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( 貴族令嬢 )

 ――それは動き出す。ゆっくりと、たしかな意思を宿して――


 翌朝、カオリとアキは冒険者組合にて、実入りの良さそうな依頼がないかと、目を皿のようにして探していた。


「え~と、これが報酬金で、こっちが依頼内容? 下層の? 水? ああ下水か……、魔物退治かな? 魔物名は分かんないや、描いてある絵は鼠っぽいけど、難易度の割にちょっと高いのは何でだろう? 強いのかな?」


 たどたどしく解読しながらの依頼探しは遅々として進まない、隣のアキも依頼書相手に睨めっこしているので、余り状況はかんばしくないようだ。

 そこへ見兼ねたイソルダが助け舟を出すように口を挟む。


「下水道に繁殖した【マッドラット】の駆除ね。毎年暖かくなると増える厄介な魔物よ、強さは……そんなでもないけど、何せ住処が汚い、素材も安い、数が多くて厄介の三拍子、誰も受けたがらないから割高なだけで、カオリちゃん達にはお勧めはしないなぁ……」


 うへぇ、と舌を出して、まるで依頼書が汚いものであるかのように元の位置に戻すカオリに、イソルダは苦笑した。

 カオリが自ら依頼を請けるのは初めてだった。いつもはイソルダが勧めた依頼をたしかめもせずに請けていた。

 イソルダが意図的にそうしていたのは言うまでもないが、さすがに考えなしだったかと思ったカオリは、気を引き締めて再び掲示板に目を向ける。

 危険が少ないものでは調査や採取系が目立つ、使われなくなった坑道や共同墓地など、アンデッドの湧き場や魔物の塒になりやすい場所は、定期的に人を入れないといけないのだろう、その次が要人や団体の警護が続く、他にも馬車を牽く行商人や、木材の伐採や採石が生業の人夫なども護衛依頼が多い。

 だがやはり飛び抜けて高額の依頼がある。魔物の討伐依頼だ。

 これだけは他を差しおいて、やはり頭一つ抜きんでて高額である。

 理由としては、すでに被害が出ているために、急を要する場合が多いこと、あるいは特定の人物や組織が、市場に出回らない素材などを欲するがために、金を惜しまず積んだことが上げられる。

 もちろんそれに伴って要求ランクも高く、まだ初級のカオリ達では請けることはおろか、便乗することも出来なかった。

 冒険者には階級が存在する。下から銅、鉄、銀、金、黒金、神鋼の六段階からなり、階級に応じて請け負える依頼の難易度が変わる。もちろん上級の冒険者が下級の依頼を請けることは出来るが、わざわざ低報酬の依頼を請ける上級冒険者は少ない。

 カオリ達は冒険者になって日も浅い、未だ銅の階級から昇格にはならないだろう。


「カオリちゃん達のレベルなら、もう鉄級もしくは銀級に昇格しても不思議じゃないけど、まだ単独で依頼を達成もしない内から、いきなり昇格は難しいでしょうし、かといって討伐依頼は原則、鉄級冒険者からでないと請けられないし……」


 イソルダは顎に手を当て、思案顔で呟く。


「なら比較的報酬が良くて、村の開拓にも関係がある。材木の伐採の護衛依頼にしておこうかな? 勉強にもなるし、いずれ人を雇うこともあるかもしれないし……」

「おお、さすがカオリ様、将来を見越して手を広げられるのですね。ならば他の冒険者にも声をかけ、数を補うと同時に協力者をさらに増やすのもよいでしょう!」


 アキが大きな声で提案する。

 そんな二人の下に、不意に声がかかった。


「女の子二人で村の復興活動を宣伝しているのは、貴女達ね?」


 カオリが振り返って見たのは、まだ年若い美少女だった。髪は紅く目鼻立ちが整っている。眼に力と自信を宿し、真っ直ぐカオリ達と対峙する姿に、カオリは若干気圧される。

「私は最近冒険者になったばかりなの、名前はロゼッタ=アルトバイエ、歳は十六、――貴女達を探していたの」

「私達をですか? ……どういった御用件でしょう?」


 畏まって問い返すカオリ、雰囲気が普通じゃないのを感じる。一見しただけで分かる瀟洒な刺繍が施された革の鎧、ゆったりした腰布も幾重にも重なられ、高価な衣装だと分かる。左腰にレイピアだろう細身の剣も見える。銀細工の施された鞘が目立つ。


「私を貴女達のパーティーに入れてほしいの、女の子だけのパーティーなんて珍しいし、なんでも亡んだ村を復興させようとしているらしいじゃない? 私が加入するのに 私の輝かしい冒険者としての活躍の第一歩に相応しいわ!」

「「………」」


 ずいぶん独善的と言うべきか、自己中心的と言うべきか、言葉を失うカオリとアキは、開いた口を閉じれずにいた。


「カオリ様、この娘、――頭がおかしいのでは?」


 小声でカオリに耳打ちするアキ、せめて本人に聞こえないように配慮したのは、アキなりの優しさだと思いたい。


「……事情は分かりました。ですが協力ではなく、加入というのは何故でしょう? 何年かかるか分からない目標です。 冒険者として活動していくのには、面倒が多いと思いますが?」


 これは事実である。資金を貯めながら支援者の確保、各種人夫や村民の募集、何よりカオリ達自身が大いに学ばねばならない。 

 開拓の体裁を取るだけでも一年、継続的な資金確保の目処も数年を見越して長い目で見なければならない。

 それに比べ、冒険者として活動するだけなら、順当に依頼をこなし、信用を積み重ね。実力さえあれば後は運にさえ恵まれれば、名声も金も思うままである。もっともその運こそが一番難しい所ではあるが、いずれにしても開拓団と冒険者ではその実務や苦労は別次元と考えるべきである。

 何か深い考えや目算があっての申し出なのかとカオリは思う。


「何よ不満なの? 私がいればあっという間に人もお金も集まって、村の一つや二つ、すぐに出来るわよ」


(だぁっ面倒くさっ! 女子か! ……私も女子か、最近大人の男の人とばっかり会ってたし、アキも同世代の女の子って感じじゃないし、なんかこういう感じ久々だなぁ)


 心中でしみじみとしながら、カオリは表面上は苦笑いで留める。


「……カオリ様、この小娘、――頭がイカレてるのでは?」


(そんなてんどん注文してません、止めさせてもらいます……)


 あくまでも心の中で留めるカオリと、小声で抑えるアキは、きっと優しいに違いない、――そうしてまごつく二人をどう思ったのか、ロゼッタはそわそわと落ち着かない様子だった。


「何よ不満なわけ? 一応貴族の娘だし? 領地経営とか周辺領主とかの関係の知識もあるし……、せ、戦闘だって魔法と剣術が使えるから、足手まといにはならないと思うし……」


 何やら言い訳を始める少女。


(ん? まあそれならたしかにありがたいっちゃ、ありなのかな?)


