うことは出来ないが、面に施された憤怒の形相が、その存在を悪鬼羅刹の体現を想起させた。
そして背の腰には、身の丈に達する大太刀が横向きに提げられ、彼の持つ膂力が異常であることを予想させる。
「火急な呼び出しにも関わらず、良く参られた。私はカオリ君に協力させてもらっている。ササキ・リョウヤと申すもの、ササキが姓なので、そう呼んでほしい」
洋風から一転して和装へ、今までとはまったく違う装いに、内心驚くカオリ、だが気配と何故か本名を名乗る彼に、確信と共に安堵する。
「あ、ああ、ササキ殿だな、俺はアデル、貴方と同じカオリ君の協力者で、男四人の冒険者パーティー【赤熱の鉄剣】のリーダーを務めている」
アデルに続き、若干気押されながらも、残りの三人も挨拶を終える。最後のロゼッタだけが、驚愕の表情で固まっていた。
「ロゼ? どうしたの?」
カオリが気遣うように肩に触れ、ロゼッタはようやく我に返る。
「どうしてあの方がここにっ!?」
逆に驚くカオリを他所に、ロゼッタは次第に興奮していく。
「大陸に数人しか居ない神鋼級冒険者っ! その中でも唯一、単独で竜殺しを成し遂げた生ける伝説っ、それが彼、【紅の飛竜】ササキ様よぉっ!」
「「なにいぃぃぃぃぃっ!」」
アデル達の声が重なる。
カオリとアキだけが理解が追い付かずに、キョトンとする。
「たったの一振りでオーガの群れを一刀両断したとかっ!」
「たった一人で賞金の付いた盗賊団を壊滅させたとかっ!」
「一足で空中のドラゴンを叩き落として斬り伏せたりっ!」
「その功績で【飛竜】の称号を国王から賜ったという……」
コントのように各々逸話を話すアデル達、ロゼッタも手を前に組んでうっとりと頬を朱に染め、ササキを見詰めていた。
「私が冒険者になろうと、志す切っ掛けになった英雄様よ!」
不穏な雰囲気など何処へやら、皆から羨望や尊敬の眼差しを向けられ、しかし動じた様子もなく毅然と立つ姿は、たしかに英雄然とした立ち振舞いである。
「はは、お恥ずかしい限りですな、とくにそちらのお嬢様はアルトバイエ家の御息女ですな? 以前王都で御見かけして以来の?」
話題を逸らすためか、ロゼッタに話を振るササキ。
「覚えていて下さったのですかっ!」
驚くロゼッタにササキは頷き、おもむろに兜を脱いで見せた。
「「おお!」」と一同の声を受けながら、ササキは相貌を露わにする。
黒い髪に黒い瞳、良く焼けた肌色に精悍な顔立ち、歳のころは四十歳くらいか、短く刈り込んだ頭髪が良く似合う男は、意外なほど優しげな目をロゼッタ、次いで皆に送った。
「カオリ君に素顔を見せるのは初めてだね?」
(わあぁ、超絶ダンディなナイスミドル!)
軽い調子で言うササキに、カオリはほえ~と間抜けな声を出す。
「僭越ながらその髪と瞳の色、もしやササキ殿はカオリ君と……」
探るようにオンドールが聞く。
「話が速くて助かる。あの村が魔物に壊滅させられたと聞き、以前個人的に様子を見に行った時、偶然カオリ君と鉢合わせてね。オンドール殿の仰った通り、まさかこの地で同郷の輩と会えるとは思わず、しかも聞けば幼い姉弟のために村を復興させようとしているという、一人の人間として感銘を受け、資金援助とうの協力を申し出たのだよ」
カオリとの嘘の馴れ初めを語るササキ、話を合わせるとはこのことかとカオリは思い至る。
たしかに一国の王の立場で大々的に援助すれば、方々に角が立つのは必至、だが高名な冒険者が自分の懐から出金するのなら、国家や組織に捉われずに済む、隣でアキも関心した様子でうなずいていた。
「なるほど……、カオリ君達の強さも、ササキ殿と同郷であるというなら少し納得出来ます。しかし、かの英雄殿が……失礼カオリ君、村が滅んだという話だけで、よくわざわざ足を向けられましたな、この手の話はそれこそ、日常茶飯事だというのに」
オンドールから疑問をぶつけられたササキ、理由に不自然な点があったのか、カオリは墓穴を掘るまいと、黙って二人の成り行きを見守る。
「何を御知りになりたいか計り兼ねるが、冒険者とは魔物の脅威から人々を守るのが仕事だろう? 噂とはいえ、その影で困窮しているかもしれぬ誰かのために、私が自ら足を運ぶことは、何か可笑しいことですかな?」
微かな怒気を孕ませ、腕を組んで立つ姿に、一同が息を飲む。
推定身長百九十以上のレオルドよりも、一回り大きなその巨躯で、威圧するように立つその姿には、もはや脅威すら感じられる。
「いや、大変不躾な発言だった。すまない、謝罪しよう……、試すようで無礼を承知で窺わせて貰ったが、なるほど英雄とはかくあるべきかな、だがそれ以上にカオリ君達への義憤の念、ササキ殿は強者である前に、一角の人物であると認識した」
何やら高度なやり取りがあったのか、先程の重い空気はなくなり、オンドールは相好を崩し、ササキに握手を求めた。
「誠に勝手ながら、貴方ならカオリ君達を任せられる。信用出来る御仁だ。私からも御助力感謝しますササキ殿」
「それは私の台詞ですよオンドール殿、共に尽力しましょう」
何やら頭の上で交わされたやり取りに、取り合えずカオリは安堵の息を吐いた。
「えーと、話が纏まったなら、この事態について詳しい話を聞いてもいいですか? いったい何が起きているんでしょう?」
イスタルが怖々と声を挟む、滅多に見せない姿だったのか、英雄に詰め寄る老齢の騎士の姿は、仲間から見ても鬼気迫るものがあったようだ。珍しいものを見たと、アデル達は一様に驚いていた。
「ねえカオリ……」
「? 何、ロゼ」
ロゼッタが溜息交じりに声をかかける。
「貴女、本当に愛されているわね……」
「? はあぁ」
男達を余所に、女性陣は空気と化してした。
百聞は一見に如かず。というササキに連れられ、村に偵察に来たカオリとアキとアデルの四人は、余りに異様な光景を前に、言葉を失う。