 初めの態度こそアレだが、戦力の増強と協力者の取り付けは、いずれ必要事項である。貴族というところが引っかかるが、少なくとも目の前の少女自身は、拒絶するほどの要素は見受けられない。


「……たしかに冒険者は初めてで、旅の経験もないし、魔物との戦闘も数えるほどだし、無理にとは言わないけど――」


 事情が変わった。

 一転愁傷な態度に変わる少女、カオリは得心がいった。


(はっは~ん、これはいわゆるツンデレですな?)


 納得顔で頷くカオリは、余り不安がらせるのも可哀相だと思い、いい加減返事をしてあげようと、少女に愛想笑いを浮かべて向き直る。


「いえ、是非一度、私達の仕事に協力して下さい、加入を決めるのはその後でも遅くはないはずです」


 「よいのですか?」とアキが表情で訴えるが、カオリはそれを手で制す。アキもカオリが良いなら、反論する気はない。

 貴族としての支援であれば、にべもなく断っていたところだが、彼女は冒険者として、カオリ達の仲間になりたいと申し出たのだ。それがどの程度の範囲を指すのか見極めるのも兼ねて、カオリはとりあえず今回は受け入れることにした。


「本当にっ? そ、そうね。実力を見ないと、冒険者は信用が大事っていうものねっ、私の実力を証明してあげるわ!」


 終始無言のまま隣で様子を見ていたイソルダから、パチパチと小さな拍手が上がる。「おめでとうございます。良かったですね」と少女に小さく賛辞を贈る。

 まだ仮加入でしかないが、言わぬが花と、あえて言及しない。


「では早速、依頼を請けられますか? 三人も揃えば戦略の幅も広がりますし、いずれ迷宮に挑まれるのにも、連帯を深めることは重要ですので、初めは軽い依頼をこなされてはどうでしょう?」


 今現在冒険者組合が提示する依頼で、最も手頃なのが、都市周辺の魔物の掃討依頼である。これは軍が行う街道の警邏とは違い、依頼人が冒険者組合自身であり、駆け出し冒険者の育成と収入の安定が目的で、週毎に張り出されている。

 冒険者が能動的に行う狩りと違う所は、その探索範囲と期限がある。東西南北で周期的に場所を変え、主に街道も含めた地域であり、往復しても二日程度で戻れる範囲が対象である。

 当然魔物との遭遇率は下がるが、その分は組合の支出で補う。


(なんか急な展開になっちゃったなぁ)


 当初の予定が大きく変わったことに、内心で僅かな困惑を感じるカオリだが、成り行きとはいえ、初めて同世代らしき冒険者、本人は成り立てと言ったが、それでも教える側に回るのは初体験である。


「簡単に言えば、行って帰ってついでに駆除するだけの、簡単なお仕事ってわけです」


 説明するのはカオリ、この一ヵ月近くで何度かこなした仕事で、手順も説明も淀みなく答える。


「簡単過ぎやしない?」

「しかし、逆にこれ以上となると、期間に伴う準備に、駆除対象の危険度が増え、お手軽にとはいきません」


 難易度の低さに若干不満を呈す少女を、アキが諭す。

 少女は元より準備万端ということで三人は、冒険者組合を出て大通りを一直線に進み、早速市外に繰り出す。


「エイマン城砦都市にはよくいらっしゃるんですか?」


 カオリの質問に、少女はハキハキと答える。


「いいえ初めてだわ、いつもは領地か、王都の別邸にいるから、自分一人でこんな遠くに来るのも初めてよ」


(わぁお、領地とか別邸とか、本当にお嬢様みたい)


 ゲームや小説でしか御目にかかれない言葉に、カオリはある種の感動を覚える。


「たしか王都にも、冒険者組合があるって聞いたことがありますけど、なんでわざわざこんな国境沿いの都市に?」


 少女の言うことが本当ならば、別にわざわざ遠方の冒険者組合に訪れるのは疑問を感じる。どうせなら実家?が近い方が安心ではないのか、ましてや少女は貴族だという、カオリの疑問はもっともだ。

 だが少女の返答は歯切れの悪いものだった。


「え、ええ、普通は、そうね……、まあ色々よ、色々」


(はぁ、これ絶対面倒臭いヤツだ。どうしてこうなった)


 ただでさえ貴族を警戒していたのに、言った矢先に貴族と仕事を請けることになろうとは、カオリは静かに溜息を吐く。

 しばらく街道を見回し、そこからは安全な街道を外れ、魔物を探す一行の前に、もはやお馴染みとなったウォーウルフの群れが現れる。

 元軍用犬の割に、増殖し過ぎやしないかとカオリはこの頃思うが、比較的狩りやすい対象でもあるので、深く考えることは止める。


「とりあえず連帯とか考えずに、思うように戦ってみて下さい」

「なんか軽いわね……、いいの? 普通後方で援護させたり、直接戦闘は次回に回したりするものじゃないの?」


 疑問を口にする少女。

 この時、少女もといロゼッタの心中は、カオリ達を若干侮りつつも、初めての冒険者活動に心が弾んでいた。


(まあいいわ、こんな女の子達に劣る私じゃないことを、ここではっきりさせておけば、加入後は私が主導権を握れる。アルトバイエ家の娘の実力を見せてやるんだからっ!)


 内心で昂る気持ちを抑え、自分の実力に平伏する二人の姿を妄想したところで、ロゼッタは抜剣し構える。

 が、そんなロゼッタの思惑は、儚くも覆される。


「この程度の雑魚、我らの本領を出すまでもありません、適当に討ちもらしたものを、相手にされればよろしい」


 飛びかかかって来たウォーウルフを薙刀の切り上げで、一刀の下に宙に切り捨てながら、アキはこともなげに言う。


「そういうことでお願いしま~す」


 カオリも紙一重で攻撃を躱しながら、腹、背と連撃を深々と入れ、あっという間に絶命させる。


(え? 今の動きは何? どういうこと?)