「……なんだ。これは」
カオリ達の眼前にあるのは、視界を埋め尽くす。アンデッドの群れだった。
骸骨の戦士【スカルソルジャー】 その上位種の【スカルナイト】 腐肉を引きずる【ゾンビ】に、死肉喰いの【グール】 宙空を彷徨う【ソウル】の群れと、ざっと見て優に千を超える軍勢は、正に地獄の顕現で溢れていた。
「数体なら問題にもならんが、この平野でこの数だ。安易に手を出せば唯では済まんのは明白、私一人なら何とかやりようもあるが、村を無傷でとなると、どうしてもカオリ君の意見を聞かねばならんからな」
何食わぬ顔で大言するササキに、アデルは一瞬怪訝な表情をするが、相手が神鋼級冒険者なのを思い出し、納得の素振りをする。
「大丈夫なんですか? 凄い数ですよ? デッ○○○ジングですよ? バイ○○○―ドですよ?」
「……あのなカオリ君、そういう発言は控えようね?」
横でアデルが不思議そうな顔をする。いくら通じないとはいえ、真実を知らぬものがいる前で、元の世界の話をするべきではないと、ササキは呆れながらカオリを優しく叱る。
「あの、でも実際どうするのですか?」
痺れを切らしてアデルがササキに問う。
「何ということもない、全て斬り伏せるだけだが?」
「……初対面で失礼を承知で言わせてもらうが、貴方は無茶苦茶だな、本当に可能なのだとは思うが……」
アデルはお手上げとばかりに手を挙げる。
「それよりもっ、 神聖な我らが祠に、愚かにも進入した不届きものを、一刻も早く成敗すべきですっ!」
後方を警戒するため、一人後ろに控えていたアキから、待ち切れないとばかりに声が上がる。ギルドホームの存在を隠すため、名称を伏せたが、恐らく軍勢の中心であろうギルドホームは隠し切れないと判断し、メッセージを使い密かに示し合せたのが、この「カオリ達の国の風習で、復興を祈願して地鎮祭を取り行うための祠」であると、皆には説明していた。
「なるほど、たしかアキさんは巫女と呼ばれる職業の家柄で、代々神事に携わって居たとか、それならたしかに、アンデッドに祠を穢されるのは耐え難い苦痛でしょう」
理由は違えどアデルの真心からの同情に、カオリは若干の罪悪感を抱く。といってもアキからすれば、ギルドホームは筆舌に尽くし難いほどに尊いものだ。今表情に出るほどに露わにする怒りは本物である。放って置けば一人でも突入し兼ねないだろう。
「こちらの戦力は数にしてたったの八人、対して敵は千を超える死者の群れ、普通に考えれば挑むのは愚策と言えようが――」
身を隠す姿勢から、楽な姿勢に座りなおすササキ。
「――あんな亡者如きに時間と労力を割くのは正直面倒だ。カオリ君の許可さえあれば、私一人で掃除して来るがどうする?」
本当に簡単そうに言うササキに、カオリは顎に手をやり考える。ササキを挟んで向こう側では、アデルが諦念の苦笑いを浮かべていたが、後ろのアキは何か言いたそうにじっと固まっていた。
「現実的に考えたらたしかにその方がいいんでしょうけど……、こういうのってやっぱり、自分で戦ってこそ、故郷って言えるんじゃないかなぁ~と思います。アキもそう思うかな?」
何処かで聞いたようなフレーズを口にし、問われたアキは、弾けんばかりの歓喜の表情で、耳が揺れるほどに何度もうなずいていた。
「【赤熱の鉄剣】の皆様はどうお考えで?」
ササキがアデルにも問いかける。
「……正直あの大群を見たら、逃げ出したい一心ですが……、女の子と英雄が戦ってるのに、俺達男連中が背を向けちゃ駄目だろうって気になりますね」
「まあ神鋼級冒険者がいるなら、何とかなるでしょ」とおどけて見せる姿には、言葉通りの余裕が見て取れる。画して混成パーティーでの奪還作戦が始まった。
「身を隠す遮蔽物もなし、柵の内も外もアンデッドで溢れているとなれば、安全圏はほぼないと思った方がいいが、一ヶ所だけ比較的安全な場所がある」
砂地に描いた簡易的な村の見取り図を囲んで、八人は皆一様に、ササキが指差した場所を凝視していた。
「我らが祠の位置ですが、そこは敵の中心地でもあります」
アキが冷静に指摘するが、ササキは訂正することなく頷く。
「あの祠は地下に造られている。私の記憶がたしかなら、あの構造上進入するには入口から入る他ない、そうだねアキ君」
「はいっ、誰も寄り付かぬと油断し、封印はおろか碌な施錠もしなかったのが今になって悔やまれますが、その入口以外から、例えば地面を掘って進入などは、絶対に不可能な構造になっております」
自信たっぷりに言うアキに、ササキはどこか満足げだ。
「ならばいっそのこと、ここに強襲し中の敵を殲滅、籠城しつつ押し寄せる敵を一本道で防げば、平原で外から各個撃破するよりも、余程効率的だと私は考える」
「敵の中心までの活路を開くのに、何か策はおありか?」
「ない、私が先頭で敵を、文字通り斬り開く、私の後方の布陣はそちらに任せる」
「作戦とは到底言えんが、まあここはササキ殿の腕を信じよう」
オンドールが聞きたいことを聞いて、作戦会議は以上となる。行動開始は夜明けと定め、一行は不寝番をいつもの持ち回り制ではなく、半々に分けた交代制にし眠りに就く。
早朝、全員が緊張と共に起床し、余計な荷物を固め、可能な限り身軽になり、戦支度を終えると、ササキの号令と共に出発した。
(こんな緊張初めてだなぁ、ゴブリンの群れの時はいきなりだったし、その後の戦いも行き当たりばったりだったしなぁ)
危険を承知で戦場に向かう、ほんの数カ月前まで、まさか自分がそんな状況になるとは予想だにしなかった。そういえば何ゆえ自分は異世界に召喚されたからといって、冒険者などと危険な仕事を選んだのか、こんな時になって改めて不思議に思うカオリ。
守るものがあるから戦うのか? 戦いを選んだから守るのか?