「す、すごい、もしかして、私の指南役より強い?」


 ロゼッタの目に映るのは、少し剣術をかじった程度の自分では、到底足元にも及ばない光景だった。

 変則的に飛びかかかるウォーウルフに対し、図ったように絶妙な間合いと位置取りから、速度の十分に乗った斬撃を、毛並みに逆らわず打ち込むアキの攻撃は、薙刀という長物の特性も相まって、まるで舞のように優雅で美しかった。

 一方カオリは、一言で表すならば、静と動、一見佇み緩やかに歩を進める様子は、ともすれば気だるげにも映るが、敵と接触したかと見えた瞬間には、宙を舞う花弁の如く翻り、目にも留らぬ速さで通り過ぎ、ウォーウルフを斬殺して行くのである。

 遠心力と流動で巧みに屠るアキもすごいが、最小限の動きで確実に仕留めるカオリの動きは、ロゼッタには理解不能な光景だった。

この世界で剣術と言えば、サーベルやレイピアを使った宮廷剣術か、中盾と直剣を主軸に置いた騎士剣術、傭兵の使う戦場剣術が基本で、大雑把に表現すれば、剣あるいは中盾に重心をおいて身を隠し牽制しながら、敵の剣撃を受け流し、隙を見て撫で斬り、あるいは突き崩し、止めに強攻撃が基本動作である。

ここに体術や防具の有無、斧や槍といった獲物の違いが出る程度で、実際にロゼッタが教わったレイピアの宮廷剣術は、その基本動作の繰り返しで身に付けた。ヒットアンドランが基本だ。

だがカオリとアキの技術は、明らかにロゼッタの常識外の戦闘方法である。ロゼッタが知らないのも無理はなく、日本古来の武術を、二人は知らずして駆使しているのである。

話を広げるならば、その下地に魔法や魔物の存在が大きく関わってくるのだが、本当に話が広がってしまうので、後に語ることとする。

戦闘は瞬く間に終わりを告げる。


「あれ? もしかして、アルトバイエさん、戦えてませんか?」


(あんた達が強すぎるからでしょっ、出番なんてなかったわよっ)


 言い訳のしようもなく、うなだれるロゼッタ。


「ロゼ……でいいわ、さんも、ついでに敬語も要らないから……」


 言われたカオリは不思議そうに首をかしげる。何故か隣のアキは、何度も大きくうなずいていたが、「愁傷な心掛けだ」などと思っているに違いない。


「じゃあ次は数の少ない所か、頭数を減らした群れで、ロゼには前に出てもらおうかな? さすがに戦闘なしじゃあ、動きを見るも何もないしね~」

「そうしてちょうだい……」


 力なく答えるロゼッタに対し、カオリは気にすることなく提案する。

 そこからは幾度か戦闘をこなし、ロゼッタも自分なりに立ち回り、時に初級魔法の中でも、とくに得意な【―火線(ファイアライン)―】を放ち、カオリに褒められたことで、――貴族が平民に褒めれるという安っぽさはさておいて―― 何とか貴族の矜持を取り戻した。

「【―火線(ファイアライン)―】!」

 一直線に迸る高温の炎に焼かれ、ウォーウルフがのた打ち回り、こと切れるのを待って、三人は素材を回収するものと、周囲を警戒するものとに分かれ、勝利後の処理を終える。

 同系統の【―火矢(ファイアアロー)―】と比べ、射程と初速に劣るものの、追尾と持続に優れ、動き回る敵に有効な魔法であるが、発動し続けることで魔力を消費し続けるこの魔法は、駆け出しの魔導士からは不人気である。

 だが大きな動作がなく、頑強な敵でも継続してダメージを与えられるこの魔法を、ロゼッタは気に入っていた。

 これがさらに進化すると【―火壁(ファイヤーウォール)―】となり、より射程と速度も格段に向上した魔法になるが。同時に【―火矢(ファイアアロー)―】は【―火槍(ファイアランス)―】に進化するので、不人気なのは変わらない、ただし上級魔法に分類されるこれらを習得出来る魔導士は、この世界では稀である。


「いいなぁ~、かっこいいなぁ~、魔法~」


 ロゼッタの魔法を目のあたりにし、素直な称賛を贈るカオリに、ロゼッタは鼻高々に胸を張る。


「当然よ! ……貴女達の剣術には正直驚かされたけど、わ、私も魔法をさらに極めれば、もっと活躍出来るんだからっ」


 夜、火を挟んで対面でロゼッタと向き合い、カオリは自分で作った食事に舌鼓を打ちつつ、ロゼッタに質問をする。例によりアキは見張りに立っているが、意識はこちらに向いているようで、時折耳がぴくぴくと可愛らしく動いている。


「朝ははぐらかされたけど、もう一度、聞きいてもいい?」

「な、何をよ……」


 手に持った木椀から登る湯気に、表情を和らげていたロゼッタは、カオリの質問に動揺を隠せずにいた。


「私達に協力じゃあなく、加入を希望した理由、もちろん無理に聞き出そうっていう気はないけど、あの時急いで誤魔化したようだったから、面倒事は避けたいから、せめて事情ぐらいは知っておきたかな~って」


 「そう、よね……」と小さく呟いたロゼッタ、諦めたように話し始める。


「私が貴族の娘っていうのは話したわね? 後この国に限らないけど、だいたいの貴族社会については知っているの?」

「まあ、ある程度は……、男なら跡取り問題とか、女なら政略結婚とか、裕福な分気苦労の絶えない身分だな~程度には」


 問題ないと取り、ロゼッタは続ける。


「私の実家であるアルトバイエ家は、古くから続く名門でね。ミカルド王家とも血縁関係なの、それで当然というか、私も年頃になって将来のこと、縁談とか家の仕来たりとか、そういうので厳しく育てられたんだけどね……」


 疲れたように溜息を吐き、一呼吸おくロゼッタ。


「三年くらい前に、王都である冒険者様と会う機会があってね。その冒険者様の御姿と偉業に、憧れたのよ……」


 ありがちな、しかし抗い難い想いの丈を、ロゼッタは吐露する。


「貴族の子息子女は、十歳までは家庭教師に、十三歳までは地方の幼年学校で学んで、十四歳から成人するまで、その多くが王立学園で高等教育と人脈作りに励むのが一般的なの」


(ほうほう、乙女ゲーの舞台が、まさか身近にあろうとは)


 オタク臭い思考を端に寄せ、カオリは耳を傾ける。


「やっぱり嫌なのよ! 決められた人生を順当に生きるのが、魔術も剣術も頑張って身に付けたのに、それを生かせず、見ず知らずの男に貰われて、静かに余生を送るのが……、堪らなく嫌だったのよ、だから王立学園への入学を拒絶し続けて、ようやく冒険者への挑戦を認められてここまで来たのっ!」