カオリの心に生じた小さな自問、だが現実はそれらを置き去りに、戦闘の火蓋を切って落とした。
踏み荒らされた。元は小麦の実る畑を、埋め尽くすように蠢く亡者達に、ササキは容赦なく大太刀を振るう、そのたった一太刀で、四、いや六体もの亡者が四散する。
魔力を帯びた大太刀は、切り抜けた後に魔力の衝撃波を発生させ、そのさらに後方の亡者達をも吹き飛ばす。不死の魔物を完全に沈黙させんという殺意に満ちていた。
抜剣し後を追っていた一同は、その姿を後方から眺め、カオリを含め唖然とする。
「強いだろうと思っていたが、……これはすさまじいな」
アデルが呟く。
(すごい、ゾンビとか骸骨達が、まるで紙切れみたい)
自身も幾体かと応戦しながら、駆け足でササキの後を追う形で、一行は一目散にギルドホームの場所を目指す。
ササキに挑む亡者達にもはや違いなどない、皆一様に斬られ、吹き飛ばされ、手足や頭部をバラバラに宙へ投げる。不死であろうがなかろうが、こうなってしまえば関係なしと、ササキは足を止めることなく無造作に屠っていく、本来は物理攻撃が効かないソウル系の魔物も、魔力を込めた大太刀の一刀の前では、塵に等しいようで、たまに討ち洩らした数体も、後衛の中心にいるイスタルとロゼッタの魔法で撃ち落とされていく。
危機的状況になどなることもなく、一行はギルドホーム前に到達、ササキの迅速な誘導で入口に突入した。
「私はここで思う存分暴れさせてもらう、皆は中の掃除と、最初の侵入者を相手取ってほしい、……この場所は君達の場所だ。その手で奪い返して見せなさい」
入口に一人残ったササキは、そういってカオリの背を押した。ここからはカオリ自身の戦いである。
「……少し深くなっています。恐らく侵入者が魔力で勝手に拡張したのでしょう」
以前見た時よりも、先の広間が遠く感じる。入口の光が奥まで届いていないために、以前より深くなっているのだろうと、アキは忌々しげに推測を述べた。
「洞穴が魔力で広がる。……まるで迷宮のようじゃないか、まさか君達の祠というのは、本当に神聖な力場として機能しているのか?」
己の常識にない異国の文化と、見慣れない目の前の現象に、戦闘中では珍しく、オンドールは疑問を呈する。
「そういば、魔力のみで作られた建物や人工物は、魔物化したり迷宮化したりするという学説があると、聞いたことがあります」
イスタルが聞きかじった知識から、そんなことを口にした。カオリは返答に窮する。ここでギルドホームや迷宮との関連性を、彼らに明言することが、どんな事態を招くのか、予想出来なかったからだ。
だがそれを察してか知らずか、アデルが皆を叱責する。
「今はそんなことは関係ない、ササキ殿が入口で敵を防いで下さってるんだ。俺達は俺達の仕事に集中すべきだ」
アデルの言葉通り、奥から亡者共が這い出て来るのを認めると、一同は再び戦闘態勢に入る。ここからはササキの先導はない、自分達の力で切り開かねばならない。
ゴブリンやオーガ以外で、人型と戦った経験はない、というか元人間のゾンビやスケルトンなのだから、人型で当然なのだが、カオリはこれも当然に人間を斬った経験などない、死人とはいえ、骸骨とはいえ、躊躇がないといえば嘘になる。
(殺し損ねたり、嬲り傷めたりするわけじゃなくて、一思いにバッサリ斬り伏せるから、気持ちは楽かなぁ)
と胸中で自己完結する。はっきり言って敵ではない、動きも緩慢で技巧もなく、ただ錆びた武器を振り回す。あるいは噛み付こうと追いすがる。そんな攻撃がカオリにあたるわけもなく、一体また一体と淡々と斬り伏せる。
骸骨が振り上げた剣の出小手を胴ごと斬り払い、ゾンビが突き出した顔を顎から上下に分断、盾を構える相手を身体で押し込みつつ、身体を回転させ素早く側面に回り腕ごと盾を落とせば、他の皆が追撃で仕留めていく。
骨の身で、緩慢な動きで、重量差が気にならないのであれば、純粋な脚捌きと太刀捌きで十分に圧倒出来る。
しかもこうして一体一体を仕留めて行く中でも、カオリには大量の敵情報が経験値という形で流入して来る。
骨の軋みや僅かな重心の推移、筋肉の起こりから気配に至るまで、相手がどのように動き、威力や速度からどれくらいの隙が生まれるのか、カオリには一戦を終えるごとに手に取るように分かるのだ。