 贅沢な悩みだとは自身も理解しているだろう、その表情や声音から内心が窺える。ここでロゼッタを皮肉るほど、カオリは無粋ではない。


「まぁ、嫌だよねぇ普通、――能力を生かす職業選択の自由も、恋愛の自由もなく、大人しく生きるなんて」

「そうよねっ!」


 カオリの同意を得て、ロゼッタは興奮した様子だが、すぐにまた溜息を吐く、ロゼッタの悩みには続きがあった。


「私の両親は冒険者活動自体は応援してくれたけど、その代わりに条件を付けられて……」

「ありがちだよね~」


 カオリは半笑いで聞き流す。ここまでくれば予想の範疇である。


「――一年以内に人々の称賛を得る働きをしなさいって……」


(また曖昧な……、さては出来っこないと思って、適当なことを言って諦めさせたかったんじゃないの? それに――)


 考える素振りのカオリだが、その実胸中では呆れていた。ロゼッタの両親にではない、ロゼッタ自身にである。


(両親に愛されて、生活と教育を十分に享受したくせに、貴族のしがらみを蹴って、自由に生きたいと願うだけならまだ可愛い、だけど、見るからに高価な装備を買って貰って? 貴族であることも隠そうともせず、円満に両親に認められて、何? 冒険者にはなってみたいけど、貴族を辞めたくもないってこと?)


「難しい条件だね~、称賛って言っても冒険者だからね~、伝承の魔物を討伐とか? 古代遺跡の財宝を発見とか? 一年で成し遂げられる条件じゃないかな~」


 本音は、「冒険者舐めんな!」である。自身も冒険者になって日が浅い身だが、それでも目標があって必死に仕事に励んで来た自負がある。

 ロゼッタの冒険者への姿勢には、何処か腑に落ちない点が見える。だが和を重んじるカオリは直接口にはせず、ロゼッタの言葉に表面上は同情する。


「そんな時に貴女達の噂を聞いたの、村の復興なんて誰からも称賛される仕事じゃない? 貴族なら災害や魔物の被害を受けた領地の復興は義務でもあるし、知識と伝手と、あと資金があれば、高い戦闘力も必要ではないし、お父様の出した条件を満たすのに、打って付けじゃないかって思ったの……」


 伺うような様子のロゼッタに、アキが発言する。


「アンリ様とテムリ様、両姉弟様の故郷を取り戻そうと、崇高なる志を掲げ、日々努力されるカオリ様を筆頭とする我ら一同の悲願を、資金投資を申し出るならまだしも、貴族の娘の戯れに利用するなど、不遜極まりないことです!」


 少し遠くから、堪り兼ねたように声を上げる。


「戯れだなんてっ、これでも私なりに真剣に考えて――」

「真心から冒険者の道を志すならば、御両親の反対など押し切って、名も捨てる覚悟で挑まずに、何が冒険者かっ、明日死ぬとも知れぬ危険な立場に対する。認識が足らぬと言わざるをえませんっ!」


「うっ! ……ううぅ」


 痛い所を突かれたのか、言葉に詰まるロゼッタ、歯に衣着せぬアキの指摘に、カオリが溜息を洩らす。


「はぁ、……ロゼの事情も気持ちも分かる。けど私達は名誉とか称賛とか、そういうのに興味はないの、……ただ単純に、あの子達に安心して暮らせる故郷を、取り戻してあげたいだけ、そしてこの世界で強く生きるために、私が自分の力でそれを成し遂げたいの、ロゼはそういった全てを知った上で、もう一度よくよく考えてほしいな」


 俯き、上目遣いでカオリを伺い見るロゼッタ、手に持った木椀はとうの昔に冷めてしまっている。「分かったわ……」と小さな声で返事をするロゼッタに、カオリは苦笑交じりの笑顔で頷く。

 見張りをアキと代わるために、カオリは立ち上がりながら、今日はもう寝るようにとロゼッタに言う。

 今夜の不寝番はカオリとアキで交代である。まだ旅に慣れないロゼッタには荷が重かろうと、他人には珍しくアキが気を回したのだ。考える余裕も必要だろうと。

 本音は他人にカオリの安全を任せられないからだったが、提案自体にはカオリも賛成だったので、アキの提案を受け入れて、ロゼッタにやんわりと勧めた。

 自分より経験の浅い新人冒険者との仕事は、初めての試みである。アキは誕生当初からカオリの安全と快適な旅には全身全霊で気を配っていたので、カオリから教えることはほとんどなかった。

 安全確保や自炊能力や戦闘能力、冒険者に求められる能力は各種に渡り多い、粗野な寝床や清潔を保つ工夫、排泄行為ですら、かなりの慣れがないと精神的にきつい場面もある。

 自前の外套にすっぽり収まり眠る少女に、寝苦しそうな仕草は見受けられない、恵まれた貴族の暮らしを送って来たロゼッタが、冒険者として要求されるそれらの経験を、今日までどれほど真剣に取り組んで身に付けて来たのか、流石に気付かないほど、カオリは鈍感ではない。

 二人から少し離れた場所で辺りを警戒しながら、カオリはロゼッタという一つ年上の少女について考える。


(大変だっただろうなぁ、貴族の娘が将来について真剣に考えて、親を説得して危険な冒険者を目指すなんて、私は召喚されるまでは、なぁんにも考えずに学校行ってたもんなぁ)


 ロゼッタの話にはそれ相応の努力が垣間見える。少し厳しく言ってしまったのも、彼女が道を踏み外さないためを思っての忠言のつもりだったが、要らぬ世話だったかもとカオリは後になって思う、安らかに眠るロゼッタの顔を眺めながら、カオリは何事も楽観的な自分にしては、らしくないことをしたと反省した。


(明日エイマンに帰ったら、二人のことを紹介しよう、それで改めて覚悟を決めてもらおう、その上でならきっと仲間になれるし、仲間になってほしいなぁ……)


 冒険に憧れてゲームを始めた。召喚という未知の体験を経た後であっても、その想いは失っていない、そしてその道程で仲間を得ること、仲間と共に苦難を乗り越えることも、カオリが憧れた一つの要素である。


(はは、なんだ。私もロゼと同じじゃん、人のこと言えないや)


 裕福な家庭、危険な冒険者稼業、本来庇護されるべき少女という立場、世界を渡ってもその客観的来歴は、カオリもロゼッタも大して違いはない、ただ帰る場所があるかどうかである。

 そこまで考えてカオリはふと気付く。


(そっか、帰りたくても帰れない私とアンリとテムリ、いつでも帰れるロゼッタ、私ってばたんに、ロゼッタが羨ましかっただけなのかも、帰る場所を自分から放り出そうとするロゼッタに、一方的に怒っていただけなのかも、恥ずかしいなぁ……)


 自身の気持ちの一部に気付いたカオリは、自嘲気味に笑った。


「? カオリさま、どうかふぁれましたか?」


 アキが突然笑い出したカオリを訝しみ、口一杯に食事を頬張りながら、カオリに言葉をかける。その姿が可笑しくて可愛らしくて、カオリは思わず再び吹き出す。


「アキ、何その顔っ、はは、何でもないよ」


 カオリは適当に誤魔化し、見張りのために気を引き締めた。


 翌朝も問題なく起床し、一行は急ぐでもなく、順当に魔物を狩りながら帰路に着く、夕刻にはエイマン城塞都市に入った。

 冒険者組合で素材の売却と報酬を受け取り、ついでにと魔水晶で各人のステータスも確認した。

 自身は【―自己の認識(セルフ・レコグニション)―】で、他者に対しては、アキの固有スキル【―神前への選定(ライト・オブ・パッセージ)―】があるので、カオリは小まめにステータスの確認が出来る。よって劣化版でしかない魔水晶の鑑定は必要ではないが、他人から見てステータス確認をしないのは、不自然に映るだろうと偽装のために利用していた。

 外部から魔力が流入することにアキが不快感を示したが、カオリの嗜めを受けて渋々行う。


カオリ=ミヤモト    【種族】九  【戦士】

アキ          【種族】十五 【戦士】

ロゼッタ=アルトバイエ 【種族】四  【導士】


 カオリのレベルが上り、アキに変動はないようだが、ロゼッタからすれば、自分とそう変わらない年齢の少女二人の、その強さは異常に映る。


「もう驚かないわ……、強いのは知っていたし、ただ二人と比べると、私って相当足手まとい……よね」


 またアキがカオリを褒めそやし、他人を蔑む発言をするかとヒヤヒヤしながら、カオリはロゼッタを慰める。


「魔物を倒していけば、すぐに上がるよ」


 と言いつつ、感情の起伏が大きいロゼッタを、少し面倒に思ったのも事実、パーティーに加入はおろか、冒険者を継続出来るかも不安である。

 つい二人の強さに目が行きがちだが、実のところ、魔導士というのはそれだけで貴重であり、また前衛でも戦えるロゼッタは、世間一般の一六歳にしては、かなり将来有望な人材である。

 とくにカオリとアキは、合せ技や回避に優れ、そもそも攻撃をほぼ受けないため、傍から見れば敵を圧倒しているように映ることから、スタータス以上に強い印象を受ける。

 ロゼッタ自身がそれに気付かないのは、一重に過保護な両親と過剰に褒める周囲、そして初めて比べる対象となったのがカオリ達であったから、自身との認識に落差が大きかったに過ぎない、これが他のパーティーであったならば、引く手あまたであったことだろう、知らぬは本人のみである。


「よかったら私達の宿で食事にしない?」


 カオリは冒険者組合を出るなり、ロゼッタに切り出した。


「いいの?」


 まだ若干気落ちしたロゼッタが、僅かに喜色を浮かべる。


「出る前にロゼが同行して、もしかしたら三人で帰って来るかも、て言ってきたから、準備もしてあるし、大丈夫」


 押し切るようにカオリはロゼッタの手を取り、そのまま手を繋いで宿に案内する。後ろでアキが羨ましそうに付いてくるが、カオリは気にしないことにする。


「お帰りなさい、カオリお姉ちゃん、アキお姉ちゃん」

「お帰りなさい! カオリ姉! アキ姉!」


 宿の一室、カオリ達が逗留する部屋の扉を開け、三人は姉弟の歓待を受ける。


「ただいま~、二人とも~」

「アンリ様! テムリ様! このアキ、ただいま戻りました!」


 笑顔で出迎える姉弟に、相好を崩しに崩し、カオリとアキは姉弟を交互に抱き締める。とくにアキは何故だか二人にデレデレなのだが、悪いことではないので、カオリは詮索をしたことがない。


「失礼するわ」


 ロゼッタが声音の割に、控え目に入室する。


「アンリ、テムリ、こちらが加入希望で今回同行して下さった。アルトバイエ侯爵家の御令嬢、ロゼッタ=アルトバイエ様よ、貴族様だから失礼のないようにね?」


 現れた初めての貴族の令嬢に、アンリもテムリも一瞬呆けるが、すぐに居住まいを正し、綺麗にお辞儀をする。といっても田舎出身の二人、都市で暮らし始めたといっても、礼儀作法なんて付け焼刃もいいところだ。


「あ、アンリです。それと弟のテムリです。この度はカオリお姉ちゃんと――」

「ああぁっ! いいのよっ、そんなに畏まらなくて、ってカオリ、あなた最初の私に対する当て付けなの? そんな大袈裟な紹介の仕方して……」

「分かる? まあ二人にとっては初めての、貴族様との出会いだし、最初が肝心って言うでしょ?」


 ロゼッタは疲れたように溜息を吐く、対する姉弟はキョトンとした眼差しで、カオリとロゼッタを交互に見ていた。


「貴族様のお口に合うか分かりませんが、どうぞ召し上がって下さい」

「十分美味しそうだし、とっても豪勢よ、いただくわ」


 食卓の上には、カオリが買って来た白いパン、香草を効かせた野菜のスープに、火で焼き目を付けたベーコンと、スープと一緒に煮込み、取り出して肉の脂を染み込ませたホクホクのイモが並べられた。

 事前に人が増えることを伝えていたためか、いつもより張り切った献立である。日頃はかなり質素な食事をするカオリ達であるが、それは節制のためであり、何も困窮しているわけではないので、実は毎日これぐらいの量と質でも、困らないぐらいには、カオリとアキは稼いでいるのだ。


「うん、美味しいわ! アンリちゃんは料理が上手ね」

「そうなのです。アンリはいいお嫁さんになれるのです!」


 カオリが自慢げに鼻を鳴らす。

 実際に冒険者という職業は、命の危険を伴う分、一人の稼ぎで五~六人の一家を養うには、十分な実入りが期待出来る。

 とくにカオリ達は本人こそ自覚はないものの、一人の魔物の討伐数が普通の冒険者の倍はあるのだ。昇級試験を受けてはいないため、まだ銅級冒険者でしかないカオリ達だが、その実力は鉄級でも十分に通用する。また戦闘能力だけなら、銀級にも匹敵しうるのだ。

 アデル率いる【赤熱の鉄剣】の面々が驚いたのには、こういった理由があったからだ。

 冒険者の階級は何も強さが全てではない、もっとも重要視されるのは何よりも、依頼達成率であり、信用であり、個々の戦闘力は低くとも、パーティーでの臨機応変な対応力や、依頼に寄った専門性が伴って初めて、昇級が認められるのだ。