カオリ自身はまだ知らないが、カオリの持つ固有スキル【―達人の技巧―】は、たんに成長を早めるものではない、云うなれば脳の認識力と観察力、そしてそれらを瞬時に分析し記憶する。情報処理能力を高めることにこそ、真の効果が発揮される。
分かりやすく言えば、余人が見落とす僅かな差も、その違いを瞬時に、かつ一度見ただけで記憶出来てしまうのだ。またそれを自らの身体の動きと照らし合わせ、どのように動けばもっとも効率的かつ効果的かまで、僅かな経験で会得出来てしまうのだから、カオリが今日まで、戦闘面に関してだけは、一切不安に思うことがなかったのも頷ける。
そうして討ち洩らしもなく、一行は最奥に到着し、そこでこの騒動の元凶と対峙することになった。
以前の神秘的な空間は、今や歪に歪められ、鼻につくほどに淀んだ空気が、カオリの表情までをも歪ませる。
心無し膨張した広間に群れの姿はなく、しかしカオリの眼前には、亡者達の気配を孕んだ巨大な影が立っていた。
「【デスロード】」
唸るようにその名を呟くアデル達、カオリもロゼッタもその異様に凝視する。唯一人アキだけが憎しみと蔑みの視線を向ける。
それは生物の範疇を逸脱した存在であった。一言で表すなら、死体の集合体だ。
拾い集めた腐肉や骨を、無理やり巨人の形に組み上げたら、恐らくこんな形になるのではないか、ただし頭部を形作る造形だけは、異様に凝った形相で、悪魔的なそれは、見るものを本能から震え上がらせる不気味さを放っている。
小刻みに震えるように僅かに蠢く身体を弛緩させ、手には強大な片刃の曲刀を思わせる剣を携えていたが、良く見ればその巨剣すらも骨の集合体なのだから、カオリは思わず身震いした。
思わず様子を見ていた刹那、デスロードと呼ばれたそれは、そんな隙を見逃すことなく、容赦のない突撃を加えて来た。
「危ない! 避けろっ!」
アデルの号令で即座に回避、入口に固まっていた一行は、デスロードを中心に包囲する形で散開した。
だがカオリだけが唯一、上段から叩き付けるように振るわれた骨の巨剣を、最小限の動き、横に半歩ずれるだけで躱し、地面を抉ったその膂力を、冷静に見ていた。
(デモ○○○○ルズの金骸骨みたいな感じかな? でもあれより遅いし、攻撃は効くのかな? こんな分厚い骨を斬るなんてやだなぁ、刃毀れしたらショックだよ~)
今のカオリにはデスロードの動きが見えていた。
大きいだけ、多いだけ、使われた骨も肉も、内包する魔力の気配も、さっきから戦っていた亡者達とそう変わらない、変わらないことが分かるのだ。
カオリはここへ来て初めて、巨大で異様な魔物と対峙して、自らの持つ特性を、おぼろげながら実感したのだ。
「カオリ君っ!」
「カオリ!」
周囲の皆はカオリの一見して窮地に見える状況に絶叫するが、とうのカオリは呑気な思考で、次の攻撃、横に振るわれた巨剣も、屈んで躱してしまう。
「カオリ様! 私めが後ろより攻撃しますので、カオリ様は御怪我のないようにだけ、注意して下さいませっ!」
カオリが負傷することなどありえないと信じ切っているのか、アキはカオリを心配するというより、注意喚起だけをする。
大振りの巨剣で体制を崩したデスロードの背に、アキの薙刀が袈裟切りに叩き込まれる。十分な速度を共なった鋼の刃が、腐肉と骨の身体に斬り込み、破片を辺りに撒いた。
だが怯む様子を一切見せず、攻撃されたことに気付いて、振り返って今度はアキに巨剣を振り下ろす。
「遅いっ!」
振り下ろされた巨剣を、薙刀の石突で側面から叩き、軌道を逸らして受け流す。剣の軌道を完全に読み切ったその動体視力もさることながら、巨体と巨剣から繰り出された強力な攻撃を受け流すアキの膂力にも、アデル達は目を見張った。
「余所見厳禁だよっと!」
カオリも止まらない、コマのように回転し、足元を潜りながら、デスロードの両脹脛を斬り付ける。それでデスロードの動きを止めるには至らないが、カオリもアキも油断はしない、入れ替わり立ち替わり、デスロードに攻撃を加え、デスロードからの攻撃は容易く躱す。そんな光景がひとしきり繰り返され、そこでようやくアデル達は我に返った。
((俺達いらない?))