 もっともそれらを覆すほどの戦闘力があれば、個人での上級冒険者も、一握りではあるが存在するのは事実、具体的に言えば、銅級冒険者が千人いれば、鉄級が五百人、銀級は百人、金や黒金にもなれば十人か一人、神鋼級など、大陸に一握り。

 ちなみに【赤熱の鉄剣】の面々はそれぞれが銀級冒険者で、オンドール個人は金級の実力を持っているため、その実、中級冒険者でも上位に位置付けられていた。


「ロゼは今日、宿に帰るの?」


 食事も終え、アンリが食後の茶を用意する間、カオリは何気なく質問をする。


「あぁ~、宿に従者を待たせているから、戻らないわけにもいかないし、今日のところは帰るけど……」


 歯切れ悪く返事をするロゼッタは、何かを言い淀む。


(あ、昨日アキにあんなことを言われた後だし、冒険者なのに従者を連れていたら、ちょっと言い難いよねぇ~)


 ロゼッタの心情を察し、苦笑するカオリ、横目でアキを見やるも、アキは緩んだ相好でアンリを見詰めたまま静かに座っていた。

 初めてこの宿に来た時は、率先して家事を引き受けようとしたアキだが、仕事から帰ったカオリに、労いの歓待をする喜びを切々とアンリから語られ、大いに同意し感動して以来、家事に勤しむアンリをまるで、子の成長を喜ぶ母のように眺めるようになった。

 そんなアキからの反応がないのを伺いながらも、ロゼッタは思うところを口にしていく。


「冒険者の覚悟をするなら、実家から従者を連れてくるのも、おかしかったのよねぇ……、でもお父様の命令で連れてきたから、今更突き返したら、彼女もお父様の叱責を受けて、――最悪追い出されちゃうかもしれないし……」

「従者ってどんな人なの?」


 貴族社会に疎いカオリは、好奇心もあり質問する。


「メイド兼護衛ね。今回は私が無理言って宿に残ってもらったけど、本当は仕事にも同行しようとして、説得にかなり時間がかかっちゃって……、最終的に命令して無理やり~だったのよ」


 貴族も大変だなぁなどと思うカオリだが、貴族の令嬢が冒険者になるだけでも稀なこの世界で、なお且つ実家からの援助も受けないともなれば、もはや変人扱いされてもおかしくないのだ。

 そんなことなど知ったことかと、聞いていないようで実は聞いていたアキが、鋭い視線で発言する。


「まったく、何を悩むことがあるのか、貴族の従者など、所詮金で雇われた俗物、情けからその身を案じるのであれば、自身が給金と生活の保障をする器量ぐらい、見せずしてどうするのです?」


 きっぱり言い切るアキに、カオリも「なるほど!」と感嘆する。


「た、たしかに……、分かったわ、帰ったら相談してみるわね」


 これにはロゼッタも慧眼だったのか、素直に賛同した。そこでふと気になっていたことを問おうとも思い至った。


「そういえば気になってたんだけど……、カオリとアキ……さんって主従関係なの? どう見てもそうとしか思えないのだけれど」


 端から見ていても、二人の立場は明らかに主従である。ロゼッタが疑問に思うのも当然である。


「それは――「カオリ様は、それはもう尊い存在であらせられますっ! 我らにとってみれば神にぃもごごごごっ!」ちょっっと普通ではないけどぉぉ~っ! 異国で身分も何もないしぃ~、ここでは普通っ! 普通なのぉ!」


 失言一歩手前でカオリはアキの口を塞ぎ、必死に誤魔化す。


「……髪と瞳の色も珍しいし、見ない感じだけどとっても美人だから、ただの平民ではないとは思っていたけど、まさか……王族だったりするの?」

「もごごっ!」

「ちょっと複雑だから~、今は詳しく言えないかなぁ~」


 手から逃れようともがくアキを、渾身の力で抑えるカオリ、ただことではないのは一目瞭然、ロゼッタは微かに頭痛を覚えた。

 それはカオリ達への認識もそうだが、アキの自分への辛辣さから薄々感づかされた。最初の開墾時の己の態度の迂闊さを、今頃になって後悔していたからだ。


(遠い異国とはいえ、王族か、それに値する立場の人間に、偉そうに振舞うなんて……、アキさんがカオリの従者にあたるなら、私と同じようでありながら、その覚悟や実力は私の比じゃないわ……、この二人から見れば、自国で恵まれて見送られた私は、さぞかし滑稽に見えたのでしょうね……)


 完全に意気消沈したロゼッタを前に、アキもカオリも互いに目配せし、首を傾げて大人しく座り直した。


「カオリお姉ちゃんは、出会った頃から凄かったけど、やっぱり凄かったんだね」

「カオリ姉はすっごいんだぁ! オーガを一人でやっつけちゃうんだぜ!」


 アンリとテムリの称賛が唱和する。居心地悪くカオリが首を竦める横で、アキが鼻を鳴らし腕を組んで胸を張る。


「アンリちゃんとテムリ君はこの国の国民ではないのよね? 二人のために村を復興するって話は、場所も含めて、組合で噂になっているから知ってるけど、よければちゃんと事情を教えて貰えないかな? そのために私を誘ってくれたのでしょう?」


 ロゼッタは興味本位ではなく、真剣な態度でそう尋ねた。


(気付いてたんだ。まあ元から話すつもりだったし)


 カオリは出だしを語り、次いでアンリに話を引き継いだ。

 母を亡くし、父の行方が消え、日々の生活に慣れた頃に、カオリとアンリ達姉弟との出会い、その直後に起きた魔物達の襲撃、追い出されたカオリについてきたアンリ達、アキの合流までにあったこれまでの日々の努力。

 嫌でも暗くなりがちな話だが、それでもこの話を、アンリは終始、笑顔を絶やさずに、ロゼッタに語り聞かせた。


「わだじっ、馬鹿だった! ごんなに苦労して……、でも頑張って毎日一生懸命生ぎで、――私、自分が恥ずかしいぃ!」


 号級である。当事者達だけが苦笑で互いを見やっていた。


「わぁぁんっ! アンリ様! テムリ様! おいたわしやぁ!」


 何故かアキまで号級していた。こっちは無視する。カオリは優しげにロゼッタの肩に触れる。


「二人に同情してくれるのは嬉しい、けど聞いた通り、それだけ私達は真剣で本気なの、ただ復興するだけじゃない、前よりももっと安心で安全な村造りが私達の目標、ロゼには悪いけど、生半可な気持ちじゃあ返ってお互いに迷惑がかかっちゃうと思うの……」