「いやいや、カオリ君……、君達は規格外過ぎるだろ……」
アデルの呟きが虚しく響く。
「デスロードってたしか、金級冒険者が小隊を組んで、十~二十人で挑まないと討伐出来ない、難易度金級の魔物のはずじゃぁ……」
ロゼッタも茫然と答えを求めて呟く、デスロードは物理攻撃に耐性があり、損傷してもしばらくすれば再生し、疲れを知らぬ死者の身体で間断なく攻撃を繰り出すため、少数、ひいては二人で挑むような魔物ではない。
さらにその存在は負の魂、邪悪な魔力の集合体でもあるためか、支配者の名の由来である。アンデッド系の魔物を集めてしまうという特性がある。
個が強力でありながらも、油断すれば死者に包囲される危険から、一般的には軍の管轄と言われるほどの驚異とされる魔物なのだ。
「カオリ様、こやつの巨剣より反応があります。我らのギル―― 祭具に骨を纏わり付かせて、隠し持っているはずです!」
ギルド武器と言いかけて訂正するアキ、意味は正しくカオリに伝わり、カオリの意識もデスロードの持つ巨剣に向けられる。
「斬っても死なないなら、バラバラになるまで刻むだけっ! アデルさん達もロゼッタも、援護をお願いします!」
二人の善戦に二の足を踏んでいた他の面々も、カオリの要請に目的を思い出したように動き出す。
「よっしゃー! 任せろぉぉー」
怒声を響かせ両手斧を叩き込むレオルド、膝や肘といった関節を狙うオンドール、盾で攻撃を受け流しつつ注意を自分に惹きつけるアデル、そこにイスタルとロゼッタの火系の魔法が注がれ、デスロードは次第に巨躯を四散させていく、とくにカオリとアキの攻撃が巨剣に集中し、デスロードの動きが徐々に鈍り出した辺りから、形勢はカオリ達に完全に傾いた。
「これでどうだっ!」
レオルドの両手斧が胴を砕くと、ようやく痛みを感じたのか、デスロードが大きく仰け反り、次いで放たれたイスタルとロゼッタの魔法が、一際派手に骨や死肉をバラ撒いて、およそ人間大の大きさの、恐らく本体と思しきアンデットが一体残された。
だがここまで来て、本来なら大物の力を削ぎ落とした今こそ、とどめの絶好の機会と勇むところのはずが、「ひっ!」という小さな悲鳴に注意を取られ、一同は追撃の手を止めて、声の元に視線を泳がせた。
「アンリ達の、お、とう……さん?」
あり得ない呟きに、皆目を丸くする。声の元、カオリの口から放たれた言葉は、この状況にまったくそぐわぬ意味を表していたからだ。
朽ちた革鎧、植物に浸食され、ほとんど白骨化した姿には見覚えがある。引き千切られた革のベルトの先には、本来は剣が一振り提げられていたはず……。
(どうしてここにアンリ達のお父さんが?)
四肢が冷えて行く感覚と反して、心臓が徐々に鼓動を速めていく熱を感じ、カオリの表情は驚愕に染まっていく。
(何で? どうして? 剣を盗ったことを恨んで? 魔物になってまでアンリ達のところに帰るため? どうして?)
火葬の風習のないこの国で、司祭の供養という名の祝福儀礼を受けなかった死体が、周囲の魔力を取り込んで魔物化することは、この世界ではありふれたことだ。
だがそれを知らないカオリには、このデスロード、アンリとテムリの父の遺体が、歩き、武器を持ち、アンデッドを率いてギルドホームを占拠した事実は、あらゆる可能性を妄執させる衝撃を持っていた。
(私の所為でこの騒動が引き起こされたの?)
常であれば否定出来た可能性も、今はカオリから冷静な判断力を奪っていた。
(じゃあやっぱり、村の滅亡も私がゴブリンを引き寄せたから? この死者の大群も、私が不用意に剣をギルド武器に選定したから?)
焦りから妄想は加速し、さらに悪い考えが浮かび上がる。
(これからもこんな風に、騒動を引き起こして、それでアンリ達に安心出来る故郷をなんて、本当に出来るの? どうやって?)
戦闘中であるのも忘れ、カオリは錯綜した思考の渦に呑まれ、茫然と立ち尽くしてしまった。
デスロードが剣を振り上げる。その様はまるで素人のようで、その拙さが反って、剣に不慣れだったと聞いていた。アンリ達の父の姿を想起させた。
その攻撃をカオリは無意識で躱す。まだ幼い少女であっても、この数カ月の戦闘経験が、カオリを辛うじて生かしてくれる。だがこのままではいずれ大怪我を負ってしまうのは明白だ。咄嗟に周囲が大声でカオリに檄を飛ばす。
「一旦引けカオリ君!」
「戦うんだカオリ君!」
もはや滅茶苦茶な指示が飛び交い、周囲も冷静さを失っていく。
カオリの反応は鈍い、振り下ろした剣を、デスロードは返す刃で追撃を仕かけて来る。カオリは一歩下がりこれを躱す。このままでは壁際に追い詰められてしまう。誰もがそう思い息を呑んだ時、悲痛な叫び声が響いた。
「それはもう、ご姉弟様のっ、お父君ではありませんっ!」
「……アキ?」
アキの声にカオリがようやく反応を示す。と同時にアキの薙刀が容赦なくデスロードの背面を強烈に叩き、デスロードを弾き飛ばす。最後まで付着していた骨も、革鎧ごと剥ぎ取れる。これでもはやデスロードを守る鎧はない、ただの一体のアンデッド、ただの一体の魔物に成り果てたのだ。
熱くなった頭と、早鐘を打っていた鼓動が、徐々に冷めていくのを感じながら、カオリはしっかりとデスロードを視界に捉える。
「それはもう、ただの魔物ですっ!」
アキの厳しくも、切々とした叫びが、カオリの頬を叩くように木霊する。
「例え父君であっても、魔物に成り果てた身では、アンリ様に微笑むことも、テムリ様を抱き上げることも出来ません、それが出来るのは今、カオリ様だけなのですっ! ご姉弟のために故郷を取り戻し、幸福な日々を守って差し上げられるのは、カオリ様だけなのですっ!」
弾き飛ばされたデスロードが起き上がり、声なき慟哭と共に剣を振り上げる。
間合いも何もない拙いその動きを、カオリは冷静に見据える。
「まだ半歩遠い、そんな剣じゃ届かないよ、お父さん」
デスロードの剣が虚しく空を切る。
「地の利もなく、腕の力で振っても、斬れやしないよ、お父さん」
崩れた体制のまま、出鱈目に剣を振り上げる動作は、先程の動きと同じで読みやすい、防ぐのは容易いが、受けるのを嫌うカオリは上体を斜めに反らして躱す。
「そんな力じゃあの子達を守れない……、そんな強さじゃっ、何もっ! 守れないっ!」
横に振り抜かんと起こした腕に、カオリは瞬時に刃を合わせ、容易く腕を斬り飛ばし、振り上げた勢いを殺さず逆袈裟に胸部を切り裂いた。
「ッ! ――!」
剣を握った腕ごと切り離され、さらに本体に深い攻撃を受け、デスロードはついに苦悶の挙動をする。
「貴方はもう死んだんです! 貴方じゃあの子達を救えないっ、あの子達を! アンリとテムリを守るのは! 私だあぁっ! 」
逆袈裟に斬り付けた跡に、寸分違わず袈裟斬りの斬撃を叩き込み、デスロードの胴体が真っ二つに切断される。その流れるように見事な動作を見て、見守っていた一同は息をするのも忘れ、立ち尽くす。
眼窩に揺れる魔力の気配が消え、僅かに震えていた手足も止まり、デスロードはまるで緊張を失ったように崩れ落ち、虚しい骨の瓦礫に変わり果てた。
「終わったのか?」
アデルのたしかめるような呟きに、お互いを伺い合う一同、アキとロゼッタはカオリに近寄り、言葉もなく寄り添う、悲しみでもなく、だが空虚でもない無表情のまま佇むカオリを、二人の少女は純粋な心配から、傍に居ようと気遣ったからだ。
カオリの手によってギルド武器を回収し、祈るように跪いたアキが見守る中、元あった部屋の中央に再び奉じ、すえた匂いすら感じていた祠の空気が、暖かみのある雰囲気に変じると、一同はようやく騒動の解決に実感を得たのか、安堵した様子を見せた。
次いで祠から外へ出て、目にした光景に目を見張る。
元よりつい先程まで聞こえていた亡者達の呻き声や、骨の軋む音が聞こえてこないことから予想はしていたが、実際に目にすると壮観の一言に尽きる。
「仕事は無事終えたようだな、――だが、疲れているだろうところすまんが、素材の回収を手伝ってくれないか?」
何てことのないように言うササキの周りには、それこそ途方もないほど無数の死体の山が築かれていた。千体は居ただろうあの亡者達も、今や物言わぬ瓦礫の山でしかない、この瓦礫から討伐の証拠となる魔石や武器防具を回収するというのだから、一同がその途方もなさに眩暈を覚えたのは無理もない。
結局、素材の回収と死体の処理に一日の大半を費やし、一同は夕食の支度と相成った。残った僅かな民家に寝床を造り、屋根を失った共同窯の近くに食事場を整える。
「骨も肉も、集めて燃やして灰にするのは分かるが、なんで祠の中に運ぶんだ?」
干し肉をかじりながらレオルドが疑問を口にする。
「最初に説明しただろうが、まあ、運んだ後までは詳しく聞いていないが……、ササキ殿はご存じで?」
レオルドに呆れた顔を向けながら、アデルがササキに話を振る。
皆から祭事を務める巫女という認識を持たれているアキが、今は見張りに出張っているため、事情を知っているだろうササキに鉢が回って来たのだ。
魔物素材と一言に言っても、その用途によっては産業資材からゴミ同然のものまで広くある。獣系や昆虫系や植物系であれば、剥いだ皮や甲殻、葉や実などは素材として取引される。しかしこれが人型のアンデッド系となれば、元は人間なのだから、その骨も肉も忌避されて当然だ。
一行は瓦礫から魔石を選り分け、骨や腐肉を一か所に集めて燃やした後、何故かササキの指示でそれらを祠もといギルドホームに集めさせられたのだった。
「魔物化したとしても元は人間、それに魔物であっても同じ生き物、死した後その魂には救済と安寧があるべきだ。といのが我らが故郷の教えゆえ、アキ殿と祠が揃っているなら、我らの作法にて供養を執り行いたいと、私がカオリ君に願い出たのです」
「なるほど……」と顎に手をやるアデル、なにか腑に落ちない点があるのかと、カオリはアデルの様子を伺う。
「魔物も、といのは我々の価値観にない文化ですね。ここはカオリ君達が作る村だ。君達の文化に則った村作りに異論はないが、それが開拓民の募集に支障が出ないか、よくよく考えておくといいだろう……」
答えたのはオンドールだ。こうしていつも先んじて問題提起をしてくれる存在は貴重だ。カオリは素直に感謝を伝える。
「しかしですなササキ殿、討伐報酬の件ですが……、我々はカオリ君達の指導員として依頼を請け、今回同行しただけの立場ゆえ、あまり図々しいことは言えませんが、経緯と何よりあの数です。分配は如何ようになさるおつもりで?」
前置き長く言うオンドールの言に、カオリは不思議に思い首を傾げる。
普通に考えれば討伐報酬は討伐した人に選択権がある。今回の騒動も同様で、飛び込みの参加といえど、カオリへの協力という名目での参加である以上、仮にそのほとんどをササキが一人で討伐したとはいえ、その一部は依頼主のカオリへ返還されるべき場合もある。