 ロゼッタの父は一年の期限付きで、目覚ましい働きを示すことをロゼッタに課した。だがカオリ達のパーティーに加入すれば、冒険者としての仕事以外で、かなり時間と労力を割く必要がある。

 ロゼッタの父、アルトバイエ領当主の協力が得られれば、一年という期限も、不可能ではないだろうが、それではロゼッタの条件から外れてしまう、さらにいえば、ミカルド王国連合とナバンアルド帝国との緩衝地帯という微妙な地理が、さらに援助や手配を難しくしている。

 カオリはロゼッタの立場と事情とを鑑みて、加入は難しいだろうと、早くから諦めていた。今回夕食に誘ったのは、たんに出会いを喜ぶためと、ロゼッタの理解を深め、穏便に諦めさせるという目的からだった。

 アンリの入れた茶を飲ませ宥めながら、宿まで送るからと、カオリはロゼッタを立たせ、宿を出た。もちろんアキも同行する。

 アキ共々泣き晴らした赤い目元を拭い、無言で歩く三人、比較的治安がよいとはいえ、まだ少女と言える三人は、夜道では目立つ、事実、邪な視線を送る不埒ものも、その視線を隠そうともせず、三人を上から下まで舐めるように注視する。


「常備軍が駐留して、警備隊もいる都市でも、やっぱり絶対に安全じゃないものね……、幼い子供や女だけで暮らすには、王都か閉鎖的な田舎に籠るしかないものね……」


 カオリも一度は考えた。安定した収入があれば、このまま都市で暮らすのも手ではないかと、しかし、現代日本と違い、人権が保障され、各種助成制度が充実しているわけではない、それどころか、窃盗も誘拐も強姦も、戸籍制度や警察機関が確立されていないこの世界、一歩街を出れば、いや一歩家を出れば、そこは犯罪の闇が手ぐすねを引いて待っているような、危険が隣り合わせな世界なのだ。

 今はまだカオリがいるから、余程のことがなければ直接的な危険はないものの、いつか自分がいなくなった時、アンリとテムリの身を誰が保証するのか、考えるだに背筋が凍る想いだった。

 ちなみに世間から見れば、カオリ自身も本来は保護対象なのだが、本人はその自覚をまだ持てないでいる。


「今日はありがとう、部屋でよく考えて、改めて伺うわ……」


 少し沈んだ肩で、豪奢な宿に入って行くロゼッタ、カオリとアキは特別表情を浮かべるでもなく、黙ってうなずいてロゼッタを見送った。




 翌日、久しく休みもなかったと思い、カオリは午前中を市場に買い出し、午後は完全に休息にしようと考えた。アンリとテムリと共に、ゆっくりしたいとの想いもあったからだ。

 今日分の洗い場と釜戸の使用料を払い、アキと共に顔を洗いに、ついでに料理や飲み水の分も汲んで部屋に戻る。アンリもテムリも仕事に向かったので部屋には居ない、アキだけは早く起き二人を見送ったとのことだった。

 この世界に来てから、以前のような朝食らしい食事は控えている。

 口にするのは精々造り置きのスープくらいである。もう既に身体が適応したのと、元々小食だったのもあって、カオリはとくに不満を感じたことはない、ただしこの頃、母が作ってくれた健康を意識した豪華な食事が恋しくもある。というよりも育ち盛りのアンリとテムリの発育に、今の食事が適していると、どうしても思えなかったのだ。

 そのため、進んで粗食に甘んじる姉弟に対し、自分が休日の日にはやや強引に、食事に手間を加えるのだ。柔らかいパンはもちろん、肉に野菜の量を増やし、香辛料や香草などは健康によいと聞きかじったカオリは、率先して散財していた。


「醤油とか味噌があればなぁ、私も料理出来るのになぁ~」


 誰にともなく一人ごちるカオリに、アキが反応する。


「カオリ様の手料理! 不遜ながら食してみたいっ!」


 大袈裟な反応にも慣れたカオリ、ちなみにカオリの発言は何も誇張ではない、事実、実家ではカオリは料理の嗜みがあった。というのも凝り性の兄が、何を狂ったか料理に目覚め、両親が不在の日などは、率先してカオリの分も作って食べさせていたのだ。

 その姿を見て育ったカオリ自身も、兄や母に教わる形で料理を初め、最初は簡単な丼物、次いで焼き魚や汁物に加え、煮込み料理や揚げ物、副采や漬物、と品を増やして行く内に、一週間を回せるレパートリーを身に付けて行ったのだ。


「ただ和食しか造れないんだよねぇ~」


 母の思惑だったのか、豊富で安い食材での献立を教わる内に、和食ばかりが身に付いてしまい、今では洋食の味付けが、いまいちピンとこない舌になってしまったカオリだった。


「しかしこの国の文化では、大豆の発酵食品はまず手に入らないでしょう、いずれギルドの拡張で専用の畑や厨房が手に入れば、米を代表とした食材も作れるようになるでしょうが……」

「ええっ!」


 思わぬ時に思わぬ新情報、カオリはアキに食い付いた。


「作れるのっ?」


 カオリの剣幕に驚きつつも、アキは嬉しそうに返答する。


「もちろん可能ですっ、栄えある我らがギルドの魔導施設に、不可能など御座いませんっ、伝説の武器防具はもちろん、酒や嗜好品に調度品に工芸品などを生産する。各種生産施設と工房施設、果ては魔導施設での魔術開発に至るまで、手を加えればギルド内で全ての環境が整いましてございますっ!」

「大豆があれば味噌に醤油にお豆腐に~、他にもお酢に味醂に、食材ならお米に酢橘に生姜に、小麦はあるからおうどんとかも造れるのか~」


 アキの後半の重要な情報など気にも留めず、食卓に並ぶ懐かしの料理の数々を夢想するカオリ、図らずもこの日の朝を境に、カオリの中でギルド拡張の当座の目標が定まった瞬間である。

 市場へ来たカオリとアキは、まず消耗品の補充を優先する。今回はたったの二日間なので、実質携帯食料くらいしか補充するものはないが、市場を歩けば思わぬ発見があるものだ。

 ギルドホームでアキから【―時空の宝物庫(アイテム・ボックス)―】を教えて貰ってからというもの、荷物の重量や大きさの懸念がなくなると、かなり興奮したカオリだったが、手ぶらで外へ行けば何かと怪しまれるため、目に見えて大きな荷物は、結局見えるように持ち歩かなければならず、その一方で、小物類は誤魔化して【―時空の宝物庫(アイテム・ボックス)―】に収納しておけるので、それはそれでかなり重宝していた。