そして今回アデル達【赤熱の鉄剣】に提示した報酬には、魔物の差材の嬢渡が記載されている。それを鑑みれば、アデル達に嬢渡する素材は結構な量となるはずだ。
だがそういった冒険者の業界内における前例や暗黙の了解があったとしても、やはり千体もの亡者を実質全滅させたのはササキの力あってこそである。それをわざわざ「お前の分も分け前を寄こせ」とオンドールは言っているようなものなだ。カオリでなくとも彼の意図を疑うと言えよう。
「オンドール殿の言わんとしていることは分かります。――今回の報酬ですが実は、全額をカオリ殿に嬢渡するつもりです」
「なんと!」
「ええぇっ!」
「マジかよっ!」
驚愕の提案に、一同は目を丸くするどころか、持っていた汁物の椀も投げ出さんばかりに腰を浮かせたのだった。静かに話を聞いていたロゼッタも、はしたなく声こそ出さなかったが、驚愕の表情を浮かべて固まっていた。
「元より私は資金面での援助もするつもりでした。それが今回の騒動で、都合よくまとまった資金が出来るのだから、それを元手に最初の開拓に着手すれば――」
アンリとテムリの保護者であり、開拓責任者であるカオリが、自ら剣を手に取り、金級の魔物である【デスロード】を討伐、その意思と武威を示し、さらに神鋼級冒険者のササキの援助の下潤沢な資金で開拓に着手する。
その噂は好意的な評判でもって瞬く間に広まるだろう、そうすれば開拓団の募集もかなり望めるのでは、とササキは説明した。「オンドール殿もそう考えて、私に進言して下さったのだろう」
ササキが言い、一同の目がオンドールに向けられる。
「おやっさん考えてるなぁ~、なんか腹黒っぽいけどよぉ」
「やかましい、こんなこと、カオリ君に言わせられんだろ……」
「大人の我らが先んじて発言せずしてどうする」とオンドールなりの優しさか、あるいは責任感か、意図せずしてカオリの周りには頼もしい協力者が沢山いて、惜しみなくその知識と力を貸しててくれている。カオリは頭が下がる想いで居た。
「さて、冒険者組合では人型アンデッド系の骨肉の類は、素材として認められていないため、良くも悪くも大量の素材を手に入れた。これらは本来であれば魔金貨に換金して、ホームの拡張に当てたいところだが、残念ながらこの世界で魔金貨を得るには、今現在、ギルドホームの錬金窯を使用する以外に方法がない、しかしカオリ君達のホームには錬金窯がない、なので今回は私のホームの錬金窯を使うため、これらの素材は私が持ち帰らせてもらう」
「はい、お願いします」
カオリが礼をし、やや斜め後方に控えるアキも、カオリに習い綺麗に礼の姿勢を取る。
「手数料として一割徴収するが、良いかな? 無償で私が働くことにうるさい身内がいるのでね。許してほしい……、換金率は追々自分でたしかめてもらうが」
元々お願いするしか手段もなし、むしろ無報酬で雑事を押し付ける方が気が引ける。とカオリは即応する。この件にアキも異論はないようで黙って控えていた。
「それにしてもササキさんが、逆に本名を名乗って冒険者をしていたなんて、驚きました」
カオリは言いそびれていたことを、ようやく口に出来た解放感もあって、大きく息を吐いた。
「この世界に召喚された三年前、当初は世俗に紛れて情報を収集する目的だったのだがな、どうやらこの世界での私はかなり強い部類に入るようでね。高難易度の依頼を請けている内に、最上級冒険者として認知されるようになり、各国の情勢でそれなりの発言力を有するまでになった。……なってしまったかな?」
「まあ、何かと便利だよ」と語るササキ、そのかなり強いという部分がかなり謙虚に表現したこと、また最上級冒険者がこの世界において相当な地位にあることを、カオリは知らないため、驚きも小さいものであったが、これは後にロゼッタ辺りから、熱弁を持って説明を受けるので、今は考えずにおく。
「当面はこの冒険者ササキの名を利用して、表裏共に資金援助を行いたいと考えている。だが一つ確認しておきたいことがあるのだが……」
前置きから一呼吸間をおいて、ササキは続ける。
「新規メンバーであるロゼッタ君は、あのミカルド王国貴族、アルトバイエ侯爵の令嬢で間違いないかね?」
「あぁっと、そうらしいですね」
「……うむ、まあ、現代日本人ならそんなものか、すまないがカオリ君、ここにオンドール殿を呼んで来てもらうよう、アキ君にお願い出来ないだろうか?」
「? はい、分かりました。アキ」
「畏まりました」
カオリ経由でアキに遣いを頼む、迂遠な方法を取ったのは、従者の前で主人であるカオリに使いをさせる訳にいかず、かつカオリの従者のアキに他者が指示を出すことを避けた結果だ。アキはオンドールをギルドホーム内に連れて来る。
「何用でしょう? ササキ殿」
壮年から来る柔らかな物腰を、やや堅くしながらオンドールは勧められた席、といっても村の民家から拝借した木椅子だが、カオリとササキの斜め向かいに腰かける。
「ロゼッタ嬢の加入について、そちらの意見を聞きたい」
「ふむ、加入を決めたのがカオリ君の意思なら、何も言うまいと思っておりましたが、起こりうる可能性を提示するのも、我らの務めとあれば、あえて口を汚す必要もありましょう……」