「石鹸がほしいなぁ~、あといい加減、湯船に浸かりたいなぁ」


 この世界に来てから、張った湯に肩まで浸かるといことをしていない、時間と薪の余裕があれば、湯浴み、沸かした桶の湯をかかけたり、浸した布で拭うくらいしかしていない、石鹸はあるにはあるらしいが、非常に高価で、貴族の間でくらいしか流通していないらしい、カオリはアデル達からそう聞いていた。


「材料が手に入れば、さほど造るのが難しものでもありませんし、傲慢な商人から高値で購入するのも癪ですしね。カオリ様がお望みならすぐに作りますが?」

「おおぉ~……、ほんとアキって万能だよね。でも、う~ん」


 何かに引っかかるように考えるカオリ。


「ただの冒険者が優雅に石鹸を使うところを見られるのも、変に思われるし~、どうせならアンリ達にも使ってほしいし、やっぱりお風呂か浴場の目処が立つまでは、目立たない方がいいよねぇ……」


 元来の性格もあって、目立ちたくないカオリは、こういったことには慎重であった。やりたいことは沢山あれど、ギルドホームが形になるまでは人の目を気にして行動せねばならない、ササキの忠告もあるのだ。

 市場では結局目ぼしいものは見付からず、アキ用の雨具兼外套を購入しただけである。「カオリ様に選んで頂けるとはっ! 一生の宝物にしますっ!」と大袈裟に喜んだ以外に、特筆することもなく宿に戻った。

 昼前に帰ればアンリもテムリも帰って来ており、四人は揃って昼食となった。アンリの仕事は薬師屋の開店準備に、最近は在庫の確認と前日の売上の集計である。材料の種類を覚え、数の計算の勉強にもなると、店主が教えてくれたのだ。

 一方テムリは宿の朝の手伝いに、宿を出発する冒険者から一時的に、革製品の手入れや修理の依頼を請けて、帰って来るまでに仕上げて渡すので、基本朝に顔を出せば用事は済んでしまう、特別に呼び出されない限り、昼前には二人は暇が出来るのだ。

 それでも開いた時間を無駄にすることなく、他の客達の洗濯や道具の掃除を買って出るなどして、小金を稼いでいた。実は二人の健気な姉弟の噂はけっこう広まっており、食費代ぐらいなら十分に稼ぎ出していた。


「何と健気! 何と勤勉! このアキの心、止めどなく打ち震えて御座いますっ、ご姉弟のためにもっ、私ももっともっと――」


 アキに褒められ、アンリは頬を染め、テムリは大はしゃぎである。昼食を作る手を休めず、アンリはカオリに話す。


「そういば店主さんが、冒険者のお姉ちゃんに薬草とかポーションとか、安くしておくからどうかって、仕事で怪我をすることもあるだろうから必要だろうって言ってたよ?」

「ん~? ポーションかぁ、私まだ怪我をしたことないし、最初に買った薬草も、靴擦れくらいにしか使ってないし、まだ余ってるからなぁ~、でもポーションかぁ、あった方がいいよねぇ~」

「カオリ様が魔物から攻撃を受けるなどっ! このアキが身命を賭して防いで見せますっ!」

「あぁ~、アキの分の回復道具も、そういば必要だよねぇ~」


 アキの奮起も軽く流し、カオリは思案する。


「アンリがお世話になってるし、必要なものでもあるから、今日覗きに行こうかなぁ~」


 午後の予定を決め、アンリが昼食を盛り付け、アキが配膳する。大皿に盛られた吹かした芋に、削った岩塩を振りかけ、豪快に噛り付く、使った湯にコンソメを溶かし、簡単なスープにする。市場で瓶に入った粉末状のコンソメを見たカオリが、勇んで購入してきたものだ。今では仕事中のカオリも、普段宿にいるアンリも重宝していた。

 そこへ来客がある。


「すいません、何方かいらっしゃいますか?」


 扉越しに聞こえる声に心当りはない、が用心する理由もないが、アキが扉に手はかけずに扉越しのまま「何方か名乗られよ」と返事をする。


「いいわステラ……、アキがいるのね?カオリもいる? ロゼッタが会いたがっていると伝えてくれる?」

「ロゼねっ、今開けるわ」


 アキに扉を開けさせ、ロゼッタともう一人、恐らく従者であろう女性を部屋に通す。


「……食事中だったのね。ごめんなさい、手土産に甘い果実酒があるから、食事前にって思ったけど、今時間はいいかしら?」

「食事が冷めるとアンリに悪いけど……、貴族様の前で構わず食事、ていうのもどうかなぁ……」


 チラリとロゼッタの後ろに控える従者の女性を見る。


「大丈夫ですカオリ様、ロゼッタ様も今は冒険者、格式張った対応ばかりでは、この先の粗忽な冒険者業に慣れませぬ」


 「とりあえずお座り下さい」とアンリが二人に椅子を勧める。だが従者は主人の後ろに控え、ロゼッタだけが席に着く。


「今の言葉は、このまま冒険者を続ける以上のことが?」


 カオリが従者の言葉の意味を推測する。


「申し遅れました。ロゼッタ様に改めて雇われた。従者のステラ=オーババイエと申します。先日までカオリ様に、冒険者として初の依頼に同行して頂けたこと、私からもお礼申し上げます」


 「じゃあ……」とカオリの表情が明るくなる。


「ええ、アキの言う通り、ステラをお父様ではなく、私個人が再雇用して、実家とは切り離すことにしたの、これで実家に私の気持ちだけでも伝わるはずよ」


 アキも席には着かず、カオリの後ろに控えたまま、黙して佇む。


「カオリ……、改めてお願いするわ、私を貴女達のパーティーに入れてほしいの、――アンリちゃん達の故郷の件、一貴族の娘としても私個人としても、是非協力したいから」


 出会った当初よりも、強く真っすぐな眼差しに、カオリは目を見開く、あのツンデレ少女が、たった一晩で見違えるものだと、素直に感嘆する。

 とても十五歳の少女が抱く感想ではないが、耳年増か単なる背伸びか、この辺りの感性は兄の影響が強いカオリ、もちろん本人にその自覚はない。

 自らが生み出したアキを除けば、初めてのパーティーメンバーだ。カオリは鼻から息を大きく吸い、静かに吐き出す。


「分かりました。ロゼ、加入を歓迎します。ようこそ私達のパーティーへ」


 今はまだ名も無きパーティーに、新たな仲間が加わった。


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