言葉を整理するように、考えながらカオリに向き合う。
「ミカルド王国貴族のしかも侯爵令嬢です。その令嬢が帝国と王国の緩衝地帯の開拓に参加するとなれば、両国共に侯爵家の何らかの工作と取られましょう、ここ三年ほど停滞していた戦火に、何かしらの影響を及ぼすことも考えられますな……」
「えぇ?」
「ふむ、少々大げさだが、まあ順当か……」
困惑するカオリの様子を見て、カオリの来歴を察したオンドールが簡単に説明をする。
「この地がナバンアルド帝国とミカルド王国の緩衝地帯にあること、そして三年前まで毎年大小規模の戦闘が行われていたのは知っているかい?」
「はい、アンリから教わりました。ただ戦争が止まった理由までは知りません」
正直に自分の知るところを話すカオリに、オンドールは深く頷く。
「北の山脈の果てに、ある勢力が現れたことで、両国の軍事均衡が崩れたのが原因なのだが――、細かい事情はさておいて、この北の勢力は三年前の春、山脈に突如現れた大坑道から魔物の軍勢を引き連れ、王国連合の一つのオーエン公国の軍と、帝国の調査団へ、共に攻撃を加えたことで、その軍事力と地理的観点から脅威と判断された。つまり――」
一呼吸おいてオンドールは結論を述べる。
「南の陸路で戦っていたのに、北の山脈から突如攻撃され、両国共慌てて軍を内地に集めて、守りに入ったということだ」
「ほえぇ~」
間抜けな声を上げて感嘆するカオリ、その北の勢力とはまさに北の塔の王こと、ササキの関係組織ではないのか、三年前という時期も符合する。山脈を貫く坑道の地下から、魔物の軍勢を引き連れて国々に侵攻する。魔王の姿を体現したようなその話から、カオリは北塔王の巨躯の黒甲冑姿が、余りに魔王の名に似合い過ぎているなと、内心で苦笑いを浮かべる。
「加えて言うなら、オーエン公国は安全な地理と、海運による豊かな国力から、戦争経済を推進していたところを、直接攻撃を受け恐慌状態に、帝国は四方を亜人国家群との紛争を抱えていたところへの脅威出現に、両国間で戦争をしているどころではないだろうというのが、今の停滞した情勢の大きな理由であると、我々は考えていますな」
私的な見解を述べるオンドールに、黙って話を聞いていた。渦中の張本人のササキが、口を挟む。
「まあそのおかげか、元より直接的な消耗を強いられ、担ぎ上げられただけのミカルド王国は、不意に訪れた平和の中、近年国力を取り戻しつつあるという見方もあり、悪い噂だけではないがな」
(なんか、言い訳っぽいな~)
カオリに動揺を見抜かれながらも、冷静を装いササキは結論を述べる。
「つまるところ、国力の回復しつつあるミカルド王国貴族の貴族令嬢が、冒険者稼業の延長とはいえ、帝国と王国間の緩衝地帯の村の開拓に関わるというのは、現状の両国の停滞状態に、何かしら影響を及ぼさないか、全ての可能性を考慮して、対処すべきものへは、先手を打っておくべきだということだ」
「……アキが、冒険者なんて危険な稼業に就くのに、実家の支援を受けるのは覚悟が足りないって言って、とりあえず従者をロゼッタが再雇用したことで、実家に向けて、自立の姿勢は見せたところですが、……それだけでは不足ですか?」
「いや、今はそれで十分だ。良い手だと私も思う、今後の対応に、混乱が生じさせないための布石を打っているのは重要だ。――それよりも今は立場を曖昧にさせたまま、違う方向からの目眩ましの手を打つ方が有効だろう」
既に考えていたことがあるのか、ササキは淀みなく即答する。
「異邦人のお二人が志を同じくし、人種の貴賎なく協力者を集っている。という表向きの声明を出し、ササキ殿が冒険者という立場から十分な援助を約束すれば、国家権益に傾かない中立な立場を明確に出来るのでは?」
オンドールが真剣な表情で提案する。
「さらに言えば、王国側だけでなく、いっそ帝国人の協力者、……これも冒険者が望ましいが、を加入出来ればなおいいのだがな」
「新規メンバーの加入ですか?」
オンドールとササキ、共に同時に頷き、カオリの疑問に答える。
「意図して良い縁を得るのは難しいが、手をこまねいて無策であるより、備えをし行動を起こすことは、必ず何かしら得るものがあるはずだ。この難しい情勢下で平和裏に開拓を志すなら、いくら考えても、考え過ぎるということはない」
オンドールもササキに負けじと追従する。
「なぁに、ここまでくれば私も意地だ。元騎士の誇りに賭けて、途中で見放すようなことはせん、引退間近の老骨の身ながら、例え【赤熱の鉄剣】を抜けることになろうとも、最後まで協力すると腹を括ろう……」
ギルドホームを勧めたのはササキであるが、そこで村を復興しようと決断したのは、他でもないカオリ自身の意思である。
そのせいで、人目を気にして力を蓄える必要に駆られると分かっていても、アンリとテムリを置き去りにして、自分だけがギルドホームの恩恵を受けることに、カオリは耐えられなかった。
まただからといって姉弟をギルドホームに閉じ込め、未来の選択しを狭めるようなことも出来なかったがゆえに、姉弟を守る社会を、たとえ村という小さな規模であろうとも、与えてあげたいとカオリは願ったのだ。
アンリとテムリに以前よりも豊かで強固な故郷を、学びと喜びに満ちた日々と、無限に広がる未来を、ただただ二人の幸せを純粋に願ったのだ。
ササキとオンドールの力強い言葉に、カオリは勇気を貰った。